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シーカーズ ~大器晩成魔法使いの異世界冒険譚~  作者: 霧島幸治
第二章 キュレム王国編 後編
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第23話 兆し

「がぁぁぁああああああアアアアアア!!!!」

「「「「「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」」」」」


 次々と振るわれる触腕を、咆哮を上げながら大剣を振るい真っ向から迎え撃っていく。一つでもまともに受けたら命は無いであろうその猛攻を、弾き、逸らし、かわし、また時に触腕そのものを切り飛ばす。肉体の超強化により実現した、常人どころか人間の域すら越えた剣撃を放ち続け、繰り返し迫る死を何度も何度も何とか打ち倒していく。



 狂化ーーアドレナリン及びノルアドレナリンといったホルモンを異常分泌させ、心拍数の増加や血流の増大などを故意に起こし、運動能力を強制的に何倍にも引き上げる能力。また、同時に呼吸効率や視覚面での性能も上がり、発動中は痛覚も完全に麻痺してくれるので、普段とは比べ物にならない戦闘能力を発揮することが出来る。


 興奮時に人体が反射的に起こす現象を再現したものだが、ある一定のところでストッパーがかかり落ち着いてしまう自然現象とは違い、分泌量を自在に操れるので体の許す限りならいくらでも強化することが出来る。その結果、ロックワームの甲殻を砕いたりヒュドラの触腕を弾き続けるといった異常な膂力を奮っていられるわけだ。



 ただ難点として、強化の度合いが上がれば上がる程理性を失ってしまうというのがある。当然だ、元よりホルモンによる強化は興奮状態に陥る事で初めてされるものであり、分泌されればされるほど興奮の度合いも上がっていくのだから。


 そしてその結果、最大まで強化すれば普通は冷静な判断など殆ど出来なくなる。だからこそ、この能力の名は『強化』ではなく『狂化』なのだ。


 こと戦闘において、一瞬一瞬の間にどれだけ正確に判断し行動出来るかというのは重要な部分であり、この異能は単純なパワーと引き換えにそれを切り捨てることになる。場合によってはまともに戦うことも出来ず、体力が切れるまでひたすら暴れ続けることになるだろうな。



 ……とは言え、今俺は限界まで使っているにも関わらず暴走しているわけではない。何故なら俺は並列思考(マルチタスク)によって情報の収集や整理を任せっきりに出来るから。もしそうでなければ、始めの数秒の内に既に触腕でミンチになっていることだろう。


 勿論、それでも今はまだ調節はそこまで上手くは出来ず、達人レベルの相手との戦いにこの異能は使えない。爺ちゃん達なら言わずもがなだし、クルツにだって多分負ける。


 だが今は何の問題も無い。今やってるのは戦いではなく時間稼ぎであり、死ぬ気で触腕を捌き続けるただの作業でしかない。目の前の触腕にのみ集中すれば良いわけだし、牽制もシズクに任せているから心配はいらず、遠慮無く全開で使っていられる。もし無理矢理突っ込んできたとしても、それを回避出来る位の判断力は俺にも残ってるしな。



 まあこの先も使うことは多いだろうし、いつまでも使いにくい状態のままというわけにはいかないけどな。作った当初に比べれば、興奮状態にも大分慣れて微妙に制御出来るようにはなってきたし、修練を積んでいつか完璧に扱えるようになりたいものだ。一体どれくらいかかるのか知らんけど。



 ちなみに何で強化系能力を重ね掛け出来るのかと言うと、身体強化(ブースト)と狂化は担当する部分が違うから。何度も使用し検証をした結果分かったのだが、身体強化(ブースト)は全身に魔力を流し細胞を活性化させ、その一つ一つの基礎性能を上げるものであり、他の部分……例えば脈拍などには全く変化は無い。


 もう一方の狂化は細胞ではなく、物質を操りその作用によって運動能力を強化するもの。効果の対象がそもそも違うため、こうして併用が可能になっているというわけだ。


 本当ならもう一つ強化系能力を作って重ねたいところなのだが、思い付いてはみたもののそっちはメリットに比べてデメリットが大きすぎるためボツとなった。もし実現出来ていたら……今回の時間稼ぎももっと上手くいっていたかもしれない。



「ぐぅ……ぅぅぅうううあああああああ!!!!」

 叫び声を上げながら必死に大剣を振るい続けるが、それでも徐々に押されていく。電柱の数倍も太く、かつ常人なら目にも止まらないであろう速度で縦横無尽に暴れ狂う触腕、それを八本同時に相手しているのだ。いくら何でも相手が悪すぎる。


 先程何も能力を使わずに触腕と相対するという無茶ぶりをやったおかげで、これでもまだ回避は出来ている方なのだが、それでも繰り出される攻撃により皮のみならず僅かだが肉をも削り取られていく。痛覚が逝ってるから動けてはいるが、もし効果が切れていたらこんな風に振るう事は出来なくなっているかもしれない。



 そしてもう一つ、明らかにマズい事がある。度重なる連撃を受け続けたことにより、既に大剣はボロボロになっているのだ。

 別に手入れを欠かしていたわけでない。戦闘が終わる度にチェックはしていたし、刃の研ぎ具合だってしょっちゅう確認していた。そこら辺に問題があるわけではなく、原因は他にある。


 一つ目は、ただ単にこいつの攻撃が強すぎるのだ。受ける度に少しずつ刃が欠けていく程であり、大剣だからこそこれで済んでいるが、並の剣なら一発で折れていてもおかしくない。


 二つ目は、やはり俺の技量不足。大分慣れたとはいえ通常の剣に比べれば大剣の技能はかなり劣っており、それ故まだ完全には扱いきれていない。触腕相手に腰の剣を抜くよりかはずっと良いのだが、それでもどうしても不利にはなってしまう。


 三つ目はーー



「ーーくっ!!」

 横っ飛びに回避すると、直前までいた場所に吐かれた毒液が着弾し、地面がシュウゥっと音を立てた。攻撃の合間合間にこうしてぶつけようとしてくるのだが、こいつの毒は腐食の効果を持っており、対象の物体を溶かしてしまう。


 回避の際、時折僅かにだが大剣にも付着してしまい、その場所の強度を脆くしてしまうのである。そこに加え前述の強力な攻撃を受ける事で、破損が進行していくというわけだ。


 厄介極まりない性質だが、あくまでそれは直接かかった場合に起こる事であり、吐かれた後気化したものはそこまででは無いのでまだマシと言える。もしそうでなきゃ、今こうしている間にもどんどん崩れていく事だろう。まあ吸い込んだら死ぬものを良いと言っていいのかどうかは分からないが、少なくとも俺は状態異常耐性のおかげで難を逃れられてるわけだしな。



 ともかく、そんなわけで俺は圧倒的に不利な立場に立たされていた。その状態で攻防が続いたところで、そんな長時間耐えられるわけもなく……ギィィンッ!! という鈍い音と共に、大剣の剣身が宙を舞う光景が目に映った。


 勿論柄はまだ手の中にあり、うっかり手を放してしまったわけではない。そう、腐食と衝撃に耐えられず、遂に武器としての限界が来てしまったのだ。


「がっ…………」

 直後、俺の左腕に触腕が勢い良く叩き付けられる。バキバキという嫌な音が体内から伝わってくるのを感じながら、俺は大きく吹っ飛ばされ空中を乱回転しながら地面へと落下した。その際の衝撃のせいか、それとも今まで蓄積したダメージも加わったのか、口の中には赤く生温かい液体が広がっていった。



「グルァァアアアア!!!」

 倒れ込んだ俺に対し追撃として向けられた触腕を、シズクが魔法で攻撃し防いでくれているのが視界に映る。それを見て何とか起き上がり、ふらつきながらも後退した。


 防ぎきれなかった触腕がつい先程までいた場所に叩き付けられたのを目にしてゾッとしながらも、心の中には満足感も広がっていた。だって、仕事はちゃんと果たせたのだから。


「時間なんて気にする余裕無かったけど……。そうか、ギリギリ間に合ったんだな」

 視線の先には、体中から膨大な熱気を放出させながら一歩一歩ゆっくりと進むクロトがいた。大剣を振るっている間も背後から熱気は感じていたが、それだけだと確証は持てない。今こうして目ではっきりと見て、たった今チャージが完了したのだとようやく確信できた。



「「「「「「ギュアアアアアアアーー」」」」」

「ガルルルォォォォォォオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンン!!!!!!」

 ヒュドラの声をかき消しながら、溜まりに溜まった炎を一気に放出。その瞬間、射程距離内のあらゆる物が一瞬にして焼失し、続いて周辺の木々に獰猛に燃え移り森林そのものを破壊していく。


 一時に大規模な燃焼が起こったせいで真空に近い状態も生み出され、俺も夫婦も揃って引きずり込まれかける。身体能力を強化していなければ、満足に堪える事も出来ず豪炎に飲み込まれていただろう。



「「「ギュアアアアアアアアア!!!」」」

 勿論これで終わるほど現実は甘くない。体のおよそ半分が消失し、胴体や何本か残った首や触腕を燃やしながらも、ヒュドラは徐々に再生しながらしぶとく生きていた。限界まで魔核を後ろに下げた事で、完全に消滅から逃れさせたのだ。


 蠢く肉の中で、大きく欠けた白く丸い物体が飲み込まれていったのが見えた。魔力の感覚からしてあれこそが魔核なのだろうが、未だ再生を続けているということは粉々に砕かねば機能は停止しないのだろう。燃えていないところを見ると耐火性にも優れているようだ。



「シズクッ! ()は任せたぞ!!」

「ウォウッ!!」

 ヒュドラ目掛けて駆け出すーーと同時に、魔核があった場所目掛けてシズクが水の槍を連射していった。その多くが触腕によって弾かれてしまい、当たったのはたったの一発だが、何も問題は無い。あくまで今の魔法は肉を削るためではなく、当てた場所周辺を消火し行動しやすくするためのものなのだから。


「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!」

 腰の剣を引き抜き、再生しつつある体内に直接乗り込み肉をひたすら切り裂いていく。全身に血を浴びながらそれでも前へ進み、時折魔法陣魔法も使いながら、飲み込まれた魔核への道を作り出す。



 強化中なら片手で剣も思う存分振るえるので、本当なら双剣のように使って掘り進むのが一番早いのだが、残念ながらそれはもう出来ない。先程の触腕の一撃で、既に左腕は使い物にならなくなっているからだ。


 今までの経験と感触からして、恐らくこいつは粉砕骨折だろう。しかも上腕全域に広がっており、肩も損傷している可能性が高い。狂化の影響で痛みこそ無いが、剣を握って振るう事など出来はしない。だから、俺は右腕のみでひたすら剣を振るい続ける。



 魔核自体は直ぐに辿り着いた。姿が見えてから乗り込むまでが早かったからこその結果であり、そこだけは喜ぶべきところである。だがーー


「クソッ……あともう少しだってのに!」

 問題は魔核の硬度。必死に斬りつけるものの破壊には至らず、業滅刃でも深い傷が付くまでで、逆に剣の方が甲高い音を立てて折れてしまった。直ぐ様二本目を抜いて斬り付けまくるも結果は同じであり、再び剣身が宙を舞った。


「ぐ……あ……」

 武器が無くなった状態に追い討ちをかけるように魔力切れの症状が始まり、目眩を起こしながら堪らず手を付く。こちらも狂化の影響でいつもよりかはマシになっているが、体力面での限界も近い。間もなく動けなくなるだろう。



 飛び込んだ入り口は再生により既に閉じられており、暗くて見えないが今いる空間も徐々に狭まってきているのが感覚で分かる。魔核が放つ仄暗い光を見ながら、いくつもの死のイメージが頭をよぎっては消えていく。


 核を破壊する方法は無く、このままここにいれば俺は肉に押し潰され夫婦は負けて死亡、外に出たところで全員負けて終わり。そんな考えが浮かび、けれどもそれを振り払って拳を握り直した。



「ふざけんな……! 何でこんなところで死ななきゃなんねぇんだよ! 絶対にぶっ壊してやる!!」

 風の魔法陣魔法で部屋を広げスペースを作る。無事に帰るという約束はもう果たせない。ならどんな形でも良い、せめてどうにかして生きて帰ってやる。


 そんな想いを胸に抱きながら拳を構える。衝垂ーー秀穂爺ちゃんから教わった、業滅刃と同じく一撃に全てを乗せた必殺の打突。一撃では壊せないだろう、だったら手が潰れようがどうなろうが壊れるまで打ち続けてやる。



「はぁぁぁあああああああ!!!!」

 狂化状態に加え、一度切れてしまった身体強化(ブースト)を再度発動させた。いくら症状が緩和されているとはいえ、魔力切れ状態で更に魔法を使うなど本来は自殺行為。


 だが、何もしなければどうせ死ぬのだ。だったら危険だろうと何だってやってやるし、そもそもこんな危険な場所に身を投じているのに今更危険だなんだと言っているのもアホらしい。


 僅かに残った理性でそんな下らない事を考えつつ、体に走るあらゆる感覚をも無視し、全力で拳をヒビ目掛けて放つ。その時、実に不可解な現象が起こった。



 無属性魔法、身体強化(ブースト)。魔力を使って身体能力を強化する魔法であり、強化の対象となるのは必ず全身。魔法発動時、魔力は偏り無く全体に均一に流れる。それが世の常識であり、クルツの話でも書庫や図書館の書物にもそうなっていた。


 しかし、だったら今のこの状態は何なのだろうか。全身に回っていたはずの魔力が右腕()()に集中し、安定さを失う代わりに攻撃力が飛躍的に高まった。

 そして今までにない速度と力で叩き付けられた拳は、魔核に入っていたヒビを大きく広げ、完全に破壊し砕け散らせたのだった。粉々になった魔核が、粒子となって宙に消えていく。



「「「「ギュアアアアアアアアアアアアアア!!!??」」」」

 苦悶を意味する叫び声が体内に響き渡り、ふと壁に目を向けると動きが止まっているのが確認出来た。魔核は無くなり再生は続行不能、それを確信し風の魔法陣魔法で肉を破って脱出した。


 外では依然戦闘は続いており、シズクの側に戻るとボロボロの体から完全に劣勢のまま頑張ってくれていたことが分かる。一人で良く耐えてくれたものだ。


 こちらは一応まともに動けるのはシズクだけで、クロトはクールタイム中、俺は既に限界で戦える状態ではない。一方再生が止まったとはいえヒュドラは首四本と触腕三本を残しており、燃えながらも高い生命力故まだまだ暴れ続けるだろう。

 だから、一見勝てる見込みは無いように見える。……()からは、だけどな。



 ヒュドラが口を大きく開け、ブレスを放とうとしたその瞬間ーー突如ヒュドラの体内で爆炎が巻き起こりあちこちから炎が吹き出し、そのまま内側から焼き付くしていく。甲殻に守られている外皮とは違い、発生場所は無防備な体内、大ダメージは確実だ。


「ーーチェックメイトだ。いい加減倒れやがれ」

 ムシュフシュのBランク魔石に描いた中級の火の魔法陣、そしてロックワームのAランク魔石に描いた上級の火の魔法陣。それらを脱出直前に体内で発動させ置き去りにし、たった今時間差で効果を発揮したというわけだ。今回ここに来る前に書庫で上級と特級の陣を映像記憶で覚えた後、もしもの時のためにと作っておいて良かった。


 この作戦の事は、時間稼ぎを始める前に既に二人には伝えてある。おかげで少し驚いた様子を見せたものの直ぐに立て直し、残る首へ次々に魔法を撃ち込んでくれた。



 体の前面を大幅に削られた上に、体内を焼き付くされ三本の首を破壊され、ようやくヒュドラは前のめりに倒れていく。触腕を使い体を無理矢理起こそうとするも、目の前には折れた大剣を拾い振り上げた俺がいた。


「これで……終わりだ」

 魔力はとうに底を尽き、体力も限界寸前。残る力を振り絞り、ただ一つ残った頭へと大剣を振り下ろした。

執筆の励みになりますので、良ければ評価やブクマ等してもらえると嬉しいです。

また、誤字報告や表現がおかしいところへの意見などもお待ちしております。

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