第22話 襲い来る恐怖
時間大分過ぎてますが投稿させてもらいます。昼間忙しくて間に合わなかったんです……。
Sランク魔物、ヒュドラ。元の世界では九つの首を持った神話上の怪物として知られていたが、こっちの世界ではそこに更に八本の強靭な触腕が胴体から生えている。正直言って非常に気色悪いのだが、そんな事を言っている場合ではない。
複数の頭からは自在に火のブレスを吐き、触腕にて辺りを滅茶苦茶に破壊する。更に猛毒を体内に多量に有しており、吐かれた物がひとたび生物の体内に入り込めばたちまち全身を侵し死に至らしめる。体表は血にまみれており、距離が離れたここまで匂いが漂ってくることから、側までいけばそれは強烈なものとなるだろう。
そして最大の特徴は、何と言ってもその異常なまでの再生能力。ヒュドラは体の何処かに魔核という特殊な物体を持っており、そこが機能不全に陥らない限り体のどこを損傷しようとすぐに再生してしまう。勿論表面の見える場所にあるわけではなく、肉体の大部分を吹き飛ばすレベルの魔法でも使わねば討伐は到底不可能。
強大な破壊力に、それを想うがままに奮う狂暴な性格。そして大量死を引き起こす猛毒に、削っても削っても元通りの半ば不死身とも思える肉体。
これらを兼ね備えたヒュドラは文句なしのSランク判定を受けており、出現時の被害の大きさからも災厄を降らせし者の一員に数えられている。実際、過去にこいつのせいで滅びた国もいくつかあり、あのクルツでさえも死闘を繰り広げたとか。治癒魔法使いによる解毒が無ければ危なかったらしい。
そんな化け物が今、俺の目の前にいる。一対一だと精霊魔法をフル活用してようやっと倒せる相手を、俺なんかが倒せるわけがない。恐怖を抱くのも仕方の無いことだ。
俺が今取るべき行動は何か。案として浮かんだのは、急いで街に帰還しクルツにこの事を伝えること。Sランク冒険者であるクルツに、国にいる他の精霊魔法使い、あとは冒険者の中から精鋭を集め、解毒と回復のために治癒魔法使いを連れてきさえすれば、楽勝とはいかないまでも無事倒せるはず。
果たして俺なんかの言葉を全員が信用するかと言われれば微妙なところだが、クルツならきっと信じてメンバーをまとめてくれるだろう。夫婦は俺を巻き込まないようにこいつから遠ざけようとした、ならばその好意に甘え、時間を稼いでくれている今のうちに戦力を集めて戻ってくるべきだ。ヘルハウンド一家の事は説明して何とか納得してもらうしかない。
息を深く吐き、呼吸を安定させる。そして勢い良く駆け出しーー
「ーーんなこと出来るわけねぇだろ!!」
洞窟から数百メートル程離れた戦場へと全速力で駆けつけ大剣を振るい、魔法を放とうとする母狼に迫っていた触腕を弾き飛ばす。直後ヒュドラの意識は夫婦から俺に移り、触腕が次々と襲いかかってきた。一瞬死が頭をよぎったが、何とか恐怖を振り払い体を動かす。
「ぐっ……重っ……!」
一発目をかわし、二発目を何とか弾く。だがそれが限界で、ギリギリ防御は間に合ったものの三発目によって吹っ飛ばされる。体勢が整い切れてなかった状態で、上手く受け身を取って着地出来たのは幸運と言えよう。
てか何つー威力だ……。焼け石に水とまでは言わんが、こんなん身体強化使ったところで到底敵う気がしない。弾けるのは精々三本といったところだ。
これが討伐難度Sランクか。クルツ始め、Sランク冒険者がどれだけ凄いのかが良く分かるな。
「ガルォオッ!」
母狼から責めるような声が飛んでくる。何で出てきたんだ、とかそんな感じだろうか。
だがそれに今答えている余裕はなく、飛んできた三発の火球に意識を向ける。父狼が風の魔法、母狼が水の魔法、そして俺は業滅刃で切り裂き対処していく。顔を熱気が襲ったが、火傷はしてないみたいだし問題は無い。
「……なあヘルハウンド。ここで待ってろとかそういうのは、自分達だけで物事に対処しきれる自信がある場合にのみ、誰かに伝えて良いことなんだ。だがお前らは違う、例えお前ら二人が頑張ったとしてもこいつは倒せない。それが分からないわけじゃないだろう?」
「……オン」
俺はまだ僅かしか戦闘を見ていない。が、それだけでももう分かる。どれだけ頑張っても夫婦はヒュドラを倒せないだろう。
動き方からして、恐らくだが夫婦は魔核の存在を知らない。奴の再生がいつか止まると信じて、ただただ無計画に肉体を削り続けている。そんなことでは、奴は一向に倒れはしない。
また、例え知っていたとしても討伐は困難を極める。何故なら、ただでさえ肉体の再生速度を上回る頻度や威力の魔法を撃ちまくらなければいけないのに、それをブレスや触腕の猛攻といった障害を避けた上で行わなければならないのだから。
そして、ここに来るまでの様子から両者の攻防の程度はほぼ互角というのが伺える。夫婦の方が激しく動き回っている以上、このまま一歩も引かず戦い続ければ、どちらが先に限界を迎えるのかは言わずもがなだ。
「お前らだけを戦わせれば、いずれ負けて死ぬのは目に見えてる。それを見捨てて一人逃げたり閉じこもったりするほど腐っちゃいないつもりだ」
「……………………」
「それにだなーーうぉっ!?」
俺達が話しているからといって、その間大人しく止まっていてくれる程魔物は親切じゃない。高速で伸びてきた触腕をギリギリのところでかわして再び距離を取る。間一髪どころか頬をかすっており、そこから血が一筋流れ出ていく。あっぶな。
「隠れたところで意味なんて無い。どうもこいつは気配を敏感に察知するみたいだし、あのまま子狼達と洞窟の中にいても直に殺される。ブレスなり山ごと崩落させるなりしてな。ここから街までも遠すぎるし、助けを呼びに行こうとしたところで道中追い付かれて終わり。どっかに逃げた場合も結果は同じだ」
ここから街までは俺でも三日や四日は余裕でかかる。当然のことながらちっぽけな人間である俺よりも巨大かつ素早いヒュドラの方が速いし、どこに逃げても意味は無い。息を潜めてじっとしたところで熱を感知されて見つかるだろう。
もし俺達三人だけだったのなら、背中に乗せてもらって全力で走れば逃げられるだろうが、こいつらには子供がいる。夫婦に比べて足の遅い子供を連れて逃げられる程ヒュドラは甘くはないし、こいつらは何があろうと逃げずに戦うだろうからその方式は取れない。
逃げも隠れも選択肢としては大外れ。それをやった瞬間死が確定してしまう。
「戦う以外に方法は無い。でも、俺もお前らも個別だと奴には勝てない。ならここで一緒に戦った方がずっと良いはずだ。違うか?」
「ガウ……」
「……お前らと奴の間に何があったかは知らん。誰の手も借りずにお前らだけで倒したいってのはあるかもしれん。だが、意地を張ってても倒せなきゃ意味は無いぞ?」
不満そうな目を向けてきたので、考えているであろう事に対して反論してみる。夫婦がさっきから見せている瞳と纏う空気……経験は無いが、ある程度予測は出来る。少なくとも単純な怒りでは無い。
今までの知識と経験、この上無いドス黒い雰囲気、そして爺ちゃん達が俺に決して向けない感情とは何か、それを考えると自ずと答えは出る。これはきっと復讐かそれに類するものなのだ。ならば、自分達の手で片を付けたいと考えるのはむしろ当然。
しかし、それはあくまで願望であり出来るかどうかとはまた違った話になる。少なくとも今回はほぼ不可能なわけだし、全員で生き残ることが最優先事項である以上我慢していただきたい。下手にこだわったせいで目的も果たせず死ぬとか本末転倒も良いとこだし。
これでもう話すことは無し、早く戦闘にのみ集中しようーーブレスに対応しながらそう考え前を向こうとしたのだが、夫婦は尚も俺に視線をぶつけてくる。今度は不満ではなく、不安のような感情が含まれていた。
今更身の心配をされても……って、ああそうか。そういや言ってなかったか。
「心配するな。俺はあらゆる毒を無効化出来る。奴の毒を食らったからって、即死なんて無様な真似を晒す事は無いさ」
状態異常耐性作っといて本当に良かったわ。あれが無かったらどれだけ足掻こうと死は決定してた。何せ地面にぶつかって気化したもん吸った時点でゲームオーバーだし。
口角を上げながら返答、と同時に突進してきたヒュドラの触腕に向かって大剣を振る。何とか無事で済んだが、力で押し負け再び吹っ飛ばされた。
横を見ると父狼も同じく触腕を食らっていたが、上手く衝撃を受け流したようで空中で一回転し着地していた。ああやるのがベストなんだが、流石にほぼ初見じゃそれもキツいか。
結果を予想していた故今度は完璧に受け身を取り、数回転がった後立ち上がって大剣を構えた。そして、その両脇に夫婦が並び立ちヒュドラを睨む。どうやら一緒に戦うことに納得してくれたらしい。
「聞け! 二人共!」
「「ガウッ!」」
「ヒュドラってのは体内のどこかに核を持ってる! それを壊さない限り再生が止むことは無い! まずは核をぶっ壊すぞ!」
「「ガ……ガルゥッ!?」」
声を張り上げ指令を飛ばすと夫婦は驚きの声を上げた。無理も無い、何処にあるとも知れぬ物を、再生し続ける体を攻撃して探さなければならないと知ったのだから。
だがーー
「安心しろ、位置は大体分かる! 体の前方、それも胴体の中心付近だ!」
魔核とは名の通り、そこには膨大な魔力が集まっている。何でか知らんが俺は魔力に敏感だから、意識を集中させればヒュドラの体内の魔力反応まで探る事ができ、それにより今夫婦に伝えた場所の付近に二つ反応があることが分かった。
一つは魔核、そしてもう一つは魔石。どっちがどっちなのかまでは反応からは分からないが、魔石には心臓の上に出来るという特徴がある。であれば、位置関係からして前方かつ前から見て中心付近にあるヤツで間違いないはずだ。
「触腕の何本かは俺が相手するから、お前らは残りを避けつつ魔法を撃ち込んで核を破壊してくれ! もし無理なら途中までで良い、後は俺が直接体内に乗り込んでぶっ壊す! 力尽きるのが先か壊すのが先かの持久戦だ、いけるか!?」
「「ウォウ!!」」
「よし……行くぞ!!」
瞬時に散開し、三方向から攻撃を仕掛ける。対抗して飛んできたブレスを切り裂くと、その直後に触腕が何本も襲いかかってきた。俺はそれを、身体強化を使わずに対処していく。
確かに身体能力を強化した方が効率は上がる。しかし、残念ながら身体強化は長くても八分程しか持たず、切れた後に更なる猛攻でも仕掛けられたら耐えられなくなる。体内に乗り込む事になった時にも必要になるだろうしな。
だからこそ、まずは素の状態でも避けられるように死ぬ気で体を慣らしていき、感覚をますます研ぎ澄ませていく。攻撃の主体となる場合はそんなことやってられないが、今の俺の役目はあくまで気を引くこと。それさえ出来るのなら、後はどうだって良い。
「ぐあっ!!」
一撃を受け吹っ飛ばされ、地面を転がる俺に対し尚も追撃が迫る。極限まで研ぎ澄ませた感覚により、事前に察知したおかげで難を逃れるが、完全には避けられず新たに体に走った線から血が流れていく。
素で触腕をまともに弾こうとすれば、ほぼ必ず体勢を崩しまともに食らうか防御の上から吹っ飛ばされるかしてしまう。なので、一先ず俺は受け流しと回避に専念することにした。
と言っても完璧に避けられているわけではない。これでもまだ相手しているのはたったの三本なのだが、それでも襲い来る触腕が頬をかすり腕をかすり、その度に体には傷が増えていく。
稀に四本目が来て吹っ飛ばされるが、それは一応予想の内なので防御は出来ている。既に本格的な戦闘開始から十五分以上経過、一度もまともに食らっていないのは奇跡なんじゃなかろうか。
一歩間違えればーーいや、僅かに回避のタイミングがずれれば即終了。死がすぐ近くにあるという恐怖から、呼吸が一瞬止まるのはもう何度目だろうか。
爺ちゃん達の訓練は確かにキツかったし、何十回何百回死ぬと思ったか最早数えられないが、今思えばあの頃はまだ僅かに甘えが残っていたかもしれない。何故なら、明らかに致命傷と思える程の傷や怪我を負っても、何とか助かる医療技術が元の世界にはあったのだから。
しかし、この世界に高度な技術なんて存在しない。あるとすれば治癒魔法に気休め程度の治療薬だが、今ここにそんなものは存在しないし、そもそも食らったらほぼ即死が確定している。
爺ちゃん達以上の恐怖をもたらす巨大な触腕が何発も同時に襲ってくる、その状況が十数分。勿論人生でこんな感覚味わった事は無い。
更に十分以上経過。触腕の動きにも少しだけ慣れてきて、三本までなら半分位の割合で完璧に避けられるようになった頃、ヒュドラの様子にふと違和感を覚えた。
(何で……全く動じてないんだ?)
度重なる夫婦の魔法により、胴体前面はかなり抉られている。あともう少しで魔核が破壊出来るはず。
だが、ヒュドラの動きに特に変わった様子は見られない。自分の最大の弱点が攻撃されようとしている、それなら普通は焦る様子を見せるはずだ。現に他の魔物はそうだった。
「! まさか……」
夫婦が吹っ飛ばされ後退したタイミングで、俺も触腕荒れ狂うデッドゾーンを離脱し一息つく。そして意識を集中させーー俺の予想が当たってしまった事を理解した。魔核と思われる反応が、先程よりも明らかに後ろに移動していたのだ。
「核の位置を……移動してやがんのか!?」
「ガルッ!?」
予想外の事態に俺もヘルハウンドも揃って目を見開く。一気に動いたような感じは無かったから、バレないように少しずつ移動させたのか、もしくは元々そんなに速くは動かせないのか。
いや、そんなもんどっちだって良い。問題なのは、折角前から攻めていても核を後ろに動かされたら意味が無いということと、後ろに回ろうにも簡単に許してくれるとは思えず、もし出来たとしても今度は前に移動されたら同じだということ。
そして一番マズいのは……このまま前から攻撃し続けても、恐らく途中で俺達が力尽きるということ。ヒュドラの再生スピードは尋常ではなく、夫婦が切り飛ばした触腕も直ぐに生え変わり、今胴体に負わせた傷も元通りになりつつある。それを考えると、今の作業を続けても勝機は無いと思われる。
……仕方無い。出来るかどうかは分からないが、腹をくくるしか無いか。もう一か八かだ。
「ヘルハウンド! ……って、ダメだ。この呼び方じゃ上手く指揮出来ん。二人とも、紛らわしいから今だけ勝手に名前付けて区別させてもらうぞ!」
「「オン!!」」
「雄の方はクロト、雌の方はシズクだ! あくまで仮のもんだから、後でいくらでも文句言ってくれ!」
イチとかアルファとかだとアレなので、とっさに思い付いたのを付けさせてもらった。父狼とか夫とかよりもよっぽど呼びやすいからな。ギリギリの状況でわざわざ言いにくい呼び方してるわけにもいかないし。
「そんじゃ、クロト! こないだのロックワームの時にもやったやつ、アレを最大まで溜めて撃ってくれ!」
「オン!?」
「驚くのも分かるがそれしか方法が無い! 頼む!」
ヘルハウンドの異能、煉獄の息吹。溜めるのに最低でも一分と言ったが、その段階で届くのは僅か二~三メートル程度。そこから更に溜めることで射程が延びていき、最大まで溜めれば十メートル弱まで届くようになる。それさえすれば、安全な位置からでもヒュドラに届かせる事が出来るだろう。
問題はその時間。先に言った通り煉獄の息吹は敵からそう離れていない場所で集中を高める必要があり、最大までとなれば四~五分はかかる。
もしクロトが本当にやるとなれば、その間俺とシズクのみでヒュドラを押さえなければならないということだ。自分で言っておいて何だが無謀にも程がある。
「そしてシズク! お前は中遠距離で魔法を使って、ヒュドラの牽制とクロトに飛んでくブレスの対応を頼む! 水と風の魔法を使えるお前ならやれるはずだ!」
「ガ……ウ……?」
「……ああ、分かってるさ。問題無い、触腕八本は俺が全部相手をする。数分程度なら耐えられるはずだ」
「「ガルッ!?」」
「無茶も程々にしろって言いたいんだろ? だけど、今はこれが最善の策だ。俺を信じてくれ」
話し合っている内にもヒュドラの攻撃は継続している。切羽詰まった状況に、遂に夫婦が首を縦に振った。よし、これで俺は安心して戦える。
「ありがとな。あ、一つだけ注意してくれ。これからクロトが一発かますまで、俺には絶対に近付かないでくれ。下手に助けようとするな。ありがたいが、それだと巻き込んじまう」
シズクを距離を空けての援護に専念させるのはそういった意味合いもある。危険な状況に陥った時、こいつらはきっと触腕を退け俺を助けようとしてくれるだろう。
だがそれはむしろ逆効果であり、全員を危険に晒す事になる。何せ、俺はしばらく周りが十分に見えなくなるのだから。
その後いくつか指示を出し、二人が了承したのを確認して俺は再び駆け出した。一人迫る俺を見て、ヒュドラが全ての触腕を振り下ろしてくる。それに対し、全身の震えを堪えながら無理矢理口角を上げた。
「身体強化。そんでーー狂化、発動……!」
全身が活性化する感覚を味わいながら、俺は唯一の戦闘用異能、狂化を発動する。途端に視界が赤く染まり、恐怖が消え代わりに闘争心が溢れ出すのを感じた。
さあーー命懸けの時間稼ぎを始めようか。
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