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シーカーズ ~大器晩成魔法使いの異世界冒険譚~  作者: 霧島幸治
第二章 キュレム王国編 後編
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第21話 再来せし異変

「クアアアアアアアア!!!」

 大きく翼を拡げ飛び立ったのち、急降下して突っ込んで来るグリフォン。俺は幹を蹴り木々の間を飛び回りながらそれをかわし、一瞬の隙をついてグリフォンの翼を切り裂いた。


 片翼が再起不能となり、飛ぶ事を諦めた後は地上戦に切り替わった。鷲の上半身に獅子の下半身を持つグリフォンは、一般的に空中戦のみならず地上戦もお手の物と言われてはいるが、俺に取っては飛べなくなったグリフォンなどただの的。地面に落とすまでに苦労したものの、それ以降はさして手間もかからず戦闘は終了した。まあCランクだしな。



「……こいつもか」

 素材と魔石を剥ぎ取りながら、先程の戦闘を思い出す。今回この森に来てから四日、既に数多くの魔物や動物を狩ってきた。DEFの下位ランクだけでなく、このグリフォンのようにBCランクの対象も何体か倒している。


 だからこそ分かる。何故だか知らんが、ここに住む生物の雰囲気が揃ってヒリついているのだ。


 EランクのホブゴブリンやFランクのゴブリンからはそれほど感じないが、BCからはそれが十二分に伝わってきており、遭遇した瞬間に凄い剣幕で迫ってきたところには少し驚いたものである。森に辿り着いてから何か変な感じはしていたが、その感覚は間違いじゃなかったらしい。



「あれ? ここって……」

 解体を済ませしばらくの間草木をかき分けていくと、少し開けた空間に出た。中心には巨大な骨がゴロゴロと転がっている。


 間違いない、ムシュフシュが死んでいた場所だ。鑑定結果にも骨がムシュフシュのものであると記されている。

 俺が色々持ってった後、森の生物なり何なりによって肉が食い荒らされたのだろうな。固くてマズいのに良くやるもんだ。まあ、途中雨が降った日もあったから、それで流された分もあるかもしれない。



「そういや、Bランク魔石手に入れたのもあいつの死体が初だっけか。今じゃBランクは倒せるっちゃ倒せるけど、あの時はまだ無理だったから中々に嬉しかったよな……」

 そう呟きながら、二週間前の様子を思い出す。食い荒らされてた中で偶然魔石が残ってて、それを剥ぎ取ったんだっけな。あの時は誰が殺したのか不思議だったけど、ヘルハウンドやロックワームがいるんならボロ負けしてもおかしくない。


 そしてそのロックワームを俺とヘルハウンドが協力して倒したと。てことは、このヒリつく感じはその影響なんだろうか?でかい存在が消えて、森の中のパワーバランスが乱れてるとか。



「んー……考えてはみたけど、何か違う気がすんな。そういう雰囲気じゃない。まあ良いや、とりあえず先を急ぐか」

 再び駆け出し、道中にいる動物を狩っては食って進むというのを繰り返していく。ムシュフシュの事を思い出した時に、ふと感じた違和感を頭の隅に追いやって。


 ヘルハウンド一家の事で焦っておらず、普段の冷静な時なら落ち着いて考え、そして結論を出せていただろう。ロックワームがムシュフシュを食らうなど()()()()()、ということに。




 明くる日の午後。森を駆け抜けていた俺は、ふと気配を感じて立ち止まった。何かがこっちに向かってくる。

 腰を落とし、剣に手をかけ居合いの体勢を取る。しかし、相手に敵意が無いこと、また覚えのある気配だと分かり構えを解いた。


「オンッ!」

 黒い塊が木々の間を高速で駆け抜け、俺の前へと降り立った。ステータスや傷の感じからしても、父狼である事は確定だ。


「久しぶり……って言っても一週間しか経ってないか。元気にしてるか?」

「オン」

 片手を上げて返答をしてきた。バランス感覚良いなこいつ。肩叩いてきた時と違って、今四つ足で直立してる体勢なのに。



 内心思わず感心していると、ふと父狼がそっぽを向いた。釣られて俺も顔を向けると、その直後そちらからも気配を感じ、数秒後もう一体のヘルハウンドが現れる。こっちは母狼だな。


「お、動けるようになったのか。調子はどうだ?」

「ワン!」

 尻尾を振りながら、元気良く返事をした。この様子だと大丈夫なんだろう。

 母狼の方は傷がそこそこ酷く、父狼よりも治りが遅かった。なので、自分用にと予め買ってあった治療薬でいくらか応急処置を行ったのだ。それが上手く効いてくれたのかもしれない。……雀の涙程度だった可能性も無くはないけど。



「会えて良かった。お前らに少し話したいことがあってな。子狼も交えたいから、洞窟に連れてってもらっても良いか?」

「「オン!」」

 了解の意志を示す声が響き渡る。そして俺は前回と同じく背中に乗り、程無くして目的地へと辿り着いた。相変わらず凄い速度だな。


 中に入り奥へ進むと、子狼達による出迎えを受けた。何でここまでなついてるのかなと思ったけど、あれか、まだ子供だからか。

 ついでとはいえ肉提供してたから、純粋さも合わさって良い存在判定されてるんだろう。警戒心が高い大人になるとこうはいかない。……ここの大人達には何かなつかれてるけども。



 しばらく経ってようやく全員が落ち着き、俺は本題を切り出した。いずれここの森には討伐隊がやってくるらしい、俺はお前らには生きていてほしいから、すまないが別の場所に移り住んでくれと。子狼達はまだ俺の言葉が分からないので、親達が代わりに伝えていた。


 話が一段落し改めて一家の様子を見てみると、俺は首を傾げることになった。親狼達は黙り込み、子狼達はどこか寂しいような悲しいような、そんな感じを漂わせている。


「クゥン……」

「えっ。ど、どうしたんだ?」

 申し訳なさそうな顔を向けてくる父狼に対し、思わず動揺してしまう。即了承もしくは反対の態度を示されると思っていたので、この反応は予想外だった。反対なら反対で何とか説得しようと考えていたのだが、これはどうしたら良いのやら。



 妙な反応を示されつつも色々話してみて、最終的に渋々といった感じで了承してくれた。ただ、どうやらすぐには去る気は無いようなので、人間達が来る予感がしたら即逃げてくれということだけ伝えておいた。


 結局この日は洞窟に泊まり、翌日の午後に帰る事になった。一応今回の目的は果たしたわけだし、人間側の動きも把握しておきたいので、いつまでもここに留まっているわけにはいかない。


 俺は街に戻り、一家はやがてここを去る。つまりはお別れということだ。きっともう会うことは無いだろう。

 それを話した時、状況を理解した子狼達からじゃれつかれたが、残念ながらこれ以上共にいることは出来ない。俺は人間でこいつらは魔獣、そもそもの住んでいる世界が違うのだ。仮に俺が大自然の中で自給自足で生きていたのなら話は変わるが、そういうわけではないからな。



 引っ付いてくる子狼達の角の痛みに耐えながら眠り、翌朝夫婦と再び狩りに出掛ける。途中Bランクの魔物とも出会ってしまったが、夫婦のコンビネーションは見事の一言につき、それに目を奪われている間に戦闘は終了してしまった。


 そうしていく内にどんどん時間は過ぎていき、やがて昼になり食事を取る。帰ってからの予定を頭の中で組み立てていた時、事件は起きた。



(……ん?)

 何やら妙な音と血の匂いを捉え、意識を集中させ正体を探ってみる。洞窟の外から聞こえてきているようだが……木々が薙ぎ倒されてるのか? しかもこの感覚、何かでかいものが近付いてきてるな。


「おい、これってーー」

 剣に手をかけながら父狼に問い掛けようとするも、俺はそこで言葉を詰まらせる。余りにも衝撃的な光景に、何も聞く気が起きなくなってしまったのだ。



「グルルルルルルルル……!!!!」

 牙を剥き出しにし、息を荒げながら立ち上がっていた。臨戦態勢なのは勿論だが、こんな姿は見たことが無い。その上瞳からは、俺が今まで感じた事も無い強烈な感情が溢れ出ていた。


「ヴァウッ!!」

 そのまま父狼は勢い良く駆け出し洞窟を飛び出していった。俺が呆気に取られている内に母狼も立ち上がり、後を追おうとする。


「あっ。おい!」

 慌てて引き留めようとすると、母狼は一瞬だけ俺達を見て結局駆け出していってしまった。後には俺と子狼達だけが残される。


 今の瞳……こいつらとここで待ってろってか? いや、それも気になるっちゃ気になるが……夫婦から感じたあの感覚は一体何なんだ? 爺ちゃん達に鍛えられた時も、あんなドス黒いもの見たのなんて一度もない。

 何か子狼も揃って怯えてるし。あーもう、何なんだよ一体!



「お前らはここで待ってろ!」

 いても立ってもいられなくなり、装備一式を身に付けると子狼に指示を出し外へ向けて駆け出した。言葉は理解出来ずとも、雰囲気で何となく察してくれるはず。


 ……しかし、そのまま数歩進んだところで俺の足は止まることとなる。たまらず後ろに跳び、何が起こったのかを分析しようとした。



「何だ……今のは……」

 幻覚……なのか? 一瞬だが、俺の体が鎖に絡め取られて先へ進めないように見えた。だが、今同じ場所に立ってもそんな物は現れない。


 昔爺ちゃん達に聞いた事がある。達人並の感覚を持つ者は、物事に臨む前からその危険度を予期する者なのだと。曰く、この上無い危険を伴う任務の直前には必ず自分を阻む幻覚が見えていたのだとか。


 今のがそうなのか? だけど、それってつまりーー




「「「「「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」」」

「……くっ!」

 咆哮と思われる爆音が洞窟内にも響き、堪らず耳を塞ぐ。そうしてみて初めて知った、俺の腕が小刻みに震えていることを。気付けば冷や汗をいくつも流していた。


 ワケが分からず、けれど立ち止まる事も出来ず洞窟を飛び出した。外では既に戦闘が始まっており、夫婦とそれが放つ魔法が飛び交う様子が見える。



 そしてその中心にいたモノを見て、俺は僅かな間だが呼吸することすら忘れてしまった。ハッとして鑑定眼を発動し、それが予想通りの化け物であることを知る。


 九つの首と八本の触腕を生やした胴体という異様なフォルムに、ヘルハウンド夫婦と同等以上に渡り合っているその戦闘力。頭からはブレスを吐き、また触腕はひとたび振るわれる度に周辺の木々をいとも容易くへし折っている。まともに食らえば即死は免れないかもしれない。



「はは……は…………」

 口から乾いた笑いが零れ、今までになく顔がひきつっているのが分かる。そうか、そういうことか。これで気になっていた事全てに説明がついた。


 動物や魔物が殺気立っていたのは、こいつが目覚めて活動し始めたから。冒険者達が全滅したのはこいつをも相手にすることになったから。夫婦がボロボロだったのはこいつと戦ったから。

 一家がこの森ーーいや、正確にはあの洞窟を離れたがらなかったのは、こいつから子狼達を守ろうとしていたから。あれはやりたくても出来ないという困惑からのものだったんだろう。



 昨日ムシュフシュの事を思い出した時の違和感だってそうだ。ロックワームがムシュフシュを食い荒らすなんて事は有り得ないはず。

 ロックワームは確かに全体のサイズとしては大きいが、それはあくまで長いということであり、口径としては二メートル半程度しかない。その上口内に歯も大量に生えているため、それほど巨大なものを食うことは出来ないのである。


 実際ロックワームの主食は人間やゴブリン、あとはそれと同程度の大きさの動物や魔物であり、それ以上のサイズだと食らうというよりかは削ぎ落とすような感じになる。いくら凹凸が多いとはいえ、ムシュフシュの胴体に噛みついて引きちぎるなど出来はしない。


 まあ足や尻尾とかの細長い部位なら可能は可能だが、生きてるムシュフシュ相手にそれをやるのは難しいだろうし、もしやったとしたらどこかの部位が大幅に欠損しているはず。しかし、俺の見た死体はあちこちが食いちぎられているとはいえ一応形としては残っていたのである。ボロボロすぎて最初は何か分かんなかったけども。


 勿論ヘルハウンドでもない。魔法を使ったような形跡も無いし、それ以前にサイズ的におかしい。わざわざ強くてかつ食っても不味いムシュフシュを狙うのも変な話だしな。



 ロックワームでもなく、またヘルハウンドでもない。そしてBやCの生物なんかが一方的にムシュフシュをボコれるわけもない。なら一体誰の仕業だったのか。


 俺が可能性としていつの間にか排除していただけ、また単に恐らく休眠状態であった故俺が気付かなかっただけであり、誰もAランク以上が二種だけとは言っていない。

 ここにはもう一体化け物がいた。事態はまだ、収束していなかったのである。



 そう、そこまで理解は出来た。だが目の前にして尚、信じられるかと言われると別問題だと叫ぶ俺がいる。一方的にやられるイメージしか湧いてこないのは何年ぶりだろうか。


「何で……こんな所にSランクがいんだよ……」

執筆の励みになりますので、良ければ評価やブクマ等してもらえると嬉しいです。

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