第18話 手がかり
ちょっと短めです。キリが良いので一旦止めました。
真っ先に頭に浮かんだのはゴブリンの巣穴。ここスラーンド森林帯には奴らの巣穴が数多くあり、俺も調査の邪魔になるからと見かける度に潰していたので、そこそこ印象に残っていたりする。
だが、どうもそういうわけじゃなさそうだ。ゴブリンの巣穴は色々な匂いが混ざりあった結果あまり言葉にしたくないような感じになっているのだが、目の前の洞窟からはそんなものは伝わってこない。ただの洞穴であり、かつごく最近作られたように見える。
ヘルハウンドの先導の元、俺も洞窟に入っていく。中は薄暗いが、足元を確認できる位の明るさはあった。
とは言っても、月明かりが入り込んできているわけではない。この穴は真横に空けられたものであり、月は今角度的には真上にあるので光が届くわけもない。この洞窟が明るい理由、それは壁や天井にあった。
「これは……」
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『緑光石』:洞窟等で稀に見られる緑色の鉱石。大気中の魔力に反応し、保安灯レベルの微量の光を放つ。
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成る程、この石のおかげか。所々に存在しておりそれぞれが光を発しているから、それで何とか視界が確保出来てるってわけだ。
……つーか、微量って言いながらも光源生成と同じ位光ってるんですけど。こんな便利な物があるならそりゃ蔑まれるわな。こっちは魔法と違って置いとくだけで光るんだもの。
脇に目を向けつつ歩いて行くと別れ道に突き当たり、先導に従って右に曲がり最奥へと辿り着く。そこには一頭の雌の狼と二頭の子狼がおり、俺達の存在に気付くと先導を行ったヘルハウンドに子狼達がじゃれつき始めた。ステータスを覗き、三匹全員がヘルハウンドだということが分かる。
「……そうか。お前、家族がいたんだな」
俺から獲物を貰っていたのはそのためか。良く見ると母狼と見られる個体も傷を負っているようだし、満足に狩りを行えるのはこいつだけのはず。家族の分の食糧も用意しなければいけないのであれば、本調子で無い体ではキツいだろう。
じゃれ合いを見ていると、奥にいた母狼がのそっと起き上がり俺の方へ近づいてくる。そして俺に向かって頭を下げるーーと同時に、父狼の頭を押さえつけ強引に頭を下げさせていた。
まるで「ほら、アンタもちゃんとしな!」と言っているかのようだ。一方の父狼は渋々と言った表情を覗かせている。
……ふむ。何となく話が見えてきたな。
恐らくだが、父狼は家族の安全を考えて俺をここに来させる事には反対しており、母狼はそれとは対照的に俺と実際に会って話をしたがっていたのだろう。そして話し合い-だけで済んだのかは分からないが-の結果俺をここに来させる事に決まり、今まで拒否していた事も詫びている、と。俺個人の想像も少し含まれてはいるが、伝わってくる感情からしてそんな感じだろう。
父狼の考えもごもっともだろうし、別に気にしなくても良いと思うんだがな。というか父狼よ、お前男のくせに負けたんか。
「礼なんかいらん。ついでに狩っただけだし、俺が運んだわけでもないしな」
「ガウ…………」
「だからいらんって。さっさとその傷を治してくれりゃ十分だ」
普通に話してるところからも分かるだろうが、母狼も異種言語理解持ちである。子狼二頭は持ってないことから、ある程度成長しないと身に付ける事は出来ないのだろう。
母狼へと返答をした後、ふと足元からの視線に気付く。見ると、子狼達が俺を見上げて尻尾を振っており、足に頭を擦り付けてきた。感謝を伝えようとしてくれているのだろうか。
……いらんとは言ったが、これはこれで悪い気はしないな。いや、感謝云々ではなく触れ合っているという点での話である。
実を言うと、俺は狼が結構好きだったりする。異世界系の物語の中では他の動物というよりかは狼が相棒となる展開が多かったから、多分その影響が強いのだろう。それ以前は修練に明け暮れてたっていうのもあるけど、図書館は行っても調べようとすらしてなかったし。
試しにそっと頭を撫でてみると、尻尾の振りが早くなり視線から伝わってくる感情の度合いが増した。犬系の動物が尻尾を振るのは、正確には嬉しいからではなく興奮しているからなのだが、この場合はプラス方面の感情と見て良さそうだ。
……ちなみにだが、子狼と言っても成体のサイズがサイズなので当然子供も大きくなる。既にちょっとした大型犬並はある、と言えば分かりやすいだろうか。
加えて角もちゃんと生えているので、無造作に触ろうとするとぶっ刺さるという事故が発生する。撫でてる途中で激しく頭を振られた場合も刺さるかもしれない。あっぶね。
そんなこんなで、俺はこの夜洞窟で一夜を明かす事となった。邪魔するのも悪いと思いはしたのだが、帰ろうとした時子狼達が服をくわえて離そうとしなかったため、そのまま留まらざるを得なくなったのだ。
最初は強大な気配で中々寝付けなかったのだが、それも徐々に慣れ意識は落ちていった。唯一の問題点としては、擦り寄ってくる子狼の角が腹に刺さって痛かった事位だろうか。血は出なかったから別に良いけども。
日が昇った後、俺は父狼と共に狩りに出掛けていた。調査兼魔物討伐に行くため洞窟を出ようとしたところで引き留められ、恩返しのつもりなのか手伝ってくれる事になったのだ。
本調子で無い事に心配を覚えてはいたが、そこは流石Aランクといったところ。食糧調達の間の魔物との戦闘により、感覚をどんどん取り戻しているように見えた。傷の治り具合も考えると、長くともあと一週間位で完全に元通りになるのではなかろうか。
そしてこの日も洞窟に泊まることになり、朝を迎え目を覚ます。近辺で食糧を確保し、母狼達の元へと戻る時の事。
「……なあ、ヘルハウンド。少し聞きたいことがある」
意を決して問いかける。ずっと気になってはいたが、殆ど話しもしない内に聞いても答えくれないだろうと考え、今まで聞いてはこなかった。だが、例え少しでも手伝ってくれる位思うところがあるのなら、門前払いみたいな事はされないはずだ。
「先に言った通り、俺は依頼を受けてこの森を調査しにここに来てる。そこで、可能なら質問に答えてほしい。……ここ最近、人間と戦ったり人間を殺したりした事はあるか?」
「……ガウ」
首を横に振り、否定の意を示す。
まあそうだろうな。家族のために少しでも食糧を確保しなくちゃならんわけだし、余計な戦いをするはずが無い。
もし人間が食糧を持っていたとしても、俺のように分けてもらえそうな相手なら近づいて反応を確認し、そうでないのならハナから近付いたりしないだろう。それは分かってたから、今の質問はあくまで確認でしか無い。
……さて、どうしたものか。こいつが犯人じゃないと安心している俺がいる一方で、振り出しに戻ったことを残念がっている俺もいる。まだここを去っていないと信じて、早いとこ犯人を見つけたいものだーー
「…………オン」
顎に手を当て考え始めようとすると、ヘルハウンドはふと立ち止まり。そのまま俺をじっと見据えてきた。これは……何か他に言いたいことがあるのか?
だが残念な事に、その詳細までは分からない。そこで、正確に伝達が出来るようイエスノークエスチョンをいくつか投げ掛けてみる。そして出た結論は。
「……質問を変えよう。ここ最近、人間が殺された場面を見たか?」
「オン!」
「やはりか……! どこで見ーーって、この言い方じゃ駄目か。えーっと、何て言えば良いんだ?」
ここからの方向……でもない、距離でも無い。駄目だ、言い方が思い付かん!ああもう、こいつの言葉さえ分かったら全てが解決するのに。
「オン」
「ん? どうした?」
「ウォウッ!」
一つ高く吠えると、俺の前に身を踊らせ一昨日のように背中を見せてきた。てことは……。
「もしかして、連れてってくれるのか?」
「オン!」
「そうか。ありがとう、是非ともよろしく頼む。……おし。そうと決まれば、早く飯食って出掛けるか!」
「ウォウ!」
共に駆け出し洞窟にて狼一家と食事を取る。途中夫婦が真剣な様子で何かを話し合っていたが、恐らく俺との一件の事についてだろうな。詳しい場所は分からんが遠くなら昼には帰れないだろうし、予め話しておくのは当然と言える。
そして装備を整え、ヘルハウンドの背に乗り北に向かって走り続ける事約二時間。そこは森林というよりかは、荒れ地の中に植物がいくつかのエリアに分かれて生えているという感じの場所だった。恐らくは、冒険者達や騎士団を壊滅させた者の仕業だろう。
背中から下りて、周囲の探索を開始する。辺りを見回しながら歩く事五分、ふと横に目を向けた際藪の中でキラッと何かが光った気がした。気になって近付いてみると、それは金属の塊だった。
いや、正確には単なる塊ではない。手に取ると良く分かる、これはひしゃげた鉄の兜だ。しかも見覚えがある。
「……ゴブリンが付けてたのと同じやつか。騎士団の物だろうな」
地理的に言うと、ここはキュレム王国よりかはむしろスラーンド王国に近い。騎士団は調査の一貫でここまで足を踏み入れ、そして何者かと戦い破れ去ったと見える。
しばらく捜索を続けてみると、辺りには兜の他にも潰れた鎧に手甲、それとその一部と思われる金属片が多数転がっていた。更には人間の血痕も見つかったので、ここで戦闘が行われたのは確定事項だ。
まあ血痕と言っても、殆ど雨で流されたのかちょっとした染み程度にしか残っていないので、普通なら何も考えず見逃していただろうが。当の俺だって、鑑定眼で人間の血だって分からなきゃ絶対にスルーしてたし。
ただ、肝心の魔物などの痕跡は見つからない。確かに騎士団壊滅の裏付けが取れたのは良いが、出来ることならその相手が何だったのかも知っておきたいところ。
そう考え、俺は更に歩を進める。その時だった。
「ガゥ! ヴァウ!!」
背後にいたヘルハウンドが突如激しく吠え始めた。威嚇……いや、警戒を促してるのか? だけど、何処かから魔物が襲ってくる様子は無い。
左右を確認し、念のため前方を見上げる。目の前にはちょっとした岩山があり、その上から何か来るのかと思い身構えるが……何も起こらない。
警戒しつつ、首を傾げながら岩山に近付いていく。そして改めて上を見上げようとしたその時、ピシッという音がして上方にあった岩が俺目掛けて落下してきた。
「うおっ!?」
瞬間的に後ろに向かって飛び、巨大な岩をかわす。成る程、ヘルハウンドはこれを警戒しろって事で吠えーー
「ーーは?」
ホッと一息つこうとした次の瞬間、真下に落下していたはずの岩が方向転換をし、俺目掛けて高速で飛んできた。慌てて回避しようとするも間に合わず、既に抜いていた大剣を盾代わりにし、そのまま後方に数メートル程吹っ飛ばされる。
地面に着いた後は何回か転がり、途中で地面を殴り付け強引に体を起こし体勢を整える。先程の岩山を見てみると、一つの塊だったものがどんどんほどけていき、やがて一体の蛇のような形となった。
「ヴロロロロロォォォオオオオオ!!!」
「グルルルルルル!!!」
大音量で叫ぶその化け物相手に、ヘルハウンドも闘志を剥き出しにしている。岩に包まれた細長い体に、顔と見られる位置にある三つの眼、何列にも歯が続いてギチギチと音を鳴らす不気味な口内。
「ロックワーム……? おいおい、冗談キツいぜ……」
鑑定眼によりステータスを覗き、そこに表示された名前を見て戦慄する。いくら休眠状態か何かで気配が感じられなかったとは言え、こんな奴に不用意に近付くとは俺も堕ちたものだ。
書物に基礎情報がチラッと載っていた。まともに剣も魔法も通さない甲殻に、巨体に似合わないスピード、一度食らい付かれたら磨り潰される以外道が無い牙。凄腕の冒険者ですら、単体ではまるで敵わない強大な戦闘力。
そりゃそうだ。こんなんいるなら騎士団が全滅しても何もおかしくない。
何せこいつは……Aランクの魔物なんだからな。
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