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シーカーズ ~大器晩成魔法使いの異世界冒険譚~  作者: 霧島幸治
第二章 キュレム王国編 後編
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第17話 邂逅

 でかいーーそれが、俺が最初に抱いた感想だった。

 地球でいう狼の体長は、平均で言うと百四十かそこら。大きいものでも百六十程度で、二メートルいくことなどありはしない。


 だが、今目の前にいる黒い狼は優に三~四メートルはある。昼間戦ったキマイラよりも更に一回りか二回り大きく、流石に八メートル位だったムシュフシュには遠く及ばないが、それでも迫力は十分だろう。


 もう一つ特徴的なのは額。大きな傷があり、そこに立派に生えていたであろう角は中程からポッキリと折れている。火も炊いてない故暗いから見えづらいが、古傷ではなくごく最近負ったように見える。狼同士の縄張り争いでもあったのだろうかーー


(ッ!?)

 鑑定眼を発動しステータスを覗き見た結果、俺の心拍数は更に跳ね上がることとなった。柄を握る力が半ば無意識に強くなり、それに従っていつ襲われても良いように体勢を整え直す。



(……あれ?)

 そうしていく内に、目の前の狼から一切の敵意を向けられていない事に気付いた。それにこの視線、どこかで……。


 緊張感を保ちつつ記憶を探っていると、狼は俺と合わせていた視線を外し、別の方向を見た。それを辿っていくと、その先にはワイルドボアの死体。良く見ると、ハッハッと息も荒くなっている。


「……食う?」

「オンッ」

 肯定の意を含めたその返事に拍子抜けし、思わずガックリと肩を落とす。俺の警戒を返せ……。



 そんな俺の横をのしのしと通り過ぎ、ワイルドボア二体の内一体の前に立つ。すると不自然に風が巻き起こり、直後肉がバラバラになった。

 そしてその内の一つを口でくわえ、俺に頭を下げたのち猛スピードでその場を去っていった。強大な威圧感が消失し、完全に気が抜けた俺は近くの木を背もたれに座り込んだ。


「ふぅぅぅぅ…………」

 息を深く吐き、呼吸を整えていく。ここまで緊張したのは何年ぶりだろうか。去っていった方向を見ながら、先程見たステータスを思い出す。



============================================



 〈名前〉:ヘルハウンド 〈年齢〉:26


 〈種族〉:魔獣/ヘルハウンド 〈性別〉:雄 〈属性〉:火・風


 〈基本技能〉:隠密(大)、心眼(大)、威圧(超)、咆哮(超)、気配察知(極)、殺気感知(極)、視線感知(極)、危険察知(極)、直観(大)、軽業(大)、歩行術(大)、予備動作短縮(大)、模倣術(大)、解体(大)、異種言語理解、炎熱耐性、毒物耐性


 〈異能〉:煉獄の息吹


 〈魔法〉:火属性魔法(大)、風属性魔法(大)、無属性魔法(中)



============================================



 書庫であの名前を見た覚えがある。ヘルハウンド……あいつはAランクの()()、しかもその中で最上位に位置する存在だ。


 動物とは違い、特別知能が高い故魔法を扱う事が出来る魔獣。ワイルドボアをバラバラにしたのは、確かに風属性のウィンドエッジという魔法だった。肉が殆ど同じ大きさに切り揃えられている所からも、かなりの使い手だということが考えられる。



「もし戦闘になってたら……どうなってたんだろうな」

 まず無事では済むまい。いくら俺でもAランク相手に善戦するなんて百パー無理だし、良くて相討ちに引き込めるかどうかといったところだろう。途中で引いてくれなきゃ多分死ぬ……いや、その見積もりも甘いか。


 それはあくまで魔法抜きでの話だ。魔獣であるあいつなら、高速移動しながら俺の剣の射程外から魔法を撃ちまくってくるだろう。書物によると、あいつは身体強化(ブースト)でも到底追い付けない程速いらしいからな。

 ただえさえ分が悪いのに魔法面で更に差が開くのだ、勝てるわけが無い。戦闘にならなくて本当に良かった。



 ……とはいえ、そうなる事は無いというのも既に確信している。今しがた思い出したが、視線の感じからしてゴブリンの一件の時遠くから俺を見ていたのもあいつだろう。

 であれば、無意味に俺を殺そうとすることは無いはずだ。怒りを買いさえしなければ、の話だが。


 ゴブリン共はあいつに何かしたからこそ皆殺しにされたってことだ。FランクごときがAランク相手に喧嘩売るとか阿呆としか言いようが無いな。中途半端に理性なんかつけるから、野性動物が本来持つはずの危機察知能力も身に付かないんだっての。



「……つっても、まさか肉を持っていくとはな」

 いやまあ丁度処理に困ったから別に良いんだけど、野生動物が何の警戒も無しに他の奴が狩った物を持っていくか普通?俺がもし倒すときに変な物使ってたらどうするつもりだったんだ?

 そこら辺は嗅覚で判断したのかもしれないけど、どうにも解せないところがある。肉に慎重に近付こうっていう意志も感じられなかったし。


 誰かに飼われてる……わけじゃないよな、多分。もしそうだったらそいつに何かしら名前を付けられてると思うし、その場合は名前の欄にそれが表示されるはずだ。

 ここ最近動物や魔物のステータスを覗いてみて、特に名前が無い場合は種族名がそのまま表示されるってことが分かった。であれば、あいつは普通に野良ということ。



 ……というか、あいつならわざわざ貰わなくても食糧くらい普通に狩れるのでは? 獲物が豊富なこの森で、まさか一体も見つからなかったということはあるまい。夜行性の動物は十分活動してるわけだし。


 何で人間なんかに頭下げてまで持っていったんだ……?狩りが出来ない何かしらの理由でもあったのだろうか。




「…………ん?」

 先程から襲ってきていた睡魔に身を任せて意識を落とそうとした時、再び巨大な気配を感じ体を起こす。どうやら戻ってきたらしい。


 草木をかき分け飛び出してきた黒い影は、新たな肉を口にくわえ去っていった。どうやら一個一個往復しながら運ぶつもりのようで、しばらく待っているとまた姿を現した。



「なぁ、手伝おうか?」

「……ガウッ」

 首を横に振り否定の意を表す。手を煩わせたくないというよりかは、どこに運ぶのかを知られたくないといった感じだ。


 近付いて来る度に気配で起こされて安眠出来ないし、本当は手伝って早く終わらした方が俺的にも良かったんだが……嫌だというなら仕方無い。寝てる時に来られると心臓に悪いから、運搬が終わるまで我慢して起きていることにしよう。


「分かった。だが、俺ももう寝たいからなるべく早く終わらしてくれ。それと、俺が欲しい量はもう分けてあるから、そこにあるやつ全部持ってっても構わん」

「オン!」

 俺との()()を終え、ヘルハウンドは再び運搬作業を開始する。俺はそれを眺めながら、ステータスの中の技能について考えていた。



 異種言語理解ーーどうやらこいつは同種のみならず、人間含め他生物の言語の意味まで把握出来るらしい。言語の種類に制限は無く、会話をしているところを数多く見れば自ずと身に付くものなのだとか。魔法使える程だとは言え、どんだけ頭良いんだよ。


 これが他の魔獣も持っている技能なのかは分からない。実際に会ってステータスを見ればすぐに分かるだろうが、魔獣を見たのはこれが初めてだからな。


 だが……もし揃って身に付けているとしたら、魔獣が厄介な存在となるのも当然と言える。冒険者がパーティを組んで戦う時というのは、作戦内容なども含め良く声掛けをするもの。「私が囮になるからその間に裏から回って!」といった事を大声で伝える事だって勿論あるだろう。


 普通ならそれで何も問題は無い。しかし、言葉を理解するということはその内容も全て筒抜けになっているということ。そして冒険者側はそんな事考えもしないから、同じ手を何度も使ってボロ負けするってわけだ。鑑定眼が無けりゃ知り得ない事実だろうから、無理も無いだろうが。


 ……とは言え、今さっきの俺との会話もこの技能があったからこそ成立していたわけだし、厄介さに文句を言うことは出来ない。文字通り話が通じる奴だったということだ。こっちは簡単な感情しか分からないから、一方通行じみたところはあるけどな。



 何度か往復をした末肉は無くなり、最後に一礼をしてヘルハウンドは去っていった。争う気が無いと分かった後でも尚感じていた緊張がほどけ、同時に心身共にかなりの疲労に襲われる。ずっと気を張っていたから、その反動が来たんだろうな。


「あぁー……やっと本当の意味で休めるわ」

 座り込むというよりかはずり落ちるようにしてへたり込み、そのまま意識が落ちていく。あいつが近くにいると精神的にかなりよろしくないが、まあもう来ることは無いだろうし、明日からはまた安眠出来るだろう……と頭の片隅で思っていた。




 しかし、その翌日の夜。


「ガウッ」

「またかよ……」

 川で水浴びも済ませ、さあ寝ようと思っていたその時。昨日と同じようにヘルハウンドが俺の元へとやって来ていた。ステータス上の技能も額の傷痕も全く同じなので、昨日と同じ個体と見て良い。


 そして、またも俺が取った獲物に視線を注いでいる。それ明日の朝食用に取っといたやつなんだけどなぁ。しかも今日一体分しか無いし。



「……仕方無い、ちょっと待ってろ。俺の分少しだけ切り分けるから」

「オンッ」

 だが、俺は肉を分けてやることに決めた。理由としては主に二つ。

 一つ目は単純に敵対したくないから。流石にこんな程度で怒るような事はしないだろうが、万が一ということもある。分の悪い戦いなんか受けたくないしな。


 そして二つ目だが、それはこいつの体にある。昨日は暗すぎて良く見えず、今は火を炊いているので完全に見えている状況なのだが、胴体にも所々に傷を負っていることが分かる。一応大分塞がってはいるようだが、つまりまだ完全には治っていない。

 更に、昨日は違和感程度にしか感じなかったのだが、少々ふらついているのが見て取れた。傷同様まだダメージが抜けきっていないのだろう。


 まあ何というか、同情のようなものである。万全の状態で無いということは、普段のように自由に体を動かせないということ。ならば、可能不可能に関わらず狩りをしたくない時だってあるはずだ。俺も過去にそういう経験したことあるし。



 これがもし魔物だったら対応は違った。だがこいつは脅威ではあるとはいえただの動物、俺が必ずしも倒さなきゃいけない対象ではない。


 こっちを無闇に攻撃してくるような存在でもないしな。猿や猪みたく見ただけで襲ってくるなら容赦無く返り討ちにするが、そういうわけでもなく討伐対象でも無いなら敵対する理由が無い。多少の施し位は許されるだろう。



「ほら、後は好きにしてくれ。……明日はどうするんだ? また来るのか?」

「オン」

「そうか。なら明日はもう一体余分に狩ってくるから、それを持っていってくれ」

 俺は視線感知と読心術を、ヘルハウンドは異種言語理解を駆使して双方の意思をくみ取っていく。会話が通じるって素晴らしいな。



 宣言通り次の日も、そのまた次の日も現れ肉を回収していった。このままこれが日課にでもなるのかなと思いきや、出会って五日目に変化が起きる。


 その日の晩、ヘルハウンドはそれまでよりも早い時間に俺の元に来た。丁度食事を終わらせたばかりであり、寝るまでには三時間もある。

 眠気もまだ無い故、運搬の様子を眺めながらトレーニングをしていたのだが……最後の肉を運び終えた後、何故かまた戻ってきた。そして俺の近くに寄ってきて背を向け、後ろ足を折り畳む。


「ワンッ」

「んん? ……もしかして、乗れってこと?」

「オン!」


 どうやらそういう意味らしい。どこに連れていくのか気にはなったが、そもそも聞いたところで言葉が分からない以上意味が無い。瞳からも俺をハメようとしてるような雰囲気は感じ取れないし、大人しく付いていくことにした。


 勿論荷物を置いていくわけにはいかないので、側にあった剣などを全て身に付ける。ここに来てから既に一週間、支給された物資はほぼ使い切っているので、そこまでの負担にはならない……と思う。乗り込んだ時、人間で言うところの「う゛っ」のような声が聞こえたのは気にしてはいけない。



「おし、準備オーケーだ。いつでも出てくれ」

「ウォウッ!!」

 首に手を回し体勢を整える。さて、一体どれくらいの速度がーー



「ーーうぉぉぉぉおおおおおおお!!!???」

 急発進したその衝撃に嫌な予感がし、掴む力を強くする。直後、目を開けていられない程の風が俺の体を襲った。


 ちょっ、一体どんな速度出してんだ!? しかも、多分これでも俺が落ちないように調節してくれてやがる。

 本気で走ったら更に速くなるって……Aランクって間違いなんじゃないのか? こんなん精霊使いでもないと相手にならんだろ。普通の魔法じゃとても当てられる気がしねぇ。



 そうして常人なら軽く振り落とされるであろう背に乗って、走り続けることおよそ十数分。徐々に速度が落ちやがて立ち止まったので、俺も背から下りる。そこは、山の中にぽっかりと口を開けた一つの洞窟だった。

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