第16話 魔法陣魔法
「ーー報告は以上。てことで、調査はしばらく続行していくつもりだ」
「了解だ。引き続き、よろしく頼む」
八日後、定期連絡のために俺は王都へと戻ってきていた。いきなり二週間やっても良かったのだが、まずは様子見ということで早めに切り上げたのだ。
尚、能力生成に関しては森で使ったので期間に問題は無し。少々危険ではあったのだが、勿論周りに何の気配も無い事を確認してからやったので良しとしてほしい。一々戻りたくないしな。
今回の調査で判明した事は大きく分けて三つ。一つ目は、森の中で見つかった惨状について。
未だに原因となった奴は見かけていないのだが、その代わりにこの間のゴブリン達のような光景がいくつも見つかった。奥に進むにつれ数は増えていったので、この調子だと多分もっとあるとは思う。上空から見たら穴だらけになってるんだろうな……。
死体の種類としては、ゴブリンだけでなくオーガやリザードマンの群れ、単体で言うとワイバーンやムシュフシュなど。ワイバーンというのは簡単に言えば腕に翼膜の生えた巨大なとかげで、ドラゴンに多少似ているも知能が低く魔法は使えない。ということで魔獣ではなく動物に分類されている。
もう一方のムシュフシュは、一対の角を携えた蛇の頭に同じく蛇のように長く鱗に覆われた胴、そして獅子の前足と鷲の後ろ足とサソリの尾を持つ異形の生物。こちらは魔物に分類されている。
……ちなみに、小説の中で良く魔物と扱われるオーガやリザードマンは、体内で魔石が存在しないためこの世界ではゴブリンと違ってちゃんとした動物と扱われている。「ややこしすぎるわ!」と俺も最初は思ったものの、実は見分けるのはそう難しくなかったりする。
この世界独自の生物である魔物。確かに動物と似通った特徴を有してはいるが、細部ではなく体全体で見ると殆どが既存の生物とはかけ離れた姿をしている。
ムシュフシュなど良い例で、キメラ系の生物は全てが魔物だそう。まあ、あんなん自然に生まれるわけないものね。
他にいくつか例を挙げれば、多数の首や多数の目を持っていたり、そのままだと普通なのに触手が余計に付いてたりだとか。要は、魔物とは基本的にアレな姿をしているものなのだ。人間に似たゴブリンやオークなどまだマシな方。
まあそんなわけで、文章だけでは分からずとも一目見れば「ああ、こいつ魔物だな」と簡単に分かるらしい。魔物は魔王が造った存在だとか言われてるけど、どんだけ趣味悪いんだか。
話を戻そう。二つ目は、ワイバーンとムシュフシュの死体の状態に関連すること。
この世界における動物や魔物には、討伐難易度ごとにSS~Fのランクが設けられている。これは冒険者のランクに連動しており、あくまで目安ではあるが同ランクは単体でギリ撃破可能、一個上のランクはパーティでギリ撃破可能といった感じになっている。例えば相手がCランクの場合、Cランク冒険者一人もしくはDランクパーティで討伐可能なわけだ。
そしてワイバーンとムシュフシュのランクは共にB。AランクやSランクに相当するドラゴンには到底及ばないが、それでもある程度の実力は有している。
……だが、俺が発見した死体は滅多打ちにされ見るも無惨に食い荒らされていたのだ。この世界の冒険者ならともかく、経験も浅い俺では鑑定眼無しでは死体が何なのかすら分からなかった。勿論人間の仕業では無い。
周囲の状況から考えるに、多少抵抗はしたもののほぼ一方的にやられたように感じた。Bランクである生物がそうなるということは、それ以上ーー例えばAランクの生物が存在していることになる。
……どこがFランクの経験値稼ぎの森だよ。アマゾンに身一つで投げ出される方がよっぽどマシだわ。
クルツもこれには「はぁ!?」と驚いており、急ぎ周辺国のギルドに対しスラーンド森林帯へ許可無く入る事を控えるように伝えるそうだ。そりゃまあ、今初心者が入ったら百パー全滅するだろうからな。
三つ目は被害の状況。これに関してはあくまで俺の感覚なので、あまりハッキリした事は言えないのだが……惨状には二種類あるように感じたのだ。
片方は炎を扱いつつ相手を翻弄するタイプが起こしたもの、もう一方は巨躯に任せてひたすら蹂躙するタイプが起こしたもの。俺はそんな風に判断した。実際同じような相手でも被害の規模はまるで違ったしな。
このことより、化け物が二種類いるという説の信憑性が増してきたわけだ。自分で提示しておいて何だが、とんでもないことになっちまったな。
ーー以上、報告内容でした。
「とは言ったものの……これ以上は危険過ぎるな。少し人数を増やすか?」
「止めてくれ。目立ちにくいっていうせっかくのメリットを薄れさせてどうする。それに、変に数を増やしても無駄に死人を増やすだけだ。俺としても、他に気にかける存在なんて無い方が楽で良い」
「そ、そうか。君が良いなら別に良いのだが……」
「そんじゃ、俺はそろそろ行くぞ。疲れたから早く寝たいしな」
「そうだな、ゆっくり休んでくれ」
片手を上げギルド長室を後にし、俺は城へと帰還した。次の日の朝サーシャに色々聞かれたのは言うまでもない。
翌々日に調査は再開され、俺はちょっとした買い物を済ませたのち馬車に乗り、再び森林へと赴いていた。前回とは違うルートを辿っていき、二日経った日の事。俺は大剣を構え魔物と対峙していた。
「ゴルルルルル…………」
マンティコアーー人面にライオンの胴体、コウモリの翼にサソリの尾を持つ怪物である。全身は赤い体毛で覆われており、口内に三列に渡って存在する牙は鮫の歯のように鋭く尖っている。噛まれたらひとたまりも無いだろう。
まあ、その……控えめに言って、凄く気持ち悪いです。ハイ。
これで人間の言葉なんて喋りだした日にゃどうしようかと思う。というか、確かそんな作品あったっけか。
「ゴアアアアアア!!!」
「これで顔もライオンだったら良かったんだけどなぁ……。何でこんなキモいの作っちゃったのよ」
突進をかわし、直後迫ってきた尻尾を大剣の腹で弾く。毒自体は状態異常耐性で何とかなるが、やはり食らわないに越したことはあるまい。あのでかい針で刺されたら絶対痛いし。
その後も突進されては避けていくというのを何度も繰り返していく。反撃に転じたいところなのだが、そうもいかないのが現実というもの。
このキモいの、突進が回避されたと見るや否や直ぐ様切り返してくるため、中々隙が見つからないのである。避けた瞬間を狙おうにも、そのときには尻尾が迫っているため上手くいかず、その結果立て直す時間を与えてしまっているということだ。ここら辺はソロのキツいところだな。
元々の速度も速いため、突進に合わせて攻撃するっていうのも危険が無いとは言えない。身体強化を使えばわけないだろうが……ふむ。
「仕方無い。初使用の相手がこいつっていうのはちとアレだが、難易度的には悪くはない。使わせてもらうとするか」
尻尾の攻撃を防ぐーーその一瞬前に、ポケットから取り出した物をマンティコアの足元目掛けて放り込む。そして切り返して俺に狙いを定めようとした時、マンティコアの体は炎に包まれた。
「ゴアアアアアアアッッ!!??」
全身を焼かれながらも突進を試みるが、そう上手くいくはずもない。途中でバランスを崩しすっ転び、その隙に俺は大剣を振るい尻尾を根本から切断した。
「突進が外れ切り返す際、お前は急停止をする。それが仇になったな」
尤も、しなかったらしなかったで隙も生まれてただろうが。という風な事を考えつつ、がら空きになっている首目掛けて斬撃を食らわせ戦いは終わった。
辺りを見回すと、先程の炎がうねりながら徐々に大きくなっていた。一応ここは開けた空間ではあるが、それでも足元には燃えやすい物が沢山ある。このままでは他の木々にも移ってしまうだろう。
そう考え、俺はポケットからもう一つ取り出し炎へ向かって投げ入れる。すると、今度は突然水が沸き出し炎を消し去った。その様子に、俺は思わず頬を緩めていた。
「系統外である俺が火と水の魔法を扱うっていう、違和感しか無いこの光景……通過点にしか考えてなかったが、実際になってみると中々嬉しいもんだな」
勿論、系統外故詠唱魔法を使うことは不可能。これはそう、念願の魔法陣魔法である。まあ、こんな風に何気無く使えるのもこいつがCランクだからなんだけども。
ここ最近の調査で、動物だけでなく魔物の死体も数多く見てきた。討伐対象の死体の素材は発見者の物、つまり調査中に見つけた物は全て俺の物となるのである。
そして魔物の体内には魔石が生成される。ということは、危険とはいえ森の中を捜索するだけで魔石がガッポリと手に入るーーはずだった。
いやまあ手に入ったことは確かなのだが、そこまで数が多いわけではないのである。魔石にはS~Dのランクが存在するが、これもまた動物や魔物の討伐難度と大まかに連動しており、SSからはSランクの魔石が、SとAからはAランクが、BCはそれぞれ同じランクの魔石が取れ、D以下はDランクの魔石が取れるという風になっている。
今回の調査で見掛けた魔物は殆どがDEFランク。つまり魔法陣魔法が使える魔石は取れないので、スルーするしか無かったのだ。
また、時折C以上を見つけても安易に喜ぶことは出来ない。魔石は心臓のすぐ上に生成される物……つまり、死体の心臓付近が破壊されていれば高確率で魔石も無くなっているわけである。
実際そういったパターンはいくつもあった。その結果、手に入った魔石はBランクが一個にCランクが八個、そして今Cを二個使ったので残りは計七個である。少なっ。
心臓を攻撃しないように倒さなきゃ手に入らないっていうのが、魔石の希少性を更に引き上げてるんだろうな。激戦になればなるほどそんな事気にしちゃいられないから、結果的に取れる魔石の数は少なくなっていくってわけだ。
……とはいえ、それでもいくらか手に入った事は事実。労せずして手に入るのだから、文句を言うことは出来ないだろう。
加えてマンティコアはCランクなので、一つとはいえ魔石の補充が可能。今回は二つも使ってしまったが、次回からは相手と場所を選べば切らすなんて事はそうそう無いはずだ。これから先の調査でも手に入るだろうしな。
討伐証明部位と魔石の剥ぎ取りをささっと済ませると、足早にその場を後にする。普段なら音を聞き付けて色々来たところで返り討ちにするだけなのだが、今は作業の邪魔になるのでご勘弁願いたい。
人目の付かない落ち着ける場所に移動し腰を下ろす。そして、先程取った魔石を一旦脇に置き、袋の中から瓶を一本取り出した。
ここに来る前街で買ったものだが、名をカンバスインクという。ミスリルと同じく魔力を通しやすい物質であり、これを使って描いた魔法陣でなければ上手く魔力を流すことは出来ないらしい。要は生命線とも言えるものであり、魔法陣魔法を使う際には無くてはならないものなのだ。
だからどうしても欲しいものではあったのだが、少しばかり値段が張るという問題があった。ワイルドボアを焼いてた時わざわざ火起こしをしていたのはそのためである。
具体的な値段にすると大銀貨一枚、つまりは日本円で二万。ゴブリン百十五体の討伐報酬で買えはしたが、食費の関係上ちょっと躊躇っていたのだ。そんな時調査関係で結構金が入り、こうして無事買うことが出来たというわけ。
「おし。んじゃやるか」
魔石に意識を集中させ、黙々と魔法陣を描いていく。魔法陣というものはかなり繊細なもので、こうして描く時には結構神経を使う。人目、いや動物目に付かない場所に移動したのはそのためだ。
今回描いたのは消費してしまった火の魔法陣。いつでも使えるようにCランクの魔石には予め全てに魔法陣を描いておき、使ってしまった際はその度に補充するようにした。
尚、Bランクの魔石にはまだ何も描いていない。勿体無いという感情故だが、まあCランクで事足りるから問題は無いだろう。
終わった後は風通しの良いところに置いてしばらく待機。インクは十分程経たないと乾いてくれず、その前に仕舞うとせっかく描いた魔法陣がぐちゃぐちゃになってしまうからだ。
……まあ、油みたいな感じなのに十分程でサラサラになるっていうのはどういうことなんだっていう気はするけど。そこら辺は気にしてはいけないのだろう。
乾いた事を確認すると、一式を仕舞い込み再び調査へと出掛けた。いい加減腹も減ってきたし、そろそろ肉でも狩ろうかね。
ーーその日の晩のこと。やる事を色々終え、俺はいつもより少し早く眠りについていた。
傍らには火の消えた木材と二体のワイルドボアの死体。肉が欲しくてワイルドボア一体を狩ったのだが、実はこやつらはつがいで一体が終わったらもう一体も突っ込んできてしまったのだ。そのままでは肉を回収することも満足に出来ないので、やむなく二体とも狩ったという経緯。
勿論無駄にする気はないので、調査期間中に消費したいところであるが、少し処理に困っているところではある。この間とは違い放っておくと魔物の活動を助長させてしまうことにも繋がるので、自分以外に頼ることが出来ないのだ。一気に消費してくれる動物でも現れないかな……と思いながら今に至る。
そして、夜も更け辺りが静まりかえった頃。
「ッ!?」
巨大な気配を感知し、俺は半自動的に跳ね起きた。出来る限り消そうとしているようだが、爺ちゃんレベルでなければ俺の感覚を欺くことなど出来はしない。
脇に置いてあった剣を掴み取り、気配を感じた方面を睨みながら居合いの要領で構える。数は一体だが、これは…………。
「……マジか」
寝起きだった目が一気に冴え渡り、続いて背中に冷や汗が流れる。マズい。姿はまだ見えないが、どう考えてもこいつはヤバい。
そうして待つ事数十秒。草木を掻き分ける音が徐々に大きくなり、やがて気配の正体が姿を現す。それは、一匹の黒い狼だった。
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