第14話 異変
一体この場で何が起こったのだろうか。気になった俺は、まず気配を探って生き残りがいないことを確認する。見回ってる時に背後から不意討ちを食らってはたまったものではない。
それが済んだ後は、死体の状況を一体一体細かく調べていく。体の前面が切り裂かれている者、首と胴が離れている者、全身が焼け焦げている者、身にまとった鎧ごと潰されている者。
死体を避けながら歩いていると、地面に広がっている血がピチャピチャと音を立てた。乾いてないってことは、それほど時間は経ってない……だが、俺が来たときはそんな激しい音は聞こえなかった。ということは、数時間程前にこうなったばかりなんだろう。
この惨状、どう考えても人間が作り出したものではない。焦げや砕けた地面は魔法で説明は付くが、だったら所々に残る爪痕や肉が飛び散っている光景は何なんだっていう話になる。わざわざそんなことをする必要が無いし、武器でやったにしても戦鎚や槍斧等の重量系武器はこの鬱蒼とした森の中で振り回すには不便過ぎる。
……というか、そもそもこんな派手にぶっ壊す必要が無いしな。精霊魔法ならうっかりやってしまったという可能性も無くは無いが、もしそうだったら逆にこんな跡は残らず消し飛んでいるだろう。
つまり、この光景はゴブリンと何者かが争って生まれたものだと言うことだ。そして、ゴブリン側はそれで惨敗したと。
さっき俺が殺した奴らは恐らく別働隊で、戻ってみたら仲間が全滅してたからとりあえず逃げようとしたんだろう。そしてそこを俺に急襲されたと。
憐れだが、まあ運が悪かったと諦めてもらおうか。もう死んでるのに諦めるも何も無いけど。
「しっかし、いくらなんでも多すぎだろ。確かにここがゴブリンの巣窟ってのは知ってたが、それでも一ヶ所にこんなにいるっていうのは……」
ここ北東の森林ーー正式名称をスラーンド森林帯と言うのだが、ここは昔からゴブリンが数多く住み着いており、狩っても狩っても減らないレベルらしい。それ故、ゴブリン討伐が可能となるFランク冒険者はこの場所でゴブリンを狩って経験を積むことが多いのだという。
だから、数が多いことは納得出来る。だが、ここまで密集してる事が不自然なのだ。
確かに徒党を組む性質を持つ魔物ではあるが、それでも百体……しかもその半数がまともな武器や鎧を身に付けている。通常では考えにくいことだと言えるだろう。書物の知識しか持ってない俺が断言するのもアレだけど。
と、ここで俺の思考はある可能性に至る。それを確かめるべく観察を続けていると……探していたものが見つかった。
それは一見何の変哲も無いゴブリンの死体だった。特別体が大きいわけではなく、本人に際立った特徴があるわけではない。
俺が注目したのは首と手の指。ネックレスや指輪のような物を付けており、しかもすぐ近くには似たような物が転がっていた。死んだ時に吹っ飛んだんだろう。
そう、このゴブリンは装飾品を付けている。一般の人間にも言えることだが、装飾品という物はそれを理解出来る知能があって初めて意味を持つ。猫に小判、豚に真珠とは良く言ったものだ。
そして、同じような物は他のゴブリンは付けていない。つまり、この個体のみが装飾品の価値を知っているわけだ。
「ゴブリンリーダー……」
知能が低いとされるゴブリンの中で、稀に生まれる知能が高い個体。間違いない、この個体こそが一団を率いていたんだろう。まさかいきなりお目にかかれるとはな。
その答えに辿り着くと同時に、頬に一筋冷や汗が流れていく。危なかったーー俺の頭にはそんな言葉が浮かんでいた。ゴブリンリーダーが果たしてどの程度高度な知能を持つかは知らない。だが、様子を見るに少なくとも人間並みというのは確実だろう。
そして、人間並かそれ以上の知能を持った者が軍団を率いるということは、つまりは小規模な軍隊を相手にするのと同義と言える。
……そんな奴らを壊滅させた存在。それこそがこの惨状を生み出した者なのだ。
一応俺にも同じようなことは出来る。リーダーが率いる分多少苦戦はするだろうが、それでも数分あれば全滅させることなど容易いだろう。
しかしこれを生み出した奴は、ただ殺したのではなく周囲の環境ごと破壊しているのだ。正直なところ、今の俺でも勝てるかどうかは分からない。というか、もしかしたら殺されるかもしれないな。
「……帰るか」
一応ゴブリン達の耳は全部剥ぎ取らせてもらう。俺が倒したわけではないが、ギルドの規約では死んでいた魔物や動物の素材も横取りでさえなければ何の問題も無く売れる。一体あたりの報酬は少ないが……まあ塵も積もればなんとやらだ。
しかし、それ以上は長居はしない。一体どんな奴なのかは知らんが、今殺しに来ないだけでもありがたいものだ。だったら、怒りを買わない内にさっさと帰るに限る。
そう考え、剥ぎ取りを済ませた後は早々にその場を離れ森林からも脱出した。……ゴブリン達の死体を見たときからずっと感じていた、何処かからの視線を置き去りにして。
ギルドに到着したのは、夜の九時を過ぎた頃の事だった。早く帰れたことだし、城に戻っても良いか……とも思っていたところでふと違和感に気付く。何だか職員が揃って忙しない感じがする。
「すまん、クエストの完了の報告をーー」
「あっ!! すみません、少々お待ちください!」
話しかけようとしたら、何故だか驚いたような顔をされた。その直後建物の奥へと駆け足で行ってしまい、流石の俺も呆然となる。
そして待つこと五分弱。先程の受付嬢が戻ってきたので、手続きをおこなーーえ?
「シュウヤ君! 無事だったか!」
「……は? どういう意味だコラ」
少し遅れてクルツが登場したのだが、まさかの生存確認をされイラッときた。まさか俺がゴブリンにやられると思ったのか? 俺の戦闘力を今現在この世界で一番知っているであろうクルツが?
「ハァ……まあいいや。お前は後でぶん殴るとして、ともかく先に手続きを済ませても良いか?」
「あ、ああ。それは良いが……って、その袋は?」
「ゴブリンの左耳だ。確認するか?」
カウンターにドカッと袋を乗せる。結局死んでいたゴブリンは百五十体、そのうち顔面が無事だったのが九十五体だったので、俺が倒したのと合わせて百十五体分。何だか人間のバラバラ死体を運んでる気分になったよ。
「え、ちょっ。この数は……」
「色々と事情があってな。それで? 俺に何か用か?」
「用というか何というか……まあここで話すのも何だ。後で私の部屋に来てくれ」
「……了解」
人前じゃ話せない内容ってことか?何か嫌な予感がする。ギルドが今慌ただしくなってるのもそのせいだろうか。
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「スラーンド森林帯に行った冒険者が帰ってこない!?」
神妙な顔をしたクルツから聞かされたのは、まさかの内容だった。どうも、俺がさっきまでいたあの森に行った冒険者のことごとくが行方不明になっているらしい。
「うむ。これを見てほしい」
そう言ってクルツが差し出してきたのは、とある一枚の手紙だった。それはここキュレム王国の北に位置するスラーンド王国の冒険者ギルドからの物で、森林に足を踏み入れたと思われる者達の名前がずらっと並んでいた。
「どうやら事態は数ヶ月前から起こっていたようでな。尤も、始めは新人冒険者に良くある油断からの死亡という風に考え、特に深く取り扱おうとはしなかったらしい。だが、事態を怪しんだベテランの冒険者パーティが様子を見に行き、そのまま帰ってこなかったことから事態は動き出した」
概要を話しながら、クルツは紙に書かれている者達の説明をしていった。全くの無名の者から有名な冒険者まで、そして最後に書かれていたのは国から派遣された騎士団員達の名前らしい。
「そんなわけで、昼間これが届けられて読んだ時、君が依頼を受け森林に向かったということを聞いてね。君なら大丈夫だと思う反面、万が一を考えて気が気でなかったんだ。ともかく無事に戻ってきてくれて良かった」
「そいつはすまなかったな。……だが、一つ聞きたいことがある」
「なっ、何だ? その口ぶりからすると、あっちで何か気付いた事があるのか?」
「落ち着け。まず確認だが……騎士団員ってさ、冒険者と違って全員統一された装備身に付けてるはずだよな? 武器はともかく、鎧に関しては」
「そうだな。森林に行くときも統一した装備で出掛けていったと聞いている」
……やはりな。道理で奴らの防具が似てると思ったら、そういうことだったか。
「……なあシュウヤ君。依頼を達成したってことは、ゴブリンを見かけたのは確実なはずだ。そしてゴブリンには人間から奪った防具を身に付ける習性がある。鎧の話をするってことは……」
「お察しの通りだ。俺が見掛けたゴブリン達は似通った鎧を付けた奴が多かった。ーー騎士団員達は既に死んでいる、そう考えた方が良い」
「……そうか」
俺の返答を聞き、クルツは暗い顔を見せた。だが、すぐに顔を上げ俺を真っ直ぐ見据えてきた。
「シュウヤ君。どんな些細な事でも良い、あの森で見たことを教えてくれないか? 半ば現役を退いてはいるが、これでもSランクの称号を持つ冒険者だ。冒険者として、またギルド長として……私は、何が起こっているのかを知りたいんだ」
「……これ以上犠牲を出さないためにも、か?」
「ああ。君はさっきゴブリンの耳を提出した際、色々事情があったと言っていたな? そういった事でも良い。是非とも聞かせてくれ」
「分かった。実はーー」
俺は例の惨状を事細かに説明した。勿論ゴブリンリーダーの事も合わせて。
「……そんなことが。つまり、それを引き起こした奴こそが冒険者や騎士団員達をーー」
「いや。残念だが、その可能性は低いぞ」
「何?」
誰もが行き着くであろう結論。だが、俺はそれを真っ向から否定した。可能性が低いどころか、俺は有り得ないと考えている。
「考えてもみろ。辺り一面ぶっ壊して、鎧ごとゴブリンを圧殺する奴だぞ? そんなんと正面切って戦って、普通鎧が無事に残ってるはずねぇだろ。ゴブリンが身に付けてたのはちゃんと形として残ってたはず、つまりそいつと真っ向からぶつかったわけじゃない」
「た、確かにそうだが……残ってる可能性だってあるだろう? 一撃で頭が吹っ飛ばされて、胴体は無事なままどこかに転がったとか」
「まあ無くは無いな。だが、それでも違うと俺は思ってる」
これは単なる感覚の問題だ。クルツが信じてくれるかは分からない。だが……それでも俺は、あいつが犯人だとは思えない。
「……つまり、何か他に根拠があると?」
「ああ、他ならぬ俺自身がその根拠だ。仮にそいつが無差別に暴れ回るような奴だったら……俺はゴブリンの死体を見たとき、即殺されていただろうな」
「まさか、遭遇したのか!?」
「いや違う。だがずっと見られてはいた。俺が惨状を目にした時から、剥ぎ取って帰るまでの間な」
至近距離ではなく、俺が気配を感じ取れる範囲外ーーそこから俺はじっと見られてた。観察されてたと言った方が正しいか。
「成る程な。しかし、それがゴブリンを殺した本人だという確証は無いのではないか? いや、君を疑ってるわけではないのだが」
「まあ会ったわけじゃないからな。それについては俺も強く言い返せない。……だから、これは俺の感覚。奴からはそれを確信できる程の存在感を感じたんだ。そして同時に、無闇に暴れる事は無いっていう穏やかな感じも伝わってきた。ああ、今言った通りあくまで感覚の問題だから、別に信じなくても良いぞ」
「……いや、信じるよ。君がそこまで言い切るならきっとそうなんだろう。だが、それはそれで別の問題が出てくる」
それはそうだ。騎士団員達がゴブリン程度に全滅させられるとは考えにくく、また森林を破壊しゴブリンを全滅させた奴は騎士団員達を相手にしていない。この事から考えられるのはただ一つ。
「少なくとももう一体化け物がいる。そう考えるべきだろうな」
「ああ。恐らくはグレイス平原から流れてきた魔物だろうが……君はどう考える?」
「どうだろうな。俺がいた時は森は静かだった。平原に住むような暴れん坊がいたとは思えんが……休眠中だったとかハナから夜行性だとかいう可能性もある。何とも言えんな」
「既に森を去った可能性もあるしなぁ。存在の確証が無いのと、これ以上犠牲を出せないというのもあって、大々的に捜索を行うことは出来んだろう」
腕を組み唸り始めてしまった。問題は解決したい、だが満足に動くことも出来ないというジレンマ故だろうか。その状態がしばらく続いたのち、何かを思い出したように顔を上げた。
「シュウヤ君、つかぬことを聞くが……あれから身体強化の調子はどうだ?」
「え? あ、ああ。一応は上手く行ってるさ。多分もう魔力を一気に使い果たす事は無いと思う」
「ほぅ。それはつまり、安定して使えているということか?」
「そう言ってるんだが……」
何だ? 何で若干身を乗り出してるんだ? 凄い嫌な予感がするんだけど。
「……シュウヤ君。一つ依頼をしたい」
「森林で何が起きてるのかを調査しろってか?」
「話が早くて助かる。国としては動けない、私ももう自由には動けない。だったら、誰か信用出来る人間に頼むしか無いのだ。……勿論、受けなくとも私は何も言わない。仮にも生死がかかってることだからな」
「……………………」
「だが、身体強化が使える君なら、強敵に遭遇しても無事に逃げられる可能性は高い。素の戦闘力だって信用してるしな。だから、個人的には君にやってもらいたいんだ。私からの指命依頼としてな」
クルツの気持ちは分からんでもない。種類や程度は違うが、俺だってどうしようも無い状況に置かれて心底苦しんだ経験がある。無属性と見れば危害を加えてくるような腐った人間なら放置するところだが、こいつには恩もあるし無下には出来ない。
それに、強敵がいるということはその分経験が積めるということ。危険ではあるが、俺にとっては願っても無い話なのだ。本来Fランクである俺はそんな強い奴とは戦えないしな。
だがーー
「……すまん。その話、一旦保留にしてもらっても良いか?」
「構わんが……何か理由があるのか? 怖がってるとかそういう雰囲気ではなさそうだが」
「なわけねぇだろ。そうじゃなくてだな……。確かに、俺がやる依頼である以上俺一人で決めても何の問題も無いはずだ。だけど、何でか知らんがこんな俺を夜通し待つ程心配してくれる奴だっている。城なんていう閉鎖的な空間で無属性を気にかけて良いことなんか無いはずなのに、だ」
サーシャに佐々木に八雲……俺を気にかける奴らに何も言わずに行くほど、俺は薄情な奴では無いつもりだ。大切な人間はもう作らないと決めた、だが人としての道に反するつもりは無い。
「アンタが言った通り、これは今までとは違う、真面目に生死がかかったもんだ。あいつらに何も言わずに受けるなんて事は出来んよ」
「フッ……孤独を好む変わり者だと思ってたが、そんな感情も君にはあったんだな。分かった、この件は一先ず保留としておこう。どっちを選ぶにせよ、どうするか決めたら教えてくれ」
「了解だ。それじゃ、俺はもう帰るぞ」
「ああ、またな」
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