第3話 憂鬱と不快
王が自らの名と共に告げた言葉に、クラス連中は正に十人十色といった反応を示していた。勇者という単語に目を輝かせる者や、逆により一層不安な顔を見せる者、驚愕や不満の声を上げる者に再び呆然とする者…等々。割合としては喜んでる者が多いだろうか、特に男共。
さっきまで混乱しまくってたくせに、この変わり様だ。いつも思うが実に単純な奴らだと思う。
ちなみに俺はというと、目を輝かせ……ては勿論いない。それどころか決して表には出していないが、内心滅茶滅茶憂鬱な気分になっていた。
流れ的に魔法が存在していることはほぼ確定なので、その点に関しては楽しみにしていないとは言わない。だが、これはあくまで「勇者」召喚だ。
ここに呼ばれたあの時点からまあこうなるだろうなと分かってはいたが、「勇者」ということは何者かーーそれも小さい頃から魔法に慣れ親しんでいるであろうこの国、ひいてはこの世界の人間ですら手に負えない化け物を相手にしなければならんことを示す。こいつら本当にそれを分かってんのか?
……いや、喜んでる奴らは百パー分かってないだろう。ただネームバリューに踊らされてるだけだ。
正直俺は今すぐ帰りたい。そんなものに巻き込まれて親しくもない他人のために戦わなきゃいけないなんてまっぴらごめんだ。
出来る出来ないで言えば出来るだろうが、余計な争いは避けるに越したことはない。これは現実、小説などを読んで展開を楽しむのとはわけが違う。
……つーか、今日は早く帰って新作料理にチャレンジしたかったってのに、受けたくもない下らん授業を我慢して最後まで受けていたのだ。それがどうしてこうなるかなぁ……こんなことになるなら早退でも何でもしておくんだった。
「待って下さい。勇者とはどういうことです? それに召喚? 僕達はただの学生だ。事情は良く分かりませんが、ともかく早く僕達を元の場所に戻してくれませんか?」
そう声を上げたのは、ついさっき目が合ったあの男。思い出した、こいつ確かうちのクラスの副委員長だわ。
えっと……佐々木だっけ? 下の名前は智也とかだった気がする。
俺は周囲の人間とは必要最低限しか関わらないので、こいつともあまり話したことはない。ただ、それでもお気楽な委員長に代わってクラスを裏から支えている程度の印象は持っている。
うちのクラスの面子は色々とアレだからな。こいつがいなきゃ多分とっくに崩壊してるだろう。
「すまないが、君達を送り返すことは出来ない」
「……そちらの都合で勝手に呼び出しておいて、帰らせないと言うのですか?」
王の返答に佐々木の顔が僅かに歪み、声に怒気が混じる。怒りと信じられないという感情が混ざったように見える。と、そこへーー
「まあまあ、良いじゃないか。佐々木。一先ず話を聞いてみようぜ」
「……翼くん」
佐々木の肩を叩きながら声をかける奴がいた。赤城翼ーー委員長でありムードメーカーであり、そしてこのクラスで唯一不良共を制御できる存在でもある。
容姿端麗、運動神経も良く、成績優秀。独自の正義感を持ち、困っている人間がいればすぐ助けに入るという。結果的に生徒のみならず教師にまでも好かれ、校内でもかなりの回数女子から告白らしきことをされているらしい。
どうしてこの俺がこんな情報を持っているかというと、別にこいつが人気だから知っているわけではない。人気だろうとなかろうと、俺自身に関係が無ければ俺の耳には入らず記憶にもそうそう残らない。
赤城のことを良く知る理由。それは、クラスの輪から外れている俺に対し日々何かと嫌味のようなものを言ってきたりするからだ。
勿論普通はそんなことをされた程度で気にも止めることは無く、事実不良共も同じように絡んできたりはするが、名前を知っているだけで個人の詳しい情報は知らないし興味も無い。あいつらは単にストレス発散のような感じだし。
ただしこいつは事情が異なり、俺はクラスの中で最悪な印象を抱いている。その結果ある意味印象が強くなり、こうして情報が耳に入ってくるようになったというわけだ。
理由はいくつかあるが、主な理由として、こいつは俺に対してとことんしつこい。
実は極少数だがこいつを心底嫌う人間もいる。まあその内の1人が俺なわけだが、その極少数にはとある共通点が存在する。それは、「こいつと決定的に価値観が合わない」こと、そして結果的にだが「大多数の人間から嫌われている」こと。
こいつは独自に正義感を持っている。確かにそれ自体は事実だ。
が、それはあくまで良く言った場合の話であり、そしてそう感じるのはその正義感ーーいや、価値観に同意する者のみ。そうでない場合には、異なる価値観を無理矢理押し付けてくる厄介者に他ならない。
例えば俺の場合だが、俺は独りでいることを貫き、成績は理学系ーー特に医療系に特化しており、文系教科に関しては致命的だったりする。性格に関しては自分で言うのも何だがひねくれている部分もある。
独りを貫くことにはれっきとした理由があるし、成績が偏っていることについてもそこに至った真面目な経緯もある。また、今のまま特化していれば将来それに適した職ーーつまりは医学関係の仕事につき働くことが出来るし、他方文系教科に関しては最早そういった知識は不要であり切り捨てている。医学の歴史ならともかく、それ以外の歴史や古典など俺にとっては何の意味も持たない。
性格に関しても、これは今までの人生の結果出来上がったものであり、他人にどうこう言われたところで今更そう変わるものではない。
そもそも生き方とは人それぞれのものだ。他人にいちいち口出しされる必要はどこにも無いはず。
だが、こいつの中ではそうはならない。何故ならこいつは自分の価値観のみで動き、他人の異なる価値観を認めようとしない。
相入れない者に対しては自分の価値観を持ち出し相手の内面に土足で踏み込む。個人が抱える事情など、こいつは歯牙にもかけない。価値観が異なる相手の感情などわざわざ理解する必要も意味も無いと考える。
多少の違いしか無いならまだしも、決定的に価値観が違う相手と分かり合うなどほぼ不可能。だからこそこいつは、そういった時には妥協するのではなく自らの価値観を強制し相手の価値観をねじ曲げようとしてくる。
それも、相手が妥協するまでずっと。こいつにとってはこの行為すらやって当然のことなので、飽きたりして止めるようなことは無い。
どうしてこんな奴が人気なのか未だに分からない。不良なんざ正義感なんてものとは真っ向から対立するようなもんだろうに……。まあそれだけこいつの価値観に同意する人間が大半を占めているということなのだろうが。
……と、久々に赤城の姿をまともに見たせいで色々思い出してしまった。これ以上不快な気分にはなってたくないし、その上今そんなことやってる場合じゃないだろと頭を振って意識を戻す。目の前のこのーー正に一触即発となっている光景に。
奴は全くもって気付いていない、自分が爆弾を投下してしまっているという事実に。やれやれ……こいつホント面倒事しか起こさんな。




