第9話 不可解な現象
キリが良いので(ry
明日はそこそこ長くなるかもしれません。
訓練八日目。
「うぉぉおおおおお!!!」
全力で大剣を振り下ろし、クルツが作った的に叩き付ける。その衝撃に耐えきれず的は全壊した。そう、木端微塵にである。
「あー、クッソ……まだダメかぁ」
「いやいや、たった三日間でここまで来れただけでも大したものだ。そこは誇っても良いんじゃないか?」
「そういうわけにいくかよ。最後に一回くらい成功くらいはしたいさ」
今日は八日目。大元の契約通りなら、今日をもってこの大剣訓練の生活は終わりを告げる。
頼み込めば期間を伸ばすことも出来るかもしれないが……俺自身そうする気は一切無い。これ以上迷惑をかけるわけにはいかないということもあるが、冒険者としての生活を先送りにするわけにもいかないのだ。
とは言え、中途半端なままで終わらせる気にもならない。だから何としてでも真っ二つにしたかったのだが……。
ちなみに現在、形を残すことを考えれば半分まで、ぶっ壊すことだけ考えれば全部いけるというところまで来ている。後はその両方を兼ね備えた状態まで持っていくだけなのだが、如何せんそこで完全に止まってしまっている。
「まあそれは仕方あるまい。これはこの間言った通り、こなした回数がものを言う。まだ経験が全然浅い君では、出来ないのが普通だからな」
確かに、これは経験により染み付いた感覚こそが重要であり、才能や模倣だけではどうしようも無いことではある。クルツだって最初から出来たわけではないし、才能も経験も無くただ模倣してるだけの俺では普通は出来るはずもない。
「とにかく一旦昼飯にしよう。朝からロクに休憩も挟まずぶっ通しじゃないか、君らしくもない。焦ってるのかもしれんが、休むことだって重要だぞ」
「……ああ。分かってる」
大剣を背負い食事処へ向かう。その様子に、俺達を眺めていた冒険者達も移動を開始した。
実はこの一週間の訓練、ギルド長直々の監修ということもあって冒険者達の間で噂となっており、様子を見に来る人数が少しずつ増えていくという現象が起きていた。中には俺が指導を受ける姿を見て、もう一度基本から立ち返ってみようと思い教官から訓練を受ける者もいたらしい。何か知らんとこで影響を与えていた。
時折俺に声をかけようとする物好きもいたが、全員揃って寸前に躊躇い引き下がっていく。理由は良く分からんが、まあ大方無属性と仲良くするわけにはいかないとかそこら辺だろうな。最早慣れたことなので俺も気にしていない。
その後も訓練は続き、このまま何も起こらず終わるのか……と思っていた時、変化が起きた。
それは午後七時を回った時のこと。もう何度目かも分からない一撃を放ち、剣先が地面へと届いた。
そして的はーー四つに分かれて地面へと倒れた。真っ二つにはならなかったが、それでも粉砕というわけではなく、きちんと形としては保っている。
(やっと……ようやっと掴んだ!)
自身の力の全てを刃に乗せ放つ業滅刃の感覚。それが今、振り下ろした大剣から伝わってきた。
大剣を扱う感覚をひたすら体に覚えさせ、それを元に重心の位置を調整する。その工程を何度も何度も繰り返し、たった今やっとベストな位置を探り当て試してみたのだ。それがこの結果。
「凄いじゃないか! あと一息だ!」
「ハァ、ハァ……ああ、そうだな。多分あと一発で完成するだろ。だが……最後に一つやりたいことがある。すまんがクルツ、少し離れててくれるか?」
「あ、ああ。分かった」
俺の指示通りにクルツは斜め後ろの方向に下がってくれた。それでいい。こいつは少し危ないかもしれないからな。
一つだけ残っている的の前に立ち、大剣を振り上げその位置で固定する。もう限界が近い、全力で振れるとすればあと一回だけだろう。
だから……最後に一発、本気で撃たしてもらう。
感覚を掴んだーー確かにそれは業滅刃のことも言っている。だがそれとは別に、ある程度やり方を把握出来たものがもう一つある。
騎士団とやりあった時には決して分かりはしなかった。あの時はこんなもの見えなかったし、例え見えてたとしても気にも留めなかったかもしれない。
だが今は違う。剣筋の手本のついでに何度も実演例を見せてもらい、それが何なのか、どう使えば良いのかも理解できた。本当にクルツには感謝しなければなるまい。
訓練の成果を見せるため。そしてそれと同時に、この生活が決して無駄ではなかったことを証明するために。
俺はーーその魔法名を唱えた。
「ーー身体強化!!」
その直後、肉体が強化された感覚が全身から伝わってきて、俺のこの一撃を後押しした。
今から放つのはただの業滅刃じゃない。この一週間の特訓で身に付けた大剣の技能、魔法により強化された身体能力、そしてそれら全てを乗せて放つ大剣版の業滅刃。
黒宮流剣術じゃない、俺が新たに作った一撃必殺の剣。名付けるとすれば……。
「撃ち砕けーー滅龍刃!!」
全てを乗せて叩き付ける。その一撃は的を両断するだけでは飽き足らず、その下の地面にまでヒビを入れ轟音を鳴り響かせた。最後の最後に非常に良いものが出来上がったと思う。
……とまあ、これで気持ち良く終われば本当に良かったのだが、そう上手くはいかないのが現実というもの。
「おぉっっし! これでーーん? ぐっ!? おうええええぇぇぇぇぇぇ!!」
猛烈な吐き気が体を襲い、たまらず地面へと倒れ込んだ。あまりの酷さに視界すらはっきりしない。
「お、おい。大丈夫かシュウヤ君! しっかりしろ!」
「ま、待て、揺らすな、今揺らされたら本当にぶちまける! 腹の中のモン全部出る! 頼むから、やめ……!」
揺れながらも何とか踏みとどまり、一応リバースするのだけは避けることが出来た。だが、死にかけた以外の今まで感じたどの感覚よりもえげつないものを味わった故、それから二~三十分程全く動くことは出来なかった。
不快感を味わいながらもようやく落ち着きを取り戻し、辺りを冷静に見回した結果、自分が何をやったーー正確にはやらかしたのかをハッキリと理解した。
先程の滅龍刃、地面にヒビを入れたと言ったが……それはあくまで当たった瞬間の現象に過ぎず、その後小規模な地割れを起こしヒビに沿って細長く穴を開け、少し離れた壁にまで亀裂を入れていた。まあ亀裂というよりかはかろうじて繋がっているという状態であり、軽く殴っただけでズレそうな気配を漂わせているのだが。
「何だこれ……」
「いや、何って君がやったことだけどな。滅龍刃とは良く言ったものだ。隙はでかいが、この技ならドラゴンも一撃で沈められるだろう。しかし……まさか身体強化を習得してしまうとはな。本当に驚いたぞ」
「散々見せてもらったからな。それで何とか使えるようになったって感じだ。……まあ初めてだったのもあるだろうが、何か一瞬で魔力を使い果たしちまった。これじゃ習得とはとても言えんな」
「……そこが不可解なんだがな」
クルツはそう言いながら非常に難しい顔をしていた。わけが分からず戸惑っているという感じで、この一週間でこんな顔は一度も見たことが無い。
「不可解とは?」
「今君自身が言ったように、一瞬で魔力を使い果たすことだ。身体強化は確かに魔力消費が激しいが、それでも成人なら少なくとも数十秒は持つだろう。君はしばらく魔法を使っていなかったし、元から魔力が枯渇していたなどということは無い。加えて君は異世界出身なのだから、この世界の人間の平均よりも総魔力量は多いはず、となれば数分は持ってもおかしくない。それなのに何故……」
クルツの言う通りなら、魔法を持続させる場合同時間内に消費する魔力は、魔法の種類によって決まっており例外は存在しないことになる。そしてそれに照らし合わせた場合、今俺の身に起こったのは普通では決して有り得ない異常なことだと言えよう。
六十年近く生きて、世界をも回ったクルツですら知らない現象……? どういうことだ、何でそんな事が起きてる。
やっぱり俺は、サーシャの言う通りどこか異常ーー
(……あれ?)
何かおかしい。クルツの言う事が間違っているというわけでは無い気はするのだが、それでも何かが絶対におかしいという思考が頭の中を支配していく。この答えが見つからなければ、俺は一生身体強化をまともに扱えないということになってしまう。
……だが、同時にこの場では答えが出ない事を何故か俺は予感していた。ならば、それを信じて今は話を先に進めるとしよう。
「ま、それは一旦置いといてだな。これで俺はアンタを満足させることが出来たかい?」
「ん? ああ、勿論だ! 未経験から一週間でここまでになるとは、流石に予想しとらんかった。……些かやり過ぎな気がしなくもないが」
「それについては本当にすまなかった。地面を砕くことは出来るんだろうなと思ってたが、まさかここまでになるとはなぁ」
気まずさから目を逸らす。万が一弁償とか要求されたらどうしようとか考えたが、期待した通りそんなことは無く、クルツが精霊魔法で全部直すことになった。
元々訓練場を囲む壁は老朽化が進んでおり、どのみち数年後には全部壊して建て替えるつもりだったらしい。実際のところ、人の手で作るより土の精霊魔法で作った方が見た目はともかく強度は上らしいので、「むしろ壁を強くする理由が出来て良かったわ!」と喜んでいた。
それなら魔法でやった方が良くね? とも思いはしたのだが、どうも国側が街自体の景観を気にしているらしく、特に荒くれ者揃いの冒険者ギルドの壁は、印象を少しでも良くするために絶対に魔法なんかで適当に作るなとキツく言われているらしい。
何とまあめんどくさい決まりもあったものだ。景観なんかよりも強度を優先するべきだと思うんだがな。
……ちなみにこの修復作業、たったの十秒で終了しました。景観云々っていうのもあるんだろうけど、この効率の良さのせいで仕事を失う人間が出てくることを恐れてるっていうのが本音な気がしてならない。
全てが終わったのち食事処で夕食を取り、副ギルド長に一旦職務を任せ共に家に帰り、俺は風呂に入った。城の風呂に入ろうにも、到着した頃には水は抜かれているからだ。
そしてそれも終わり、元々持ってきた物と新たに貰った大剣を持ち玄関へと出る。とうとう別れの時が来たようだ。
「さて……長いようで短かった一週間もこれで終わりか。シュウヤ君、改めて礼を言わせてもらおうか。ありがとう、君に出会えて良かった!」
「それはこっちのセリフだ。アンタのおかげで俺は更に強くなれたし、色々な事を知ることも出来た。世話になったな」
差し出された手を握り、しっかりと握手を交わす。これで俺は、ようやっとまた一歩進む事が出来るのだろう。
「短い間だったが楽しかった。君はどうか知らんが、私はもう君を仲間だと思っている。何かあったらいつでも頼ってくれ」
「分かった。そんじゃ、その時はよろしく頼む。時折顔くらい出すけどな。……てか、また戦ってくれとは言わないんだな」
「勿論それも言いたくはあるが、君もそこまで暇ではあるまい。それに、あんな技を見せられちゃあな。しばらくは私も鈍ってしまった体を鍛え直すとするよ。そして、その時になったらまた挑ませてもらうとしよう」
「了解。そのくらいは受けてやるよ。……それじゃあ、またな」
「ああ、お互い元気でいよう!」
その会話を最後に、俺は夜の街を駆け出した。時刻は現在夜の九時。城に付くのは一時頃といったところか。
途中一度だけ振り返り、無意識に口角を上げ再度城に向かって進む。そして、もう振り返ることは無かった。
ーー四時間後。
「ふぅ……やっと着いたか」
予想通り、到着時刻は丁度一時。一週間前は三時間で着いたが、今回は大剣を背負っている分ある程度速度が落ちる。これからはそれも考慮して時間を計算していかないとな。
久しぶりに顔を合わせた衛兵に少し驚かれたが、立ち入る許可は出たのでそのまま門を潜り部屋へと向かった。もしかして死んだと思われていたのだろうか。
……何だろう、すっごい嫌な予感がする。それが一体何なのかっていうのは言葉には表せないけど、この後絶対何かがある気がする。俺疲れたからもう寝たいんだけど。
まあそんな祈りが通じるわけもなく、俺は一週間ぶりに戻ってきた部屋の前で立ち止まっていた。中には人間の気配、それも二人分。
その内一人は……あれ? これ寝てない? いくら長く空けてたとはいえ、何で人の部屋で勝手に寝てんだ?
もしかして場所を間違えたのかと思い引き返してみるが、やはりここは宿泊棟の男子フロア端の部屋、つまり俺の部屋だった。一体どういうことだ?
ここでもし中の気配が全く知らないものだったら、俺もドアを開けると同時に殺気を浴びせるところなのだが……二人とも良く知っているものなので対処に困る。仕方が無いので、一応腰に差した剣に手をかけつつそっとドアを開けた。
「? あっ、沢渡君! お帰りなさい!」
「……いや、お前らこんなところで何してんの?」
そこにあったのは二つの見慣れた顔。騎士団連中をボコった日から特に顔を合わせていなかった八雲と、俺のベッドの側面に体を預け寝ているサーシャだった。
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