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シーカーズ ~大器晩成魔法使いの異世界冒険譚~  作者: 霧島幸治
第二章 キュレム王国編 後編
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第8話 幻の体験談

途中クルツ目線入ります。


 合宿生活五日目。


「ふっ! ふっ!」

 大剣への慣れとクルツの指導により、俺は何とか体勢を崩さず素振りが出来るようになっていた。結果だけ見れば軽量系の武器を使う時に比べ重心を下げ体全体を安定させるだけであり、いつも戦闘中にやっている重心移動の作業と何ら変わらないのだが……癖になっているのか、振る時になるとどうしても軽量系のつもりでやってしまい、体が持っていかれてしまっていた。今回はそれを矯正した形になる。


 勿論完全に矯正してしまうと今度は本来の身軽な戦闘が出来なくなるので、そうならないよう調整を加えつつの作業になったが。実際の戦闘に活用するためにも、瞬時に感覚を切り替える事が出来るようにならなきゃいけないわけだしな。


 おかげでかなり時間はかかってしまったが……その分重心の扱いが以前より上手くなり、動きのキレが増していたりもする。やっぱり手をつけてこなかったことはやって損は無い、と。



 ……尤も、普通なら慣れ親しんだ感覚をこうも簡単に矯正することなど出来はしまい。今の俺にとって四日間という時間は長すぎるように感じるが、武術的な面から言えばむしろ早過ぎる位だ。

 それが出来たのは、別に才能とかそういうものじゃない。今まで身に付けた技能の中に、大剣術に近いものがあったからに他ならない。


 そう、業滅刃。黒宮流剣術の中でも力に特化したこの技は、全ての力を剣に込めるため体の絶対の安定性が必要不可欠。その感覚が大剣と似通っていたのだ。



 ……なら最初から普通に振らずに業滅刃を使えば良かったじゃないかって? ええやりましたよ。でも出来なかったんですよ。


 似ているとは言ったがあくまでそれ止まりであり、全く同じというわけでは決して無い。そもそも業滅刃は軽量系武器、例えば日本刀や西洋剣程度の重さの武器を扱う上で使用するという前提で作られた技。

 そのため、放つときの重心の位置もどちらかと言うと軽量系寄りになっている。要は大剣のような武器とは根本的に合わないものなのだ。似て非なるものとはまさにこれのこと。


 それでも尚試しに撃ってみた結果……いや、正確には撃とうとしたと言った方が正しいか。振り下ろそうとした瞬間バランスを崩しひっくり返ってしまったのである。

 何度かやってみたが、結果は全て同じだった。中には大剣自体を落としてしまった事もある。相性が悪い証拠だ。



「ふぅ。こんなんでどうだ?」

「うむ、これなら良いだろう。では次の段階に移るとしようか」

「分かった。それで、何をするんだ?」

「ひたすら剣筋の矯正だな。大剣というのは鈍重な武器故、剣や短剣に比べ当然手数が少なくなる。そのため限られた回数の中で一回一回確実に当て、かつ最大限の威力を相手に与えなければならない。これこそが大剣による戦闘術の要となる要素だ。そこで……」


 クルツはそこで一旦言葉を止め、地面に両の掌を向け意識を集中させる。そして数秒後、地面が揺れ出しーー辺りの地面から人間大の突起が大量に飛び出してきた。大体五十個位だろうか。

 ……成る程、これが精霊魔法か。確かにこりゃ強力だな……。


 まあ、流石に精霊属性ってだけでここまでにはならんだろうから、多分契約してる精霊の数も関係してるんだろう。数が多ければ多い程強力になっていくらしいし。……大量に飛んでるのも分かるしな。



「今から的を使った練習をしていこうと思う。最大限の威力を与えるには狙った場所に正確に力を叩き込む必要があり、それを放つ剣筋がぶれていては正直話にならない。それを簡単に確かめられるのがこの方法だ。まずは一回やってみろ」

「了解」


 造り上げられた塔の内一つを選び、その前に立つ。そして深呼吸をしてから大剣を振り上げ、一気に振り下ろした。

 ボゴォッ!! という音がして、的は上半分が粉砕される。だがそこで刃は止まってしまい、それ以上進みはしなかった。



「うーむ、半分が限界……か。全部いけると思ったが流石に甘かった。確かに、これは一目で上達具合が分かるな」

「そうだな。()()()これを一回で全部破壊出来るようになれ」

「……まずは?」

 何か凄い言葉が聞こえた気がするんだけど。え、これ壊せるだけじゃまだダメってこと?


「シュウヤ君、今破壊したのを見てみろ。粉々になってるだろ?」

「それは見れば分かるが……これはいけないのか?」

「ああ。こうなるということは衝撃が分散してる証拠だ。つまり剣筋が乱れているということになる。形がある程度残らなければ、まだまだ未熟としか言えんな。ほら、一回貸してみろ」


 クルツに促され、俺は大剣を手渡す。それを受け取ったクルツはすぐに身体強化(ブースト)を発動し、一つの的目掛けて振り下ろした。


「ぬんっ!」

 ドゴォッ!!とこれまた大きな音がしたが、その直後二つに分かれた岩が左右に倒れていった。勿論切断面はボロボロにはなっているが、確かに形はしっかりと残っている。



「……とまあ、こんな感じだ。安心しろ、流石にここまでやれとは言わん。世界を旅したが、これが出来る者は私以外にはいなかったからな」

「てことは、あんたの大剣術は我流なのか?」

「うむ。私は特定の誰かに戦い方を教わったことは無いぞ。幼い頃は時折アドバイス位は受けもしたが、すぐに周りの誰よりも強くなってしまったからな。必要が無かったとも言える」

「……その才能が羨ましいよ、全く」


 我流でここまで……やはり天才か。爺ちゃん達と会わせる事が出来たのなら、すぐに意気投合しそうだな。


「はっはっは。ま、出来る限りやってみろ。これに関してはただひたすらやって感覚を体に染み付かせるしか無いからな」

「……とりあえずやってみる」



 成る程、刃物らしく斬るってことか。俺の中で大剣は叩き潰すってイメージがあったんだが、どうやらそれは正解というわけではなかったようだ。


 誰も出来なかったっていうところから考えれば、一般的な目線で見るとクルツの考え方も必ずしも合ってるわけじゃないだろうが……まあそんなことはどうでも良いか。俺に分かることはただ一つ、クルツと同じレベルにまで到達すれば、俺は確実にもっと強くなれるということ。



 一見絶望的にも思えるが、全く方法が無いわけじゃない。要は振る際に体を更に安定させつつ、クルツの剣筋を模倣していけば良い。

 そして……修練を積んで()()()()業滅刃を作り出すことさえ出来れば、必ずや短期間で同じ高みへ登り詰めることが出来るだろう。


 自分で技を作るなんてやったこと無いから、本当にやれるかどうかは分かんないけどな……。斗真爺ちゃんの剣術には余計な手を入れるべきじゃないって考えてたし、刃雨爺ちゃんの暗殺術と秀穂爺ちゃんの体術はハナから決まった型とか無いし。当真爺ちゃん程ぶっ飛んでないけど、あの二人も臨機応変を重視してたからなぁ。


 ま、なるようになるしか無いか。まずは新技を作ることを目標にして、それから技に頼らずともいつでも同じような事が出来るようにしていこう。普通の剣と違って大剣は他に技とか無いわけだし、一つの技に固執するのは危険でしか無いからな。



「すぅー……はぁー……ふぅっ!」

 呼吸を整え、的に向かって次々に大剣を振り下ろしていく。時折クルツにやってもらって動きを解析し、それを自分自身に合うように調整し模倣していく。その過程をひたすら繰り返し、今まで経験してきたことも活かし剣筋を修正していった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「はぁー……」

「まあそう落ち込むな。たった一日で何か変化が起きるわけもあるまい」

「それは分かってるんだけどな……」


 湯船に浸かりながら思わずため息をついてしまう。ひたすら練習を続けはしたのだが、結局今日は半分以上刀身が進む事は無かった。勿論武術がそう簡単に上手くなるわけがないと言うのは良く知ってはいるものの、全く変化が無いと言うのは誰であっても落ち込むものだろう。



「しっかし……本当に、いつ見ても凄い傷だな。そんなにボロボロになって良く生きてこれたものだ」

「初めて見てからそればっかりだな。確かカストロの奴が何か言ってたんだっけ?」

「うむ。俺だったらとっくに死んでるとか言っていたな。君の回復力も素晴らしいが、それと同じ位に君の世界の医療技術も本当に素晴らしい。こっちの世界でそんな傷を魔法も無しに放っておいたら、今の君のように十七まで生きることなど到底出来まい」

「そうだな……実際何度も命を救われてる」


 ちなみに現在、俺はクルツと共に風呂に入っている。ギルド長と言うだけあって家の設備はかなりしっかりしており、風呂も二人どころか三~四人は余裕で入れる位の広さを誇っている。客人を招いて家でパーティすることでも想定していたのだろうか。



 まあそんなことはどうでも良く、二日目からこうして共に入り情報交換をするのが日課のようになっている。クルツは若い頃旅をしていた時に見た世界のあれこれを、俺は現代の世界にある物や技術関係の話を。


 殆どの話は細かく説明しても理解はしてくれなかったが、そんな中で一番食い付いたのが医療の話だった。この世界には確かに魔法という便利なものはあるが、治癒関係は適正属性を持つ者でないと手の施しようが無く、それ以外の者は応急処置以外何も出来ず死んでいく事が多い。

 ギルド長という立場故冒険者の死亡にはいつも頭を悩ませており、だからこそ俺が元の世界で蓄えた医療の知識に興味を隠せなかったというわけだ。



 ま、俺も実際に手術をしたことがあるわけじゃないから、目の前に怪我人がいてもそれを確実に治せるかと言われると怪しいところだが。大学に入って実践経験を積もうと思ってた矢先に、こうしてこの世界に召喚されたわけだし。



「……なあ、クルツ。ずっと気になってた事があるんだが」

「何だ」

「あんた何でギルド長なんかやってんだ?」


 この際だからと引っ掛かっていた事を聞いてみる。それに対し、クルツは不思議そうに首を傾げた。


「? 君こそまた同じ話か? 既に説明しただろう、前任のギルド長の昇格の関係で……」

「そっちの形式的な話じゃない。あんたほどの力があるなら、Aランク冒険者を集めて魔王討伐しに行ったっておかしくないだろ。ここで(くすぶ)ってる意味が分からん」

「……ああ、そういうことか」

「そうだ。冒険者の死についてずっと悩む位なら、その元凶となる魔物や魔族の活動を抑えるために、海を渡って魔王を倒しに行く方が余程良いはずだ。違うか?」

「いいや、違わない。実際に静まるかどうかは分からないが、可能性が少しでもあるならやるべきだと自分でも分かってはいる。だが……魔大陸などに行けば私は確実に死ぬ。魔王になど会えはしないだろう」

「……何故そんなことが言える?」


 別に俺は文句を言っているわけではない。確かに魔王が既に倒されていればこんな理不尽な世界に来ることは無かったから、少し位不満の気持ちはあるが……この質問は単なる興味でしかない。


 いや、単なるというのは語弊だな。これに関してはどうしても気になっている。何せ、こいつの言動は一つおかしなところがあるのだから。



「城のメイドに色々と聞いたが、過去の襲来を撃退出来たのはあんたの功績の分がでかいらしいじゃねぇか。それほどの力を持ってんのに、あんたは()()()()()()魔大陸には行ってない。行っても無い場所なのにどうして確実に死ぬなんて言えるんだ? そこが不思議でならん」


 サーシャの話や書庫で見た魔大陸関係の記録において、この男は一度も調査隊に参加していない。派遣された者達は既に全員死んでいるからな。


 つまり、魔大陸関連の情報は耳で聞いたものでしかないということだ。だが、この男が他人から聞いたことだけで自らの進退すら決めるタイプだとはどうしても思えない。何か他の理由があるはずなのだ。



「どうして……か。それはな」

「それは?」

「勘だ」

「……今何つった?」

「勘だ」

「……………………」


 予想外の回答に思わず聞き返してしまったが、どうやら聞き間違いではなかったようだ。いくら直感持ってるとはいえ、勘で決めやがったのこいつ?


「ああ待ってくれ、拳を構えるんじゃない。ちゃんとした理由があるんだ」

「……聞くだけ聞こう」


 半ば無意識に打撃を放ちかけたが、静止がかかったので仕方無く拳を下ろす。さあ、何かあるなら聞こうじゃないか。ふざけた内容だったら今度こそ腹に撃ち込んでやる。



「助かる。それでだな……四日前私と戦った時、私がタイマンで一度も負けたことが無いと言ったことを覚えているか?」

「勿論だ。こんな短期間で忘れるわけないだろう。まあ俺に負けたから、その記録も無くなったわけだが」

「そうだな。だが……それはあくまで人間や魔族の話なのだ。動物や魔物相手だとその限りではない」

「てことは、そっちでは負けたことがあるってことか?」

「少し違うな。対面はしたが実際に戦ったわけではないから、負けたということにはならないだろう」

「……んん?」


 どういうことだ? 対面はしたけど戦ってはいない……そんなことが有り得るのか?

 この世界に来てまだ何かを狩ったわけじゃないが、基本的に野性の獣というのは人間を見れば、理由はどうあれ大抵即襲いかかってくる。書物の情報的にもそこは元の世界と変わらないはず。


 勿論兎レベルの草食動物ならそういうことは無いが……今してるのはそういう話じゃないだろう。



「えっと、要するにどういうことなんだ?」

「別にそこまで難しい話ではないぞ? ただ単に、仮に戦っていれば私など簡単に殺されていただろうということだ」

「…………はい?」


 精霊使いでありSランク最高峰であるクルツが……簡単に殺される? 馬鹿な、もしそんな奴がいるっていうなら、既に詰んでるじゃないか。いくら勇者を呼ぼうが勝てるわけが無い。



「そう心配するな。敵というわけではないし、こちらから手出しをしなければ何も問題は無い」

「敵じゃないってことは……魔物じゃないのか?」

「ああ。シュウヤ君、君は神獣というものを知っているか?」


 神獣ーー確か、この世界の生物を統轄する十種の存在の呼称……だったか? 超常的な力を秘めてて、いくつもの国を滅ぼしてるっていう。


「概要だけは知ってるが……そんなに強いのか? あんたが持つSランクは一つの国を滅ぼす実力を持つ者に与えられる称号だし、だったら神獣とだって渡り合える位は……」

「はははっ。まあそう思うのも無理は無い。神獣の情報は世間には殆ど知られていないし、書物にも国を滅ぼす位の力があるとしか書かれていないからな」

「おい、てことは」

「……そんなレベルじゃない。あれは人間が勝てるようなものなんかじゃないんだ」


 ふと水面に大量に浮かび上がっている波紋に気付き、それを辿っていくと……それは少しだが震えているクルツの体から生み出されているものだった。ここは風呂だし、寒くて震えるなど有り得ない。



「あれは三十二歳の時の事だったかな……自分を越える強者を探す事を諦め、冒険者としての生活を送っていた時のことだ」



#######################



「ふぅ……やっと終わったか。んじゃ、さっさと作業を終わらそう。目的地まではまだまだあるしな」

 たった今倒したばかりのドラゴンから討伐証明部位と売却用に鱗や肉を剥ぎ取っていく。龍種の肉は旨いからな。


 魔族との戦いの最前線であるキュレム王国に向かう道中、私はとある街にてグランドドラゴンのつがいの討伐依頼を受け、オルクス山脈というところに向かった。グランドドラゴンというのは龍の一種であり、成体なら全長三十メートルに達する事もあると言われている。


 その大きさに加え狂暴であり、尚且つ魔獣故魔法を使ってくるから、ひと度出現すれば付近の街に甚大な被害が出る。そのため、こうして討伐依頼が出たというわけだ。



「さて、それじゃ帰ーーん?」

 素材の剥ぎ取りも終わってさあ帰ろうと思った時、自分のいる場所とその付近が急に影に覆われ、続いて立つのがやっとという強さの突風が辺りを襲った。気になって見上げたら……巨大なはずのグランドドラゴンの更に何倍も巨大な、蛇とも龍とも見える化け物が宙に浮きながら、私をじっと見つめていた。



(何だ……こいつは…………!?)


 蛇とも龍ともというのは言葉通りで、蛇のように長い体に龍が持つような見事な翼がいくつも付いており、空をまるで泳いでいるかのようにうねりながら漂っている。空飛ぶ大蛇なのかと思ったら顔は龍なので、これまた判別が付かない。

 極めつけは胴に生えた一対の腕。龍にも蛇にも腕は無いので、どちらでも無いということはすぐに分かる。



 当然戦おうとして、背中に背負った大剣を引き抜き構えた。だが……そこで重大な問題が発生した。


 私は昔っから、動物や魔物を狩るときはふと討伐へのイメージが浮かんでくる。積極的に相手の裏をかこうとする人間と違い、強靭な身体能力に任せて真っ直ぐな勝負を挑んでくるからだと私は考えている。



 しかし……その化け物にはそれが浮かんでこなかった。それだけじゃない。その強大な気配に威圧され、腕は震え一歩たりとも動くことは出来なかった。

 今まで感じたことの無い感覚……これが恐怖というものか。ダメだ、勝てるイメージが全く浮かんでこない……!



「なあ」

「!?」

「その龍、残すなら我が食っても良いか?」

「え……?」

「何だ、質問に答える事も出来んのか? 残すなら食っても良いか、と聞いているのだ。無理矢理奪わずにわざわざ聞いてやってるのだから、きちんと答えたらどうなんだ?」


 動物が……喋ってる?いや、そんなことは有り得ない。言葉が通じるわけは無い。これは一体……。


「そ、それは勿論だ。これ以上持ちきれないしな」

「分かった。では遠慮なくいただいていこう」

 そう言うと化け物は体をくねらせ、二本の腕でグランドドラゴンを一体ずつ持ち上げた。この言い方だけで、両者の大きさにどれくらいの差があるか分かるだろう。


「わ、私を殺さないのか?」

「……何故そんなことを聞く?」

「僅かとはいえ私もそのドラゴンの肉を持っている。なら殺して奪い取っても何らおかしくはない。君は……いや、あなたは何故ーー」

「貴様は阿呆か」

「なっ。あ、阿呆……」

「我を野蛮な者達と一緒にするな。何か手を出されない限り基本的に危害は加えん。無論出された時は容赦なく滅ぼすが……貴様は自衛のために剣を向けただけで、まだ何もしていないだろう。だから殺さない。そもそも殺すなら、上空にいた時に既にやっておるわ」


 上空……上空だと? つまり、急降下してここに来たということか?あの突風はそのためか。


 だが、ついさっき戦闘が終わった時空には何もいなかった。ということは、私が視認すら出来ない高度からいつでも殺せるということじゃないか!



 ……ん?ちょっと待て。殺す気が無いって……殺気が含まれていない、純粋な気配だけでコレなのか? 嘘だろ?


「では我は去るとしよう。小さき人間よ、我を前にして無闇に捨てなかったその命……無駄にするでないぞ」

「ま、待ってくれ!」

「あん?」


 背を向けた化け物を慌てて呼び止める。去る前に一つだけ教えてもらわなければならない。



「あなたは……一体何者なんだ!」

「我の名か? そうだな……貴様ら人間に分かるように言うなら……」

 話している間にも段々風が強くなり、やがて目を開けることも出来なくなっていく。そして声も聞こえなくなるかどうかといった時ーー


「我が名は龍王ヨルムンガルド。龍族を束ね、世界の覇権の一端を握りし者だ」


 その声が聞こえた直後一際強い風が巻き起こり、耐えきれず私の体は数メートル程吹っ飛ばされた。そして風が収まった時、そこにはもう、化け物の姿は無かった。



「ヨルムンガルド……」

 烈風の中で聞こえた名前を復唱。すると、記憶の片隅にある知識が呼び起こされていった。


 龍王ヨルムンガルド。かの有名な神獣十柱の内の一柱であり、龍族の頂点に位置する者。暴風を自在に操り、ひと度怒りを買えば辺り一帯を蹂躙し尽くすという。


 あれがその神獣……? 馬鹿な、国を滅ぼすどころじゃあない。あんなのが十体もいれば世界なんて簡単に滅びるぞ?



「一人でも良い……誰かに伝えーーあれ?」

 立ち上がろうと手を付くが、ガクンと折れて地面に倒れ込んでしまう。全身に力が入らない。どうやら恐怖で動けなくなってしまっているようだ。


 情けないとは思うが、こればっかりは仕方無い。あんなのを目の当たりにして平常通りでいられるものか。



 その後も必死に立ち上がろうとはしたものの……生まれて初めて恐怖を感じた故耐性が無かったこともあり、結局小一時間程木にもたれかかることになったのだった。



#######################



「……当時、私は既に精霊使いとしてかなりの力を誇っていた。その私ですら全くもって敵う気がしない存在、それが神獣というものだ」

「……成る程、あんたほどの実力者が怯える理由が分かった気がするよ。だが一つ気になる。それでも尚世間の情報が変わっていないのは何故なんだ? 誰かに言ったんだろ?」

「言ったさ。前任のギルド長や国王様にもな。しかし、その殆どは私の話を決して信じなかったんだ。何故だか分かるか?」

「理由か……そうだな。国を滅ぼす存在と一人の人間が獲物を分け合うなど信じられない。そんなレベルの存在がいるのに未だに魔物が蔓延っているわけが無い。そもそも精霊使いが一つの存在を前に簡単にやられるなど有り得ない、とかか? 他にも色々思い付くが……」

「分かってるじゃないか。私もそう言われて引き下がるしか無かった」


 そう言ってクルツは少し寂しそうな顔をしていた。確かに、恐怖すら覚えた体験を誰にも信じてもらえないとなれば、そうなるのも当然だろう。



「……何だ? そいつらは馬鹿なのか?」

「えっ。いやっ、ちょっ。まさかそれを言い切るとは思ってなかった……」

「キッパリ言って何が悪い、そいつら固定観念に囚われすぎだ。とんでもないことが日々山ほど起きてる世界、何が起こってもおかしくないはずだ。それをロクに調べもせず嘘だと決めつけるとか……馬鹿としか言いようがない」


 生息地すら満足に分からない以上、調査のしようが無いというのも分かる。だが、だからといって確証も無いのに嘘と決めつけるのは良くない。勿論普段から嘘つきな奴だったり、反応的に嘘をついてると分かったら別だけども。



「はは……てことは、君は信じてくれるのかい?」

「一応はな。特に疑う理由も無いわけだし」

「そうか……うん、ありがとう」

「気にするな。それで、その話と勘がどう繋がってくるんだ?」

「ああ、それか。あくまで感覚の話だから、理解はしてくれないだろうが……その時の感じと似てるんだ。為す術も無く殺される、そんな未来しか見えないんだ。だから魔大陸には何があっても行かない、私は無駄死にしたいわけじゃないからな」


 そういうことか。直感で自分の末路を悟る……クルツの言う通り、俺には全く分からない感覚だ。だが伝説の冒険者ともあろう者が震えながら語るんだから、恐らく本当のことなんだろう。


「……分かった。ちゃんとしたワケはあるようだし、殴るのは止めにしてやる」

「良かった。君の打撃は痛いからね」

「っと、そろそろ出ないとマズいな。このままだと二人とものぼせちまう」

「そうだな、そうしよう」



 ……しっかし、神獣か。恐ろしい奴らがいるもんだ。

 これから先、クルツのように偶然出会うことが無いとも限らない。戦闘の際は用心しないといけないな。もしうっかり攻撃しちまったら殺されるわけだし。


 そう心に留めつつ、けれど次の日も全く変わらず訓練を続けた。こうして、一週間という時間はあっという間に過ぎていったのだった。

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