第7話 登録完了
とはいえ、やらねばならないことをすっぽかしたまま訓練に突入するわけにはいかない。なので、訓練場に戻る前に一旦受付へと寄って行く。既に実技試験合格の旨は伝えられており、ギルドカードが発行されているはずだからだ。
「シュウヤ様、お待ちしておりました。ま、まず、こちらがあなた様のギルドカードになります……」
「……分かった」
先程とは違い、受付嬢の顔は全力でひきつっていた。そりゃまあ、新人がいきなりSランク倒したなんてことを聞けばこうなるか。
勿論周囲にいる冒険者達からの視線も凄いことになっている。全員同じ感情ならまだ良かったのだが、ある者は恐れを抱き又ある者は何とか戦力として確保しようとしているなど、見事にバラバラなものが一気に押し寄せてきているので、正直言って非常に気分が悪い。
実際は単に剣での勝負に勝っただけであり、魔法ありの戦いなら瞬殺されていただろうが……そんなことは関係無いのだろう。こういうのは勝ったという事実こそが重視されるものであり、基本的にどんな制限がかかっていたかとかいうのはあまり考慮されないものだ。勿論、余程酷いものだったら評価も変わってくるけど。
「それでは、最初にギルドカードの説明をさせていただきますね。カードには特殊な魔法陣が描かれているのですが、確認出来ますでしょうか?」
「ああ。確かこれに血を垂らすんだっけか?」
「はい。本人の血を一滴垂らし、魔力を同調させることで本人確認が出来るようになるのです。ではお願いします」
受付嬢に促され、指を剥ぎ取り用のナイフで少し切る。垂れた血が魔法陣の中心に落ち、数秒後魔法陣が光り出した。
「これで登録完了となります。冒険者の仕組みについての説明はお聞きになられますか?」
「そうだな。よろしく頼む」
「はい。それでは始めさせていただきます」
書庫やサーシャの話で既にある程度知識は得ているが、依頼を受ける上での細かい段取り等は流石に分からないので聞いておく。何か間違いがあってもいけないしな。
新しく得た情報を簡単にまとめると、依頼は通常依頼・指名依頼・緊急依頼の三パターンに分かれ、殆どは通常依頼に分類される。指名依頼は依頼者が名のある冒険者やパーティなどに個別で頼むものだし、緊急依頼は魔族の襲来や他国との戦争などそうそう起こらないものだ。そこら辺は考えなくて良いだろう。
……てか、魔族による被害が出てる中で尚も戦争しようとする愚か者がいることに驚きなんだが。一周回って尊敬すら覚えるわ。
それに協力するギルドもギルドだが、一応戦争関連はギルドは基本中立の形を取っており、状況が状況な時にのみ各自の判断で依頼を出すという形になるらしい。そこら辺はちゃんとしてるのな。
依頼は入口から見て右手側にある掲示板にランク毎に張り出されており、受注の際は剥がして受付まで持ってくる形になる。この時にギルドカードを提示し、受けられるのかどうかを再確認するってわけだ。
依頼には受注する場所と目的地との距離を考慮した上で定められた規定日数があり、それを過ぎると依頼失敗と判断され他の者に回される。失敗の際にはある程度の違約金を払う必要があり、その影響もあって無謀な依頼を受け命を捨てるような者は減っているのだとか。
「説明は以上となります。もし分からないことがございましたら、いつでもお聞き下さい」
「了解した。それじゃ、これで失礼させてもらうぞ」
「はい。どうぞお気をつけ……る必要は無いかもしれませんね、あはは……」
「……………………」
説明してる間は営業モードになっていたのだが、終わるや否やまたひきつった顔に戻ってしまう。これ以上ここにいても気まずいばかりなので、早々に受付を後にした。
「ギルドカード……ね。魔物との戦いで壊れないかが心配だな」
そう呟きつつ、ついさっき受け取った鉄製のカードを眺める。そこには俺の名前とランクが彫られており、その横に魔法陣が描かれている。名前って言っても下だけだけど。
このカードはランクごとに素材が分かれており、ランクが上がっていくにつれ木製→鉄製→マカライト製→銅製→銀製→金製→白金製→ミスリル製といった感じで変わっていく。マカライトやミスリルはこの世界独自の素材であり、前者はその綺麗な見た目故装飾品に使われることが多く、後者は軽さと固さを兼ね備えた上に魔力を通しやすい性質を持っているのだとか。ちなみにミスリルは産出量が少ない故かなり貴重な素材らしい。
ランクによって変えているのは、勿論その者の実力を一目で判断出来るようにするため。冒険者というのはランクで大体強さが分かれており、一番下のGから順に見習い→新人→駆け出し→一人前→中堅→熟練→達人→化物レベルという感じになっていく。
金と白金のカードは見せた時点で争いが止むことも珍しくないらしい。ミスリルは言わずもがな。
中にはそれを利用して他人を脅すような者もいるようだが……ギルド側は基本的に冒険者同士の争いには関与しない方針であり、何かあっても自分で何とかするしか無いらしい。
ここら一帯はクルツのおかげで治安は良くなっているが、俺は無属性なのでそういった事が無いとは限らない。気を付けよう。
ちなみに、ギルドカードは紛失した場合再発行に銀貨数枚かかるらしい。今の俺にとっては結構な痛手なので、絶対に無くさないようにしなければなるまい。
「おーい、遅いぞー」
「すまん。思ったより時間がかかった」
訓練場に着くと既にクルツが待っており、その背中には一振りの大剣を背負っていた。俺が受付に寄る間に俺用の武器を取ってくるとか言ってたので、あれがそうなんだろう。
「ほれ。家に戻ればまだいくつかあるが、今持ってる中で君に合いそうなやつはこれしかなかった。そこら辺は我慢してくれ」
「問題無い。そこまで贅沢を言うつもりはなーーうおぉっ!?」
クルツが片手で差し出してきた大剣を受け取った瞬間、予想外の重さが腕に襲いかかり落としかける。慌てて両腕で柄を掴み、何とか立て直したが……。
「これ……七十キロ弱はあるな。これを片手で軽くなんてーーって、身体強化使ってやがったのか。重いなら重いって先に言ってくれよ」
「フハハハ。さっきの戦いでもあまり見れなかった、君の驚いた顔が見たくてな」
「悪趣味だな……危ねぇだろ。もし落としてたらどうすんだ」
片手で渡されたから、てっきり簡単に持てるのかと思って俺も片手で受け取っちまった。油断してた俺も悪くはあるけどさ。
「ふむ……」
クルツから少し離れ、何度か素振りをしてみた。剣とは違いブオンブオンと風切り音が鳴り、その度に少し体が持っていかれる。これは慣れるまでに時間がかかりそうだな……。
「それをふらつきながらも振り回すか……やっぱり君は化け物だな」
「おいちょっと待て。まさか持てないかもしれない物持ってきたのか?」
「いやいや、そういうわけでは無い。ただ……その剣は失敗作でな。丈夫さにおいては一級品と言えるものの重すぎて、私ですらさっきのように身体強化を使わねば自在に振り回すことは厳しいのだよ。御覧の通り、私も歳だからな」
失敗作ってはっきり言いやがったよコイツ。なんちゅうモン人に渡すんだ。
「だが、君ならいけるかもしれないと思ってね。そしてどうやら、その考えは正しかったようだ。良ければ譲ろうか?」
「……良いのか?」
「ああ、どうせ持っていても使わないものだしな。武器というのは誰かが使ってこそ意味がある。君に使ってもらった方が、その剣としても良いだろうよ」
「そういうことならまあ……有り難く受け取っとくよ」
大剣術の指南に加えて、武器まで貰えるとは。こりゃ何としても身に付けないとな。
……だがまあ、心意気だけで扱える程武器というものは甘くない。休憩を挟みつつギルドが閉まる夜十時まで練習し続けたものの、結局一度も安定して振ることは出来なかった。
たった一日では感覚を掴むことも出来ず、こうして一日目は早くも終わってしまったのだった。
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ーーそして翌朝。
「……おーい、今帰ったぞー」
少々ふらついた足取りで俺は家のドアを開ける。クルツは既に起きていたようで、鼻歌なぞ歌いながら身支度を整えていた。
「おお、お帰り。何だ、往復にしては随分と遅かったではないか」
「人目を避けるために、なるべく目立たない道を選んでたからな。そりゃ時間もかかる」
「それもそうか。とにかくお疲れ様だ。私はこれから朝市に行くが、君はどうする?」
「勿論付いていくさ。昨日言った通り指南の礼代わりに朝食は作らせてもらうし、そのためにどんなものが出てるのかっていうのは見ておきたい」
昨晩した交渉の末、一週間分の食事代は後払いで受け取ってくれることになったのだが、受講料その他諸々に関しては頑として意見を変えなかった。まあ確かに、今回の合宿はあくまで俺に対する礼として企画されたものなので、気持ちは分からないでもない。
だが、クルツは普段ギルド長という立場故中々忙しい身だ。そこを更に圧迫してしまう以上何かしないと俺の気も済まないというのがあり、結果朝食は毎日俺が作ることになったのだ。
ちなみに何で許可が下りたのかと言うと、それはクルツの生活スタイルにある。朝食は自分で用意し昼夜はギルドの食事処で済ますという形らしいが、ギルド自体はすぐ近くにあるとはいえ朝は本当に時間が無く、普段は本当に簡単なものしか作れないらしい。そんなこともあり、俺が何か作るよと提案した時は中々に喜んでいた。
「……それは確かにありがたいが、あまり無理しないようにな。大剣の練習で疲労が溜まっていた上で尚も七時間もかけて往復したのだから、疲れも尋常ではあるまい」
「気にするな。昨日も言った通り丈夫なのが取り柄みたいなものだしな。後で二時間程仮眠させてもらえれば、一応は問題無く動ける」
「うーむ……まあ、君が良いなら私も特に言うことは無い。だが、寝る前に風呂位は入っておけよ。後で入れ方は教えてやるから」
「助かる。そんじゃ行くか」
城から持ってきた着替えを玄関に置き、クルツと共に家から三十分程歩いた場所にある市場へと向かう。まだ朝の六時だというのに活気付いており、この世界の人間が現代人に比べて圧倒的に早寝早起きなのが実感出来る。
「ふあ……ぁ……」
思わずでかい欠伸が出てしまった。まあ夜通し行動してたから仕方無いけど。
クルツの家に泊まることになった以上、当然着替えなども用意しなければいけないわけだが、そこまでクルツにやってもらうわけにはいかない。そこで、大剣の練習が終わった後一度家に案内してもらい、場所を覚えてから城に取りに行ったのだ。
家から城までは直線距離で走り続けて三時間ちょい。そのため往復には六時間ーーと思いきや、俺は人目を避けるために道を選択する必要があり、色々回り道する結果往復で七時間にもなる。
いくら体力の回復が早い体とはいえ、練習でフラフラとなった上に更に七時間のランニングはキツいにも程がある。盗賊に襲われなかったのが唯一ともいえる救いであり、そこは治安を良くしているクルツに感謝せねばなるまい。
……それなら練習を早く切り上げれば良かったんじゃないかって? 俺だって人間である以上、何かに熱中することだってあるというのを知っていただきたい。
尚、城に着いたのは夜の二時頃なので当然サーシャは起きていない。なのでとりあえず簡単な書き置きを残してきた。
具体的に書くと凄ぇ長くなってめんどくさいって言うのと、事情を良く知らないであろう他の人間が見た場合も考えて、シンプルに一週間空けるっていうことだけ書いてきたが……あれ大丈夫かな。今考えると後々文句言われそうな気がしてきたわ。
まあ良い。何か言われたら謝っとこう。
その後必要な物を買い終え、家に戻り朝食を作った。砂糖や塩はあったものの、醤油や味噌等がこの世界には無いので結構地味なものになってしまったが、それでもクルツは絶賛してくれた。一葉婆ちゃんから教わった料理がこんなところで生きるとはな。
いつか安定した生活を送ることが出来るようになったら、頑張って元の世界にあった料理を再現してみるのも良いかもしれないな。幸い似たような食材はこっちにもあるらしいし。
「それじゃ、私は先にギルドに行くぞ。風呂で寝ないようにな」
「分かってるさ。諸々済ませたら俺も後を追う。昨日と同じくギルド長室に行けば良いか?」
「そうだな。私は部屋で仕事をしておくよ。受付嬢には話を通しておくから、いつでも好きに通ってくれ」
「了解した。そんじゃ後でな」
風呂に入り仮眠を取った後、俺もギルドへ向かった。さあ、今日も頑張りますか。
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