第5話 求めていたもの クルツ目線
前回と同じくクルツ目線。次回から修哉視点に戻ります。
それから十日程経った日のこと、肩の凝るデスクワークが一段落し、休憩がてら私はギルド内部の廊下を歩いていた。Sランクという称号故下手に街中を出歩くと騒ぎになってしまうため、国王様からの直々の依頼がある以外は、日中はこうして人気の無い廊下を歩き回ることで運動不足を補っている。
早朝や夜なら裏にある訓練場を使うことも出来るのだがな。全く、不便なものだ。
そんな事を考えつつ廊下を曲がる。すると、教官室と呼ばれる部屋の前で、受付嬢と一人の教官が話し合っているのが目に入った。そのまま通り過ぎても良かったのだが……教官の方が怪訝な顔をしているのが分かり、声をかけることにした。
「どうした? 何か困り事か?」
「あ、ギルド長。いえ……困り事というわけではないんですが」
「新しく冒険者登録をしに来た方がいて、その方の実技の担当を任せようとお願いしていたんです。ですが……」
「何せまさかの無属性ですからねぇ。試験とかそういう以前に、追い返した方が身のためだと思ってお断りしようとしていたんです。魔法も満足に扱えない以上冒険者になったところで大した依頼はこなせないでしょうし、それだったら他の職を薦めた方がーー」
「待ってくれ。無属性だと……? お、おい君。その用紙を見せてくれんか」
「え……? は、はい。どうぞ」
その者が記入したと思われる用紙を受付嬢から受け取り、内容に目を通していく。属性の欄を見るとやはり無属性と書かれており、そして名前はーー
「あの……ギルド長。どうかしたのですか?」
「何がだ?」
「いえ、その……どこか楽しそうな雰囲気を感じたもので」
指摘されて初めて、自分の口角が上がっている事に気付いた。どうやら無意識下で反応を示してしまう程、私はこの日を心待ちにしていたらしい。
「ああ。いや、気にしないでくれ。それより……まだ決まっていないのなら、私がこの者の担当をしても良いか?」
「えっ! ギルド長自らですか?」
「そうだ。別に何も問題は無いだろう? 私はギルド長であると同時に教官長でもあるわけだし」
「はぁ……了解いたしました。それではご案内いたします」
「よろしく頼む。あ、君はもう良いぞ。職務に戻ってくれ」
「了解しました。では、お気をつけて」
教官の一人と別れ、受付嬢と共に廊下を進んでいく。一歩踏み出す毎に気分が高揚していくのが感じられ、思わず早足になっていった。
(…………ん?)
「もう許さねぇ! 二度となめた口が聞けねぇように叩き潰してやる!」
そんな怒号がふと聞こえ、駆け足で受付へと辿り着く。そこには各々の武器を抜いて怒りを露にする中年の男達四人と、それに対抗し今にも剣を抜こうとしていた若者がいた。
「これは何の騒ぎだ!」
私は反射的にそう叫んでいた。冒険者同士の喧嘩など日常茶飯事だし、外で誰の迷惑にもならない場所でやる分なら一向に構わないが……ギルド内でそれをやらせるわけにはいかない。喧嘩をするような荒くれ者というのは総じて体が大きく、本気で暴れられては通常の業務や食事処の営業にも少なくない損害が出てしまうからだ。
ここはあくまで依頼を受注したり、簡単な食事をしたりする場所。乱闘をして怪我人を出すための場所ではないーーそんな思いから感情を昂らせ、争いを止めるため全員の意識を自分に向けさせる。こういう時Sランクの称号は実に便利だな。
比較的雰囲気が落ち着いたのを察し、近くにいた者に何があったのかを聞いた。そして内容を把握し、騒ぎの中心となっていた若者に近付いていく。
(そうか、この子が……)
一目見ただけではただの少年としか判断は出来ないだろう。だが、こうやって正面に立って瞳を見てみると分かる。
私という存在を前にして、欠片も臆した様子を見せていない。それどころか正面から堂々と視線をぶつけてくる。
さっきだってそうだ。抜き身の武器に囲まれて尚、全く慌てた様子を見せていなかった。大した気配が感じられないのが気になるが、カストロの言っていたのはこの子で間違いないのだろう。
簡単な自己紹介を済ませた後は、実力を見るためにまずは絡んでいた冒険者全員と戦わせてみることを提案した。人を道具として使うようなものだが、冒険者達の欲求も満たせる事だし何の問題も無いだろう。
当然周囲の者達から批判は飛んできたが、当の本人はというと呆れた様子を見せてはいたものの、既にやる気は満々のようだ。普通なら多少なりとも戸惑うものなのだが……騎士団をまとめて相手にしただけはあるな。
「決まりだな。それじゃ、訓練場に案内するから付いてきてくれ。実技試験はそこで行う」
先導する私に対し、シュウヤ君と対戦相手である四人の冒険者、それとその場にいた大勢の冒険者がぞろぞろと移動する。普段関係ない者が付いてくることなど滅多に無いと言うのに……余程対決に興味を持ったのだろうな。
「ぎ、ギルド長! お早うございます!」
「うむ、お早う。これから向こうで実技試験を行う予定なんだが、少々危険なことになるかもしれんから、訓練をするなら決して近付かないようにしてくれ」
「危険なこと……? というか、その後ろの方々は一体……」
「ははは、まあ見てれば分かる。良ければ君達も見て行くかい? きっと面白いものが見れるぞ」
「ぜ、是非とも同行させていただきます!」
ギルド主催の講習会のために先に来ていた教官と新人冒険者達と軽い挨拶を交わし、奥に移動しつつ環境を整えていく。道中にした説明を繰り返し、確認を終え試験開始の合図をかけた。
なるべく殺さないように、という指示を完全に無視した冒険者達には苦笑しか浮かばないが……まあ、それも些細なことか。
(さあ、カストロを圧倒したという君の剣術、是非とも私に見せてくーーえ?)
一瞬何が起こったのか分からなかった。剣を抜かず相手を待ち攻撃をかわす……と同時に投げ飛ばし、もう一人を拳一発で沈め、直後につい先程投げた相手も瞬時に戦闘不能にしてしまった。
武器を持つ者達相手にーーしかもCランク二人の攻撃に対し素手で対応し、即座に倒す。そんな異常な光景を前にし、観客達の空気は凍りついていた。勿論私も。
一応私も同じような事は出来る。だが、それはあくまで武器を失った際にやむを得ず行うといったものであり、最初からいきなり徒手で挑むなど普通はしない。
つまり……それほどの差があるということか。剣を抜くより素手でやった方が早い、そんなことを言いたいのだろう。
……しかもあの投げ方、恐らく手に持ったままの武器によって体が傷付かないよう瞬時に調整を加え投げている。
正面なら分かるが、背後にだぞ? 実際にこの目で見なければ、私とて信じることは出来ないだろう。
その後も高速で飛ぶ鎌を目で追い弾き逆に利用したり、重いはずの槍をいとも簡単にはね飛ばすなど異常な光景が続いた。観客達はいつしか揃って冷や汗を流しており、中には怯えすら見せている者もいる。
だが、その中で唯一私だけはこの上無く気分が高揚しており、戦いを終えたシュウヤ君が目の前に来た時、ついに堪えきれず大声で笑ってしまった。
勝てる事は分かっていた。しかし、ここまでとは思っていなかった。まさか……こんなあっという間に終わってしまうなんて。
やはり、この子ならーー私の欲求を満たすことが出来るかもしれない。
そう思い、今度は改めて私との戦いを提案ーーしようとしたのだが、言葉を言い切らない内に却下され踵を返されるという、予想もしていなかった事態に陥る。当然私は慌てて引き留めようとした。
「待て待て待て! 話は最後まで聞け!」
「最後まで聞いたところで、アンタと戦えっていう内容は変わらないんだろ?」
「まあ、それはそうだが」
そりゃまあ、君と戦う事がそもそもの目的なわけだからな。その前提を覆すわけは無い。
「ならお断りだ、何でわざわざSランクとなんて戦わなきゃいけないんだよ。もう試験自体は終わったんだし、俺は戻らせてもらう」
そう言い、本格的に建物へ向かって歩き出してしまった。てっきり私と同じく戦う事が好きなタイプなのかと思っていたが、どうやら違っていたようだ。むしろ不要な戦いを避けようとする雰囲気すら感じられる。
むぅ、不味いな。これでは本格的に望みは絶たれてしまう。
こうなったら……あれを使うしかないか。
「そうか……残念だな。もし勝負を引き受けてくれるというのなら、ギルド長権限でFランクから始めさせてあげようと思ったのだが」
あーあ、勿体無い……といった感じのわざとらしい口調で言い放った。すると、それを聞くや否や足は止まりすぐに引き返してくる。よし、上手く行った。
この子は勇者で唯一の無属性なのに、真っ先に冒険者になろうとしている。それはつまり、一早く魔物と戦い更に腕を上げようとしているということ。
冒険者は規則により、自らのランクにあった依頼にしか受けられない。勿論この子もその例に漏れず、大した討伐依頼は受けられないGランクから始めることになる。城を出てまでわざわざここに来たのだ、それを知らないわけはない。
そして、ランクを一つ上げるにはかなりの時間がかかる。郊外ならまだしも、王都では二週間近くはかかるだろう。
唯一の例外は、登録の時点でギルド長である私が認めた場合のみFランクから始めることが出来る、という特例中の特例のみ。少なくとも私が就任してからの十年間では一度も使われていない、半ば形骸化していた裏ルールである。
私の提案はその課程をすっ飛ばせるものであり、今のこの子にとってはこの上無く魅力的なもの。食いついてこないはずが無いだろう。
そんなこんなで、結局嫌々ながらも戦うことを承諾してくれることになった。このまますぐにでも始めたいところだが……そうもいかないのはもどかしいところ。
まずは倒れていた四人を医務室に運び込み、場を整えていく。ギルド内で傷付いた者はすぐに治療を受けさせるという決まりになっており、長である私がそれを破るわけにはいかない。そのままにしておいたら邪魔にもなるからな。
その間情報を聞きつけ更に観客が増え、その度に決して手を出さないようにキツく言っておく。下手に手を出すと危ないことこの上無いというのもあるが、単純に一切の邪魔が入らない状況を作りたいという気持ちの方が強いだろう。
一連の作業がようやく終わり、シュウヤ君が一人待つ場所へと足を踏み入れた。堪えきれず挨拶代わりに膨大な殺気をぶつけてしまったが、何とそれと同程度の殺気をぶつけ返されるという嬉しい歓迎を受けた。
念のための細かいやり取りを続けている間も、殺気による応酬は続いていく。その密度に観客達が押し潰されている様子が視界の端に映っていた。
やはりこの子は知っている、戦いとは始まる前に既にこうして始まっているのだと。そこらの人間とは心構えからしてまるで違う。仮に今どんな不意打ちを仕掛けようとも、きっと全て完璧に対処されてしまうだろう。
それからどれだけの時間が経っただろうか。互いに剣に手をかけ、相手の様子に注意を向けつつ微動だにしない。
確かに先手必勝という言葉はあるが、それでもこのレベルの戦いだと焦って先に動いた方が不利となる場合が多い。後から動く者は、先に動いた者の動きを見てからそれに合った動きを自由に決められるからだ。
だから、私もこうして相手が動くのを待つーーそうするつもりだった。実際最初はそうしていた。
だが……もう無理だ。我慢など出来るはずもない。
「ーーせやぁぁぁああああああ!!!」
先に動いたのは私だった。早く戦いたい、早く剣をぶつけ合いたい、昔感じたあの感覚を再び味わいたい……押さえきれぬ感情が私を突き動かしていた。
腰を落とし真っ直ぐに突っ込んだ私に対し、シュウヤ君も同じ風に迎え撃ってくる。そして互いの剣がぶつかり合いーー私の方が押し戻され体勢を崩した。
「ぐっ!?」
おお……何だこの一撃は。まるで人族ではなく、獣人族でも相手にしているかのように重すぎる。
恐らく秘密は、ぶつかり合う直前に一瞬だけしていた脱力にあるのだろう。かつて同じように脱力を使いこなす竜人族の剣士と戦ったことがあり、その際脱力の幅こそが強大な力を生み出すと教えてもらったが……今食らったのはそれに比べて尚深い。それを一瞬でこなすとは、見事としか言いようが無いな。
当然その大きなチャンスを見逃すはずも無く、シュウヤ君は猛攻を仕掛けてくる。地面を砕く一撃に、蛇のごとくうねる斬撃、僅かな隙をも狙い撃とうとする刺突の連撃、複数の斬撃を同時に放つ技。それらをギリギリで捌きつつ、何とか立て直していく。
成る程。こうやって多彩な技を使いこなし、相手を翻弄するのがこの子の剣術ということか。おかげで次どんな攻撃が来るのか分かりにくくなり、どうしても対処が遅れて劣勢となってしまう。
カストロが負けるのも当然といったところだな。あやつは良くも悪くも剣は真っ直ぐだから、こうやって翻弄するような相手とは相性が悪すぎる。
勿論普通ならそんな奴が相手でもゴリ押して勝てるだろうが、この子は技だけじゃなく純粋な力をも合わせ持っている。本当に、一体どうやってこんなものを身に付けたのだろうか。
ああ、ダメだ。楽しすぎてニヤつきが抑えられん。どうしても笑いが込み上げてきてしまう。
(こんな風に笑えたのはいつぶりかな……思えば、ここ何十年も心から笑ったことは無い気がするよ)
……だけど、まだだ。全然足りない。
もっとずっと戦っていたい。いや、それよりもーー久しぶりに全力を出してみたい。
そうだな……この子なら大丈夫。例え本気をぶつけても、しばらくは持ってくれるはずだ。少なくともこれで終わってしまうようなことなど無いと、私の勘が告げている。
だからーー使ってしまおうか。
「身体強化!!」
魔法により身体能力を強化し、仕切り直して再び最初のようにぶつかる。ついでにさっきの技を使わせてもらったが……やはりかなり強力な技のようで、今度はシュウヤ君の体が二メートル程後ろに吹っ飛んでいった。肉体への負担が大きいのが難点だが、素晴らしい技を教えてもらったものだ。
「さあ、まだまだ行くぞ!」
「ッ!!」
即座に体勢を立て直したシュウヤ君に対し、息もつかせぬ連撃を浴びせていく。流石に身体強化には敵わないようで、時折吹っ飛ばされながら防戦一方の戦いをしていたが……それでも私は満足だった。何せ、完全に押されながらもこちらの技は全て防いでおり、傷らしい傷は一切負っていないのだから。
私を越える剣術、身体強化相手にも一歩引かない気概、猛攻を耐え続ける体力。私が今まで会ってきた者の中でも最強であることは確実だ。
だが……だからこそ、身体強化をまだ使えないという事実が残念でならなかった。それさえ身に付ければ、この子は確実に私を凌駕する。
……逆に言えば、現時点でこの子が私に勝つのは不可能なのだ。現に私が防御を捨てて攻めることに集中すれば、すぐにでもこの子は私の剣の前に倒れることだろう。身体強化というのは、習得の難易度が高い分使いこなせばそれだけの差が出る魔法なのだ。
だから、もう終わらせよう。今この戦いを無駄に長引かせるよりも、その時間を使ってもらって強くなってから再戦した方がお互いに得だ。一応の欲求は満たせたわけだし、再戦の約束だって取り付けることも出来たしな。
今回はもう……思い残すことは無い。さあ、次回を楽しみにするとしようーー
「おい」
そう思いながら話しかけていた時、突如シュウヤ君の体から殺気が溢れ出した。それは私のみならず、観客達をも飲み込み場を恐怖に陥れた。
これは一体……さっきぶつけ合ったものなんて、まるで比べものにならないじゃないか。
だが、こんなものをどこに隠し持っていた?最初会った時はそもそもの気配すらもあまり感じなかったんだぞ?
後から知った事だが、この時の殺気は訓練場だけでなく離れているはずのギルド内部にまで及んでいたらしい。おかげで職員達が一時期動けなくなり、業務が滞ってしまったとのことだった。ということは、恐らく周辺地域一帯にまで届いていたのだろう。
「勘違いしてんじゃねえぞオッサン。誰が力尽きるって?」
「……ふふ。どうやらまだまだ元気が有り余っているようだな。成る程、今勝敗の話をするのは失礼だったか」
降参などという言葉を使ったからこそ、怒りで殺気を膨れ上がらせたーー私は今起こっている事態をそう考えようとした。しかし……。
「それも勘違いだ。さっきから自分が勝つのを前提に話しやがって……相手の本気も見てないくせに、何勝った気でいやがるんだ?」
「……ほぅ? 今までのが全力でないと?」
「ああ、出来れば使わずに倒したかったんでな。だが、それも無理そうだ。……あんたの本気はそこまでか? なら俺には勝てねぇよ。三十年ぶりの敗北ーーそんなに欲しけりゃくれてやる」
そう口にした直後、シュウヤ君の雰囲気は一変した。殺気を撒き散らすこともなく、私に対して苦々しい顔をすることもなく、半身になりながらただただ静かに剣を構えた。
(何だか良く分からんが……とりあえず一発仕掛けて様子を見てみるか。何か変わったっていうなら、吹っ飛んだ後に何かしらあるだろう)
そう思いながら構え直し、お互いに踏み込んでまたぶつかり合った。さて、どんな変化を……。
「ーーは?」
体は吹っ飛ぶどころか少しも後退していなかった。両足でしっかりと大地を踏みしめ、私の攻撃を受け止めている。
馬鹿な。身体強化を使った上に脱力も活用したんだぞ? しかもさっきまで吹っ飛んでいたはずなのに、何故今回は……。
ほんの一瞬だが不覚にも動揺してしまった。そしてその間に、鍔迫り合っていた剣同士は弾かれ再び距離を取られる。
ふぅ……何を焦っているんだ私は。
距離を取ったってことは、単純な力での押し合いには敵わないってことだ。それに、今ぶつかってから押した感触でも、別に力が増しているわけじゃなかった。
なら、身体能力的には何も変わらないってことじゃないか。本気っていうのが何なのかは分からんが、身体強化が使えない以上結局勝敗は変わらないな。
だから、このまま続ければ私の勝ちーーそう思っていた。
(何だ……何が起きてる!?)
明らかに様子が違う。打ち込んでも打ち込んでも、防ぐのではなく全ていなされ時にはかわされる。ただの一回も決定打は入らず、攻撃する度にカウンターを受け私の体には傷が増えていく。
そして、斬り合いを続けていく中で……いつからか私は攻撃を出始めから全て潰されるようになった。攻めに転じようとも、怒濤の斬撃がそれを許してくれない。
剣というのは振り切る瞬間にこそ最大の威力を発揮するため、振り始めた時には大した威力は乗っていない。仮に身体強化で強化していようとも、その時点で人を吹っ飛ばすことなど決して出来はしないのだ。
だから、確かにそこを狙い続け一度もまともに剣をぶつけ合わせることも無ければ、吹っ飛ぶ事も無く相手を完封することが出来るだろう。今が正しくその状態ということだ。
だが……そのためには相手の動きを全て完璧に、ほんの僅かなずれも無く予測し続けなければならない。しかも直後の攻撃だけでなく数手先まで。
そんなことが本当に可能なのか? いや、実際に今目の前で起こっているんだから、本当も何も無いんだろうが。
そして、私が攻撃出来ない理由はもう一つある。動きがもう全く読めないのだ。
さっきもその兆候はあったが、あれはただ単に読みにくいというだけの話であり、落ち着いて対処すれば防げないというものでは無かった。だが今は違う、例えるなら全く別の人間が変わる変わる攻撃を仕掛けてくる感覚だろうか。変幻自在とか最早そのレベルではない。
実際のところは、言ってしまえば攻撃のキレが上がり切り替えがスムーズになっただけなのだろう。さっきも思ったがそもそものスピードが変わったわけじゃないし、起こった変化としてはその程度のはずだ。この変わり様をその程度と口にするのは違和感しか感じないがな。
相手の動きを全て把握し、予測不可能な連撃を用いて完封する、これこそがこの子の本気だということか。確かにこれを見ずして勝利を確信するなど、私の行為は愚かでしかなかったな。
……それに、私は今本気で攻撃をされると同時に本気で手加減をされている。そんな感じが伝わってくるし、もしそうでなければ私はとっくに殺されている。
仮に私が今以上に身体能力を強化出来たとしても、この子はその上で更に私を完封してくるだろうな。これを敗北と言わずして何と言うのだろうか。
ああ……全く、私は本当に根っから戦いが好きなのだなぁ。こんな絶対に負けるということを確信しても尚、顔には笑みが止まらない。ボコボコにされつつも、もっと続けたいと思ってしまっている。
まあそんな願いはあったのだが、いつまでもそれが叶うわけは無い。度重なる剣戟の中で腕に打撃を大量に食らい、その度に力が弱まっていった結果、遂には強烈な斬り上げを受けると同時に剣は高く跳ね飛ばされた。
そう認識した時には既に腹に拳を叩き込まれており、その痛みにより動く事も出来なくなる。そんな私に対し、シュウヤ君は剣を突き付け静かに言い放った。
「……俺の勝ちだ、おっさん」
「ゴフッ、ゲホッ……ああ、そうだな。誰がどう見ても、これは私の敗北だ」
そうか、これが敗北か……。久しく忘れていたが、やはり勝てない相手がいるという事は良いものだな。生きる気力がみなぎってくるよ。
というかシュウヤ君、君息一つ乱してないじゃないか。身体強化で防戦一方になってた時に少し上がっていた覚えがあるのだが、その後で持ち直してしまったということか。
一方の私はもう限界だと言うのになぁ……身体強化ももうすぐ切れてしまうし、こうやってハッキリと打ちのめされずともどのみち持久戦で負けていたということか。最低限のトレーニングは続けていたつもりだったが、デスクワークばかりで鈍ってしまったのかね。あとはもう歳っていうのもあるか。
……あ。負けたっていうことは、もう私とは戦ってくれないということか。何か別の条件を提示し続けることも出来るは出来るけど、先を急ぐシュウヤ君はいつまでも私に付き合ってはくれないだろう。残念でならないな。
まあ良いか。いつか余裕が出来た時にでも再戦を挑むとしよう。その時のために、私も鍛え直さねばな。
そう、いつか再び戦いたいーー望みは薄いけども、そう思わずにはいられなかった。
だが、結果的にこの時の願いは叶うこととなる。実に望んでいない形となって。
そんなことになるなど、この時はまだ知る由も無く……三十年もの間求めていたものをようやっと得られた満足感に、私はただひたすら浸っていたのだった。
執筆の励みになりますので、良ければ評価やブクマ等してもらえると嬉しいです。
また、誤字報告や表現がおかしいところへの意見などもお待ちしております。




