第36話 準備完了
時間的には大幅に過ぎていますが投稿させていただきます。時間内にやるつもりが、色々あって出来なかったんす……。
同日、午後十時。人々が寝床に入るその頃、俺はベッドの上で眠気を感じながらも緊張感を高めつつあった。
「ふぅ……そろそろやりますか」
そう呟きながら意識を集中させていく。とは言っても、魔法を使うわけではない。
この世界に来てから二週間経過ーーこの数字が何を意味するのか。そう、能力生成が再度解禁される時が来たのだ。その証拠に、今まで表示されていた残り日数の文字が消えている。
実際は使用は二回目ではあるのだが、前回の鑑定眼の時は完全に無意識だったわけだし、意図的にこの能力を使うのはこれが初。成功への期待も失敗への恐怖も大きいわけだし、いくら俺と言えど緊張だってしようというものだ。
勿論、前回のような事にならないためにHPMP共に全快なのは確認済み。失敗した場合どうなるのかはまだ分からないが……まあ、まずはやってみるしかあるまい。失敗を恐れて立ち止まっていては、永久に前へは進めないのだ。
さて、まずはイメージだ。能力名、能力内容、使用の具体例……次々と頭に浮かべ、はっきりとしたイメージとして確立させていく。……よし。
準備は終わった。後は実行するだけだ。
(能力生成、発動ーー)
そう念じ、変化を待つ。数秒の間特に変化は起きず、あれ? と思った瞬間に全身が吐き気と虚脱感に襲われ、堪らずベッドに仰向けに倒れ込む。
「ぐぉぉおおおおっ!? 何だこりゃ、キッツ!」
襲いくる吐き気に思わずのたうち回りたくなるところだが、重力が増したとさえ錯覚する程の脱力感故それも叶わず、数分もの間じっと耐える羽目になった。
ようやく少し慣れてきたか……と思うようになった頃、ハッとして鑑定眼を発動しステータスを開き、異能の項目を見る。そこには……
〈異能〉:能力生成(残り13/14日)、鑑定眼、偽装
と表示されていた。続いて、念のため[偽装]の部分に意識を集中し、能力の詳細を表示する。
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『偽装』:指定した対象に自分のイメージした幻を被せ、視覚的な偽装を施すもの。対象の性質・大きさ、偽装の内容等の要素によって使用中に消費される体力は増減する。能力を解除しない限り本来の姿が他の者に見える事は無く、使用者本人は事実と幻どちらを見るか自由に選択することが出来る。
尚、あくまで視覚を誤魔化すためのものであり、他の五感や直感に影響を及ぼすものではないので注意。
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(おぉっし!!)
どうやら成功してくれたようで、思わずガッツポーズをする。望み通りの能力を得る事ができ、久しぶりの満足感を覚えていた。
何故この能力を真っ先に作ったのかーー正確には作らなければいけなかったのかと言うと、ぶっちゃけ鑑定眼のせいである。能力生成は現実に存在する事象を引き起こす能力しか作る事が出来ない。しかし、当然のことながら元の世界に相手の情報を盗み見る技術は一切存在しない。そりゃあハッキングとかそういうのはあるが、あれはあくまでデータベースから引っ張ってきているのであって、相手を見ただけで情報を読み取ることなど出来はしないからな。
だが、実際鑑定眼は作ることが出来てしまった。それはつまり、鑑定眼と同等もしくはそれ以上の効果を持つ能力がどこかに存在するということ。
そして同時に、俺に対して使用されれば能力生成の存在が明るみに出てしまうことをも意味する。それだけは絶対に避けなければならなかった。もしそうなったとしたら、厄介事しか起こらない。
……とは言っても、完全に防ぐ事は不可能だったんだけどな。だからこそ、俺に出来たのは偽装の作成まで外にはなるべく出ないことと、俺を鑑定した可能性のある奴を全員鑑定してステータスを盗み見て、もし能力を持ってる奴がいたら口止めするということしか無かった。城内を見回って鑑定しまくっていたのはそのためであり、散策の際も屋外を歩いている時は絶えず鑑定眼を発動させていた。
その結果、ステータスを見られた可能性は限り無く低いことが分かった。会うことも難しい奴ら……例えば料理人連中なんかは鑑定することは出来なかったが、それはそれで向こうも俺を見かけることはほぼ無かっただろうし除外。
初日の気絶中に城内に潜んでいるであろう国王直属の監視役連中に見られていた可能性もあるが、もし能力生成の事が国王にも伝わっていたら昼間会った時に何かしら言われただろうし、そういった様子も無かったので危険は無いと判断し除外。
ちなみに普段見かけることなど出来ない王族に関しては、散策の日の朝集合した時に全員いたところを鑑定させてもらい、鑑定能力を持っていない事は確認済みなので問題無し。
街中でこっそり見られてた場合は……それはもう諦めるしかない。どうやって後始末しろと言うんだ。
ともかく、念願の偽装を作ることが出来たからには、これでようやく安心して外を歩くことが出来る。常に鑑定眼で周囲を警戒しなくちゃならないっていうのは、体力的には良くても精神的には結構疲れるからな。
「そんじゃ、早速……といきたいところだが、今日はもう止めておこう。まずは体力回復優先だ」
二週間も剥き出しの状態だったのだ。今この誰もいない空間で数時間作成が遅れたからといって、特に大きな問題が起こることもあるまい。例え睡眠中だろうと、誰か部屋に入ってきたらすぐに分かるし、対処も問題無く出来るしな。
それに、いくら慣れたとはいえ吐き気と脱力感は続いているのだ。正直もう頭が回らない。
まあそこら辺は仕方のないことなんだがな……。能力生成使用時ってHPMP共に九割持っていかれるけど、それって要するに強制的に魔力切れ状態になるってことだし。しかも普段とは違い、徐々にではなく一気に不快感が押し寄せてくるため、体感的には何倍もキツくなっている。
うーむ……魔力切れアンド虚脱感のコンボと意識喪失、果たしてどっちがマシなのか。そりゃまあ安全面を考えたら前者なんだが、慣れるまでは後者の方がマシとさえ思えるなこれ。
「あー、色々考えたら余計にキツくなってきた。早く寝よ寝よ」
そのまま布団に潜り込み目を閉じる。それと同時に考えるのも止めようとするが、どうしても一つ考えてしまう事はあった。
ーー今回作ったこの偽装の能力、どうして作ることが出来たんだろうか? と。
望んではいたし、意図的に作った身で言うのも何だが……正直あまり期待はしていなかった。元の世界は勿論、こっちの世界の魔法にもそんな自在に幻を作り出すようなものは存在しないからだ。
だからこそ、作れたらラッキー、作れなかったら潔く諦めて面倒事に向き合おうと決めていた。結果的に作れたから良いのだが……だからこそ、この能力の元となるものは一体何なのだろうと考えてしまう。
幻術を扱う者達がどこかに存在するのか。
意のままに幻覚を見せる道具や物質が存在するのか。
もし存在するなら、それは俺にとって敵になりうる者なのかどうか。
不意に浮かび上がった疑問がいくつもの新たな疑問を作り出し、頭の中でグルグルと回る。それがしばらく続いた頃、答えの出ない無駄な事だと気付き、今度こそ考えるのを止めた。そしてそれを最後に、俺の意識は緩やかに落ちていたのだった。
翌朝目が覚めた俺は、早速とばかりに偽装の検証に勤しんでいた。
とりあえずいくらか使ってみた結果としては、ある程度の制約があることが分かった。そりゃ能力生成のようなえげつないものに比べれば可愛いものだが、それでも考え無しに使っていると痛い目にあうくらいではあるので、心に留めておくことはしなければなるまい。
まず体力の消費量。これは文言通り、いくつかの要素によって変化する。今のところ判明しているのは、対象の性質・大きさ・使用時間・偽装内容の四つ。
順番におさらいしていくと、一つ目の性質というのは、簡単に言えば目につくものかどうか。例を挙げれば、人間の外見のように誰もが見えるものとステータスや臓器のようにそう簡単に見る事が出来ないものとでは、消費量が天と地ほどの差がある。
二つ目の大きさと三つ目の使用時間については言うまでも無い。対象が大きければ大きいほど、使用時間が長くなればなるほど消費量は多くなる。
そして四つ目の偽装内容。まあ内容というよりかは、大元の姿と幻がどれだけかけ離れているかどうか、と言った方が正しいか。
例えば、元が同じ腕でも毛むくじゃらの腕に見せかけた場合と樹木に見せかけた場合とではまた違ってくる。大元から離れれば離れるほど消費量は増えていく、ということだ。
次に、あくまでこれは偽装だということ。どういうことかというと、元からある物を別の何かに見せかける能力なのであって、あった物を無いように見せかけたり、その逆で何も無い場所に何かを生み出すことは出来ないということだ。また、あくまで幻覚を被せる形なので、元の物に比べて幻覚の方が大きくなければ意味は無い。
分かりやすく例を挙げるなら、ベッド脇の机を自らの分身に見かけ上変化させることは出来ても、目の前の空きスペースにいきなり分身を生み出すことは出来ない。また、カメレオンの如く色を変え景色に同化することは出来ても、完全な透明人間にはなれない。
……まあ、とは言っても穴が空いている部分を埋まってるように見せかけることは出来るようだし、これに関してはまだあまり良く分かっていない。色々使ってみて感覚を掴んでいくしか無いだろう。
最後に、これも文言通りだが視覚以外の情報を誤魔化すことは出来ない。いくら腕を樹木に見せかけようと、触った感触は服だし匂いを嗅いでも木の薫りはしない。
人間相手に使う分には何も問題は無いが、魔物や魔獣相手に使って完全に誤魔化すのは難しそうだ。熊や蛇のように、あんまり視覚に頼らずに生活したり獲物を捉えたりする生物もいることだしな。魔物の群れに襲われてマズい状況になった時、木に変身してやり過ごせたりしたら楽しそうだったんだが……まあ仕方無いか。
ともかく、こんな感じで相変わらず能力には一長一短がある。使用の際には長所だけでなく、常に短所を考えて効果的に使用しなければならないだろう。これから先の生活、そういった事を考えずに油断したが最後、即御陀仏になるってことも珍しいことでは無いだろうからな。
「おし……んじゃ、本格的に作るとしますか」
一通り確認は終わったので、仕上げとして偽装バージョンのステータスをイメージしていく。このために作った能力なわけだし、ステータス偽装をしなければ何も終わらないし何も始まらないだろう。
さて、どんな感じにしようか。属性は無属性以外にするわけにはいかないし、名前や年齢をいじっても何の意味も無い。
となれば、基本技能・異能・魔法の三つか。異能は勿論だが、基本技能は俺的には少な過ぎて不満だが周りの人間に比べたら多すぎる事が分かったし、魔法に関しても能力生成の文言的に今後魔法に振り分けられる能力もありそうだし、その時に作り替えるのも面倒だ。なら、いっぺんに作り替えてしまえば良い。
……よし、準備完了。
(偽装、発動ーー)
数秒経った後、鑑定眼を起動しステータスをーー正確には幻を見てみる。
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〈名前〉:沢渡修哉 〈年齢〉:17
〈種族〉:人族 〈性別〉:男 〈属性〉:無
HP:□□□□□□□□□□1000/1000
MP:□□□□□□□□□□1100/1100
LP:□□□□□□□□□□1100/1100
〈基本技能〉:短剣術(大)、剣術(大)、投擲術(中)、体術(大)、威圧(大)、罠術(小)、交渉術(中)、解体(中)、料理(大)、裁縫(小)、清掃(大)、異界言語理解
〈魔法〉:無属性魔法(小)
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よしよし、上手く出来てるな。見られたら警戒されるであろう部分カット、この世界に存在しないであろう技術カット、全体的な弱体化と色々やってみたが……こんな感じで良いのかね?
最初はこれよりもっと落とそうかとも思ったが、あまりに落としてしまうと今度は端から見た戦闘力とステータスが矛盾して逆に怪しまれてしまう。今まで通り適切に力を抑えるとなると、多分この位が丁度良いだろう。
属性に関しては、無(系統外)から無に変えさせてもらった。書庫の文献を見ても系統外という属性が存在するなどという事実は一切無く、無属性は無属性としか書かれていなかった。
当の本人である俺ですら良く分かってない状態だし、誰かに見られれば確実に怪しまれる。面倒事を避けるために偽装するわけだし、これに関しても変えた方が良いと判断したのだ。
偽装の効果を確認した後、スイッチを切り替えるように意識することで幻と現実が入れ替えることも確認し、ひと息つく。肝心の体力消費に関しては、普通は見えない・特に大きくも無い・元からあった項目をある程度いじっただけとあって、常時使用していても自然回復速度が極僅かに遅くなるだけで、大した影響は無いことが分かった。自然回復と釣り合う鑑定眼とは大違いだな。
「ステータスに関してはこれで完了。あとは……時計どうすっかな」
手首の腕時計に目を落としながら考える。一旦外に出れば深夜にしか帰ってこられないわけだし、時間の判断は基本教会の鐘でしか出来ない。
いくら陽を見ておおよその判断はつくとはいえ、あった方が便利ではあるだろう。魔物との戦いで壊れる可能性もあるが……持ち腐れにするよりはマシな気がする。書庫に持っていけない以上、外でも使わないとなると本当に使う機会無くなるからな。
「……良いよな? 婆ちゃん」
実はこの時計、一葉婆ちゃんが入院する直前に高校の入学祝いで買ってくれたものでもある。なるべく壊したくは無いが、それでもそれを恐れて使わないよりは持って行った方がずっと良いだろう。
結局持って行くことは決定し、色々偽装をかけてみた結果リストバンドに変化させる事が一番だという結論に達した。勿論ステータスに比べて微量とはいえ体力の消費量は大きいから、冒険者ギルド内とかの人に見られる確率が高い場所でしかかけるつもり無いけど。
そんなこんなで一通りの準備は終わり、少し経った頃廊下に何人かの気配を感じ、その直後扉がノックされサーシャの声が聞こえてきた。時刻は午前七時、朝食の時間だ。扉を開け挨拶を交わし、いつものように歩き出す。
……とは言え、この「いつも」もほんの二週間前から始まったもんなんだよな。いつの間にか馴染んでる自分がいる気がするし、人間の適応力とは本当に凄まじいものだ。
勿論今のこの生活を心地よく感じているわけでは断じて無い。俺はこの世界において、例えどんな人間であれ卑下される存在である無属性だ。こんな状況に放り込まれて喜べるわけがあるまい。
しかもこれはまだ序の口。今までは城に引きこもっていたからそこで世界は止まっていたが……外に出て冒険者として活動するようになれば、否が応でも現実を知る事になる。きっとこの先数々のトラブルに巻き込まれる事になるだろう。それが俺に課せられた宿命であり、こればっかりは何をどうしようと変えることは出来ない。
だが、だとしても外に出ないという選択肢はどこにも無い。俺が望む平和な生活、それを実現させるには襲い来る全てを叩き伏せられるようにならなければならない。そしてそのためには、もっと修練や経験を積んで強くならなきゃいけないからな。冒険者になって経験を積むのはその内の一つに過ぎないが、同時に俺にとっては非常に大きな一歩でもある、ここでいきなり止まっているわけにはいかない。
そんな事を考えながら、俺は前を見据え歩を進める。俺にとっての異世界生活とは、ここからが本当の始まりと言えるかもしれないな。
これにて第一章終了です。ようやっと能力生成が出てきましたね。
次回からは第二章に移り、冒険者としての生活が本格的に始まります。人間相手に無双出来る修哉も高位の魔物相手には苦戦するかと思いますので、そこら辺の展開を期待していただけたら幸いです。
それともう一つ、予めお知らせしておきますが、一月から二月末まで少々投稿ペース落ちるかと思います。色々私用がありまして、執筆に費やせる時間が殆ど無くなってしまうので……。
以上です。
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