第35話 対談
ーー五日後の午後三時。俺はサーシャ……ではなく、レミールと共に廊下を歩いていた。理由は簡単、例の冒険者云々の件について話し合いの場を設けるという申請が通り、それが今日に設定されたから。
何でこんな速攻で通ったのかは分からない。どう考えても書庫の件より重大な事だし、それなら二週間位は見ておいた方が良いな……と思っていた矢先にこれである。
勿論早ければ早いほど俺にとっては良いのだが、望み通りの展開になりすぎていて逆に何か裏があるのかと疑ってしまう。これに関してはレミールも何も聞かされておらず、首を傾げるばかりだそうだ。
まあそんなわけで、俺はレミールに連れられ上層階のとある一室に案内された。部屋自体はそこまで広くなく、テーブルと十個の椅子があった。ここで国王を待つらしいが……。
「なあメイド長。こういうのって謁見の間を使うもんじゃないのか?」
異世界ものの小説では、親族や友人など深い関係の者で無い限り国王と会う際は基本的に謁見という形を取っていた。まさか私室に行くわけはないし、赤の他人である俺も小説と同じパターンを辿ると思っていたのだが……。
そう問い掛けるとレミールは首を横に振り、続けて告げた。
「いくら国王様と顔を合わせるとは言っても、流石に話し合いなんかであそこを使うことはありませんよ。謁見の間というのは、主に叙爵を行ったり他国の要人を招いた際の挨拶に使うものですから。今回のような場合は基本的にこの談話室を使うのです」
ほぅ、それは助かるな。相手はいくら国王とはいえ、こんなアウェーな場所に俺を連れてきた張本人だ。正直死んでも仰々しいやり取りなんざしたくなかったが、謁見の間のような厳かな場所ではなくこんなこじんまりとした場所なら、そんなこともせずに済みそうだ。
そしてしばらく待っていると、俺達が入ってきたのとは別の扉から国王と護衛の騎士数人が入ってきた。レミールに合わせて、俺も一応礼をしておく。
「待たせてしまったな。さぁ、君達も座ってくれ」
「はい」
「……ああ」
着席を促されたので、側にあった椅子に座る。そして、国王と机を挟んで向かい合った。
「さて、君の事は聞いているよ。何でも練兵場で身体強化に魔剣をも生身で打ち負かしたとか。最初聞いた時はとても信じられなかったが、今こうやって対面して瞳を見てみると良く分かる。もし無属性でなかったのなら、今すぐにでもーー」
「……前置きは良い。早く本題に入ってくれ」
俺はあくまで冒険者に関する話し合いをしにここにきたんだ。下らん事を言ってこっちをイラつかせる位なら、早く話を始めてもらいたい。
だが、護衛達はそんな俺の態度が気に入らなかったようで、口々に言葉を放つ。
「貴様! 国王様に何という口を利いているのだ!」
「無属性風情が……分を弁えろ!」
「そうだ! そもそも貴様ごとき、本来国王様と対面することなど有り得ないことなのだぞ!」
ハァ……部外者は黙っててくんないかな。ステータスも見れた以上お前らに用無いし。
そう思い、殺気を放って黙らせようとした。だが結果的に言うと俺がそうすることはなかった。何故なら……。
「ーー君達は口を閉ざしていろ」
目の前にいた国王から殺気が放たれ、護衛達を強制的に鎮めさせたからである。騒いでいた護衛達もそれ以上何かを口にすることなく、部屋は一瞬で静かになる。隣を見ると、一見澄ましているように見えるレミールの頬にも冷や汗が流れていた。
……成る程。流石は威圧(超)を持つだけはあるな。俺はこの程度のものなんてことは無いが、一般人には……それもこんな狭い室内でやられては堪ったものでは無いだろう。
「ふむ……今ので欠片も動じないとはな。やはり相当な実力を秘めているようだ」
「俺を試すために部下をも巻き込むってか? 見かけによらず中々過激なんだな、あんた」
「人聞きが悪いな。私とて普段からこうではない、ただ単に無駄を嫌うだけだ。王たるもの多忙なのでね……そして、それを考えれば確かに今の前置きは不要だったな。では、早速本題に入らせてもらうとしよう」
「ああ、それが良い」
やや剣呑となっていた空気が霧散し、護衛達はホッと息を吐く。相変わらず俺を睨んではいるが、国王がああ言ったからにはもう何も起こらないだろう。
「それで……君は冒険者として一足先に活動したいとのことだが、間違いないかね?」
「ああ、そうだ」
「まず、それ自体は何の問題も無い。本来なら魔法も使えん人間を冒険者として送り出すことなど絶対しない。死にに行かせるのと同義だからな。……だが、君の場合は別。それだけ戦えれば下級魔物程度なら相手にすらならんだろう。だからまあ、細々とやっていくと良い」
……今の言い方から察するに、純粋な身体能力じゃ中級の真ん中程度でつまづくってことか。やはり魔法を鍛えなければ、この世界で生き残っていくのは厳しそうだ。
「それは良いとして……当然ながら外に出るにあたってはいくつか条件がある。それが飲めるのなら、活動も許すし支援もしよう」
「……いくつかってことは、無属性関連だけじゃないのか」
「そうだな。順々に説明していこう」
国王から提示された条件は大きく分けて三つ。
一つ目、無属性の勇者であることを知られてはならない。レミールも言っていたように冒険者ギルドでは確実に属性がバレるので、隠すのは無属性ではなく勇者かどうかという部分。
口外禁止は勿論のこと、城に出入りするところをなるべく見られないようにするために、門を潜って良いのは夜の十時から翌朝の四時の間のみ。それ以外の時間は如何なる理由があろうと認めないとのこと。それなら門以外の場所から忍び込むのは良いのかとも思ったが、言ったところで面倒な事にしかならなそうだったし、俺としても騒ぎを起こしたいわけではないので黙っておいた。
二つ目、外で自らの身に起こったことに関しては、国側は一切関与しないものとする。要は魔物に殺されようが身ぐるみ剥がされようが自業自得であり、治療以外は絶対に手助けはしないということだ。
条件という形で言われてはいるが、これはむしろ当然のことだろうと思っている。そもそも冒険者というもの自体何かが起こることを承知の上でやっていく職業であり、どんなに厄介事に巻き込まれようとも全ては自業自得なのだ。改めて言われるようなものでもないだろう。
現代日本の価値観で言うと百パー非道扱いされるような案件だが、こっちの世界で言うとむしろ常識。俺は慣れてるから良いが、他の奴らはこれ聞いたら文句言い出すだろうな……。まあ知らんけど。
三つ目、書庫で得た知識を外でみだりに話してはならない。
これは書庫使用の条件でもあり、補足として再度念押しされた形になる。特に言うこと無し。
他にも細々としたものはあったが、散策の時にも言われたような人として守って当然のことばかりだったので、まあ特別気にする必要はあるまい。
「……以上が条件となる。どれか一つでも破ったのなら、以降の活動の一切を禁ずる。さて、どうする? ……などということは、聞くまでも無いことか」
「ああ。その程度のことも守れずに都合を押し通すような人間ではないさ。むしろ満足に支給を受け取れるだけ有り難いってもんだ」
「それならば良い。活動を認めるとしよう。……と、その前に」
そこで言葉を切ると、国王は護衛の一人に合図し俺の前に一つの袋を置かせた。中には銀貨が十枚入っていた。
「冒険者になろうと言うのなら、ギルドへの登録料を知らんわけはあるまい? それはそのための金だ」
「登録料は確か銀貨一枚じゃなかったか?」
「それはそうだが、依頼を受けるにあたって外で買うものもあるだろう。それに、依頼を失敗した際には違約金としていくらか支払う必要も出てくる。君に限ってそれは無いとは思うが……念のためというやつだ」
「……分かった、有り難く受け取っておこう」
思った以上に待遇が良いな。てっきり「最低限は用意するから後は自分でどうにかしろ」とでも言われるのかと思った。
勿論この王が俺に対し好意的というわけではない。今話している間も瞳にはいくらか侮蔑の感情が浮かんでいるし、サーシャやレミールとは全く違う。
恐らくは、自分の感情よりも国王としての仕事を優先させるタイプなのだろう。招いた勇者を後押しするのが国王の役目であり、特殊な事情があったからと言って特別差別するべきではない……と考えているはず。だからこそ、初日に無属性と判明した俺にも他の奴らと同等の扱いをするように命じたし、国を守るために娘の命を犠牲にして召喚魔法を行ってもいる。
こんな王だからこそ、今まで国を守ってこれたのだろう。魔物や魔族の被害が大きいこの国で、尚且つ感情に左右されるような王であったのなら、とうの昔に侵略されていてもおかしくは無いはずだ。
「あと支援についてだが、武器や道具はある程度までなら支給しよう。度が過ぎていれば拒否するが、そうでないなら好きにしてくれて良い。食費と治療費に関しては自腹、ただし城内の治療施設を使用する場合は今まで通り無料とする。……さて、私からは以上となるが、何か聞きたいことはあるかね?」
「一つだけある」
「ほう、聞こう」
「俺の冒険者活動が何故許可されたのか、理由を聞きたい」
「む? だからそれは、さっきも言った通り君の戦闘力なら問題は無いと……」
「そうじゃない、もっと根本の話だ。確かに有り難くはあるが、国の利益にとってはマイナスになりかねない案件だ。一足先にやらずとも後々合同訓練的なもので魔物とは戦えるだろうし、わざわざ個人で戦おうとしているのを支援する必要性は無い。それなのに何故、しかもこんなに早く許可されたのかが聞きたいんだ」
直接交渉を行ったレミールでさえも聞かされなかったこと。俺はどうしてもそこを知りたいーーいや、知っておかなければならない気がした。
「うーむ……何故、か。それはまあ、ガランの言葉があったからとしか言えんな。君に是非とも冒険者としての活動をさせてあげましょう、とあやつが言っていたのだよ」
「……執事長が何故?」
「それは私にも良く分からん。魔物との戦いの体験談は我々よりも同年代の者の口から聞かせた方が良いでしょう、と本人は語っていたが……周りと交わらん君がそんなことをするとはあやつも考えてはいまい。それに、あやつはあまり本心を語らぬからな。それが真実だとは私も思ってはいない」
「いや、そんな人間を側近に添えて大丈夫なのか?」
「問題無いさ。何だかんだ言って、最後には私や国のために尽くしてくれる奴だからな。昔からそうだ。今回もそういった別の目的があるんだろう」
「……アンタがそれで良いなら、俺は何も言うことは無いが」
無条件で信頼しているというなら王として明らかにアウトだが、今口にした以外にも信じる理由が色々あることが伝わってくる。根拠があってのことなら、部外者である俺が口出しする権利は無いだろう。
「それじゃ、私はこれで戻らせてもらうとするよ。明日のために、事前にやっておかなければならないことがあるのでね」
「ああ。貴重な時間を使わせて済まなかったな」
その会話を最後に、国王と護衛達は部屋を出ていった。それを見送り、談話室は俺とレミールの二人のみとなる。
「ふぅ……俺達も帰るか」
「……シュウヤ様」
「?」
名前を呼ばれ隣を見ると、深刻な顔をしながら俺を見据えるレミールがいた。空気を察し、俺も気を引き締める。
「数日前の約束、覚えていますか?」
「外に出ている時は常に周囲に気を配り、なるべく争いを避け絶対に生きて帰ってこい……だったか? 勿論覚えてるが……」
「はい。それに追加で、何か不穏な気配や嫌な予感がしたら、何があってもすぐに帰ってくる、というのを約束してください。事が起こってからでは遅いですから」
「……それはガラン絡みの話か?」
「はい。あの男が関わっていると判明した以上、一切の気を抜いてはなりません。本当なら止めるところですが……そうする気は無いのでしょう?」
「当然だ。この世界で生きていくにあたって、戦闘の経験はありすぎて困ることは無いからな。だが……」
どうも引っ掛かる。ガラン・ディートハルト……あいつは一体何者だ? 何故俺の後押しをする? 何故同じ立場であるレミールが敵視すらする?
初日に目にしたあいつのあの視線。城の連中の中で、唯一あいつだけは俺達を一人の人間ではなく、魔族や魔物に対抗するための駒としてしか見ていなかった。そんな奴が何の考えも無しに俺を支援するわけが無い。駒なら駒で、一つ一つきっちり管理する方が良いはずだからな。
「なぁ、レミール。ガランは……どんな男なんだ?」
「一言で言えば、先程国王様が仰っていたように、本心の一切が分からない男ですね」
「それは分かったが、具体的には?」
「そうですね……人を操る事に長けていると言えば良いでしょうか。冷酷で残忍で、かと思いきや温厚な態度を示し、会話の中で相手の心情すら支配する。そして自分は常に仮面を被り、本心を見せようとはしない……そんな感じでしょうか」
「成る程……道理で面と向かっても感情が伝わりづらいはずだ」
「はい。長年国王様の側で共に働いてはいますが、その私でさえもガランの心は全く分かりません。国王様曰く暗殺者としての才もあるようなので、恐らくはそれも関係しているかと」
それは確実だな。実際ステータスを見ても、才があるどころか暗殺者としてかなりの実力を持っている。並の人間相手ならいとも容易く始末出来るだろう。
そして、暗殺者は対象を殺す職業であると同時に、自らの心を殺して行う職業でもある。そこに生来の才能も合わされば、感情を完全に隠すなど難しいことでは無いはず。まあ俺相手にいくらやろうが意味は無いのだが。
「ともかく、くれぐれもお気をつけ下さい」
「分かった。ありがとな」
「お礼など要りませんよ。さあ、私達も行きましょうか」
「……そうだな」
そして、俺達も談話室を後にした。
今回の件に裏がある可能性が高くなった。もしかしたら、これは何かの罠なのかもしれない。
だが、だとしても歩みを止めることなど出来るはずも無い。これからの経験は、俺にとって必要不可欠なものとなるのだから。
だったら……レミールとの約束通り、より一層気を付けるしかあるまい。それこそが、俺がこの世界で生き残っていくことに繋がるわけだしな。
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