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シーカーズ ~大器晩成魔法使いの異世界冒険譚~  作者: 霧島幸治
第一章 キュレム王国編 前編
36/80

第34話 忠告

 コンコン。

「はい、どうぞ」

 ノックののち中から入室を促す声が聞こえ、ドアを開ける。部屋の中にはレミールとアダムスがおり、机の上の書類を見るについ先程まで仕事をしていたことが伺える。


「あなたでしたか。ようこそいらっしゃいました」

「どうぞ、おかけください」

「……ああ」


 着席を促され、空いている椅子に座る。アダムス本人はレミールの側で立ったままだが、私はここから動きません的な雰囲気が感じ取れるので放っておくことにした。



「まずは、ここまでご足労いただいたことに対し、御礼を申し上げます。本当はこちらから部屋をお訪ねするべきではあると思うのですが……」

「別に良いさ。サーシャみたいな一介のメイドならともかく、メイド長ともあらばそう簡単にホイホイ動くわけにもいかんだろうし」

 国王に比べればあくまで従者的な立場でしかないとはいえ、それでもこの城の幹部的な存在であり、城のメイド達を統括する力と責任を持っている。いざという時にリーダーたる者が不在で統率が取れませんでした、などということでは話にならない。



「それに……そんなことをすれば部下達が止めるだろうしな。剥き出しじゃなく便箋(びんせん)に入れて()じたっていうのもその関係だろう?」

「……気付いていたのですか?」

「というか、ついさっきメイド達の反応から察したってところだな」


 ここに向かう途中で多くのメイド達とすれ違い、その度に決して良くはない視線を向けられてきたが……ここに近付くにつれ、それに含まれる感情は強くなっていった。

 終いには完全な敵意を向けられもした。そこまでくれば、余程鈍感で無い限り誰だって分かるだろう。


「やはりそうですか……はい、あなたの考えている通りです。内容が部下達に知れ渡ってしまうと、その……何かと色々なことが起きてしまうので……」

「わざわざ言葉を伏せなくて良い。無属性なんかを自分の敬愛する上司に会わせるわけにはいかない、ならば何とかして邪魔しようってあいつらは考えるんだろ? 無属性はこの世界において常に卑下される存在、特にこの国では人間扱いすらされないみたいだからな」

「……………………」

 レミールが俺の部屋に向かうならその前に何かと仕事を持ってきて足止め、俺がレミールの元に来るなら道中で妨害して引き返させる……そんなところだろう。それが直接的なものか間接的なものなのかは知らんが。



「すまん、何か変な方向に話がいきそうだな。本題ーーに入る前に俺からも一つ。……書庫の件、礼を言おう。あんたの力が無きゃこんなに早く立ち入ることは出来なかった」

「いえいえ、礼などいりませんよ。勇者様方をサポートするのが私達の役目ですから。……それで、本題なのですが」

「ああ。何故俺を呼び出した? 手紙に内容を記さないってことは、余程重要なことなんだろう?」


 さて……何が来るか。

 俺に危害を加えようとしているわけじゃないだろう。他の人間の気配は感じないし、二人以外の誰かに見られている感覚も無い。まあ身体強化(ブースト)や魔剣を蹴散らせる俺相手に、一人じゃ駄目でも複数人で襲いかかれば勝てるだろうなんていう甘いことを考える奴はそういないだろうが。


 そもそも、目の前の二人からはやはり一切の敵意を感じない。一流の暗殺者や詐欺師は自らの感情を隠すのが非常に上手いが、残念ながらこと俺相手にそういった技能は意味を為さない。その上で尚も感じられないということは、本当にまともに話をしたいということなのだろう。



「その前に、まず一つ質問よろしいですか?」

「何だ?」

「あなたはこれからいち早く冒険者として活動しようとしている。……違いますか?」

「……………………」

 ちょっと待て、何でそのことを知ってる? 冒険者なんて単語自体、こいつらはおろかサーシャの前ですら出した事無ぇぞ。


 しかもこいつらに読心術の技能は無い……いや、仮にあったとしても知ってるのはおかしい。

 読心術ってのはあくまで会話の中で表情や互いの言葉に対する反応からおおよその思考を読み取る技術だ。決して二次元で言うところのテレパシーみたいに、相手の考えが何でもかんでも分かるわけじゃない。こいつらの前で話をしていない以上、もし読心術の心得があったとしてもその関連のことが分かるわけがない。



 なら、考えられるのはーー

「その情報誰から聞いた? 佐々木の奴か? それとも八雲辺りか?」

 冒険者云々は佐々木にのみ話している。なら、そこから伝わったと考えるのが普通だ。


 だが……確かに口止めしたわけじゃないが、それでも佐々木がそのことを言いふらすようには思えない。この国の人間を憎んでる佐々木が専属メイドと親しく話すことは無いだろうし、クラス連中に言ったとしたら俺の元に誰かしら来てもおかしくは無いはず。顎に手を当てそんなことを考えていると、レミールは静かに首を横に振った。


「聞いたわけじゃありませんよ。ただ単に察したんです」

「……冒険者になる、なんて意気込みを表に出してたつもりは無いが。今回ならともかく、少なくとも前回は」

「ええ、何もそれを読み取ったわけではありませんよ。そんな技術は私にはありませんから。私が分かったのは……あなたは常に先々を見据えている、ということだけ。あの時あなたの瞳を見てそれが分かったんです」

「それで、書庫で知識を得るだけでは満足するような人間には見えなかったってことか?」

「そんなところですね。そして、そんな方針を元に行動している上に、騎士団の方々を打ち倒す程の力を持つのなら、他の方々に先んじて実践経験を積まない手は無いだろう……そう思いました」


 考えた末に行き着いた結論ってことか、それなら安心した。一瞬盗聴の可能性が頭をよぎったが、そういったことじゃなくて本当に良かった。もしそうなら、それを気にしてこれから先部屋でぐっすりと眠ることも出来なくなりそうだし。



「その通りだ。どんな魔物がいるのか、この世界でどれだけ俺の力が通用するのか……事前に知っておきたい。書物で得られる知識も重要だが、実践でしか分からないことだって沢山あるからな。……それで、それを知ってどうするつもりだ? 言っておくが、誰に言われたからって引くつもりは無ぇぞ」

「分かっていますよ。あなたはそんな人間では無いでしょうし。だから止めもしませんし、何か異議を唱えることもしません。ですが……せめて忠告だけはさせてください」

「忠告……それが今回の目的か」

「はい。書庫で書物を読んだなら分かるとは思いますが、正式に冒険者になるには冒険者ギルドで登録をしなければなりません。そして、その際には属性判定をしなければならない……つまり、あなたが無属性であることを周囲に知らしめることになります」


 そうなるだろうな。冒険者となるならそれは避けて通れない道だ。登録しないで魔物と戦い続けるっていう手も無くはないが……戦いに必要なものを揃えるにはどうしたって金が必要だし、金を稼ぐには登録した方が色々と良い。


 国王の口外すんなっていうのと真っ向からぶつかることになるが、まあそこら辺は大丈夫だろう。要は勇者かつ無属性ってのがバレなきゃ良いだけで、城に出入りするのは深夜から早朝にかけての間だけとかにすれば特に問題は無いはずだ。



 そう、そこに関しては良いのだ。問題はーー

「敵は魔物だけじゃない、そう言いたいわけだな」

「はい。無属性であることが知られれば、絡む冒険者は必ず出てきます。あなたの強さはこの間知りましたが、それでも万が一ということもありますから」

「分かってるさ。世の中に絶対大丈夫、なんてものは無いしな」

「はい。ですから……冒険者として活動するのなら、外に出ている時は常に周囲に気を配り、なるべく争いを避け絶対に生きて帰ってきて下さい。それを約束して下さるのなら、私からも最大限の支援をしましょう」

「それはまあ……勿論そうするつもりではあるんだが……」


 ……何か妙だ。今までの態度にも違和感は覚えてきたが、これはもう完全におかしい。少なくとも赤の他人に向ける言葉と視線じゃない。


 それに、こいつはーー

「……なぁ、今度は俺からも一つ聞いて良いか」

「何でしょうか?」

「今の言葉を発した時のあんたの瞳……俺を見ているようで見ていない。俺を通しつつ、何か全く別のものを見たり考えたりしているように思える。……あんたの目的は何だ? 何故俺にここまでする?」

 別に俺をハメようとしているわけではないだろう。だが、何か別の想いがあるのは確かだ。


 ……こういう時、爺ちゃん達なら分かるんだろうか。俺は相手の感情は勿論、単純な考えや発言の正否を見分けることは出来るが、発言の裏に秘められた細かい事情までをも読み取ることは出来ない。だからこそ、俺の読心術は(大)止まりなのだ。



「目的ですか……純粋にあなたに生きていてほしいというのもありますし、大事な孫のためというのもあります」

「孫ってことは、サーシャのためってことか?」

「ええ。……というか、やはりあの子から聞いていたのですね。それで、あの子は私の事をどんな風に言っていました?」

「どんな風、か。ふむ」

 さて、どうしよう。正直に言うべきか、それともぼかして言うべきか。確かこういうことって、本人に言うと大抵怒って後で言った奴に何かしらするはず。サーシャの事を考えれば言わないべきなんだろうが……どうすっか。



 そう悩んでいると、ふいにレミールは表情を崩し微笑みかけてきた。

「申し訳ありません、その反応で分かってしまいました。大方怒ると怖いだとか言っていたのでしょう?」

「……………………」

 沈黙は肯定を表すと言うが、嘘をつくわけにもいかないので俺は黙るしかない。許せ、サーシャよ。


「聞いた私が言うのも何ですが、別に思い悩む必要はありませんよ。そう言っているのは最初から分かっていましたし、元より私に恐怖を覚えるよう仕向けたんですから」

「……何故だ? 孫を大事に思っているんなら、仲良くしたいとは思わないのか?」

「それは……こうするしかなかったんです」

 素朴な疑問のつもりだったのだが、どうやら地雷を踏んでしまったようで、レミールは黙りこくってしまった。俺もそれ以上問いかけることは無く、アダムスも口を開かない以上完全な沈黙が流れることとなった。



 時間にして約数十秒後、けれど本人にとってはそれより遥かに長く感じたであろう時間の末、レミールは口を開いた。そしてそれに続き、実に反応に困るセリフが飛び出してくる。


「……私の口から全てをお話しすることは出来ません。ですが、これだけは知っておいて下さい。あなたの存在は、あの子の……サーシャの心の支えになっているということを」

「………………は?」

 随分と間抜けな声が出てしまったが許していただきたい。

 こいついきなり何を言い出すんだ? 何で恐怖云々の話から俺の話に……いや、それはもう良い。それよりも考えるべきことが他にある。


 まだ会って十日だぞ? そんな人間を何で支えなんかに……いや、もしかしたらもっと早い段階からか? すまん、これに関しては全くもって考えが及ばん。



 俯くレミールと混乱する俺を見かねたのか、久方ぶりにアダムスが口を開いた。

「メイド長、いきなりそれだけ言っても伝わりませんよ。それで……シュウヤ様」

「……何だ」

「その様子だと、本人から聞いてはいないんでしょうが……あなたがここに来る直前まで、あの子はずっと塞ぎ込んだままだったのです。少なくとも、笑顔を見せるところなんて何年も見ていません。あなたがあの子の変化を引き起こしたことは確かなのですよ。まあ、メイド長もその事を期待してあの子をあなたの専属メイドにしたのですが」

「故意に俺を選んだ……それは、俺が無属性であることと関係があるのか?」

「………………」


 もう話すことは無いとばかりにアダムスは再び口を閉ざす。その代わりと言っては何だが、今度はレミールが口を開いた。


「私はあの子を何としても人間として生きさせるため、あえて厳しく接し恐怖をもって強引に立ち上がらせました。その時の私には、それしか出来ませんでしたから……。その結果メイドとして仕事をするようにはなりましたが、それでも笑顔が戻ることは無かったんです。……そんな時にあなたが現れて、笑顔を取り戻してくれた。私達はあなたに対し、心の底から感謝しているんです」


 俺を真っ直ぐ見つめるその瞳に、偽りの感情は浮かんでいない。勿論俺自身は何かやったわけじゃないし、何のことやらさっぱりなのだが……感謝していることは本当なのだろう。


「そして同時に、もしあなたを失うようなことがあれば、あの子は再び笑顔を失ってしまう……もしかしたら、もう二度と立ち直れないかもしれない。そんなところを私達は見たくない、だからあなたには何としてでも生きていてほしい。その二つが私達の本心であり、あなたを支援する理由なのです」

「……そうか。それが分かれば十分だ」

 俺がそう素っ気なく言うと、レミールは少し驚いたような顔を見せた。無表情を貫いていたアダムスですら、先程に比べ僅かだが目を見開いている。



「詳しく問いただそうとはしないのですか? 確かに全てを話すことは出来ないとは言いましたが、少し位追及はしてくるかなと身構えていたのですが……」

「しねぇよ。良く分からんが、どうもそこは踏み込んじゃいけない領域みたいだからな。人の過去に土足でズカズカと踏み入る程失礼な奴では無いつもりだ」

 こいつらの過去に何があったかは分からない。どうも無属性が関係してるみたいだし、気になることも色々あるが……これ以上踏み込むべきでは無いだろう。


 人の過去というのは、興味はあっても下手に関わるべきではないものだからな。嫌な思い出があるなら尚更だし、例え知ったところでどうにもならない場合だって山ほどある。

 解決出来ないのなら……ハナから関わらない方がよっぽど良い。面倒というのもあるが、それ以上に相手を余計に傷つけることにしかならないからな。



「それで、話したいことってのは以上か?」

「はい……伝えたいことは全て伝えたつもりです。」

「そうか。なら、俺はもう戻らしてもらーーすまん、俺からもう一つだけあったわ」

「えっと……何でしょうか?」

「冒険者の件だが、どうすれば許可を取れると思う? 書庫の件とは違ってアンタの一存だけじゃ申請は通らないはずだ。今回は城の外のことだしな。直談判するのが一番なんだが……」

「そういうことなら、私の付き添いの元話し合いの場を設けられるよう申請しておきますね。国王様は多忙故、どれくらいかかるかは分かりませんが……」

「……! いや、やってくれるってだけで十分だ。恩に着る」


 マジか。冒険者云々に関しては自分でどうにかするしかないと思ってた。これにも協力してくれるってことは……全力で支援するっていう言葉は本当みたいだな。



 さて……これでまた一歩前進か。書庫の申請と冒険者の申請をいっぺんに出すことも考えてはいたのだが、それだとまず突っぱねられるだろうという結論に達した。なので、時間がかかっても確実性を求め段階的に許可を貰うことにしたのだ。


 難しくはあるだろうが、まあいざって時は……例の弾除け云々で卑屈っぷりを見せれば良いだけだ。汚ねぇ手だとは自覚しているが、最早形振り構ってる余裕は無いからな。


「それじゃ、今度こそ戻るわ。長々と邪魔したな」

「いえいえ。それでは、お休みなさいませ」

 そんな声を背に受けつつ、俺は侍女長室を後にした。



 ……次の日の朝、サーシャにレミール達と何を話したのか問い詰められたことは言うまでもあるまい。侍女長室まで案内してくれたのサーシャだし。


 しかし……こいつが塞ぎ込む、ねぇ。俺に笑顔を向けてくる今の姿からは想像もつかねぇな。その変わった原因が俺だっていうのは、喜ぶべきなのか面倒事が起きそうだと嘆くべきなのか……いや、気にしないのが一番か。

執筆の励みになりますので、良ければ評価やブクマ等してもらえると嬉しいです。

また、誤字報告や表現がおかしいところへの意見などもお待ちしております。

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