第31話 智也の本音
「連れて行け、って言うつもりか? 普段の俺の様子から、俺が誰かと組む気は無いことは知ってるはずだ。それに……これは昼間の話とはワケが違う」
訓練とは違い、実戦ともなれば何が起こるか分からない。どれだけ準備を積み重ね、事前にあらゆる状況を想定しようとも、それを越える想定外の事態は起こりうる……それが実戦というもの。
ましてや相手はまだ会ったことも無い魔物や魔族だ。危機に陥った際、俺一人なら何とかなるかもしれないが……そうでないのなら話は違ってくる。他の奴に気を配る余裕など無いだろう。
「そんなこと分かってるさ。勿論これはある程度強くなってからの話。今のままじゃ足手まといにしかならないからね。せめて君の横に立てる位にはなるさ。……それと、修哉君」
「……何だ」
「君の言う通り、この話は訓練とはワケが違う。そうーー危険というのと別の意味でもね。こういうことを言うのはあまり好きじゃないんだけど……ことこの話に関しては、君は僕の申し出をそう簡単に蹴ることは出来ないはずだよ」
「……………………」
俺は心の中で深い深いため息をついた。佐々木の言う通り、俺はこの話を「危険だから」という理由だけで安易に断ることは出来ないのだ。
「……つまり、お前はハナから取り引きをしにきたと。そういうわけだな?」
「察しが早くて助かるよ。僕は昼間練兵場で君にすがった連中とは違う。何でもするから頼む、って一方的なお願いをしてるわけじゃない。僕が君の力を必要としているように、君も近い内に僕の力を必要とする時が来る、だから今の内に協力関係を結んでおこう……っていう交渉なんだ。どうかな?」
「どうかな? じゃねぇよ、ったく……人の足元見やがって」
「そう悪く言わないでよ。自分だけで出来ることには限りがある。この世界で生きていくためにはあらゆる手段を利用しなくちゃいけないわけだし、迷って立ち止まっているわけにはいかない。そのためだったら、相手の弱点位いくらでも突くさ」
「……まぁ、それは分かるんだが……」
まさかこの俺が、足元を見られる日が来るとはな……。それを考えると、どうにも良い気分にはなれない。
佐々木が今言った通り、俺には致命的な弱点がある。元の世界ではなく、この世界に来たからこそ生まれたものと言えよう。
俺は確かに高い戦闘能力を持ってる。昼間ボコボコにしたカストロがこの世界において比較的高い基準であるならば、大抵の奴相手には無双出来るだろう。
だが、それはあくまで武器や肉体での攻撃がまともに通る奴が相手の時。俺の戦闘能力はあくまで対人用なわけだし、大剣を始めとした重くて破壊力がある武器も扱えない以上、例えば堅い表皮を持つ魔物が相手ならば速攻で詰む。また、遠距離攻撃も満足に出来ない以上、飛ぶ相手には完全に無力なのだ。
こいつは昨日図書館で魔物関連の情報を集めてたわけだし、名前を詳しく覚えてはいないとはいえ、そういう魔物がいるってことは分かってるはず。だからこそ、こんな話を持ちかけてきたんだろうしな。
そしてこいつは、俺とは違い修練を積めば詠唱魔法よりも遥かに強力な精霊魔法を使えるようになる。俺が倒せない魔物も倒すことが出来るだろう。正直人材としては喉から手が出るほど欲しいものである。
近距離では強いが、破壊力と遠距離では弱い俺。破壊力と遠距離では強いが、近距離では弱い佐々木。互いが互いの短所を補える関係であり、強くなったこいつと組めば、大抵の奴相手なら正に敵無しとなるだろう。
(さて……どうすっかな……)
この話にはメリットとデメリットが二つずつある。故にそう簡単に却下も受諾も出来ない。
前者の一つ目は、当然精霊魔法による戦力増強。
二つ目は、クラス連中が変なことを企んでいないか監視を頼むことが出来ること。もし仮にそういう話があったとしても、俺じゃ情報を集めることは難しいだろうからな。
一方後者は、一つ目は気を配らなければいけない存在が増えること。いくら俺だって、協力関係にある相手を簡単に見捨てることは出来ない。
そして二つ目は、能力生成を始めとした能力のこと。これから先様々な能力を作っていくにあたって、魔物相手に色々試そうと思っていたのだが……他の奴がいるとなると堂々と出来なくなる。情報ってのはどこから漏れるか分かったもんじゃないからな。
長所と短所は表裏一体、か……ままならないもんだな。この二つだけで決めることは出来ない。ならば、他の要素で決めるしか無いだろう。
まず、覚悟に関しては全くもって問題ない。目を見れば分かる。昼間のあんなふざけた奴らと違って、こいつは今、俺が練兵場で言い放ったような覚悟を秘めている。
まあ、元々大丈夫なのは分かってたけどな。召喚初日の様子から、この世界で戦っていくことの危険性は重々承知しているだろう。他の馬鹿共とは違って。
「……………………」
佐々木はこちらをじっと見ながら、俺の返答を待っている。黙って相手を待たせるのは良くないことだし、一人で悩んだところで堂々巡りなことは変わらんか。
それじゃ、最後のピースを埋めるとしますか。これが無くては、結論を出すわけにはいかない。
「……一つだけ聞かせてくれ」
「何だい?」
「昼間言った通り、俺は覚悟が無い奴なら断固拒否するが、ちゃんと持った奴になら技術位教えるさ。本人が出来るかどうかは別としてな。そして、こんな交渉を持ちかけてくる位の度胸と覚悟があるんなら、条件を満たしてるってのはお前自身分かってるはず。なら、孤立する危険を冒してまでわざわざ俺にこだわる必要は無いはずだ。技術のみを俺から吸収して、あとは他の奴らと組んで戦えば良い。……お前は何故そうしない?」
練兵場での様子を見るに、こいつは俺と組む危険性を深く理解している。力を見せつけた結果その時に比べ立場は好転しているとはいえ、無属性である以上蔑まれ孤立することは変わらない。
この先俺と共にいれば、少なからず厄介事にだって巻き込まれるだろう。そこに自ら飛び込むのなら、何かしら考えがあるはずだ。
そして、あらゆる手段を利用すると言った以上、技術を覚えたらもう用済みという扱いをすることを躊躇っているわけではない。そんな下らん感情なんかで正しい判断を鈍らせるような男には見えないしな。
「何故こだわるか……ね。そんなの簡単、今一番信用出来るのが君だからだ」
「……それはおかしくないか? ここに来るまで一度も話したことの無い奴が一番信用出来る、なんて不自然だろう」
「いいや、ちっともおかしくないよ。君のことは誰よりも信用出来るさ。少なくとも……この国のふざけた連中よりはな」
「ーー!?」
その瞬間、佐々木の体から怒気が溢れ出した。顔を歪め、怒りに拳を震わせる姿は普段の温和な様子からはとても想像出来ない。
そして、佐々木がハッとして顔を上げると同時に、あたりの空気は一瞬で元通りとなる。
「っと、ごめん。驚かせちゃったね」
「……いや、良い。しかし、今のは……」
普段とのギャップもあるのだろうか、とにかく凄まじいものだった。昼間騎士達が放っていたものなど到底比べ物にならない。
「育て親を失ってる君に、果たして言って良いことなのか分からないけど……僕は元の世界に大切な人達を残して来てるんだ。父さんに母さん、兄さんに妹……僕は家族のことを誰よりも大事に思ってるんだ。他にもそんな人は沢山いると思うよ。君もその気持ちは分かるんじゃないかな?」
「……ああ、そうだな。何よりも大切な存在だったし、死んだ後も一度たりとも忘れたことは無い」
「うん、形見を大事に持ってる位だもんね。虐待とかされてたら別だけど、家族っていうのはその人にとって大切なもののはず。ーーだけど、この国の人間はその関係を無理矢理引き裂いたんだ」
再び怒気が溢れ出した。先程よりは抑え気味なようだが、それでも脅威にすら感じることは変わらない。
「こっちの世界も必死なのは分かる。だけど、理解は出来ても納得なんて欠片たりとも出来ない。何で他人の都合なんかで大切な人と引き離されなきゃいけないんだ? 何で見ず知らずの、それも世界すら違う全く関係の無い人間を助けるために、命をかけてまで戦わなきゃいけない? 僕らは……僕らは道具なんかじゃないんだ!」
声を荒げ、今度は拳だけではなく全身を怒りに震わせている。体から発せられる怒気が、可視化されているかのように錯覚するほどに。
……こんな激情を抱える人間だったとはな。少なからず怒りを抱えてる事は知っていたが、ここまでとは思わなかった。人は見た目に寄らないものだ。
「……だから僕は、この国の人間を……特に召喚を行った張本人である王家の人間のことを、例え何があろうと許さない。無理矢理連れてきたくせに、帰る方法があるって嘘をついて僕達を良いように使おうとしてる奴らなんて、僕は一生許しはしない。いや、死んでも恨み続けてやるさ」
「……やっぱり気付いてたか。あれが嘘だってことに」
「当然さ。だってそうでしょう? あの人は文献にしか載ってない情報を説明する時は、決まって少し言い淀んだり多少目を伏せてたりしてた。でも、帰る方法を口にする時だけは、はっきりと僕らを見て言ったんだ。……何で誰も見たことが無い魔王が鍵を握ってるって、はっきりと言えるんだい?」
「……同感だな。俺から見ても、あの時は完全に嘘をついてた。実際その時だけ、王妃や王女が少し顔を暗くしたしな。仮に真実だったんなら、そんな反応を見せるはずが無い」
人間が嘘をつく時、目線に関しては主に二種類の反応を見せる。気まずさから完全に目を逸らすか、もしくは信じ込ませようと妙に目を合わせ続けるか。この場合は後者だ。
中にはその特性を利用して、わざとチラ見して嘘の情報を信じさせる者もいるにはいるが……あの国王はそんなことやってはいないだろう。何故なら、恐らくだがこの世界そのものに嘘を見抜く看破の技術が存在しないからだ。
どうしてそれが言い切れるのか。それは、ガランのステータスから分かる。
王の側近であり、読心術をも持つあいつのことだ。もし看破が存在するのなら、間違いなくあいつも身に付けているだろう。
だが、実際はそんなことは無かった。元々嘘をつく時の反応とは人間が無意識にやってしまうものだし、生体医学や心理学がそこまで発展していないこの世界なら当然のこととも言えるが。
嘘を見抜く技術や知識が無いのなら、そもそもそれに対策を練る必要も方法も無い。だからこそ、国王が特性を利用することはあり得ないと判断した。
……まあ、仮に技能自体を持ってたとしても、声の質や周りの反応から普通に分かるけどな。それに、いくら感情を隠そうが俺にそんな手段は通用しない。
「だからこそ、国側が用意する人材なんて僕は信用したりしない。マシって言ったらアレだけど……それでも、リスクを考えた上でもあいつらじゃなく君といた方が僕的には良いんだ。それに……」
「それに?」
「僕は単純に君を尊敬してるんだ。こんな理不尽な世界の、それも属性なんていう選べもしないもののせいで更に理不尽な扱いを受けて、それでも抗って生きようとしてる君のことをね。そんな君を僕は本気で支えたいと思ったんだ。君に固執する理由としては、そんなところかな?」
「……そうか」
嘘をついている様子は無い。それが本心だと言うのなら……これ以上渋る必要も無いだろう。
「分かった。交渉成立だ」
「ほんと!?」
「ああ。……ただし、俺はお前をそこまで信用してるわけじゃない。深い関係でも無いしな。あくまで協力関係、そこは忘れないでくれ」
「分かってるよ。他の人達みたくいきなり仲間だなんて言うつもりは無い。利害が一致した協力者、っていうのが一番良いと思うよ」
「違いない」
差し出された手を握り、握手を交わす。その瞳から悪意は全く感じられない。こいつなら大丈夫だろう。
大切な存在を作る気は無いが、それでも作業を分担出来る存在がいると心強いというのはある。後はこいつの努力次第だな。
「そういえば、ちょっと聞きたいんだけど……」
「どうした?」
「その体の傷のことなんだけど……あ、別に過去のことを深く聞く気は無いよ。ただ、一つだけ気になったことがあってね」
「ふむ……言うだけ言ってみろ」
「うん。えっと……大体の傷は修練か何かでついたものっていうのは分かるんだけど、胴体の三本の傷だけは少し違うよね?明らかに人間がつけられるようなものとは思えないし、僕には爪痕みたいに見えたんだけど」
……ああ、あれのことか。まあ確かに、佐々木の言う通り犯人は人間でもなければ武器でも無いからな。
「……俺は田舎の方に住んでたからな。山が近かったから、食糧確保と修練代わりに野生の獣と殺り合うことも多かった。あれはその時、熊に負わされた傷だ」
「うわぁ……そんな事があったんなら、そりゃあんな傷も付くもんだ。良く助かったね……あのサイズだと致命傷にはなってるでしょ?」
「ああ。急いで病院に運び込まれたから、何とか一命をとりとめたってところだ。結局そのまま古傷として残っちまったがな。……で、聞きたいことはそれだけか?」
「うん、そうだね。……ってごめん、もう一つあった。傷のことじゃないけどね」
傷の以外? それで過去の話でも無いとすれば……戦闘面の話だろうか。机上で出来ることには限界があるから、今聞かれても困るっちゃ困るが……まあ良いか。
「カストロ団長と戦ってた時にやってた、相手の威力を逆方向の同じ大きさの力で完全に相殺するやつ、あれは一体どうやってるの? コツとかあるなら是非とも教えてほしいんだけど……」
「ああ、あれは……ん? ちょっと待て、お前あれが見えたのか!?
あんな離れた位置で!?」
「え? う、うん。そうだけど……」
「……………………」
待て待て待て待て。確かに本気では無かったが、それでもあの序盤の剣戟の速度は一般人には目で追い切れるものじゃない。
単に俺の方が強かっただけで、カストロもカストロで俺達の世界基準で言うとそこらの人間とは比にならない程剣の速度は速いのだ。こっちのシビアな世界でも有名っていうのは驚いたけど。
それを二~三十メートル先から、攻撃を相殺してることまで完璧に把握するとか、明らかに普通じゃない。どんな動体視力してんだこいつ。
いくら合気柔術を身に付けると、力のベクトルや速度に敏感になるとはいえ……って、もしかして逆なのか? 動体視力が異常だからこそ、合気柔術の腕も向上したってこと? 俺みたいに後天的に身に付けたようには見えないし……先天的なものってことか。
そしてこいつは、感じからしてそのことに気付いてない、と……。あれか、小説で良く見る無自覚で最強クラスになる系の奴か。
「え、ど、どうしたの?」
「ああ、うん……お前はきっと強くなるよ。多分カストロ程度ならすぐに追い越すと思う」
「そうなの? 良く分からないけど、それなら良かった。太鼓判を押された以上、一刻も早く君に追い付かなきゃね」
「……そうだな。出来るだけ早目に追い付いてこい。俺は悠長に待つつもりは無いからな」
「分かった。それじゃ、お互いに頑張ろう。これからよろしくね!」
「ああ、よろしく頼む」
結局その日はそれでお開きとなり、佐々木は就寝のため自分の部屋に戻っていった。時間を潰せ、協力者を得、更に穏やかな人間の裏の顔を知ることが出来たという、正に一石三鳥とも言える有意義な時間だった。
「ふぅ……もう良い時間か」
時刻はとうの昔に十一時を過ぎている。話している間に溜まった分の魔力も消費し、やることも無くなったのでベッドに潜り込む。
体力自体は全快してるが、かと言って肉体的及び精神的な疲労までもが無くなってるわけじゃないからな。それに少しだが痛みも残ってるし、なるべく早く寝た方が良い。
……ステータスのHP表示と疲労の程度って必ずしも一致するわけじゃ無いんだな。初めて知ったわ。
(それにしても……傷、か……)
胸に手を当てながら、先程の会話を思い出す。佐々木に胴の傷の事を聞かれた時、返答しつつも俺は昔を懐かしんでいた。これは俺が負った傷の中で一番思い入れが深いものだからな。
目を閉じれば、その時の情景がまるで昨日のように頭に鮮明に浮かんでくる。思えばあの時が、俺が最初で最後に爺ちゃん達に本気で怒られた時だったな。
既に引退していたとはいえ、最強と呼ばれた男達の怒りをいっぺんに受けたのだ。あれはもう殺気だけで死ぬかと思った。いやまあ、実際その直前に本当に死にかけてたんだけども。
確か七歳の時のある日のことだったか。あれはそう……俺がこの人生で一番最初に死にかけた日であり、そして戦闘の最中に油断するという、人生唯一にして最大の汚点をその身に刻み込まれた日だった。
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