第30話 月下の来客
この日の夕食には大きな変化があった。学校にいた頃含め、今までは食事時は他の場所に移動しなけりゃ誰かしら変に絡んできたものだが、何と誰も近寄ってこないという素晴らしい状態になってくれた。
まあ当然それくらいは予想していたのだが、俺が歩こうとすると進行方向付近から速攻で立ち去るというまでになるとは思っていなかった。
近付いたら殺されるとでも思っているのか、失礼な。直接手を出さなければ何もしないと言っただろうに。
俺に向けられる視線も、昨日のような蔑むようなものから恐怖の感情が伝わってくるものへと変わっていた。練兵場で俺が帰るのを邪魔した結果、間近で殺気を浴びることになった奴らなんかは、特にその傾向が顕著に現れている。何せ、恐怖で顔を歪める程になっているのだから。
……その中で唯一、赤城だけは恐怖の中にも不屈の感情が感じられたが。これで何かしら言ってきたら本当に鬱陶しかったのだが、そういったことは特に無かった。うん、実に良いことだ。
まあ、これから先何か仕掛けてこないとも限らないので、注意しなければいけないことに変わりは無いが。そういうことが起こらないようにやったことだってのに……本当に面倒くさい奴だな。単体じゃそこまで力無いから、他が怖じ気付いてる以上脅威にはなり得ないけども。
そんな感じで、俺は久し振りに一人落ち着いて食事を取ることが出来たのだった。
ちなみに、昼間の練兵場での一件は速攻で城内に広まったらしく、廊下を歩いている時もすれ違う奴らほぼ全員から明らかに怯えたような雰囲気が見て取れた。特に男に関しては、顔を青ざめさせ股関を押さえたりしている。余計な接触をしなくて済むのは良いが……。
「むぅ……何で誰も彼も、シュウヤ様をあからさまに避けていくんでしょうね。直接何かされたわけでも無いのに、失礼にも程がありますよ」
「……ターンして逃げていかないだけまだマシだろ。イラつくっちゃイラつくが、一応今のところはまだ多少接触を避けてるってだけなわけだし」
「それはそうですが……」
隣を歩くサーシャはそんなことを口にしながら、頬を膨らませている。俺から見れば、無属性である俺に対しそんな反応を見せるサーシャも十分おかしくはあるのだが、話題の方向が違うため口には出さない。
……そういえば、レミールもアダムスも俺に対して変な反応は見せなかったな。レミールはサーシャ風、アダムスはそもそもそれほど関心無さげという感じで差はあるが、いずれにせよこの城においては異端とも言える存在に変わりは無いだろう。
組織のトップの人間が持つ思想に部下が染まり、その部下の中でのみ一部異端が存在する、という構図なら分かるのだが……むしろトップこそが異端である、というのは珍しいことこの上無い。
仮にレミールが最近トップになったばかりなら話は別だが、メイド達の雰囲気やレミールのステータスを鑑みるに、恐らくそれは無いだろう。それに、サーシャはレミールの教育によってメイドとして成長したわけだし、それなりに長い年月メイド長もしくは幹部として働いてきたはず。……益々謎は深まるばかりだな。
その後、結局サーシャとは部屋に着くとすぐに別れた。時刻は既に夜の九時、俺はまだまだ起きてるが、この世界の住人にとってはそろそろ寝る時間だからな。
そしてしばらく魔法練習やストレッチをしながら夜を過ごし、そろそろ寝ようかと思っていた頃。思わぬ奴が部屋を訪ねてきた。
コンコン。
「…………ん?」
ベッドに寝転がっていると、ふいにノックの音がして顔を上げる。
まずサーシャではない。この時間あいつは既に寝ているはずだし、何よりドアの向こうから感じるのは明らかに男の気配である。
それに、こいつは知っている気配ではあるが……何でこいつが俺を訪ねるんだ? 普通に考えたら来るはずが無いんだが。
体を起こし、ベッドから下りてドアを開けに行く。そこにはーー
「……こんばんわ。夜分遅くに済まないね」
案の定佐々木が立っていた。
「本当にな。こんな時間に何の用だ?」
「君と少し話がしたくてね。今、良いかな?」
「……ああ。ここで話すのもなんだし、入ってくれ」
「ありがとう。それじゃ、お邪魔します」
部屋に招き入れると、佐々木をベッドに座らせ俺は窓によりかかる。同じベッドに座って親しげに話す気は無いが、かといって相手を立たせるのは失礼にあたるからな。
「……それにしても、昼間のアレを見て尚俺に近付いてくる奴がクラス連中の中にいるとはな。まさか何も感じなかったわけじゃないだろう? 一体どういうつもりだ?」
殺気とまではいかないが、敵意を含んだ視線をぶつける。積極的に避けるのはやりすぎだと思うが、それでも普通なら俺にこれ以上近付こうなんて考えないはずだ。……こいつは何を企んでる?
その視線に込められた意味を知ってか知らずか、佐々木は肩を竦めながら臆した様子も無く言葉を紡ぐ。
「別に何も企んじゃいないよ。そして君の言う通り、そりゃあもう恐怖だって感じたさ。だけど……流石にあそこまでとは思ってなかったけど、修哉君が強いのは元々知ってたからね」
「……過去にお前と深く交流した覚えは無いはずだが。何故そんなことが分かる?」
相手の戦闘力は気配で大体察せるとは良く言うが、こと俺に関してはその気配を意図的に薄めている。爺ちゃんクラスならともかく、一般人であるこいつがその方法を行えるとは思えない。
「そうだね。そもそも、まともに話したのも昨日が初めてだし、別に会話から知ったわけじゃないよ。……覚えてる?一昨日の夜、修哉君が倒れた時のこと」
「……ああ。勿論忘れてなんかいない」
重ねて言うが、俺はあの時真面目に死に近付いていたのだ。以前にも死にかけたことはあるが、それでもあれほどではなかった。例えこの先何十年何百年生きようと、あの恐ろしい感覚を忘れることは無いと誓おう。
「その時は隼人君と圭吾君の三人でこの部屋まで運んだんだけど……いくら意識無いとは言っても、重くて重くて。でも、修哉君は太ってるわけでもないし、何か重い物を身に付けてたわけでもない。だったら答えは一つ、日々鍛えまくって筋肉が詰まりに詰まってるってことだ」
「まあ百キロはあるからな。むしろ良く三人程度で運べたな、迷惑をかけて済まなかった」
「別に良いよ。お礼ならもう言ってもらえたわけだし。それに……むしろ謝るのは僕の方だ」
そう言うと、佐々木は目を伏せ口を閉ざした。
……どういうことだ? 何でそんな話になる?
どう思い返しても、こいつが謝るようなことなんて見当たらない。なら、俺が起きてる時じゃないってことか。てことは……。
「……俺が意識を失ってる間に何があった?」
「え、えっと……」
「目を逸らすな。俺の知らないところで何か重大なことが起きてたなら、それを知らないわけにはいかない」
「重大は重大なんだけど……修哉君が考えるような重大とは少し違うと思う。その……修哉君、倒れた時にうつ伏せだったじゃない? それで引っくり返そうとした時に胸の内ポケに入ってる物の存在に気付いて、どうしても気になっちゃって……」
「……成る程。そういうことか」
召喚の際、直前に肌で触れていた物以外の物をこの世界に持って来ることは出来ない。それはポケットに入っていたものだって同じこと。つまり、基本的には服以外の物イコール手で持っていた物となる。
だが、俺が直前にひっ掴んだのはサイズ的に手の中に隠せるものじゃない。そして物が物なので、他の奴が気付いたら確実に騒ぎになっている。それが起きていなかったことから、こいつは俺を運んだ際不思議に思ったんだろう。
「本当にごめん……。見たのは三人の中でも僕だけだし、誰にも言ってないから他の人は知らないだろうけど……」
「……それなら良い。こいつは存在を知られると、間違いなく厄介なことになるだろうからな」
そう言いながら、俺は初日と同じく懐にしまっていた物を取り出す。それは、刀身の根元付近に『刃雨』と彫られた一本のクナイだった。
「それが忍者が持つようなクナイだってことは見て分かるんだけどさ、名前を彫ってあるってことは……」
「ああ。こいつはーー育て親の形見だ」
忍の末裔である刃雨爺ちゃんが愛用していた武器の一つ。長年使っては研ぎ使っては研ぎを繰り返したため、刃の部分は大分磨り減っている。
「……やっぱりか。勝手に人の物を見たのも悪いけど、遺品を覗き見るなんて……僕は何てことを」
「そう落ち込むな。確かにあまり良い気分はしないが、気になったことを確かめようとするのは人の性だし、そこを責める気は無い。むしろ、他の奴に言わなかったことに礼を言おう。こいつを他の誰かに奪われるとこなんて想像もしたくない」
頭を下げると、佐々木は途端に慌て出した。
「ちょっ、止めてよ。責められこそすれ、感謝を言われるようなことなんてしてないって」
「それでも助かったことは事実だ。礼を言わないわけにはいかない」
「でも……」
「良いから。礼くらい素直に受け取っておけ」
キッパリと言い放つと、渋々といった感じで頷いた。
「……分かった。それで、さっきの話の続きなんだけど……」
「ああ、お前が俺の戦闘力を予想してた理由は分かった。確かに、予め分かってるなら他の奴らに比べたら衝撃は少ないだろうし、話しかけてくる勇気があるのは理解出来る。だが……」
「結局何を話しに来たのか、ってことだよね? 質問を質問で返すようで悪いんだけど……修哉君、君はこれから先どうするつもりなんだい?」
「……先?」
「うん。あれほどの強さを持つ君のことだ。このままずっと部屋にこもって魔法を訓練したり情報集めをしたりするとは、僕はどうしても思えなくてね」
……まあそうだな。確かにその二つも大事ではあるが、それにかかりきりになるわけにはいかない。それと同じくらい重要なことだってある。
俺は小さい頃から爺ちゃん達と共に動物を狩ってきた。だから獣との戦い方だって分かってはいるが……勿論それだけじゃ足りない。この世界で生きていくためには、少しでも早く魔物との戦い方も身に付けるべきだ。
そしてそうするためには、城にこもっているわけにはいかない。中だけでなく、外でも修練を積まなければならないのだ。
「……お察しの通り、このままずっと城にこもって時間を無駄にするつもりは無い。ある程度無属性魔法を扱えるようになったら……俺は冒険者ギルドに通って、一足先に実践経験を積むつもりだ」
この世界は元の世界と同じく、色々な職業が存在する。その中で一番有名なのが冒険者。冒険者ギルドという施設にて依頼を受け、その報酬や、物品を売却して得た金で生活する者達。時には個人間で契約を交わし、依頼をこなすこともある。
動物や魔物の討伐・植物採集・町の雑用など、依頼の内容は様々。だが、報酬の金額的に殆どの冒険者は魔物討伐を生業としている。
勿論戦いには危険が付きまとう。ギルド側は冒険者ごとにランクを設け受けられる依頼を制限したりして死亡率を下げてはいるが、それでも冒険者本人の油断や予想外の事態により命を落とすことは多い。若者の多くが冒険者を目指すため、冒険者自体の総人口はそう変わらないらしい。
……と、サーシャから聞いた。城勤めなのに良く知ってたなあいつ。
今はのほほんとしていられるかもしれないが、俺達はいずれ嫌でも魔物や魔族と戦うことになる。そのための実践経験を積むということであれば、書庫の一件とは違って特に反対はされないだろう。
これがもし他の奴らの立場だったら一蹴されてただろうが、既に昼間の一件は国王にも伝わっているだろう。となれば、危険だからと言う理由で俺を引き留めるようなことはしないと思うし、多分大丈夫……なはず。そこら辺は実際に言ってみないと分からないが。
そして、俺のその返答に対し
「……そう言うと思ったよ。だからこそ、僕も君を訪ねることにしたんだ」
佐々木はそう言って、口角を僅かに上げたのだった。
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