第28話 戦いのその後
「ーーほ、ホントに大丈夫なんですか!? どこか変に感じる場所とかありませんか!?」
「……だから大丈夫だと何度も言ってる。そもそも、何で当事者でもないお前が誰よりも慌ててんだ」
「慌てもしますし、心配にもなりますよ! ブロディ副団長が魔剣を持ち出した時なんか、もう息が止まるかと……」
「……………………」
このやり取りいつ終わるんだ……。
練兵場を出て数分後、俺はサーシャから詰問を受けていた。何でか知らんが出入口からすぐ側の場所におり、丁度良いから服の話をしよう……と思って話しかけようとしたら、突如慌てながら向こうから駆け寄ってきて、それからずっとこの調子である。
本人が言うには、練兵場入り口付近で俺と別れた後、一旦仕事をしに戻ろうとするもカストロが何をするのかどうしても心配になり、引き返して影からずっと戦いを見ていたそうな。
流石に会話が聞こえる距離ではなかったものの、時間軸的には俺が兵士達に囲まれた時から既に見ており、また練兵場自体が出入口に比べ少し掘り下げられているため、戦いの一部始終を確認出来たらしい。
……いやまあ、いるのは知ってたけどね? 戦闘中も何度も視線を感じてたし。
本人的には隠れてるつもりだったらしいが、何であの状態でバレないと思うのか。八雲達よりも尚酷かったし、どんだけ隠れるの下手なんだろうか。
とはいえ、持ち場に戻ったはずなのに出入口付近にずっといた理由までは分からなかった。城に仕える下っ端メイドであるサーシャが、仕事をこっそりサボるとは思えないし……と。それがまさか、俺を心配してのことだったとはな。
うーん……こいつ、本当に何なんだろうか。嫌な気分というわけでは無いんだが、無属性を無能と扱うこの世界、しかも魔族の被害が多いこの国の住人なのに無属性な俺にプラスの感情を向ける意味が分からない。どうしても何か裏があるのではないかと思ってしまうものだが、話す様子からそういったものは全く感じられず、そのことがより一層謎を深めている。
聞いてみたいところではあるのだが、本能というか勘というか、どうも聞いてはいけない気しかしないのでこっちから切り出すことは無い。もどかしい感じはあるが、そこは耐えるしかないか。
……まあいい。考えても意味無いし、一旦置いておこう。それよりも、今考えるべきは服だ服。
元の世界じゃ、公共施設を上裸で歩き回るとか変質者に見られかねない案件。こっちの世界のそこら辺がどうなのか知らんが、誰も彼もが服を着てるということは、少なくともこの国の常識は元の世界と似たようなものだろう。
仕方が無く上裸になっているとはいえ、城内の人間から一々変な目を向けられるのも鬱陶しいことこの上無い。少し遠いが部屋に戻って服を着なければならず、いつまでも問答をする気は無い。というわけで、サーシャにはさっさと落ち着いてもらわなければ困るのだ。
「ハァ……何度も言ってる通り、体には何の異常も無い。当然痛みはまだある程度残っちゃいるが、骨折とかそういうのじゃないってのは感覚で分かる。この傷は全部元の世界にいた頃についたものだし、あいつら程度が相手じゃイレギュラーな事でも無ければ傷を付けられるどころか逆にまとめて叩きのめせる。お前も見てたんなら分かるだろ?」
「それは……そうですが……」
「なら早く落ち着け。お前の気持ちは分かったから、今は一先ず置いておいてくれ。……それよりも、傷への視線がウザったいから早く戻って服を着たいんだっての。これもう使えないし」
多少強引に話を変えつつ、見るも無惨な残骸となったかつて服だったものを広げて見せる。それを見て、サーシャも改めて「うわぁ……」と引いていた。全く……副団長のくせして、随分と非常識なことしてくれたもんだなと改めて思う。
「あ、これってどうしたら良いんだ? 何も言わずに普通に捨てちゃってオーケー?」
「はい、勿論です。元々少しでも破れたり解れたりしたらすぐに処分することになってますし、お気になさらなくても大丈夫ですよ」
「そうか。それなら良かーー」
……ん? ちょっと待て。今聞き流してはいけない単語を聞いた気がするんだが。
「おいサーシャ。すぐ処分ってどういうことだ? 確かにそのままじゃ着れないかもしれないが、補修したり布に戻して何かに利用するとか色々やり方はあるだろう。この世界ではそんな簡単に物を捨てるのか?」
「えっ? あー……いえ、そういうわけではありません。そこに関しては、考え方自体が身分の違いで変わってくるので……」
「身分の違いで?」
「はい。そうですね……簡単にご説明させていただくとーー」
サーシャが言うには、傷付いた服の扱いに関しては王侯貴族と平民との間で大きく差が出るらしい。前者は自国内及び他国の王侯貴族と交流するにあたり、度々パーティを開く。ここキュレム王国は魔族との戦いが多い関係上、南の方の大陸の国々に比べれば少なくはあるが、それでもそれなりの頻度で行うことは確か。パーティが来るごとに同じ服を着るわけにはいかないので、頻繁に服を交換する。
その慣習が普段の生活にも影響し、新品を次々に取り入れることが多いため、修繕してまで一つの物を使い続ける必要が無いという。というかむしろ取っておいても邪魔なので、例え破損箇所が無くとも古い物ならば廃棄することも多いとか。例外として貧乏貴族ならその限りではないようだが……まあそれは今は置いておこう。
対して後者は前者のような勿体無いことはせず、何度も補修し使い続ける。裁縫技術を持つ者は自前で、持たない者は街にある衣服修繕の専門店に持っていって直してもらうそうな。サーシャを始めとしたこの城のメイド軍団や執事軍団は殆どが平民出身であり、そのため普段着る仕事の服も自分で修繕している。
そして俺達のような異世界の勇者は、例え元の世界でどんな立場の人間であったとしても皆揃って国賓扱いとなり、そこらの貴族と同等の待遇を受けることになる。そんな人間に平民と同等の生活を送らせるわけにもいかず、今回の服にしたって貴族のように頻繁に変えることになっている、というわけだ。
小さい頃から無駄遣いはするなと常日頃教えられ、解れた服を縫ってまた着れるようにしていた婆ちゃんの姿を長年見てきた身としては、どうにも慣れないし理解が及ばないが……これに関しては諦めるしかないのかもしれない。どうやら国賓の立場である俺達を手厚く世話するかしないかは真面目に国の威信に関わってくるらしく、何か重大な問題でも起こさない限り、今よりも扱いを下げるわけにはいかないのだとか。
何でそんな面倒なことに……とも思ったが、王侯貴族とはそういうものなのかもな。ネット小説でも、転生して貴族の元に生まれた主人公が貴族間のやり取りにうんざりする描写とか結構あったし。
ところで、この国賓云々の話を聞いてふと思い出したのが、昨日の朝のサーシャの様子。つまりはサーシャと初めてまともに会話したときのこと。
今考えてみれば、あのやけにへり下った態度や言葉遣いはこの扱いのせいだったのではなかろうか。平民である者が国賓扱いされている者達と会うのだから、必要以上に緊張するのは仕方無いのかもしれない……と俺は考えた。
試しに聞いてみると正にその通りだったらしく、もし勇者達相手に何かやらかして機嫌を損ねたりでもしたら、減給や重労働を始めとした重い罰則を下すと上の方から散々言われていたとか。そんな裏事情があったので、一昨日部屋の案内を任された時から実は内心ガクブルだったらしい。
「……その割には、早くも大分固さが取れてるみたいだが」
「はい。まだ出会って間もないですけど、雰囲気からしてシュウヤ様なら必要以上に緊張しなくても大丈夫なのかな、と思いまして」
「まあそうだな。むしろ、あんな風に仰々しくされた方が鬱陶しい。話すなら今の感じにしてくれ」
あのレベルだと聞いている側としても流石に違和感しか無い。あそこまで引いた態度を取られるなら、タメ口で接される方がまだマシな位だ。
「分かりました。それでは、そのように」
「ああ。だが、俺は良いが他の奴らに対しては少し注意しろよ。うちの奴らは何するか分からん奴が多いからな」
「それは勿論そうですが……恐らく大丈夫かと。他の方々とは接する機会はあまり無いでしょうし」
「……? それってどういうーー」
今の言葉をふと疑問に思い、それを問おうとしたとき、曲がり角から姿を現した人物に声をかけられた。
「あら、あなたたちは……って! それどうしたんですか!?」
そう言いつつ、慌てながら駆け寄ってくる。こいつらは……えっと……。
「め、メイド長!? それに副メイド長も!」
その姿を見た瞬間、サーシャは一瞬で姿勢を正し、固まってしまった。こんなに素早く動くのは初めて見たので、少しギョッとする。
思い出した、メイド長のレミールか。二日前に姿を見たばっかりなのに、色々あったせいですっかり忘れてた。もう片方は知らんが、サーシャによると副メイド長らしい。
「あー、その……何だ。簡単に言うとだな……」
俺はレミールに、練兵場で起こったことを要点をかい摘まんで説明した。
特別メニューとして兵士達にリンチにされかけたこと。
カストロ・ブロディと一騎討ちすることになり、カストロは身体強化、ブロディは魔剣をそれぞれ使ったこと。
その際にブロディが敗北を認めず暴走し、クラス連中をも巻き込みかねない一撃を放ち、それを防いだ結果攻撃を受けた服がボロボロになったこと。
尚、傷に関してはサーシャと同じく、あくまで元々あったもので今日付いたものではないと言っておいた。
説明を続けていく内に、最初驚愕一色に染まっていたレミールの顔はやがて憤怒の形相へと変わり、最後にはこの上無く呆れている、といった感じになった。こめかみが痙攣しているところから、最早怒りを抑えきれていないんだろう。
「あの方々は……! それで、もう何と言ったら良いのか……ほんっとうに申し訳ありませんでした!」
「……別に良い。あんたが悪いわけじゃないし、とっとと頭上げてくれ。傷付いたのは主に服だし、痛みもいずれ無くなるだろうしな」
「は、はぁ……それなら良いのですが。とにかく、すぐに替えを用意いたします。ーーアダムス」
「了解しました。少々お待ちください」
「……ああ、分かった」
レミールの命により、アダムスという名前らしい副メイド長が元来た道を引き返していく。しばらく待っていれば戻ってくるだろう。
(ふむ……今の内に見ておくか)
アダムスを目で追って背中を向けているレミールに鑑定眼を使用し、ステータスを覗き見る。
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〈名前〉:レミール・ベネット 〈年齢〉:63
〈種族〉:人族 〈性別〉:女 〈属性〉:火・水
HP:□□□□□□□■■■550/750
MP:□□□□□□□■■■650/900
LP:□□□□□□□□□□850/850
〈基本技能〉:統率(大)、料理(大)、裁縫(大)、園芸(中)、清掃(大)、奉仕術(超)、異界言語理解
〈魔法〉:火属性魔法(中)、水属性魔法(大)、無属性魔法(小)
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おおぅ、何か凄い家庭的な技能持ってんな。流石はメイド長ってとこか。
でも、園芸……園芸か。メイドってそんなことまでやるのか?……いや、違うか。他のが軒並み大以上なのに、これだけ中ってことは趣味でやってるだけかもしれない。
まあ、そこまで気にしなくても良いか。細かいところまでは興味も無いし、あの能力を持ってないのなら別に良い。
「それにしても……騎士団長・副騎士団長と一騎討ち、しかも身体強化やら魔剣やらを使用されて尚圧倒してしまうとは……あなたは一体何者なのです?」
「別に何者でもない。一般人……とは言い難いが、それでもこの世界じゃ無属性故魔法すら満足に使えんただのガキだ。他の奴らと違って、大したことは何も出来やしない」
そう何気無く答えると、レミールは凄い微妙な顔をしつつ額に手を当てていた。え、俺何か変なこと言ったか? 嘘でも何でもなく、事実を言っただけなんだが。
「謙遜は長所ではありますが、行き過ぎた謙遜は嫌味と取られますよ。あの方々を倒してしまうというのが一体どういうことなのか……サーシャ、教えてあげなさい」
「……へっ!? あ、は、はい!」
そう声をかけられ、サーシャがようやくフリーズから立ち直る。だが尚もガッチガチなところを見ると、余程レミールのことが怖いらしい。
「えっとですね……圧倒していた側だったシュウヤ様にはいまいちピンとこないかもしれませんが、カストロ団長とブロディ副団長の二人は、周辺国にも名を知られている凄い方々なんです」
「そんなに?」
「はい。魔剣使いであると同時に、卓越した剣技を始めとした純粋な戦闘力により、数多の魔物を討伐してきたと。実際今まで魔族の侵略から国を守れていたのも、あの二人の存在が大きいのです」
「三年前に魔族が侵攻してきた時も、あの方々と魔法師団のジキル団長とイワンコフ副団長の四人が中心となって戦い、見事撃退しています。……そんな方々を圧倒してしまうということがどういうことなのか、良くお考え下さい」
え? あいつらってそんな凄い奴らだったの? 確かに技能は色々持ってはいたけど、そこまで苦労した覚えはないんだが……。ブロディに至っては魔剣の性能を利用しての戦闘しか味わってないから、剣技がどんなもんかなんて分からないけど、カストロとそこまで大きな差は無いだろうし。
「それに……それほどの傷を負ってきたということは、その量に値する程の修羅場を潜ってきたということなのでしょう? だったら、謙遜などなさらなくても良いじゃありませんか」
レミールはそう言いつつ、俺の体ーー正確には傷痕を見てくる。さっきも散々サーシャに見られたが、あんまりジロジロ見られるのは良い気分はしないな……。
まあ、考えてみれば仕方無いか。珍しいものに目が行くのは人の性だしな。
特に胴体の三本の傷なんかは、その大きさ故にどうしても目を引くのだろう。あと少しで内蔵にまで達していた程に深く傷つけられたせいで、いくら年月が経とうと傷が消えることは無かった。
むしろ、成長するにつれ皮膚が伸びた結果、負った時と同じく胴体の全面に広がっている。俺はもう慣れたものだが、そうでなければつい目を向けてしまっても仕方あるまい。
「……特に謙遜してるつもりは無いんだがな。ただ単に、自分よりよっぽど強い人達を知ってるから、誰に勝とうが自分が特別強いとはどうしても思えないだけだ」
「あなたよりも更に上がいるとは……異世界とは凄いところなのですね」
「そういうわけじゃないさ。その人達が異常なだけだし、基本的なスペックはこっちとそう変わらん」
そんな感じでしばらく話していると、遠くから足音が聞こえてきた。どうやらアダムスが戻ってきたらしい。
「お待たせしました、こちらが替えの物になります」
「……ああ、ありがとう」
「あ、使えなくなった方はこちらで処分いたしますので、渡していただければ」
「分かった。よろしく頼む」
新品と破れた衣服を交換し、訓練前のように着込む。これで、普通に城内を歩いても気にすることは無い。その間にアダムスのステータスも見ておいたが、俺が懸念しているようなことは無かったのでほっとする。
ふぅ……これで、クラス連中全員、さっき練兵場にいた兵士全員、あとは今ここにいる三人は完了か。残りは何人だ……城中ってことは、二千や三千は軽くいるか。
いくら安全のためとはいえ、あの能力の有無を確かめるために、城の連中全員のステータスを見て回らなきゃいけないんだもんなぁ……。一気に確認出来ればそれが一番良いのだが、生憎鑑定眼も鑑定眼で制約が存在するのでそれは出来ない。正直うんざりするが……まあ仕方無いか。
「……そういえばメイド長。一つ聞きたいことがあるんだが」
「はい、何でしょう?」
「訓練が両方免除されて時間が出来た。そこで、城の書庫を使いたいんだが……どこに申請すれば良い? 勿論、使えないならそれはそれで構わんが」
「書庫……ですか。それは城主である国王様に聞いてみないことには何とも。私の方から言っておきましょうか?」
「良いのか? 確かに俺じゃそう簡単に直接国王に会うことは出来ないだろうから、そうしてもらえると助かるが……」
「はい、構いませんよ。それでは、返答を貰いましたらサーシャを通してお伝えしますね」
「分かった。礼を言う」
よし、これで一先ず空いた時間を活用出来るようになるな。まさかメイド長の協力を得られるとは思ってなかった。僥倖ってやつかね。
もしダメだったら、練兵場の一部借りてずっと走ってるつもりだったが……多分大丈夫だろう。確証があるわけではないが、何かそんな気がする。時間も潰せるし情報も山程得られるようになるしで、まさに一石二鳥だな。
「……ん?」
「? どうかなされましたか? シュウヤ様」
「いや……ふと思ったんだが、何で俺への通達は全部サーシャからなのかと。ここには沢山のメイドがいるはずだし、他の奴が来たっておかしくないだろう?」
「……………?」
俺の質問に対し、サーシャは小首を傾げている。だが、こっちの質問の意図を理解していないわけではなく、むしろ「何故そんなことを今更聞くのですか?」とでも言いたげな感じだ。……いや、その理由が思い付かないから聞いてるんだが。
「サーシャ……あなたもしかして……」
「え?」
「専属メイドのこと、その方に伝えてないの……?」
「……あっ」
「専属メイド?」
何だそれ。初めて聞く単語なんだが。
「あなたね……。勇者様、申し訳ありません。それで、専属メイドというのはーー」
レミール曰く、専属メイドとは勇者一人につき一人のメイドがそれぞれつき、日々の世話をするシステムのことらしい。内容としては、情報伝達・案内・部屋の清掃・規定の時間の訪れを知らせる等。体調が優れない場合はその看病も請け負う。
専属メイドはあくまで対象の勇者の世話をする存在であり、他の勇者に対しては敬いはするが必要以上に干渉はしない。さっきのサーシャの「他の方々とはあまり接触しない」とは、つまりはそういうことだったわけだ。
配属自体は一昨日ーーつまり俺達が来たその日の内に既に決まっていたようで、午後九時前に予め部屋を訪れシステムのことを教える、という流れだったとか。
「それで、俺の専属メイドはサーシャってことなのか」
「そういうことになります……お伝えするのを完全に忘れておりした……」
「サーシャ……あなたは後でお説教です。仕事に支障が出ない程度にみっちりしごいてあげますから、覚悟しておきなさい」
「ひいぃっ!!」
レミールとアダムスに睨まれ、サーシャの顔は完全に青ざめていた。涙目にすらなるって……こいつらどんだけヤバいことすんだよ。怖すぎて俺まで背筋が寒くなってきたわ。
仕方無い、助け舟を出すか。俺のせいでもあるわけだし。
「あー、ストップ。それに関しては、初日にぶっ倒れた俺の責任でもある。確かに仕事をミスったことには非はあると思うが、朝までずっと俺を心配してくれてたようだし、うっかり伝え忘れるのもあるかもしれない。だから、少しで良いから許してやってくれないか」
「……仕方無いですね。勇者様本人がそう仰られるのでしたら、私共かは何も言うことはありません。今回だけは見逃してあげましょう。サーシャ、その方に感謝しておきなさい」
「はいっ。ありがとうございます……シュウヤ様……」
「……………………」
どうやら許してくれるようだ。あなたは黙ってなさい、とか言われることも覚悟はしていたが……言ってみるもんだな。
「それでは、私共はこれにて失礼させていただきます。アダムス、行きますよ」
「はい。……それではお二方、また」
「……ああ」
二人が去っていくのを見送り、やがて角を曲がり姿が見えなくなる。すると、サーシャが突然体勢を崩し、膝を地に着いた。
「!? おい、大丈夫か!?」
何か起こったのかと思い急いで立たせようとするが、想像していたようなことは特に無く、
「ふえぇ……怖かった、です…………ぐすっ」
……普通に泣いているだけだった。
「……いや、お前真面目に過去に何があったし」
「あの人、昔から怒ると凄い怖いんです……特にメイド関係になると滅法厳しくて。私四年前に預けられてここで働き始めたんですけど、今まで一体何度叱られてきたか、思い出すだけでも寒気が……」
そう言いながら、体をガタガタと震えさせている。……いかん、これ以上は聞かない方が良さそうだ。サーシャは勿論、俺の精神的にもよろしくない。
「そ、そうか……大変なんだな、お前も。ところで、預けられたって言うのは?」
「あ、えっと……メイド長、実は母方の祖母なんです。ちょっと色々ありまして、お母さんの元を離れてここで面倒を見てもらうことになりまして。それで、メイド関係の教育も叩き込まれまして……。うっ、思い出すだけでも頭が……」
成る程、道理で見た目の印象が似ているわけだ。サーシャは母親似なのかね。
って、マズい。サーシャの顔色がどんどん悪くなっていく!
「すまん、聞いた俺が悪かった。……立てるか?」
「は、はい。一応は……」
「それなら良い。ほら、掴まれ」
「ありがとうございます……」
差し出した手をサーシャがしっかり握ったのを確認し、引っ張り上げる。ふむ、思ったより軽いな。四十キロ位か?
だが、立たせたは良いが足がふらついている。このまま一人で歩かせるのは酷か……。
そしてその後、何故か専属メイドであるサーシャを主である俺が介抱しながら部屋に戻るという、異例の光景が繰り広げられたのであった。
……こんなんメイド長に見られた日には、それこそサーシャが精神的に死ぬな。気を付けよう。
執筆の励みになりますので、良ければ評価やブクマ等してもらえると嬉しいです。
また、誤字報告や表現がおかしいところへの意見などもお待ちしております。




