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シーカーズ ~大器晩成魔法使いの異世界冒険譚~  作者: 霧島幸治
第一章 キュレム王国編 前編
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第27話 傷痕

「……何の用だ。お前らの相手をしている暇は無いんだが」

 そう言いながら、俺はついため息をついてしまう。内容を尋ねはしたが、別に聞かずとも大体の予想はつくからな。


「暇が無い? 何言ってんだ。無属性のお前が他にやることなんて無いはずだろう?」

「内藤の言う通りだ。魔法も満足に使えない以上、武術訓練も無くなったらそれこそ時間なんて有り余ってるはずだ。だったら、その時間を俺達に使ってくれよ。同郷のよしみとしてなぁ」

「まあまあ二人とも、一旦落ち着けよ。用件も伝えずに色々言ったところで、話は進まないだろう?」

「そ、それもそうだな。サンキュー赤城」

「ああ、気にするな」


 俺の態度に対し突っ掛かってきた内藤と潮見という男を、赤城が制し話を進めようとする。二人はいつも赤城と共に何かしら言ってくる奴らなので、このやり取りも慣れたもの。別に今更変な反応をしたりはしない。



「さて……俺達としても時間を無駄にしたいわけじゃないし、単刀直入に言おうか。沢渡ーーお前のその剣技を、俺達にも教えてくれよ」

「……………………」

「騎士団長すら倒しちまうその力……それを俺達全員が身に付けることが出来るようになれば、魔物との戦いだって大分有利になる。魔王を倒して、皆が無事で帰れる確率が上がるんだ。なら……共有するのが当然だろう?」

「騎士団長達には悪ぃけど、本来の武術訓練をカットして、その時間を使おう。お前と違って俺達には魔法訓練があるし、この時間以外に使える時間が無ぇ。なに、お前が俺達に教えてくれれば武術訓練は必要無くなるし、騎士達だって他のことに時間を使える。ウィンウィンってやつだ」

「そういうわけだ、沢渡。騎士団長はさっきああ言ってたけど、明日からも来い。どうせやること無いんだし、俺達が強くなるのに協力してもらう。分かったな?」



 ……やっぱりな。そりゃまあさっきの戦いを見たら、大抵の奴はそう考えるだろう。


 確かにこいつらの言うことは間違ってはいない。俺のように戦えるようになれば、戦闘においての生存率だって飛躍的に上がる。

 一般人だったこいつらがこの先生き残っていくには、俺から色々学ぶのが一番なのだろう。爺ちゃん達から教わってばっかの立場だった俺だが、一応他人に教えることも出来なくは無い。



「断る。お前らに構ってる暇は無いと言っただろう。それじゃ」

 だが、勿論俺は一方的に突き付けられた提案をバッサリと切り捨て、(きびす)を返し出口へ向かう。何故わざわざそんなことをしなければならないのか。


 そして予想通り、歩き出した俺の前に数人の男子が立ち塞がる。

「……おいおい、ちょっと待て。良く聞こえなかったから、もう一遍言ってみろ」

「お前らに構ってる暇は無い」

「そこじゃねぇ! ……いやまあ確かにそこでもあるけど!」

「空いた時間を俺達が使ってやってやるって言ってんだよ。それを何で断ったりする?」

「お前のその技を身に付けるのが、俺達が強くなるための最短距離だ。騎士達がやろうとしてた武術訓練よりよっぽど楽で早い道……それをみすみす逃すわけねぇだろ」

「それともお前……まさか、魔法を使えない腹いせに、同じ世界から来た()()である俺達を見捨てようってわけじゃねぇだろうな? もしそうじゃないっていうなら、何の問題も……ーーッ!?」


 不良達が口々にそんなことを言っていくが、そこで急に言葉は止まる。……いや、正確には俺の放った殺気で強制的に黙らされたと言った方が良い。絶影を使った時よりも濃密かつ強大な殺気に、クラス連中はおろか兵士達までもが腰を抜かし地面に崩れ、その多くが動く事すら困難になっている。


「さっきの戦いを見て尚もその態度を貫けるとは、胆力が優れてるのか、それとも単に馬鹿なのか。どっちでも良いが、それにしても……随分と人をイラつかせるのが上手い連中なんだな」


 俺を邪魔する奴は片っ端から叩き潰すと決めた。それはこいつらとて同じこと。

 元の世界とは違って、もう抑える必要は無いからな。遠慮無くやらせてもらおうか……。



「お前らに構ってる暇は無い。これを言うのはもう四回目……だと言うのに、何でお前らは当然の如く俺の目の前に立ち塞がって邪魔をする? 力には力で返すっていう俺の方針を聞きながら、それでも力で邪魔をするってことは……カストロみたいになっても文句は言えねぇってことだぞ?」


 俺はお前らとは違う。魔王との戦いなんかよりも、まず生き残るために一刻も早く力をつけなきゃいけない。こんな言い合いに無駄な時間を食ってる暇なんか無いし、例えあったとしても平行線を辿る話なんざに付き合うつもりは無い。


「大体、お前らさっきから何だ? 言葉を発するなら、ちゃんとその意味を把握してから喋れ。俺を常日頃卑下しておきながら、今更仲間面する気か? 無属性魔法を必死で覚えようとしてる俺の時間を奪おうとしていながら、どこがウィンウィンだ? 大して関わってもいない奴ら相手に何故よしみなぞ感じなきゃならん」

「それは……わ、分かった。今までの事は謝るし、時間だってちょっとした空き時間に軽く教えてくれるだけでも良い。別に四六時中魔法の練習をするわけじゃないだろ? だったらーーひぃっ!」



 あっさりと手のひらを返すという舐めた返答をしてきた奴がいたので、今までのに上乗せして殺気を込めた視線をぶつける。体が震えを起こし涙目になり、今にも倒れそうなことから、恐らくこれが限界なんだろう。


 ふむ……人間って思ったより耐えるもんなんだな。覚えておこう。


「今更態度を変えたところで何か変わるとでも思ってんのか?例えそれが本心からのものだったとしても、俺の返答は変わらん。それにだな……そんなことをしたところで全く意味は無い。お前らは一つ勘違いしてるからな」

「か、勘違い?」

「ああ。面倒、時間が無い、深い関係な奴らでもないから……そんなものは、提案を断るにあたっての第二第三の理由でしか無い。一番の理由は他にある」


 内藤が今さっき言った通り、魔法訓練は何もずっとやってるわけじゃない。魔力が切れれば魔法は使えないのだから、その回復を待つ間に訓練を見てやっても別に何の損害も無い。


 素直に心を入替え、()()()()()()訓練しようというなら、見てやるのも(やぶさ)かでは無かったが……そんな気はもう失せている。


 何故なら……。



「一番の理由。それはーーお前らがあまりにふざけてるからだ」

「な……ふ、ふざけてなんかいない!」

「……あ?」


 背後から声が聞こえ、振り返ると赤城が膝に手をつきながらも立ち上がり、俺を睨み付けていた。


「勇者として魔王を倒すために、全員で無事元の世界に帰るために……俺達は何としてでも強くなる! そのためにはお前のその技術が必要だ! それを短期間で身に付けることが出来れば、魔物との戦いだって有利に立ち回れる……魔王にだって少しでも近付けるんだ! 訓練でふざけるつもりなんて全く無い! ……それでも足りないなら、何かしらお前にも協力はするから、だから……」


 そこまで言うと、立っているのに限界が来たのか再び地面に崩れ落ちる。だが、息を乱しながらも尚俺に視線を送ってくる。



 ふむ……平和な環境で呑気に暮らしてきたくせに、この殺気の中で一時的にでも立ち上がるとはな。少し驚いた。下らん正義感とやらのおかげかね。

 まあ良い。それに免じて、殺気は解除してやるか。色々言いたいことはあるしな。


 殺気を引っ込めると、全員次々に安堵の表情を見せている。近くの奴らは回復までにはしばらくかかるだろうが……そこは別にどうでもいいか。会話さえ出来れば何の問題も無い。



「ーーそれで?」

「ゲホッゲホッ……え?」

「それで言いたいことは終わりか? なら俺はもう部屋に戻るが」

「は!? ちょっと、待ってくれ! こんなに頼んでもダメなのか!?」

「……………………」


 帰るフリをしながら反応を伺おうとしたら、まさかの反応が返ってきた。こいつ……。


「……おい、今何つった?」

「え……? だ、だから、こんなに頼んでもダメなのかって……」

「まさにそれだ。こんなに、とは何だ? 言葉ばっか並べて覚悟も何も示さない奴に、何でわざわざ手をかけなきゃいけねぇんだよ」

「か、覚悟? だからそれは、何でもするって……」

「いや、そりゃ違うな。お前にそんな覚悟は無い。お前のその言葉は嘘でしかない」

「違う、俺は嘘なんかーー」

「そうだな、今はそう思ってる。……だが、いつか必ず嘘に変わる。お前だけじゃない。今俺に教わろうとした奴全員がだ」


 俺が告げたその言葉に、俺の周りにいた奴らは一旦驚愕の表情を見せた後、口々に文句を言い始めた。……うん、まあこうなることは分かってたが、正直鬱陶(うっとお)しいので黙ってもらいたい。


「そ、そんなの分かんねぇだろ! ただの決めつけじゃねぇか!」

「決めつけじゃないさ。見りゃ分かる。……じゃあ、分かりやすいように聞こうか。お前らの覚悟ってのは、具体的にどの程度のもんだ。何でもする、の何でもとは何だ?赤城、言ってみろ」

「具体的に? だから、えっと……」

 だが、そこで赤城は言い(よど)む。考え込み、次の言葉が出てこない。……ほらな。



「赤城。お前今、頭の中で箇条書きにしてるだろ」

「あ、ああ。だって、具体的って言ったから……」

「その時点で失格だ。選択肢がいくつも存在してる時点で、お前に本当の覚悟はねぇんだよ」

「は……? じゃあ教えろよ、教えてくれよ。お前の言う覚悟って何なんだよ!」

「決まってるだろそんなもん。それはーーん?」


 それを告げようとした時、ふと別方向から殺気を感じ目を向ける。俺の一撃を受け倒れたはずのブロディが、魔剣を杖代わりにしながら立ち上がろうとしていた。


「ハァ……ハァ……。ふざけるな……。この私が……無能に負けるなど……あってなるものかああぁぁァァアアアアアアアア!!!!」

 そしてそのまま剣を掲げ、攻撃を飛ばしてくる。だが、集束しきる前に強引に撃ったがために、刃ではなくただの巨大なエネルギーの塊と化していた。


「あんの野郎、まだ()りねぇか! ってーー」

 マズい……範囲が広い上に、左右にクラス連中がいるせいで避けられん。押し退けたとしてももう間に合わないし、剣も返しちまったから業滅刃も使えない。


「な、何で!?」

「ちょ、副団長!?」

 クラス連中も驚愕と恐怖の混じった声を上げるが、腰を抜かしているので逃げることは出来ない。この風は刃じゃなくただの塊だから、斬られることは無いだろうが……それでも体にかなりの衝撃は来る。無防備な状態で食らえばただでは済まない。



 俺を狙うあまりに他の奴も巻き込むとか、あいつ何考えてんだよ。後先考えないにも程がある。チッ……こういう面倒なことになるから、一刻も早く立ち去りたかったってのに。

 仕方無い……やるしか無いか。あいつ後で絶対再起不能にしてやる。


「ぐっ!? ううぅぅぅ…………!!」

 顔面の前に腕を交差し、全力で踏ん張り飛来した塊を真っ向から受け止める。まるで車か何かに衝突されたような衝撃が体に響き、あちこちが軋むような音を立てるが、秀穂爺ちゃんの連撃に比べればマシだとひたすら耐え続ける。あの地獄のような修練に比べたら、こんな衝撃や痛みなどなんてことはない。


 攻撃を察した時点で中心線から外れ被害を少なくしたくはあったが、それだと他の奴らも巻き込まれてしまうのでこうするしかなかった。風は乱れに乱れているから、正面から受け耐えれば俺にぶつかった時点で拡散し、後ろに大きな被害が行くことはあまり無い。


 別にあいつらを気遣っての事じゃない。もっと念入りにブロディをボコボコにしなかった俺の責任でもあるし、ここまで俺を引き留めやがった奴らのせいでもある。そこら辺はお互い様だから関係は無い。



 この攻撃は俺を狙ったもの、そしてそれにクラス連中の一部が巻き込まれ訓練をすることが出来なくなったーーそうなるとどうなるか。奴らの体のことではない、責任問題の話だ。


 当然犯人であるブロディが最も罪は重くなるだろうが、次点は俺になる可能性が高いのだ。

 何でって? そんなの決まってる。どうせ「無属性のくせに刃向かうから」とか、「そもそもお前がいなければこんなことにはならなかったから」とか言われるから。


 こっちは色々忙しいのに、これ以上面倒事に巻き込まれたくは無い。だから、そのために今回クラス連中に傷を負わせるわけにはいかなかった。ただそれだけの話。


 ……まあそれも、体が斬られることは無いって分かってたからこそやったことだけども。いくら何でも体がズタズタになってまでそんなことをしようとは思わないし、その場合は普通に脇にズレて食らった奴には「多少の傷は我慢しろ」って言ってたと思う。刃で無い以上致命傷になることは無いだろうし、責任は引き留めた奴らにもある、何があろうと文句は言わせない。



 やがて風は収まり、上手く受け止められた事に少しホッとしながら構えを解いた。全身に痛みが走っているが、俺は修練の結果そっち方面にはかなりの耐性があり、これでも動くことに関しては殆ど問題は無い。肉体の自然回復力だって高いし、この程度なら明日になれば影響は完全に消えているだろうな。


 それに、もしそうでなくともうずくまる気など毛頭無い。さっきカストロに言ったように、俺は危害を加えられない限り無闇に手は出さないと決めているが、その分一度手を出されれば徹底的にやり返す。しかも今回はここまでされたのだ、奴を無事に帰す気などあるわけないだろう。



「……てめぇ、本当にいい加減にしろよ?」

 満身創痍のまま攻撃を撃った結果、今やブロディは隙だらけとなっている。その好機を俺が見逃すはずも無く、瞬行で接近し顔面目掛けて拳を放った。さっきは気を遣って腹に撃ち込んでやったが、今度はもう容赦する気は無い。


 メシャッという感触が拳に伝わり、よろめきながら魔剣を杖代わりにし何とか立ち続け、流れ出る鼻血を押さえるブロディの体に、連続して打撃を乱れ打つ。頬、喉、胸、腹、腿と目につき且つ隙だらけの部位を狙い、殴りっぱなしだと後ろに倒れるばかりなので途中途中で体を掴み引き戻し、起き上がる気力も湧かないように滅多打ちにしていく。

 対抗して魔剣を構えようとしたその腕を払い落とし、無理矢理魔剣を手放させ、がら空きとなったその腹に足をめり込ませる。苦痛から腹を押さえようとするその体に追撃として顎にアッパーを撃ち込み、浮き上がった側頭部に上段蹴りをかまし地面へと転倒させた。


「ぐっ……あっ……!!」

「おっと、まだ終わらんぞ」

 倒れたブロディの胸ぐらを掴み上げ、腹に一発膝蹴りをかまし、手を放したのち再び顎にアッパーを撃ち込む。そして止めの一撃として、崩れ落ちるタイミングに合わせて……男の最大の弱点である股関を、怒りを込めて蹴り上げた。


「~~~~~~~!!!!!」

 ゴチャッという鈍い感触が足を伝わり、一拍遅れてブロディは声にもならぬ叫びを上げ、今度こそ地面へと倒れ込む。全力でやればアレも潰れただろうが、俺もそこまで鬼では無いので、そうならない程度にちゃんと力を調整しておいた。それでも悶絶するのがこの攻撃なわけだが、こうでもしなければ気が晴れなゲフンゲフン罰にはならないと思うので、最低限これくらいはやっておくべきだろう。



 追撃を加えたい気持ちを抑え、魔剣を回収しカストロに手渡す。まだまだ続けたいところではあるが、流石にこれ以上やったら仕返しではなくこいつらがやろうとしたのと同じ事をやることになる。俺まで屑に成り下がる気は無いし、ある程度気も済んだから良しとしよう。


「ほれ。もうこいつに魔剣持たせんな。危なくて仕方が無ぇ」

「あ、ああ……分かった。……おいお前ら! 今のうちにブロディを控え室に連れていけ!」

「「「「「は、はい!」」」」」


 カストロが多少顔を青ざめさせながら号令をかけ、騎士達によってブロディが練兵場脇の部屋に連れていかれる。かなり痛め付けはしたし、魔力切れ寸前にまでなっているから、もし動き出したとしても問題は起こらないだろう。


 やれやれ、これで一安心ーーじゃなかった。既に別の問題が湧いて出てきている。一難去ってまた一難とはこのことか……。



「まさか服が弾け飛ぶとはな……」

 さっきの風の刃ーーというか塊を食らった影響で、服がボロッボロになってしまったのだ。地肌が丸見えであり、何でズボンだけが形を保っているのかが不思議なくらい。


 今着てるのは制服じゃなくてこっちで支給されたものだから、着るもの自体はまだあるから良いが……。いや、着てるという言い方は間違いだな。破れ過ぎて最早羽織ってるような状態になってる。


 まあ羽織ってるとは言っても、コートとかそういう感じではなく辛うじて残った布が繋いでる感じなのだが。少し力を込めれば簡単に千切れるだろう。流石にこれをこのまま着て今日生活するわけにはいかない。



「お、おい……沢渡」

 ため息をつきながら地面に散乱した布を拾っていると、ふと脇から声が聞こえた。振り向くと、クラス連中と残った兵士達が揃って俺を見ながら絶句していた。


「お前……何なんだよ……それ……」

「あ? そりゃ風の刃を食らったんだから、服もこんなボロボロにはなるだろ」

「え、いや……そうじゃなくて。その身体中の傷……」


 ……ああ、成る程。傷のことを言ってたのか。

 言われてみれば、確かに服が破れたせいで上半身の傷が露になってんな。いつも見てるもんだから全く意識してなかった。


 まあ、それは良いとして……。



「ほぅ? 中々面白いことを言うんだな」

「お、面白い?」

「ああ。勿論、これは俺が今の戦闘力を身に付けるまでの修行で付いた傷だ。幼少期に比べて吸収力が落ちてる今、しかも零の状態から俺の技を学ぼうって言うんだから、これの軽く二倍か三倍の傷を負う覚悟位は当然あるんだろう?」

「あ、い、いや……それは……」


 驚愕一色だった瞳が段々恐怖に染まっていく。まあそうなるだろうな。日和(ひよ)った奴らなんざにこの数倍の傷なんて負えるわけが無い。



 今じゃ大分見慣れたもんだが、俺も昔は鏡を見るたびに自分の体の惨状に絶句していたものだ。


 胴体全域に渡って斜めにつけられた、三本の深く巨大な爪痕。

 銃弾を避ける自主訓練で幾度となく失敗した結果、未だ(えぐ)られたままの腹部や腕部の肉。

 自然治癒では間に合わないレベルの切り傷に施した大量の縫い痕。

 度重なる打撲及び骨折を治癒した結果、不自然に凹凸を繰り返すようになった表皮。


 その他にも様々な傷があり、俺の体は首から上を除いて最早無事な肌は残っていない。普通の人間ならとっくに死んでいるようなレベルだが、それでも明らかに異常とも思える訓練でも自ら進んでやり、根性で乗り切った。その結果がこれだ。



「ーーそういうところがふざけてるって言ってんだよ」

 俺を引き留めた奴らが今更ながらに示した反応に、俺は苛立ちを隠さずに言う。勿論殺気も上乗せして。


 殺気で無理矢理脅すようなやり方はあまり好きではないはずなのだが、正直こいつらに対しては何の躊躇(ためら)いも湧いてこない。邪魔な存在でしかないからな。



「二十四時間、三百六十五日ーーそれを約十年間。俺は毎日死がすぐ隣にある生活を続けて、数え切れない程の傷や痛みを乗り越えて……そうしてやっと今の力を手にした」


 どんな痛みにも、どんな苦しみにも耐えた。少しでも前に進み、爺ちゃん達に追い付くために。

 訓練に訓練を重ね、度重なる苦しみの果てにようやく手に入れた力。爺ちゃん達には足元にも及ばないだろうが、それでも俺は爺ちゃん達が鍛えてくれたこの力を誇りに思っている。


 ……だからこそ、楽をしようとしたこいつらが、俺は許せなかった。



「それをお前らは何だ? 短期間で俺のような技術を手に入れて強くなりたい? 皆で無事に帰りたい? 甘えるのもいい加減にしろ」


 帰りたいと思うこと自体は自然なことだ。だから、俺もそこを責める気は無い。だが……強さを身に付けたいと言うのなら、それはまた別問題だ。


「お前らは物語の中の勇者じゃない、ちょっと力を持っただけの一般人だ。強くなることに安全な近道なんて無い、近道するならそれ相応の代償を負うことになる。特に俺のようになるなら、この先生き残れる力を付けたいのなら、その課程で死ぬことだって視野に入れなきゃならん。……だが、お前らの言葉や瞳からはそんなもの欠片も伝わってこない。覚悟はあると言っておきながら、お前らはまだ甘えが残ってんだよ」


 心のどこかで、常に「自分は何があっても大丈夫。勇者なんだから、物語みたいに魔王を倒して生きて帰れる」と思ってる。そんなふざけた考えしか持てない奴らに……俺はこれ以上関わる気は無い。


「死ぬ覚悟も無く、何の代償を負う気も無く、でも強くはなりたい。自分の思い通りにはしたい。……それがどれだけふざけた考えなのか、良く考えてみるんだな」


 そう言いつつ立ち去ろうとしたーーが、一つ言い忘れていたことを思い出す。



「そうだ。……おい、カストロ」

「な、何だっ?」

 考え込んでいたところに急に声をかけられた事により、ビクっとしながらこちらを向くカストロ。


 呆然としているのではなく、何やら過去を思い返しているような様子だった。こいつも長年戦いの日々を送ってきたわけだし、色々思うところはあったんだろう。


「こいつらの訓練だが、しばらく剣は持たせるな。こいつらはお前らが計画した基礎力向上よりも、まず俺が見せたような剣術を求めた。つまり、力やスタミナが無くても剣術があれば何とかなるとか考えている大馬鹿でしかない。……仮にも騎士団長なら、俺の言いたいことは分かるな?」

「あ、ああ。それは分かるが……」


 剣を振るうにあたって、最も重要なものとは何か。相手を一方的に叩きのめせる剣術? 相手の動きを先読みする目? 一瞬の隙をつく集中力?


 ……そのどれもが違う。最も大事なのは、剣を振るう力とスタミナーーつまりは身体能力の強化だ。



 力が無ければ剣を振るうことは出来ないし、先読み出来ても対処することは出来ない。スタミナが無ければ集中力を持続させることは出来ず、またそもそも相手に隙が出来る程長時間戦い抜くことが出来ない。


 身体能力さえあればゴリ押しして倒すというのも出来なくもないが、その逆は基本的にはありえない。あるとしたらそれは単なるまぐれだ。技術が化け物じみてたら可能かもしれないが、そんな奴は技術を磨く課程でちゃんと体を鍛えてるわけだしな。



 剣に限らず戦いにはそういった基本的なことこそが一番重要なのだが、こいつらは目先のことに踊らされてそのことを軽んじてる。例えるなら、公式を全く知らないのに数学や物理化学の応用問題に挑むことと同じだ。つまりは馬鹿以外の何物でもない。


 その時点で、もう剣を学ぶ資格自体無いんじゃないかと個人的には思うが……まあそれは流石に厳しすぎか。



「なら俺の言う通りにしておけ。訓練が嫌にならないように剣術を初めから取り入れようとしたんだろうが、それをやったが最後、こいつらはそっちに流れて基本的なことを疎かにするぞ。正直俺はこいつらがどうなっても構わんが、お前ら的にはこいつらには強くなってもらわないと困るんだろう?」

「そうだな、分かった」

「……ふむ。そんじゃ、俺は先に上がらしてもらうとするぞ。もうこれ以上ここにいる意味も無いしな」


 素直に頷くカストロに内心驚きながら、騎士団やクラス連中に背を向ける。もっと反発してくるかと思ってたのだが、そこら辺はちゃんと騎士団長してるってことか。

 無属性である俺を蔑む心よりも、組織の長として、また教育係としての義務感が買った結果なのだろう。ブロディの奴にも是非とも見習っていただきたい。


(それにしても、久しぶりに人間と戦ったな。勘は鈍ってないみたいだから、そこは良かったが……それでも、本気を出せないのは残念だった)


 そんなことを考えつつ、改めて練兵場の出口へと歩いていく。その背中に声をかける者は……今度はもう、誰一人としていなかった。

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