第24話 修哉の生い立ち
俺は実の両親を知らない。物心付くよりずっと前ーー生後一年にも満たない頃に、山の中に捨てられた。
捨てた理由は分からない。大方生んだは良いが育てるのが面倒だとか、後になって育成資金が足りなくなったとかだろうが、今となってはそんなものどうでも良い。考えたところで答えなんて分からないしな。
ともかく、まだ赤ん坊ということは、当然だが一人で生きていく力など無い。それに、近年大都市の発展が進んだ影響で農村部の環境整備は徐々に放置されてきており、山の中は野生の獣が多く住み着くようになっていた。あのままでは間違いなく死んでいただろう。
唯一の幸運は、そんな俺を拾い家族として迎え入れてくれる人達がいたこと。三人の爺ちゃんと、一人の婆ちゃんだった。
日常的に獣を狩って暮らしていた人達であり、現代の生活観からすれば少々異質と言わざるを得ない。だが、そんな生活をしていたことにもちゃんとした理由があった。
とうの昔に引退していたが、爺ちゃん達三人は若い頃エージェントとして活動していた。超人的な技術を使いこなし、最強の三人として裏の世界でその存在を知らない者はいなかったらしい。
一人目、沢渡刃雨。
忍の末裔であり、気配を消しながらの高速移動による、隠密型の戦闘を大の得意としていた。クナイやナイフ、暗器に糸といった小物を扱った近接戦闘を中心とする他、銃の扱いにも長けていたらしい。当時の長官には、三人の中でも最も暗殺者らしい戦いをする者と言われていたとか。
二人目、雨霧秀穂。
柔術や中国式拳法を中心とした体術に精通しており、基本武器には頼らず身一つで暗殺対象を根絶やしにする脳筋な人。肉体そのものが武器なので、暗殺においても金属探知などにひっかかる心配が無く、そういった警備が厳しい場所での仕事は専らこの人の担当だったらしい。
三人目、黒宮斗真。
剣術の達人であり、近代兵器が蔓延る戦場に刀二本持って度々乗り込んだかと思えば敵を全滅させて無傷で帰ってくるという、最強と言われた三人の中でも一際異常な実力を持っていた。何でそんなことが出来るのか聞いたことがあるが、「銃弾の雨を見切って邪魔な弾丸を全て刀で弾いたり、鋼鉄の壁を切り裂いてそこに逃げ込んで、爆風を防いだりしてたから……」と返された。
いや、どう考えたっておかしいでしょう……と言いたいところだが、俺もシゴかれまくった結果、一度に数発程度という条件付きで拳銃の弾丸程度なら避けたり弾いたり出来るようになったので、多分本当なんだろうなとは思った。
元々この三人は同じ組織に所属しており、力を合わせてどんな命令をも遂行していた。とある政府のメンバー全員を一夜で抹殺し、裏に付いていた組織もろとも完全消滅させたこともあるらしい。その功績からのちに死神巴と呼ばれ、結果裏世界で知らない者はいなくなったのだと言う。
ちなみにこの死神という通り名、暗殺者の中でもトップの実力を持つ者が呼ばれる名前らしく、「狙われたら最後、生きて帰ることは不可能」という意味だそうだ。そりゃ誰もが恐れるようになるわな。
そんな最強の三人も老いには勝てず、現役を引退した後は裏の世界を離れ田舎でのんびりと暮らすことを決めたらしい。何故田舎なのかというと、あくまで身分証は偽造した物であり、都市部で暮らすとバレる可能性が僅かだが高くなるから、だそうだ。
図らずも有名となってしまったのに、そんなこと可能なのだろうか……と思ったこともある。だが実はこの三人、良く知られているのは通り名である死神巴だけであり、顔も名前も満足に知る者は当時の長官・副長官、婆ちゃん、それと暗殺対象だった者達のみらしい。長官・副長官は三人の同期であり大親友、婆ちゃんは一緒に暮らしているわけだし、残りは全員死んでるので面倒事が起きる心配は無い。
また、情報の漏れに関しても長官・副長官に「仮に漏らすような奴らだったらとっくに漏らせてるだろ。お前らを抜いたうちの組織全員でかかっても、お前らには勝てないわけだし」と大層信頼されてるらしく、滞りなく平和な余生を送ることが出来ていたというわけだ。
ちなみに残りの一人の婆ちゃん、沢渡一葉はただの一般人。爺ちゃん達の現役時代、別の組織の計画に巻き込まれていたところを刃雨の爺ちゃんに救われ、そのまま夫婦となったとか。
戦闘技能は持ち合わせていないが、管理栄養士の資格を持つ他、俺が拾われる数年前までは料理研究家でもあったらしく、そこら辺の腕に関しては一流のシェフにも引けを取らなかった……らしい。
いやまあ「らしい」って言うのは単に俺自身最近まで都会を知らなかったから、いわゆる一流シェフとやらの味を良く知らないだけで、勿論婆ちゃんの料理の腕は凄いものだとは分かっているが。
また実家は地主でもあったらしく、両親が死んだ後はそれを継いで農業を営んでおり、それが四人の生活を支えていたわけだ。
さて……ここからは俺の話になるが、拾われたのち俺は大切に育てられ、物心付いた後は生き残る術を身に付けるため、爺ちゃん達三人にシゴかれる日々となった。何でそんな展開になったのかというと、主な理由は二つ。
一つ目は、世界の情勢。
近年地下資源の減少により、それを巡っての紛争があちこちで起きていた。爺ちゃん達が長官繋がりで得た情報によると、俺が三十になる頃にはほぼ確実に大国間での戦争が起きるらしい。
核兵器が次々と作られている現代の地球なわけだし、そんな戦争が起こったらまず間違いなく人類は滅びかける。その後の世界を生き抜くためには、サバイバル技術は勿論のこと、自分の身を守るためにも戦闘技術は必須。
独身である斗真爺ちゃんと秀穂爺ちゃんは勿論のこと、刃雨爺ちゃんと一葉婆ちゃんの間にも子供はおらず、そのため俺を本当の孫のように可愛がってくれた。それ故、どうしても俺をこの先の戦争で死なせたくないと思い、鍛えてくれたらしい。
二つ目は、俺の才能。
俺が拾われた状況のことだが、当然のことながら爺ちゃん達は俺を見つけるために山に入ったわけじゃない。ただ単に夕食のために猪を狩るために入っていた。その時に刃雨爺ちゃんが偶然発見したわけだが……後から聞いた話によると、その時の状況があまりにも異様だったらしい。
先にも言ったが、近年の山の中には普通に野生の獣がいる。俺を見つけた時だって、すぐ側に二頭の熊がいた。
……だが、そこにいるはずの俺の存在に、熊は気付いていなかった。いや、熊だけじゃない。爺ちゃん達ですら最初は気付いていなかった。
勿論その熊がたまたま大人しい個体だったというわけでは無い。実際、熊は爺ちゃん達の存在に気付くとすぐに牙を向いて襲いかかったみたいだからな。
その戦闘が終わり、熊を鍋にしようと担いだところでふと刃雨爺ちゃんが視線に気付き、それで俺を発見した。慌てて抱き抱えると、しばらく刃雨爺ちゃんの顔をじっと見つめた後、キャッキャッと笑いだしたのだという。
普通の人間ならここで反射的に笑いかけるものだろう。しかし、他二人の話によるとその時の刃雨爺ちゃんの顔は凍りついていたらしい。
まあそれもそうだろう。何せ、気配を操ることに長けた刃雨爺ちゃんですら簡単には見つけられず、その上……抱き抱えた時ではなく、笑った時に初めて気配を感じられたのだというのだから。
それにもう一つ。俺を見つけた地点はそこそこ奥地であったが、山中をいくら探しても人の気配や死体などは無かった。つまり……俺は山に捨てられてから、かなりの時間が経っていたということだ。それも獣が沢山いる危険地帯に。
通常赤ん坊とは、言葉が話せない故泣くことで自分の意思を伝えようとする。だが、勿論泣くなんてことをすれば一発で獣に見つかり食い殺される。
長時間放置されていたのにそういったことは起きていなかった……ということは、一度も泣くことは無かったということ。恐らく、危険を察知して無意識下でなるべく気配を消そうとしていたのだろう。物心も無い赤ん坊なのに。
どうやら俺は、生まれつき気配を消すことに関しては天性の才能があったらしく、その点のみで言えば爺ちゃんですら上回るとか。流石に聞いた時は俺も信じられなかったが、刃雨爺ちゃん秘伝の技を十二歳にして使えたことから、俺もその考えには納得せざるを得なかった。
まあそんなわけで、「鍛えれば儂を越える実力者にもなり得る!」とかで、刃雨爺ちゃん的には鍛えずにはいられなかったらしい。
あ、勿論普段は気配は消したりしていない。幼少期と違い鍛えまくった結果、大元の気配自体が膨れ上がってしまったらしく、無意識下で気配を完全に消すことは出来なくなってしまった。
気配を抑える程度なら無意識でも出来るのだが、完璧に消すとなると意図的に集中しなければならなくなった。要するに面倒っちゃ面倒なのである。
私生活でわざわざ消す意味は無いし、消したら消したで面倒なことにもなる。なので、普段はこの技能を使っておらず、ごく普通の人間のように振る舞っている。……まあ、ちょっと意識するだけで気配が消える時点で、とても普通とは言えないのだろうが。
ともかく、そんな経緯があって俺は十年もの間、最強と呼ばれた男達によって日夜シゴかれまくった。俺は戦闘において目立った才能は無かったが、幸い死ぬほどキツい訓練にも一切泣かずに食らいつく根性はあり、技術を模倣し吸収し続けた。
……え? 学校? 行ってないよそんなん。
実の親が分からない話にも繋がるのだが、俺には出生記録が存在しない。ということは、戸籍も存在しない。裏の世界の情報網を駆使してすら見つからなかったので、提出された後消されたとかではなく、そもそも提出自体されていないということ。
つまり、俺は世の中的には存在していない人間となっているわけだ。いくら育て親がいるとはいえ、戸籍が無くてはそう簡単に学校には通えない。
それに、都市化の影響で学校は次々に都市部に移っており、今や農村部に学校は殆ど存在しないのである。都市に行けば自然の中での訓練など出来ない……というか、そもそも学校になぞ行く時点で訓練に使える時間が大幅に削られるので、俺も爺ちゃん達も学校に通うのは反対だった。
知識はネットや近くの町の図書館で得られるし、別に問題ないでしょ。勉強も結局一葉婆ちゃんが見てくれたし。
義務教育とかいう制度はあるが、超少子高齢化社会になって久しい現在、世の中の視点は最早子供から老人へと移っている。存在すらしていない子供一人が学校に通わなかったところで、誰も気にはしまい。
……色々あった結果、あの手この手を使って戸籍を偽造し、高校に通い独り暮らしをしているわけだがな。作製の際、身元保証人は婆ちゃんとなったので、俺の苗字も沢渡となった。
まあそこら辺は置いておくとして、そんなスパルタな生活を送っていた故、身体能力や戦闘技術に関しては常人を遥かに越えている。結局爺ちゃん達には一撃たりともまともに入れることは出来なかったし、総合的ならともかく一つ一つの技能に関しては各担当者には全く及ばなかったが……それでも、若干人間を辞めているレベルではある。
だからーー今更雑魚如きに負けるような俺ではないのだ。
*****
「……肩慣らしにもならなかったな。お前ら、それで今までどうやって国を守ってきたんだ?」
「ぐぅ……ぁぁ…………」
「何なん……だよ…………お前……」
俺は今、倒れた百人の兵士達の中心に立っていた。意識があるのは数名、他全員気絶ってところか。勝てることは分かっちゃいたが、まさかものの数分で全員ダウンするとは思わなかったな。鍛え方が足りん。
「さて……残るはお前らか。おい、そんな高い所にいないでさっさと降りてこい」
壇上の二人に声をかけるが、二人とも動こうとはしない。口は動いちゃいるが、それ以外は完全に時が止まっている。
「何なんですか……あいつ……」
「俺に聞くな……俺だって理解出来てねぇよ。百人全員をほぼ素手で制圧した上に無傷とか、あいつ何者なんだ……?」
カストロの言う通り、俺はかかってきた兵士達のほぼ全てを拳や投げのみで倒していた。別に剣を使っても悪くは無かったのだが、この数を一気にだと上手く手加減をするのが途中で面倒になって、多分ミスって相手を殺してしまうだろう。いくら不問と言えど流石に殺すのはマズいので、剣を抜いたのは残り十数人程度になってからである。
まあ普通は大量の剣相手に拳など使っていたら多少なりとも傷は負ってしまうだろうが、そこはこの状況が味方をしてくれていた。多人数で囲んで袋叩きにするというのは、言い換えれば本気で突っ込むと仲間同士がぶつかってしまうということであり、それ故一人一人は力を制限せざるをえず本来の力を出すことが出来ない。
俺が底が知れるなと心底呆れていたのは、いくら頭に血が上っていたとはいえ兵士のくせにそんな単純な事も分からんか、というのを考えてのことである。一人一人ですら到底敵わないというのに、考え無しに一斉に襲ったところで勝てるはずも無い。
加えて、人間というのは基本的に仲間が自分の方に投げられれば反射的に足を止めてしまう生物のため、誰かを引っ付かんでぶん投げればその方向の奴らの勢いは止まり混乱へと陥る。ちぎっては投げちぎっては投げを繰り返していれば、実は囲まれた状況というのは結構簡単に突破出来るのである。人を人とも思わない奴らだったり、何があっても真っ直ぐ突っ込むって決めてるような奴が相手だと効果は無いが、こいつらはそういったのとは違うわけだし問題は無い。
勿論、剣持った相手に生身の人間を投げつけると怪我をする可能性が高く、最悪死ぬ事だって有りうるのだが、こいつらは要所要所に軽く鎧を付けているのでそうはなりにくい。そしてその上で、俺の方でも更に調整を加えつつ投げる方向も選んでやっているので、命を落とすことはまず無いだろうと思われる。首切れて死んだら運が悪かったと思って諦めてもらおう。
……まあでも、こういう時斗真爺ちゃんなら一歩も動かずに全員気絶させるんだろうけどなぁ。俺のように激しく動きなどせずとも鮮やかに制圧してしまうだろう。いつか俺もそうなりたいものだ。
「……誰が今日相手してやるって言ったよ。俺達は教官としての仕事がある。お前は一人適当にトレーニングでもしていろ」
「……………………」
……こいつ逃げやがった。何が教官として、だよ。さっき監督してるだけっつってたろうが。
仕方無い。あんましこういう手は使いたくないんだが……そっちがその気なら、別に良いよな?
「ーーほぉ。栄えある騎士団長様ともあろうものが逃げるってか。ま、別にそれでも構わないけど」
「…………あ?」
俺の言葉に対し、カストロが眉を吊り上げる。
……いきなりかかるとは思わなかったが、乗ってくれるに越したことは無いか。この傾向なら、挑発を続ければあっちから勝負を仕掛けてくるだろう。
「まあそっちがその気なら、こっちも勝手に色々やるとするわ。……それにしても、部隊のトップがこんな腰抜けとは思わなかったわ」
「……てめぇ、今何つった?」
「あん? 腰抜けっつったんだよ。だってそうだろ? 三十も下の子供が予想外のことをしたからって、ビビって手も出せない。他にやること見つけてそれに逃げる。これを腰抜けと言わずして何と言う?」
「……今の言葉、取り消しなさい。兵士達を打ち倒す強さに免じて、今なら許してあげますよ」
カストロとブロディの殺気が増していく。だが、俺が言葉を止めることは無い。
こっちは一刻も早くお前ら叩き潰して、魔法の練習でもしてたいんだよ。それなのに、わざわざ逃がすわけねぇだろ?
「取り消す? 何言ってんだお前? 取り消すも何も、俺は事実を述べてるだけだろ? ……まあ別に、取り消してやっても良いぞ。それをやったところで、お前らが勝負すらせずに逃げた負け犬って事実は変わらないと思ーー」
「てんめぇぇぇええええええ!!!!」
俺が言い切らない内に、カストロは壇上を飛び降りながら剣を抜き、こちらに向かってきた。
……いや、こいつ煽り耐性低すぎだろ。もうちっと粘ると思って色々セリフ用意してたんだが、全部無駄になっちまった。
ホント、こんなのがトップで良く今まで戦ってこれたもんだ。魔物の中には挑発くらいしてくる奴いると思うんだが……そういう時どうしてるんだろうか。
……まあどうでも良いか。俺を殺しに来るような奴らがどうなろうが、俺の知ったことじゃない。
とりあえず、今は目の前の相手に集中しますか。折角戦ってくれることになったわけだし。
「てめぇ……ぜってぇ殺す! 完膚無きまでに叩き潰す!」
「それはこっちのセリフだ。負けフラグばっか立ててんじゃねぇぞ、屑野郎」
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