第23話 騎士団の企み
少し遅れてしまって申し訳ないです。
時間は守れてないですが、せめて三日以内という期限は守りたいので一時間遅れで投稿させていただきます。
昼食を終え、部屋に戻った俺は昨日の情報の読み込みを続けていた。本当なら魔法の練習をしたかったのだが、万が一にも午後の武術訓練に魔力切れのクッソ気持ち悪い状態で挑むようなことはしたくなかったので、やめておくことにした。
それに、面倒事を避けるためにクラス連中と飯の時間をずらしたので、そもそもの話帰ってきてからもそこまで作業出来るような時間は無かった。遭遇でもしたら絶対色々言われるだろうからな……赤城とか赤城とか赤城とかに。
まあそんなことは置いておくとして、しばらくするとサーシャが再び呼びに来たので、訓練のため俺は練兵場に向かった。
(……ん?)
その道中、俺はふと立ち止まった。
「? どうかしましたか? シュウヤ様」
「……ああ。何か、妙な感覚がしてな」
何だ、この異様な気配は? 道の先に見える練兵場から漂ってくる。何か変なものがいるってわけじゃないが、どう考えてもこれからまともな訓練をするっていう雰囲気じゃない。
どこか楽しげな感じ、でも明らかに不気味さも含んでいる。……嫌な予感しかしないな。
「あの、シュウヤ様」
「……何だ」
そんなことを考えていると、サーシャが話しかけてきた。目を見ると、明らかに不安げに揺れている。
「その……気を付けて下さいね。確かに武術訓練への参加は拒否されていませんが、だからと言ってジキル団長と違って何も変なことをしてこないとは限りません。……いえ、多分何かしらあると思います。それが何なのかは分かりませんが……」
「ああ、分かっている。真っ先に俺を弾除け扱いした奴だ。素直に訓練させるとは思えない。……まあ、大方技術なんて教えない、ずっと走り込みしていろとかそんな感じだろ」
「それなら良いんですが……」
俺の推測に対し、サーシャはより一層不安な様子を見せる。まあ、確かにあくまで推測は推測だ。当たるとは限らない。
それに、当然のことだが俺よりもサーシャの方がカストロという男を良く知っている。そのサーシャが、俺の推測を聞いてしても納得した様子を見せていないのだ。
きっとサーシャの言う通り、何か起こるということは間違いないのだろう。それが何なのかは、俺も分からないが。
「まあいい。今悩んでも仕方無いし、何か起こったら起こったでその時にでも考えるさ。それよりもサーシャ」
「はい、何でしょう?」
「別に俺がカストロやジキルに関して何か言うのは良い。所詮は殆ど関係の無いただの他人だしな。……だがサーシャ、お前にとってあいつらというのは、例え直接仕えていなくとも立場的には上司にあたるはずだ。俺の部屋なら良いが、少なくともこういう他の人間に聞かれるようなところで上司に関して何かを言うのは止めておけ。何が起こるか分からんぞ」
「あ……そ、そうですね。ありがとうございます」
既に大体は察しているが、恐らくこいつはジキルやカストロのことをあまり良く思っていない。もしかしたら嫌ってすらいるかもしれない。だからこそ、さっきみたいな批判めいた事が言えるわけだしな。
ただし、だからと言って不満をこぼしているのを聞かれでもしたらただでは済むまい。現代社会ですら、そういったことをやったら後で何かしらあるのだ。俺は歴史にそこまで詳しくないから何とも言えんが、中世の世界観となると上の者を批判すれば何かしら罰せられてもおかしくは無いはず。それがどんな刑になるのかは具体的には知らんが。
ま、幸い近辺に人間がいないことは分かっているから、今の会話を誰かに聞かれたということは無いだろう。遠距離から魔法か何かで盗聴されてたらそれまでだが、そんな感じもしないから安心して良いはずだ。
「それでは、私はここで失礼しますね」
「ああ。また後でな」
「はいっ」
サーシャは踵を返し、元来た道を戻っていく。その姿を確認し、俺も練兵場へと歩を進めた。
到着すると、そこには既にクラス連中や兵士達が揃っており、入ってきた俺に対し一斉に目線を向けてきた。クラス連中からは憐れみ、蔑み、優越感がこもった視線。そして兵士からはーー
(……? 何で全員二ヤついてんだ?)
練兵場に入る前から感じていた気配の出所は、間違いなくこの兵士達だ。全員が全員俺に対し、楽しげというか愉悦というか、そんな感じの視線をぶつけてくる。
「さて、全員揃ったようだな」
壇上に立っているカストロが口を開き、全員がそちらを向いた。
「えー、既に自己紹介は済ませてあるが、忘れてるかもしんねーから一応な。この国の騎士団長をやってる、カストロっつーもんだ。あんたら勇者達の武術訓練教官を担当させてもらうことになった。……まあ教官っつっても基本監督してるだけで、付きっきりで教えんのはそこにいる兵士達だがな。訓練形式も普段俺達がやってるところに混じってもらうことになるわけだし。んで、この隣のがーー」
「勇者様方、お初にお目にかかります。私は副団長を勤めている、ブロディという者です。普段はサポートとして回らせていただきますが、急な会議などで団長が不在の際は私が代行で監督を勤めさせていただきます。どうか、よろしくお願いいたします」
二人の自己紹介の後訓練内容の説明が行われたが、軽い走り込みから始まり、筋トレや柔軟に続き、そして剣の扱い方、という行程を繰り返す。
剣に関しては金属製よりもまず木製のを使用するらしく、誰かにぶつかってもそこまで怪我はしないよう配慮しているという。練兵場自体も中々広いし、互いの距離も十分取れるから、余程のことが無ければぶつかること自体無いだろう。……剣が手からすっぽ抜けたりしなければ。
そんな漫画みたいなこと、流石に無いだろう……と思いたいところだが、そうも言い切れないのが怖いところ。
昔と違い、現代の日本は剣道ですらやる人口も少なくなってきている。このクラスの奴らも、殆どが学校の授業で軽くやった程度だろう。握る感覚が掴めなくて、木では大丈夫でも金属の剣に変えた瞬間に重さの違いに感覚が狂って飛んでいく……というのも十分に有り得る。
「訓練において使用する剣は、全て刃を潰してあるから安全だ」とか言っていたが、刃を潰してあるっていうのはただ単に切れにくくなっただけであって、速く振ったらある程度は普通に切れるというのを理解していないのだろうか? この騎士団長大丈夫か?
というか、例え切れなくなったとしても速度と力次第では骨も砕く鈍器であることに変わりは無いんだが……。一体どこに安全と言い切れる要素があるのだろうか。
調子乗って適当に振り出す奴が絶対出てくるから、せめて「危険性は少ないけど注意はしてほしい」とかそういう言い方にしてもらいたい。何かが起こってからでは遅いのだ。
「さて、それじゃあ早速始めようと思うんだが……その前に一つ。おい、そこの無属性! 前に出てこい!」
無属性……俺のことか。何か嫌な予感しかしないが、無視すると更に面倒なことになりそうなので、大人しく近付いていく。
「そこで止まれ。おい、お前ら!」
カストロが号令をかけると、兵士達はクラス連中を遠ざけ始めた。十分に散開したことを確認すると、今度は一部が俺を中心に少し距離を空け円を形作る。
数はざっと百人。隙間無く取り囲んでいることから、俺を逃がさんとでもしているのだろうか。
「訓練内容は既に説明したが、あれはあくまでお前以外の奴らにやってもらうもんだ。国王様から、訓練内容は変更して良いって言われてるからな……お前だけは別メニューってわけだ」
カストロが片手を上げ合図すると、円の中から一人が進み出てきた。手には鋼で出来た剣が二本。その内の一本が放られ、俺の足元に投げ捨てられた。
「弾除け役にも体力と耐久力は必要だ。体力に関しては……魔法訓練の時間にでも走り込んでもらおうか。どうせ訓練の参加禁止されて、暇してるだろうからなぁ。てなわけで、この時間で鍛えるのは耐久力だ。お前にはこれから、兵士達一人一人と模擬戦闘をしてもらう。ちなみに休憩時間は特に無い。疲労や痛みで動けなくなっても戦闘は続行、相手からの攻撃は続く。そして、この訓練中は誰がどんな怪我をしようが不問とする……この意味、分かるよな?」
カストロはそう言いながら、口元を歪めていた。
……成る程な。要は訓練と称したサンドバッグってわけだ。兵士達が楽しげな雰囲気なのはそのためか……日々の不満をぶつけようってか?
「あと、剣術に関しては教える気は無い。わざわざ弾除けなんぞに教える必要も無ぇし、面倒だからな。知りたきゃ勝手に体で受けて覚えろってことだ」
「無能如きに我々と同じ訓練が出来ると思わないで下さいね? むしろ、訓練で滅多打ちにされて痛みに慣れられる分、本番においても少し楽になるんですから有り難く思ってもらいたいものです」
カストロに続き、ブロディも不気味な笑顔を見せている。その様子にクラス連中の間にも動揺が走るが、誰一人としてカストロ達に意見する奴はいない。視界の端に映る八雲や佐々木達が苦々しい顔をして黙っているのが精々だ。
まあ当然だろうな。この場の兵士ほぼ全員がカストロ達と同じ思考を持っていることが窺える現状では、意見することは明らかに俺を庇っていることに繋がり、完全にアウェーとなってしまう。
初めから印象が最悪な俺ならともかく、これからまともに訓練をしようという奴らなら、そんなことをするはずは無い。恐らくカストロも、そのことを分かった上でこんな馬鹿げた訓練を実行しようと決めたんだろう。
……ジキルと同じくカストロも何か仕掛けてくるとは思ってたが、まさかこういう形で来るとはな。満足に指導をしないことは予想してたが、サーシャの予感通り実際はもっと酷いことになるわけだ。
実を言うと、この展開も予想しなかったわけじゃない。だが、それでも少し考えて却下していた。
明らかに無属性を差別しているこの国だが、サーシャのように無属性である者にも真面目に対応する者もいる。流石にあいつは特殊だろうが、それでも国王みたく身の回りの世話を命じる奴もいることだし、殆どの奴は対応が酷かろうと一応人間としての扱いはするのだろう……と思っていた。
ーーそう、甘く考えていた。
それがまさか、兵士ほぼ全員が俺が滅多打ちにされるのを悪く思わない……どころか楽しみにすらしているとはな。残った一部の奴らも、止めようとしているわけではなくこっちに無関心なだけ。
兵士の中には、誰一人として俺を人間扱いする者はいない。そしてその結果、クラス連中含めこの場には誰一人として味方がいなくなった。
……俺だって同じ人間のはずだ。だが、その前提は無能というだけで一瞬にして崩れ去る。これが属性、これがこの世界の人間、これがーーこの世界の在り方だとでも言うのか……?
知識は得た。それ故、この世界の事をある程度知った気になっていた。
だがーー実際はまだまだだった。俺はその気になっていただけで、この世界の実情なんて全然分かっていなかった。そのことが今、体に染み渡るように実感できた。
「……………………」
俺は無言で剣を拾った。造りは良くも無いが悪くもなく、振るのにそこまで不自由はしなさそうだった。
目の前の兵士との距離は六メートル程。数歩近付けばお互いの剣の間合いに入るだろう。
「ああ、そうだ。一つ言い忘れていたな。お前の訓練だが、流石に永遠に続けるのはこっちとしても面倒ではあるし、条件を満たせば解放してやろう。有り難く思えよ?」
「……………………」
俺は半ば無気力な目で壇上を見上げた。それを見て、カストロは満足げに言葉を続ける。
「うちの兵士達を倒せる位に打たれ強くなって、俺やブロディに一泡吹かせてみせろ。そうすりゃ解放してやんよ。……まあ、魔物相手に長年戦ってきた俺達相手に、そんなことが出来るとは思えんがな。ハッハッハ!」
「全く……相変わらず意地が悪いですね、団長は。変に希望を持たせたりしたら、より無様な格好を見ることになるじゃないですか。私そういうのあまり好きじゃないんですよ」
「つってもよー、仕方無いだろ? それに、こんくらいの譲歩はしないと、後々国王様に何か言われそうだしな」
「ふむ……まあ、それもそうですね」
壇上からそんな会話が聞こえてきたが、条件の内容以外は頭には入ってこなかった。正直、もう深く考える気にはならなかったから。
「それじゃ……始めるとするかぁ。簡単に音上げんなよ?」
目の前の兵士はそう言いながら剣を構えた。その様子に、周囲の兵士達の口角が更に上がる。
そんな兵士に、俺はゆっくりと歩きながら近付いていく。一歩、また一歩と、ため息をつきながらゆっくりと。
「ふぅん……構えないってこたぁ、もう抵抗する気も無くしちまったってのか? つまんねぇな。まあいいや、それならそれで、思う存分斬らせてもらうぜ?」
兵士はそう愚痴りながら剣を振り上げ一歩踏み込む。そして、まっすぐ俺の頭へと振り下ろした。
ガァンッ!! と鈍い音が響き、直後ーー兵士の体が地面に倒れこんだ。
「あっ………がぁっ…………!!」
剣を手放した兵士は、痛みに悶えつつ体を震わせている。痛みが強すぎて、打たれた箇所を押さえることも満足に出来ないようだった。
別に大したことはしていない。あまりに隙だらけだったから、すれ違い様に剣を持った側の腕・面・腰を、それぞれ剣の腹で殴り付けただけ。全身に鎧をまとっていた場合だと隙間を狙う必要性も出てくるが、そういうわけじゃないから非常にやりやすい。
そしてその光景に、練兵場の一同は何が起きたのか把握出来ていないようで、全員がフリーズしていた。戸惑いの声すら上がらず、辺りは静寂に包まれている。ーーだからこそ、そんな中で発した俺の言葉は、練兵場に良く響いてくれた。
「期待はしてなかったけどさ……まさか、ここまで腐ってるとは思ってなかったわ」
ここは奴隷なんていう、人を物として扱う制度がある世界。だから、無能と扱われる無属性が蔑まれ、人としての扱いを受けないのもある意味自然なこと……そう薄々気付いてはいた。
だけど、こんな俺でも人間なのだ。我が儘だとは思うが、それでも俺は人間として平和に生きていきたかった。
でも、そんなことは不可能なのだと分かってしまった。この世界は、俺にまともな道を歩ませることを許してくれないらしい。
だったら……もういい。
面倒事は嫌いだ。だから、この先何があっても、俺は大人しく鳴りを潜めてるつもりだった。目立たないようにしつつ魔法を鍛えて強くなって、平和に生きていくつもりだった。
だが、そんなちっぽけな望みすら叶わないのなら、そんなことをする意味は無い。人間として生きていくことすら許されないなら……わざわざまともな人間みたいに周りに配慮する必要なんて無い。縮こまる必要も無い。
俺を邪魔するなら……危害を加えるっていうんなら……。
(まずはーーてめえらから叩き潰してやる)
カストロ、お前さっき言ったよな? 兵士達を倒して、てめぇやブロディに一泡吹かせれば……こんなふざけた訓練止めてやるって。どれだけ兵士を傷付けようが、不問にするって。
言質は……取ったぞ……?
「どんな訓練にも意味がある。既に学んだことであろうとも、例え内容が重複しても、決して無駄にはならないーー俺はかつてそう教わった。だからこんな訓練にも参加したんだ。だが……こんなことを平気でやるお前らになんざ、何も教わることは無い」
こんな屑な連中に教わったところで、そんなもの何の力にもなりはしない。俺は……俺には……そんな無駄なことをしている時間は無いんだ。
「……時間の無駄だ。やるなら早く続きをやるぞ、さっさと剣を構えろ」
俺がそう言うと、また一人の兵士が円から出てきて、剣を構えた。
「無能のくせに……調子に乗りやがって!」
先程の兵士とは違い、剣にはまともに殺気が込められている。仲間を倒されたことに対しての報復ってか? ご立派なことで。だけどな……。
「お前……何やってんだ?」
「何って、お前が続けろって言ったんだろうが!」
「は? お前俺が言った言葉の意味理解してんのか? 時間の無駄っつったろうが。それを何で律儀に一人一人相手にしなきゃならないんだよ……ふざけるのも大概にしろ。良いからさっさと全員でかかってこい」
「! てめぇ……!」
「ふざけてんのはてめぇだろうが! 一人倒したところで調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「もう謝っても遅ぇ……望み通り、全員で叩きのめしてやるよ!」
兵士達のボルテージは上がっていき、やがて次々に剣を抜く。そして、囲んでいる全員が一斉に襲いかかってきた。
(あーあ。こんな一点に全員が密集なんてしたら、どうなるか普通分かるだろうに……こんな安い挑発に乗る程度じゃ、こいつらの底も知れてるな)
首を鳴らしつつ、俺は襲撃に備える。
あの言葉は、俺の本心でもあり挑発のつもりでもあった。挑発に乗って冷静さを失った方が扱いやすくなるからだ。
だが、例え挑発に乗らずとも、俺はこの場の誰にも負ける気は無い。俺を倒すことの出来るやつなんて、この場には誰一人としていない。
何故言い切れるかだって?
鑑定眼でステータスを見たから? それとも勘? ……いいや、確かに両方ともこなしてはいるが、それはただの補足要素に過ぎない。そんなもので勝利を確信するほど、俺は馬鹿ではない。
なら一体どうしてなのか、そんなもの簡単だ。ここにいる奴らなんかより遥かに強い、それこそ常人の領域なんかとうの昔に通り過ぎた人達を、俺は日常的に相手にしてきたんだからな。
油断はしていない。慢心も欠片たりともしていない。だけど……こんな程度の奴らに負けるようじゃ、あの人達にも失礼ってもんだ。
そんなことを考えながら、俺は迎撃のため一歩踏み出した。こんな腐った訓練、速攻で終わらしてやる。
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