第22話 異常?
「……理由については聞いてるか?」
大体予想はつくが、それでも一応聞いておかねばなるまい。だが、サーシャは質問に対し力無く首を横に振った。
「申し訳ありません、そこまで詳しくは……私もリーダーからお伝えしろと言われただけなので……」
「リーダー? あのメイド長のことか?」
名前何つったかな……レミールだっけ?
「あ、いえ。グループリーダーのことです。我々メイドはいくつかのグループに分かれておりましてーー」
サーシャが言うには、城勤めのメイドにはいくつかのグループがあって各エリアを担当しており、各グループはそれぞれグループリーダーと呼ばれる者が統括している。更にそのグループリーダー達を副メイド長が統括し、メイド長ーーレミールはその上に位置する。ちなみに執事達も、ガランを筆頭に同じような構造になっているとか。
そして今回の場合は、命令内容がジキルからレミールに伝えられ、そこから階層を下りながら伝達されサーシャに行き、最終的に俺に伝えられたそうだ。
……めんどくさ! 俺をどうしても訓練に参加させたくないんなら、ジキルが直接俺に言いに来いよ!
「ーーというわけで、ジキル団長に直接聞かされたわけではないんです。当然リーダーにも詳細を聞こうとはしたんですが、「私も良くは知らないから答えようが無い」と言われまして……。申し訳ありません」
サーシャは再度謝罪の言葉を口にし、頭を下げてきた。
「別に良い。あくまで直接言いに来ないジキルの野郎のせいであって、お前に非は無いだろ。だからさっさと頭上げろ」
「は、はい……」
「それで? 魔法訓練についてはそれで良いとして、武術訓練の方はどうなんだ?」
「え!? えっと……そちらに関しては特に何も聞かされていないので、変更点は無いかと思いますが……ちょ、ちょっと待ってください!」
む? 何でこいつ焦ってんだ?
「……何か問題があったか?」
「むしろ問題しか無いですよ! 魔法について何も講義を受けられなくなってしまうのに、何故そんなに落ち着いていられるんですか!?」
「何でって。既に図書館で色々調べてきたからに決まってる。昨日の朝、お前にも調べものをすることは教えただろ?」
「そ、それは……そうですけど……」
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「図書館?」
「ああ、知識を得るためには本を読むのが一番だからな。だから図書館ーー本が沢山置いてある場所にいければ良いんだが、そういう施設はあるか?」
「はい、あることにはあります。ですが……」
そう言うと、サーシャは黙り込んでしまう。
「何か問題があるのか?」
「はい……私は行ったことは無いんですが、高い入場料を取られると聞いたことがありまして。今回散策にあたり勇者様方にはある程度の金額が渡されますが、それで足りるかどうか……」
「……そうか」
うーむ、いきなり壁にぶち当たりそうだな。昨日散々言われた俺が申請をしたところで追加の金を貰えるとは思えないし、それに余計にあいつらの力を借りるようなことはなるべくしたくない。
とはいえ、そう簡単に諦めるわけにはいかない。これからこの世界で生きていくにあたり、知識を得るということはかなり重要になってくるのだ。
「まあ、行くだけ行ってみるさ。それで無理だったら書店にでも行けば良い」
「そうですね。それが良いかもしれませーーあれ? というか、それなら後々城の書庫に行けば良いのでは……」
「それはあくまで最終手段だ。使用許可が下りるか分からないし、それにーー」
「それに?」
「……いや、何でもない。ともかく、書庫を利用するかどうかは後で考える」
俺達が書庫に行くことを予想し、都合の良いことが書かれた本だけが表に出ているかもしれないーーという言葉を飲み込む。可能性は十分にあるが、城勤めのサーシャにそれを言うわけにはいくまい。面倒なことになる予感しかしないからな。
「それで、すまないが図書館や書店の場所は分かるか?」
「あ、えっと……申し訳ありません。私そこまで街には詳しくなくて……。食材の買い出しのために城を出ることも時折ありますが、書物を買ってこいと言われたことは無く……」
サーシャは俯きながら明らかに落ち込んでいた。本当にコロコロ表情を変える奴だな。
「気にするな。仕事上仕方の無いことだろうし。まあそれならそれで、街中で探してみるさ……。とりあえず、存在してるのが分かっただけでもまだ気が楽になった。礼を言おう」
「い、いえ! そんなーー」
それから部屋に着くまでのしばらくの間、サーシャの例のやつが続いたのだった。
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「で、でも! 魔法というものは、知識さえ得れば上達するというものではないんです! 今まで魔法に全く関わってこなかった以上、そこから講義を受けて身に付けるのも大変なのに……それを独学でやるなんて無茶ですよ!」
「そうは言ってもな。既に決定事項みたいだし、そもそも俺あんな奴に教わりたくないし。それに、光源生成位ならもうある程度扱えるみたいだしな。他の無属性魔法も、習得するにはそこまで時間もかからんだろ」
そう言って俺は光源生成の詠唱を唱え、指先に小さな光球を生み出す。
「ほら、こんな感じでーーサーシャ?」
「…………………」
実際に見せてみれば納得してもらえると思っていたのだが……予想外にもサーシャは完全にフリーズしてしまった。いや、止まらないでくれ。見本を見せてもらったわけじゃないから、出来の良さに驚いてるのか出来の悪さに呆れすぎて言葉も出ないのか判別がつかん。
「………………うそ」
しばらく時間が経ち、サーシャがやっとのことで出したのがその言葉だった。
「……いや、嘘じゃないから。実際に点いてるわけだし。というか、せめてこの状態が良いのか悪いのかだけ教えてくれ」
「それは勿論、良い方……いえ、もしかしたら悪いのかも……」
「………………」
いやどっちだよ。凄い不安になってきた。
「要するに、どういうことなんだ?」
「えっと、その前に確認させてもらってもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「召喚される前の世界で、魔法かそれに似た力を扱ったことはありますか?」
「特に無い」
「で、では、昨日初めて光源生成の詠唱を知って、今のこの状態ということですか?」
「知ったのは昨日が初めてだ。というか、今じゃなく昨日の夜の時点で既に光源生成はこんな感じだったぞ?」
「…………………」
俺の返答に対し、サーシャは顔をひきつらせていた。えっと…………。
「……えー。だから、要するにどういうことなんだ?」
「そうですね……無礼な事を言うことを先に謝罪しておきます。ハッキリ言って、異常かと思われます」
「……………はい?」
いつもなら絶対にあげないような気の抜けた声を思わず上げてしまった。え、異常ってどういうこと?
「……説明してくれ。訳が分からん」
「あ、はい……。えっとですね、さっきも申し上げた通り、魔法というのはそう簡単に出来るものじゃないんです。詠唱を唱えたからといって、全く素養の無い状態では魔法は上手く発動しません。ここまでは良いですか?」
「ああ」
要するに、昨日の四人のような状態ってことか。……いや、その内三人は維持に苦労してただけで、発動してはいたか。となれば、一瞬で消えてた高坂を思い浮かべれば良いのだろうか。
「知識は勿論、日々反復練習を積み重ね、その先にようやくある程度使えるようになるんです。本格的に使いこなすには更なる修練が必要なのですが、一旦そこは置いておきましょう」
「分かった」
「それで、その理論はあらゆる難易度の魔法に通じます。入門用の魔法である光源生成だってそう。この長い時間ずっと安定させられる集中力……どんなに早くとも二週間はかかるはずですよ」
…………………は?
「待て待て待て! それこそ嘘だろ! 確かに最初の二回は随分と歪だったが、三回目からは普通に安定してたぞ!」
「む。私を疑うのですか? ならこれを見てください!」
サーシャはそう言うと詠唱を始め、指先に光源生成を灯らせた。……が。
「……あれ?」
そう、光の明暗があまり安定していないのだ。勿論佐々木達に比べれば天と地ほどの差はあるが、古くなった蛍光灯のように明るくなったり少し暗くなったりを繰り返しており、俺のと見比べれば明らかに劣っている事が分かる。
「……フゥ。ど、どうですか?」
光源生成を消したサーシャは勝ち誇ったような顔をしていたが、その額には汗が滲んでいた。相当集中していたのだろうか。
「確かに普段光源生成を使うようなことは無い分ブランクはありますが、それでも仕事の関係上日常的に水魔法を使っている私ですらこのザマです。存在を知ってからたった数時間で安定させられるようになったと言われても……」
と言いながら、疑いの目を向けてくる。
「そう言われたところで、出来たものは出来たんだから他に言いようも無いだろ。まあとある奴には、才能があるんじゃないかとか言われーーッ!?」
瞬間視界そのものが大きく歪み、集中力が乱れた結果光源生成も消えてしまう。そして同時に猛烈な吐き気も襲ってきて、口を抑えながら思わず片膝を着いてしまう。
(マズい……! この症状は……)
慌てて鑑定眼を発動させると、魔力の値が
MP:□■■■■■■■■■200/2400
となっていた。明らかに魔力切れである。値が零を下回ると意識を失う危険性が出てくるから、今の段階で光源生成が切れたのはむしろ良かったのだろう。
つーか、話の内容に気をとられてすっかり忘れてた。無属性魔法って、魔力消費大きいんだったな……。
「シュウヤ様!? 大丈夫ですか!?」
「ああ、問題無い……単なる魔力切れだろう。しばらく休んでいれば治る」
「は、はぁ……それなら良かったです。では、ベッドにてゆっくりとお休みください。……というか、うっかり熱くなってしまった私のせいですね。申し訳ありませんでした……」
「いや、良い。気にするな。おかげで色々知れたわけだし。それで、他に連絡事項はあるか?」
「いえ、特には。……それではまた昼頃に。お大事にしてくださいね」
「……ああ、分かっている。またな」
その会話を最後にサーシャは部屋を出ていき、俺はベッドに仰向けで寝転がる。胃の中の物全部出したくなるような不快感が常時襲ってくるが、身体的なものじゃないから吐いたところで何の解決にもならず、早く光源生成消しゃ良かったと深く後悔する。まあ自業自得だから諦めるしか無いのだが。
(それにしても……異常、か)
言葉だけでは到底無理だったろうが、実例を見せられた以上頭ごなしに否定するわけにはいかない。この世界の住人であり、しかも田舎ではなく情報が集まる大国の王城で働いているのだから、恐らくサーシャの言うことは真実なのだろう。
何故そんな事になっているのか一通り考えようとはしたが、吐き気に支配された体で複雑な事に頭が回るはずも無い。ぼんやりした頭のまま、サーシャが昼食の時間に呼びに来るまで、様々な議題が浮かんでは消えを繰り返すのだった。
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