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シーカーズ ~大器晩成魔法使いの異世界冒険譚~  作者: 霧島幸治
第一章 キュレム王国編 前編
23/80

第21話 早朝の語らい

「…………む、朝か」


 暗闇の中で再び目を覚ます。どうやらあのまま寝てしまったらしい。体を起こし窓の外を見ると、丁度地平線から太陽が顔を出すところだった。



「……我が身に満ちる大いなる魔よ、脈動せし大いなる力よ、今この手に集いて一つとなり、闇を照らし払う一筋の光となれーー光源生成(ライト)

 詠唱を唱え手元を照らす。その光で腕時計を見ると、針は三時四十五分を指していた。


「やはり四時頃だったか。いつもこれ位に起きてるから、生活リズムが乱れてないのは良いことだが……こんなに早く起きてもそこまで意味無いんだよな。元の世界と違って勝手に出歩けないだろうし」

 本来この時間は着替えてランニングをしてるんだが……流石に廊下を走るわけにもいかないしなぁ。讃課を過ぎて少し経った位だから、城の連中も皆まだ寝てるだろうし、起こすわけにはいかない。むぅ、つまらん。



「仕方無いから、室内で出来ることをするか。ストレッチに腹筋、腕立て……いや、身体トレーニングだけじゃなくて、魔法の練習もしよう。休んでる暇無いって言ったばっかだしな」

 あとは昨日の情報の読み込みもか……。うん、やっぱりやること多かったわ。

 魔法は気分悪くならない程度にやるか。昨日魔力切れ寸前までやったら、危うく吐きそうになったからな。



 さて、んじゃあまずはストレッーーあ、ここって朝風呂入れんのかな。そうじゃなかったらトレーニング後の汗流せないんだけど。いつも当然のようにシャワー使ってたから、すっかり忘れてたわ。


「ハァ……めんどいけど、一旦確認しに行こう。俺にとっては死活問題にもなり得るからな。一日中不快な気分で過ごすとか絶対嫌だぞ」


 朝自由に風呂を使えないのだとしたら、必要以上に汗をかかないためにもトレーニング量を制限しなければならない。そうなった場合、どうしても時間が出来てしまう。

 魔法の練習だって、魔力が切れればそれ以上は出来ないのだ。ずっとやっていることは出来ない。


 睡眠時間を増やせば解決しそうなもんだが、生憎いくら遅くまで寝ようとしても、一旦体力が全快すればこの体は勝手に起きてしまう。元の世界のようにネット小説が読めるなら、それでいくらでも時間を潰せるんだがなぁ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 結論。風呂は入れませんでした。

 いや、風呂場に立ち入ること自体は出来るのだ。だが水が抜かれている。


 仮に入れられたとしても、出来上がるのはただの水風呂だろう。ここは火山地帯では無いわけだし、温泉の湯を引いていることは無いはずだ。



 なら水を後から温めているということになるが、その場合方法は人海戦術で大量に薪を燃やすか魔道具使うかの二択。前者はとても単独かつ短時間では出来そうに無いし、後者だとしたら魔道具がどこなのかが分からん。


 もし分かったとしても、俺一人のためにわざわざ入れるようなことはしたくない。一人入るのに、銭湯以上の広さの湯船に湯を張るってどんな無駄遣いだよ。


 ともかくそんなわけで、風呂が使えない以上朝のトレーニングは制限せざるを得なくなってしまった。空いた時間をどう使うか、これから考えていかねばなるまい。



「ハァ…………」

 俺は肩を落としながら廊下を歩いていた。風呂場に行った後、城の構造を軽く知るために歩き回っていたため、随分と時間がかかってしまった。もう四時半を過ぎている。


 ちなみに、今歩いている道も行きに通った道とは違う。部屋に行くにもいくつものルートがあることから、それだけこの城が大きいことが実感出来る。



「あーもう、これからどうすんだ……。城の書庫を使えるように申請してみるか……? それだったら朝の浮いた時間も上手く使えるようになるし」


 でもなぁ……思いっきし敵視されてる俺に、重要な情報が詰まってるであろう書庫を使う許可がそう簡単に下りるとは思えないんだよな。王が許そうとしたとしても、団長共が止める気がする。


 隙を見て忍び込む……のは止めておいた方が良いか。バレた時超めんどくさいことになるし、危ない橋は渡るべきじゃない。


 ならいっそ自虐に走るのはどうだろうか。「どうせなら、何も知らん弾除けより知識を持って適切に魔物や魔族の攻撃を防ぐ弾除けの方が良いだろう。一々手に持って使うわけでもあるまいし」的な。これなら団長共もある程度は納得するかもしれない。


 一歩間違えれば、というか既に半歩位赤城の言うような嫌味に足突っ込んでる気がするが、他人を無闇に貶めたり傷付けたりするようなものじゃない、ということで許してもらいたい。

 こっちには真面目に余裕が無いのだ。何でもしていいというわけでもないが、これ位はな。



「さて……そんじゃ、さっさと部屋に戻ってーーん?」

 二階から三階への階段を上がろうとした時、ふと人の気配がした。


 執事やメイド……じゃないな。一部は既に起きていたが、この時間まだ俺達の部屋の方面には来ないだろう。

 隠れているわけでもこっちを見てるわけでもない……というか、何だこれ? 全く移動しないって、どっかに突っ立ってんのか?



 気配を追っていくと、そこはベランダだった。二階とはいえ、敷地が高い分城下を一望出来るようになっている。

 そしてそこには、ベランダの手すりに手を添え、一人空を見上げて佇んでいる少女がいた。記憶にある後ろ姿なので、誰なのかはすぐ分かる。


「……こんなところで何してる」

「うわぁっ!?」

 少女は心底驚いたらしく、ビクッと肩を跳ねさせながら大声をあげ、そして恐る恐るこちらを向いてくる。


「さ、沢渡君……? もう、ビックリさせないでよ……」

「静かにしろ。他の奴の迷惑になるだろ」

「あ、確かに。ごめんなさい……」


 案の定、正体は八雲だった。声の正体が俺であることを確認したのち、安心したようにハァーっと息を吐く。別に気配消してたわけじゃなかったんだが、あれで気付かないってどんだけボーッとしてたんだ。


 ……いや、どうやらそれだけじゃないっぽいな。顔を見ると、どうにも疲れが取れていないように見える。



(ーー鑑定眼、発動)


============================================



 〈名前〉:八雲希 〈年齢〉:16


 〈種族〉:人族 〈性別〉:女 〈属性〉:治癒・精霊


 HP:□□□■■■■■■■240/700

 MP:□□□□□□□□□□8400/8400

 LP:□□□□□□□□□□800/800


 〈基本技能〉:料理(大)、裁縫(大)、掃除(大)、異界言語理解



============================================



 こいつ間違いなく寝てねえな。ずっと魔法練習をしていた……風には見えない。魔力が全快してるってことは、しばらく魔法を使っていない証拠だ。無属性魔法は魔力消費が大きいから、使った後結構な時間が経たないと魔力は全快したりしない。


 それに、光源生成(ライト)の練習なら部屋でも出来るしな。こんなところにまで来てやる意味が無い。



「寝ていないように見えるが?」

「……うん。どうにも心が落ち着かなくて、結局寝付けなかったの。星でも眺めて落ち着こうかなって思ってたところ」

「だからこんな所にいるってわけか。だが、この時間はあまり外にいない方が良いぞ。いくら厚着をしてるとはいえ風邪をひく」


 元の世界はそろそろ冬に差し掛かろうというところで、日を追うごとに段々と気温は下がってきていたのだが、この国の早朝はそれよりも更に肌寒く感じる。どれくらい気温が低いのかと言うと、吐いた息が白くなると言えば分かるだろうか。そのため俺達は夜間厚い寝間着を着ているが、それでも寒さに弱い者や抵抗力が落ちている者は、こんな時間のこんな場所に長時間いれば風邪をひいてしまう。


「うん、そろそろ戻るつもり。沢渡君はどうしてここへ?」

「風呂の様子を見に行った帰りに偶然立ち寄っただけだ。朝使えるのかどうかが知りたかったんでな」

「へぇ……朝風呂派なの?」

「少し違う。日課で朝はランニングをした後登校前にシャワーで汗を流してたから、こっちでもそれをやりたかっただけだ。ま、使えそうに無いから結局諦めることになったが」

「元の世界みたいに、ボタン一つでどうにかなるものじゃないからね。それは仕方無いのかも」


 その会話を最後に、俺達の間には沈黙が流れ始めた。「そろそろ」と言ったのに一向に戻る気配は無く、八雲は再び空を見上げている。

 これ以上ここにいても意味は無いーーそう思って踵を返そうとしたのだが、良く見ると八雲は手を添えているのではなく、手すりを固く握りしめているのが分かった。まるで、手の震えを力で押さえつけ、止めようとしているかのように。寒いからそうやってるのかと一瞬思ったけど、どうも少し違うっぽいな。


「……話くらいなら聞くぞ」

「え?」

「何かつっかえてるもんでもあるんだろう? 生憎俺に上手いことを言うような思考は備わっちゃいないが、聞き手になるくらいのことは出来る。無理に話せとは言わんが、変に抱えるよりかは幾分マシなはずだ」

「沢渡君……良いの?」

「悪かったらハナから提案なんぞせん」

「……分かった。それじゃ、少し聞いてくれる?」

「承知した」


 八雲の横に並び、手すりに頬杖をつく。ここまでする義理は無いように感じるし、俺も暇では無いので早く戻りたい気持ちもあるのだが、何となく放ってはおけなかった。いつも賑やかなこいつがしおらしくなってるっていうのは、それだけで何か調子が狂うからな。



「寝付けなかったのってね、これから先のことを考えてたからなの」

「これから先?」

「うん……ここに来た初日はまだ何がどうなってるのか良く理解しきれてなくて、もしかしてまだ布団の中で夢を見てるんじゃないかって思ってさえいたの。だってほら、勇者だとか言われても実感なんて無いし」


 確かにそうなるのは分からないでもない。いきなり魔法だなんだ言われたところで、頭から信じるような人間はそうはいないだろう。

 俺だってあの死にかけた感覚が無ければ、未だに半信半疑でいたかもしれない。そうならないのは、勇者なんて名前に憧れる一部の馬鹿共だけだ。


「……でも、昨日皆で情報を調べあったりして、色々なことが分かって……ようやっと異世界に来たっていうことが実感出来たんだ。そしたら、急に怖くなっちゃって」

「怖く、か」

「特殊属性の二属性者(ダブル)だなんて肩書き持っちゃったけど、私自身は普通の人間だもん。凄い魔法を使う素質があるって聞いても、魔物と戦うための勇気なんて湧いてこないし、魔王となんて戦おうとしたらそれこそ簡単に死んじゃうよ。……それを考えると、どうしても怖くて」

 そう言いながら、八雲は力無く笑っていた。


 そこまで長い付き合いではないが、八雲自身に大した戦闘能力が無いのは知っている。それはステータスを見ても分かる。

 ……いや、例え佐々木や高坂のように、何らかの武術の心得があったとしても怖いものは怖いのだろう。だからこそ、召喚された直後クラスの奴らは分裂して言い争ってたわけだし。


 俺は物心つく前からしごかれてきたからそういった感覚が大分麻痺してるが、それでも死への恐怖くらいはある。

 俺ですらそうなのだ。八雲が今感じている恐怖は膨大なものとなっているんだろう。他の奴らと違って、遅れて実感した分溜まったものが一気に押し寄せてきたんだろうしな。


「魔法を使いこなせるようになれば、きっと魔族とも戦っていける力も付くんだと思う。でも……それでも、私は戦いたくなんてない。……おかしいよね、こんなこと思うのは。私は精霊属性で、皆より強くなれるはずなのに、張り切ってる皆よりも怖がってるなんて……」

 それっきり八雲は俯き、口を閉ざしてしまう。辺りには冷たい風が吹きつける音だけが鳴り響いていた。



「や、やっぱりこんな事言われても困っちゃうよね? ごめん、忘れてくれるとーー」

「……それのどこがおかしいんだ?」

「どこがって。だ、だって私は……」

「お前自身がついさっき言っただろうが。属性が何であれ、大元はただの人間。しかも大規模な争いなんて無かった現代日本社会の住人だ。恐怖なんて抱いて当然、むしろ張り切ってる不良連中が頭おかしいんだっての」

「そうかもしれないけど、それは元の世界での話でしょ? こっちの世界に来ちゃった以上は率先して戦わなきゃいけない。それに、ジキル団長は「精霊使いは魔法使いの頂点に立つ存在だ」とか言ってたじゃない。なら、私は恐怖なんて持ってちゃ……」

「……あのなぁ」


 自分を追い込もうとしている八雲に対し、つい深いため息をついてしまう。ジキルの野郎、余計なこと言いやがって……このまま放置してたらいずれ大変なことになってたぞ。危ねぇな。


「恐怖を省こうっつーその考えがまず間違ってんだよ。良いか? お前が今抱えてる悪い部分ってのは、決して恐怖を感じてることじゃない。確かにそれは短所ではあるが、同時に長所でもある」

「どういうこと……?」

「恐怖を感じるってことは、すなわち物事に対して臆病になれるってこと。臆病ってことは用心深いってこと。こうなるんじゃないか、ああなるんじゃないか……そういった思考を積み重ねて、普通なら切り捨てるであろう僅かな可能性まで考えるようになりゃ、予想外の事態にも対応出来て自ずと生存率は上がっていく」

「臆病であればあるほど、生き残れるってこと?」

「ああ。逆に、不良連中みたく慢心してたり何も考えてない奴らほど真っ先に死んでいく。その点お前は奴らよりも勝ってるってことだ」


 そう、そこはむしろ良いと言える。問題は……。


「私にそれが出来るようには思えないんだけど……」

「そりゃま、今のお前は臆病なんじゃなくて恐怖に負けて単に立ち止まってる状態だからな。そんなんいざって時冷静になるどころかパニックになるだけだ」


 その時になってから慌てて考え始めたところで、まともに案なんて浮かばずどうしようと頭を抱えるのが精々。だから、まずは根本から変えていかなければならない。


「怖い、でも戦わなきゃいけない、でも怖い……その負のループに陥ってる。それこそがお前の悪いところってこと。恐怖を感じるってのは本能から来るものだから切り捨てるなんてそうそう出来ないし、今のまんまじゃ戦場のど真ん中で恐怖で動けなくなって死ぬのがオチだろうな」

「それは嫌だけど……じゃあどうすれば良いの?」

「簡単だ。普段からどんな時だろうと「でも怖い」じゃなく「じゃあどうすべきか」に繋げられるようにして、常に解決策を見出だそうとすることだ。勿論一朝一夕で出来ることじゃないから苦労するだろうが、今ならまだ間に合う」


 これがもし完全に押し潰されてたら修正することは難しかったろうが、まだその段階じゃあない。今の八雲ならまだ間に合ってくれるはずだ。


「恐怖ってのは存在を否定するべきもんじゃない、克服して上手く利用するべきものだ。誰よりも臆病で、かつ冷静に行動することさえ出来れば、お前はきっとこれからも生き残っていけるさ。一人じゃ困難な事だったら他の奴らを頼れば良いわけだしな」

「……分かった。難しそうだけど頑張ってみる。生きていくためだもんね、うん」

「ああ。それで、他に何か言いたいことはあるか? これから先は俺も忙しいから構うことなんて出来ないだろうし、今ならまだ聞いてやるぞ」

「ううん、他は大丈夫。些細なことならあるにはあるけど、それは私だけの力で出来るから」

「それなら良い。そんじゃ、そろそろ戻ろうぜ。さっきも言ったがこれ以上ここにいると風邪をひく」

「そうだね。行こうか」


 そうして二人揃ってベランダを後にした。勿論そこで会話が途切れることはなく、廊下を歩きながらも続行する。


「ごめんね? わざわざ付き合わせちゃって。それと……ありがとね。少し吹っ切れた感じがする」

「それなら良い。俺としても、お前が変に落ち込んでると調子が狂うからな。元通りになってくれんのが一番だ」

「……沢渡君。そのセリフは誤解を招く場合もあるから、あんまり口にはしない方が良いと思うんだけども。そういうつもりで言ってるわけじゃないんだよね……?」

「あ? どういうことだ?」

「いや、分かってないならないでそれで良いけど……」

「何だ、ハッキリしねぇなぁ」


 どういう意味なのか聞きたくはあったが、ちょうど分かれ道に差し掛かってしまった。八雲の部屋はここを曲がった先にあるが、俺の部屋は真っ直ぐ進んだ場所にある階段を昇らなければならない。ここで変に長引かせんのも何だし、それほど重要そうなことでもないから別に気にしなくて良いだろう。



「じゃあな。朝食まではまだ時間があるから、今のうちに寝ておけ。じゃないと日中活動出来なくなるぞ」

 気付けば時刻は既に五時半を過ぎ、六時に近くなっていた。風呂の確認をしようと軽く出たつもりが、まさかこんなにかかってしまうとはな。


「分かってるよ。急に眠気が来たから今にも倒れそうだし、大人しく横になってる。……沢渡君、最後に一つだけ良い?」

「ああ。どうした?」

「その……沢渡君も頑張ってね。私が言っても皮肉にしか聞こえないかもしれないけど……」


 せっかく元に戻ったはずが、八雲は再び俯いてしまった。こいつの中では俺はまだ落ち込んでるように思ってるんだろうか。まあそれも仕方無いことだとは思うけど。


「……なあ八雲。お前は一つ勘違いをしてる。俺はもう、属性がどうとかいうのはそこまで気にしてねぇぞ」

「そうなの?」

「確かに俺は無属性だ。そのせいで六属性の魔法は全然使えんわ、散々に蔑むような目で見られるわ、挙げ句の果てにこの上無く厄介な事態にもなってやがる。そりゃ実情を色々知った時は、俺だってマジかよとは思ったし悩みもした」


 いくら能力生成(スキルメーカー)なんて奇妙な力を持っているとは言っても、制限がキツ過ぎる以上頼りきりになるわけにはいかない。最終的には強くなれるかもしれんが、それまでに時間がかかりすぎる。それこそ、何年何十年とかかるくらいに。


 どんなに使える能力であろうとも、それを使いこなせるようになる前に死んでしまっては意味が無い。それまでは他の方法で何とかするしか無いのだ。


「けどな……いくら悩んでも現実は変わらねえし、助けを求めたところで答えてくれるような奴はどこにもいない。立ち止まったって何の意味も無いどころか、むしろもっと酷い状況に陥るだけ。そんなことになる位なら、どうにかして前に進んだ方がずっとマシだ」


 誰かに泣きついたところで助かるようなことは無く、その様子を見て更に酷さは増していく。逆効果にしかならないだろう。


「だから俺は早々に現状を受け止めて、今よりもっと強くなるって決めたんだ。お前は俺がいつまでも燻ってるままだと思ってるのかもしれんが、俺にとってはもう、無属性の惨状なんて殊更に気にするようなことでも無いし、気にしてるような暇なんて無い」


 周囲の反応なんて気にしない。そんな下らないことをする暇があったら、俺は一歩でも先へ進んでやる。



「……だからさ、お前ももう気にするな。俺のことを変に気にかける暇があるなら、とっとと恐怖を克服出来るようにするんだな」

「沢渡君……」

「話は以上だ。また後でな」

「うん、じゃあね」




 八雲と別れた後、俺は部屋に戻り魔法の練習をした。あんまり時間無かったから大したことは出来なかったが、まあそこは良いだろう。


 そして昨日と同じくサーシャが部屋に呼びに来て、食堂に向かい朝食を取った。周囲の会話の主な内容は、今日の訓練について。サーシャから教えてもらったが、朝から昼休憩を挟んで午後二時まで魔法訓練、そっから午後六時まで武術訓練、といったスケジュールらしい。夜はやらないのかと思ったが、良く良く考えればこの世界の人間は六時起き九時寝なので、このスケジューリングは妥当な線なのだろう。


 ちなみに、八雲の様子はすっかりと元通りになっていた。多少寝不足なのは窺えるものの、あんだけ落ち込んでいたのにもう元気とは中々凄いことだと思う。



 ともかく、そんなわけで朝食の時間は何事も無く過ぎていった。



「うーむ……魔法陣魔法ねぇ。後々絶対世話になるとは思うし、これだけは完璧に使いこなせるようにならんと」


 朝食後、俺は部屋で昨日得た情報の読み込みをしていた。無属性、しかも詠唱魔法が使えない俺としては、魔法陣魔法は正に切っても切れない関係になるだろう。魔石が手に入るのはしばらく先のことだろうが、それでも予め詳細を把握しておくに越したことはない。



「……ん?」


 そんなこんなでベッドに寝転がりながら紙達を眺めていると、こちらに向かって駆けてくる気配が感じられた。男子生徒のものじゃない……となれば、サーシャだろうか。何かあったのか?


 そう思った数秒後、ドアが忙しなく叩かれた。ドアに近付き開けると、そこには案の定サーシャの姿が。


「一体どうした? あと、服が乱れてるから直しておけ」

「えっ? あ……す、すみませーーって、私のことはどうでも良いんです! それどころじゃないんですよ!」

「お、おう」


 何だ、この慌てようは? 会ってまだ二日しか経ってないが、それでも普段のサーシャからはとても想像出来ないようなものということだけは分かる。

 ここに急いで来たってことは、俺関連のことだよな。えーっと、俺関連で何かヤバいこと……ヤバいこと……。


 ………………………………。


 ………………………。


 ………………。


 ……あっ。



「その……非常にお伝えしにくいことなんですが……落ち着いて聞いてください」

 サーシャは目を伏せ、一呼吸置き、それからーーゆっくりと告げた。


「ーーシュウヤ様の魔法訓練が免除されることになりました。……いえ、免除という言い方は不適切ですね。正確には魔法訓練への参加は禁止、訓練場にも一切近付いてはならない……とのことです」


 ……どうやら、俺の予想は的中していたようだった。

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