第18話 情報共有 異世界の基本知識編
結論から言うと、風呂は凄い気持ち良かった。そりゃまあ一日浴びてなかったんだから、爽快な気分になるのも当然ではあるのだが、一番の要因は広さ故に伸び伸びと出来たことにあったと思う。流石は王城といったところで、日本のアパートの風呂とも、その前に住んでいた田舎の風呂とも到底比べ物にならない大きさだった。
ちょっとした銭湯よりも遥かにでかいだろう。何せ、浴場自体は地下一階にあったのだが、そこの空間がまるごと浴場になっていると言っても過言では無い大きさなのだから。実際それ以外は廊下とトイレしか無かったし。
更に時間帯がずれていたのだろうか、他の人間はおらず貸し切り状態になっていた。佐々木達もある程度時間を置いてから入る予定らしいしな。風呂という心が休まる時間にまで色々絡まれるとか最悪以外の何物でも無いので、人が少ないのは実に良かったと思う。
「おし、全員揃ったな」
風呂を終えた後部屋に戻り、しばらく待っていると四人が続々とやってきた。
一応待っている間に変な気配が無いか確認はしていたが、そういったものは感じられなかった。昼間の五人が再び集まっているのだから、ガランの奴あたりが警戒して覗き見に来たりするかなと思っていたのだが、そんなことは無かったようで。そのお陰で心置きなく情報収集と整理に集中出来るわけである。
「始める前に……はい。約束通り、全員分の紙と筆記用具貰ってきたよー」
「おお、そうだったな。サンキュー、八雲」
八雲が全員に道具を配っていく。夕食の時、八雲は今回の情報共有にあたり、必要なものを貰ってくると言っていた。本人曰く、昨日の夜の時点で紙が普通に使えることは確認済みとのこと。
何でかは知らんがこの世界、書物は貴重なくせに紙は豊富にあるらしい。あと簡単な筆記具も。そんなことを事前に知っていたわけだから、昼間に図書館の警備を見たとき、八雲は大層驚いたそうだ。
そこに関しては俺も全くの同意見。紙と書くものがあるなら本くらい皆で作れよとは思う。
確かにプリンターなんてない世界である以上全部手書きだから、凄いめんどくさいのは分かるが……それにしたって頑張れよとはどうしても考えてしまう。人海戦術で何とかなるだろ。住民に避けられるレベルの警備を敷くよりも、そっちの方が余程先決だろうに……。
まあ単純な編纂能力の問題かもしれんから、あんまり強くは言えないのだが。俺だって本作れって言われたら、出来たとしても文作るのに相当時間かかるし。
準備を終え得た知識を順番に語り合い共有する。全部挙げるとキリが無いので、一先ず必要と見られる情報を抜粋し頭に叩き込んでいこう。
<地理とそこに住む生物について>
この世界は七つの大陸に分かれている。地図の真ん中に位置するコルマ大陸を筆頭に、北東にはベリタス大陸、南東にはアモル大陸、南にはプルム大陸、南西にはノヴァ大陸。そして北西には、今俺達がいるイニティム大陸。つまり、コルマ大陸を囲うように、五つの大陸が存在しているわけだ。
六大陸の気候としては大陸ごとに様々であり、場所によって砂漠もあれば、日本のように四季がある場所もある。ここイニティム大陸……特にこのキュレム王国地帯は北欧の気候に近い。
そして六大陸と一線を画すのが、北極にあたる位置にあるガズ大陸。自然豊かな六大陸と違い、ガズ大陸には火山地帯もあれば豪雨地帯もあり、豪雪地帯もありと自然の脅威オンパレードな場所。環境が厳しいため、国王の言っていた通り調査ですら満足に進んでいない。
そんな感じのこの世界だが、ここには実に多種多様な動物が存在している。国王は魔物の事ばかり話していたが、この世界にだって動物はちゃんといるわけだ。虎や馬などの地球にいるものは勿論、ドラゴンやユニコーン等の空想上であったはずの存在もおり、その全ての生物を神獣十柱という十種の特別な存在が統括している。
神獣については殆ど資料が存在せず、十種全てを通して分かっているのは、神の使いと呼ばれていること・人の言葉を理解すること・人類とは比べ物にならない超常的な力を秘めていることの三つのみ。過去に神獣の怒りを買った結果、滅んだ国もいくつか存在する。また、神獣によっては祖先として一部の人間達に崇められていたりもするらしい。
ちなみに、神獣程ではないが動物の中にも強力な魔法を使う者はおり、そういった者は通常の動物と区別され魔獣と呼ばれている。ドラゴン等はその良い例であり、基本的に知能の高い者が魔法を使うことが出来るらしい。てことは狼類とか使えるんだろうか。
生態は通常の動物と変わらないが、それはつまり人間を躊躇無く襲う程狂暴な者もいるということ。動物の身体能力に加えて魔法まで使ってくるので、むしろ魔物よりも手強い存在と認識されている。
<種族と奴隷制度について>
元の世界とは異なり、動物と同じように人間の中にも様々な種族が存在する。大まかに区別すると、現人族・獣人族・妖精族・魚人族・鋼鱗族の五種族となり、そこから更に枝分かれしていく。ちなみに俺達は現人族の中の人族に属している。
各種族はそれぞれ他の種族には無い特徴を持つ。高い身体能力や優れた五感、水中での移動に適した強靭な肺活量に肉体そのものを変化させるなど。
ちなみに人族はというと……単純に、個体数が全種族の中で一番多いだけ。それだけ? と思うかもしれないが、本当にそれだけなのである。
まあ性能というのは個人にもよってくるし、そりゃあ人族の中でも優れた者は他の種族を打ち負かすことは当然ある。だが、あくまで身体的に突出した部分があるわけではない。
まあその数故種族ごとの戦力差でいうとトップではあるため、他の種族と同等……どころか多少優位に立っていることもある。そのこともあってか世間的に人族イコール弱者という認識は無く、人族の中には他種族を化け物だと蔑んだり、更には他種族専門の奴隷商人まで存在する始末。
奴隷ーーこの世界は、現代日本と異なり奴隷制度が存在する。入荷方法については、犯罪者だったり借金の末だったり拐ってきたりと様々だが、扱う種族は同じ人族含めあらゆる種族に渡る。
ただ同じ奴隷とは言っても、そもそもの個体数が少なかったり、そうでなくとも遭遇自体稀な種族は、そうでない種族に比べ高値がつく。そして大抵は貴族等に買い取られ、あまり口には出せないようなことを日々行っているとか。
魔法があるんだから、それで逃げられるのではないかと考えてしまうが、ここで力を発揮するーーいや、してしまうのが『隷属の首輪』という魔道具。これには様々な作用があり、結果主に逆らったり、逃げ出したりといったことがそうそう出来なくなる。
この首輪の存在だけでなく、奴隷を欲しがる者達が世界には多くいることや、一応ビジネスの一環になってしまっていることが、この世界に奴隷制度が存在している理由になっている。召喚魔法は非人道的だから禁止、という話はどこに行ったのか。
ちなみに、基本的に人族と獣人族以外の奴隷はほぼ全てが拐われたものであるだろう、という文が目立たないように一文だけ書かれていたらしい。奴隷商人の中にはかなりの力を持つ者がいるらしく、おおっぴらに批判することが出来ないことが伺える。
<時間について>
石畳に城など、この世界は文化レベルで言うと元の世界の中世時代にあたり、そこに魔法という要素が追加されたようなもの。そうイメージするのが一番良いだろう。
一日二十四時間、七日で一週間、三十日で一ヶ月、十二ヶ月-つまり三百六十日-で一年。曜日も日月火水木金土と設定されており、元の世界とは同じものと違うものが混在している
日々の生活リズムとしてはこんな感じ。
讃課:午前三時。多くの者達はまだ寝ているが、聖職者や農家は既に目を覚ましており、この時間から仕事をし始める。
朝課:午前六時。起床し朝食を取る。都市部では朝市が行われる。
初課:午前九時。図書館やギルド等の公共施設が開館する。
昼課:午後零時。昼食を取る。
夕課:午後三時。仕事の合間の休憩時間、場合によっては間食を取る。
晩課:午後六時。公共施設は閉館する。基本的には帰宅し夕食を取る。
終課:午後九時。多くの者達が風呂に入り、就寝の準備を始める。一部の聖職者や夜警、門番などは仕事を続行している。
各課の時間が訪れる毎に教会の職員により鐘が鳴らされ、人々はそれを頼りに時間を知り生活している。三時起きっていうのは驚いたが、生活の要になっている以上その時間に職員達が目を覚ましてるのはむしろ当然と言えるだろう。
尚、これは都市部を始めとした比較的大きな町での話であり、教会すら無い農村部では二十四時間の概念すら殆ど無い。主に気にするのは日の出と日の入りの二点のみ、その他は太陽の位置により大まかな時間を知っている。
ちなみにだが、皆が集まり始めた頃に一度遠くから鐘の音が聞こえた。時間的に終課の鐘であり、腕時計を見ると九時十分を指していた。多少のずれはあるものの、どうやら時間調節無しに使ってもそこまで問題は無いらしい。
<言語について>
この世界の言語は、元の世界のように色々分かれているわけではなく、人類全体を通して一つしか無い。それ故日本語や英語といった風な確固たる名前が存在せず、便宜的に人語と呼ばれている。言語の区別が無いため、地方によってコミュニケーションに障害が生じることが無いという、素晴らしい状態になっている。
俺は元々、常日頃から「世界中の人間が同じ言語を話してたら、論文とか読むのが楽なのに」と思っていた。小さい頃から医療関係の資料を良く読んでいたのだが、そういったものは外国の物が多く、一々翻訳するのが本当にめんどくさかったのだ。癖とかはともかく、正直根本的な言語の違いに意味など全く感じられないので、このシステムは実に良いと個人的には思う。
恐らく通信技術が未熟故情報伝達に支障を来さないようにした結果なのだろう。元の世界の住人も日本人含め、真面目に見習ってほしい。
<技術関係について>
大量の書物を読み漁ったが、やはりというか科学技術や医療技術はそこまで発達してはいない。一応錬金術という名で関係する学問自体は存在しているが、薬草を使った消毒薬や治療薬が存在する程度。
怪我や病気になった場合は、まず自然回復を試み、それでダメな場合は治癒魔法か治療薬を使用し、それでもダメなら神に祈るかそこで諦める。何とも命が軽い世界である。
この一連の作業を行うために、ジキルも行っていたような治癒属性持ちや治療薬を集めた治癒院という施設が存在する。街の人々は何かあった時まずそこに行き、担当員の指示を仰ぐ。
尚、城内にも小型の治療施設が存在するらしい。俺達は何かあったとき、そこに行けば良いわけだ。
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