第17話 作業を終えて
そして数時間後。
「あーー…………疲れたぁ……。てか腹減った……」
「出店で軽く食べた位だからね……」
図書館を出ると、既に辺りは暗くなり始めていた。いくら城の者の目があるとはいっても、本格的に暗くなると何が起こるか分かったものではない。早く戻った方が良いだろう。
「それじゃあ、ご飯を食べてお風呂に入ったら、どこかに集まろうか。どこの部屋が良いかな?」
「まず八雲の部屋は除外だな」
「うん。そうしてもらえると助かる……かな」
この後は色々やることを終えたら、今日各自で集めた情報を共有する約束になっている。ならば集まる場所が必要なのだが……。
「俺の部屋にするぞ。端っこだから、余計なことを聞かれる心配が少ない。隣接してるのはお前らの部屋だしな」
「確かにそうだね。それじゃ、修哉君の部屋に集まろう」
佐々木の言葉に全員が同意した。これであとは城に戻るだけなのだが、一先ずこいつらに聞いておかねばならないことがある。
「……すまない。そういえば、一つ聞きたいんだが」
「ん? 何だい?」
「風呂ってのは、城のどこにあるんだ?」
俺の問いに対し全員の頭の上に一瞬クエスチョンマークが浮かんだが、納得したのか即座に「あー……」という声を揃って上げる。
「そういえば、沢渡は昨日倒れちまったから、風呂入ってなかったんだったな」
「作業に集中してたからすっかり忘れてた……」
「沢渡君、ホントに大丈夫なの? どこか変な感じがするところ無い?」
「……問題無い」
いやまあ変かと言われれば鑑定眼はあるんだが、これは別に害があるものではないから大丈夫だろう。昨日倒れたのだって、能力生成が発動した反動でああなっただけだし。
(……そういえば、いつの間にか体が重い感じが大分薄れてんな)
鑑定眼で確認すると、体力は六割程まで回復している。今夜しっかり寝れば、もう心配は無いだろう。
そんなことを考えてながら歩いていると、物陰から帽子を被った一人の男性が出てきた。一見通行人のようにも見えるが、歩き方と雰囲気から只者で無いことだけは分かる。……何より、こいつの気配は既に知っている。
「勇者様方。こんなところにおいでになっていたのですか」
「あっ! えっと……ガランさん、でしたっけ?」
「はい。執事長のガランでございます」
帽子をずらし顔を見せてくる。男性の正体は、昨日クラス全員の前で自己紹介をしていた執事長だった。その時と違い、今はどこぞの探偵のような格好をしているので、見ただけでは分からないだろう。
「うーん……執事長が何故こんなところに? 確かに城の方々が街に出てるとは聞いていましたが、執事長なんて方がするような仕事では無いような気がするのですが……」
「いえいえ、個人的に勇者様方の安否が気になっていたのですよ。王都といえど、治安が悪い場所もありますからね……。ですから、国王様に私も街に出してもらうようお願いしたのです」
「なるほど、そんな経緯が……」
「はい。それより、なるべく早く城にお戻りになられた方が宜しいかと。夜の街は危険なことも多いですからね」
予想はしてたけど、やっぱり夜は治安悪いんかい。まあ大方冒険者とかが酒によって~とかだろうけども。
「分かりました。ガランさんはこれからどうなさるのですか? 私達と一緒に戻る、という感じではなさそうですけど」
「私はもう少し街を見回ってから帰ります。既に多くの方々が城に戻られ、恐らくあなた方が最後だとは思うのですが……念のため、ということです」
「おぅふ……そうだったんですね。じゃあ、俺達は急いで戻ります。ガランさんもお気を付けて」
「はい。それでは」
ガランとの会話は終わり、俺達は少し早足で城へと向かう。途中で振り替えると、ガランはその場に立ち止まり、俺達に笑顔を向けているのが確認出来た。八雲が手を振ると、恭しくお辞儀をして返答する。
「………………………」
その様子を見て、色々考えようとしたが、まあ後で良いかと思い思考を打ち切る。そして俺達は前を向き、再び城に向かって歩き始めた。
--ガラン--
「……行きましたか」
少年少女達が見えなくなったのを確認し笑顔を解く。ふと空を見上げると、先程よりも更に辺りが暗くなってきているのが分かった。私も見回りを早く終わらせ、城に戻った方が良いだろう。
(それにしても、あの男……)
確か、シュウヤ・サワタリと言ったか。昼間道中で真っ先に私の視線に気付き、全員の会話すら周りにはあまり聞こえないようにしていた。何を話していたのかは聞き取れなかったが、他の勇者達と異なり、私達のことを全く信用していないことは分かる。
こんな状況だ、ある程度警戒するのは当然だろう。だが、あの男から感じ取れる警戒レベルは普通の人間のソレではない。何せ、一緒に行動していたあの四人にすらあまり信用の目は向けていなかった。
さっき私に向けた視線から、こちらを只者ではないと判断しているのは確かだろう。しかし、それはこちらとて同じこと。
今までどんな生活を送ってきたのかは分からない。しかし、少なくとも一般の人間とは一線を画している。
そもそも、完璧に気配を消していたはずの私の存在をごく平然と感知したのだ。その時点で明らかにおかしい。
「……成る程。私と同じ『裏』の者……もしくはそれに限りなく近い存在、というわけですか」
召喚されたあの時から不審に思い、こうやってつけていたのだが……まさかあんな存在が紛れ込んでいたとは。
さっきあの子らに伝えた通り、確かに表向きは勇者の見守りとして行動していた。実際国王様にもそう申請している。
だがあの者はいずれ私の思惑にも気付くはずだ。いや、もしかしたら既に気付いているかもしれない。
「厄介ですね……この上なく扱いにくい」
それに、あの男だけじゃない。側にいた灰色の髪の者……トモヤ・ササキだったか。シュウヤ・サワタリ程ではないが、それに似た思考を持っている。私に気付かなかったことから腕はそこまでではないだろうが、それでも普段の動きから何らかの体術を習得していることは確か。
そしてトモヤ・ササキは勿論、あの場にいたノゾミ・ヤクモにハヤト・コウサカも、三属性者や特殊属性二つ持ちといった極めて希少な存在。特に、トモヤ・ササキの精霊属性の上で三属性者など、世界を見ても南の大陸の魔法学園のトップを努める伝説の魔法使いだけだ。
残る一人……ケイゴ・コノエは凡人のように見えるが、他四人に影響されればどう化けるかは分からない。
シュウヤ・サワタリは、確かに魔法に関しては無能。だが、詳細は不明だが異質な腕を持つイレギュラーでもある。……イレギュラーの元にはイレギュラーが集う、といったところか。
「勇者には必ず魔王を倒してもらわなければならない。その邪魔にならなければ良いのですが……一先ず警戒はしておきますか」
その言葉を最後に、私は闇へと姿を潜め、その場を立ち去った。
--修哉--
「………………………」
俺は城に着いたあと、食堂で夕食を取りながらガランのことを思い出していた。あの時帽子をずらしたのと丁度同じタイミングで、俺は鑑定眼を発動しガランのステータスを覗き見ていた。
============================================
〈名前〉:ガラン・ディートハルト 〈年齢〉:58
〈種族〉:人族 〈性別〉:男 〈属性〉:土
HP:□□□□□□□■■■900/1200
MP:□□□□□□□□□□1200/1200
LP:□□□□□□□□□□1300/1300
〈基本技能〉:短剣術(大)、暗器術(大)、投擲術(中)、体術(大)、護身術(大)、隠密(大)、暗殺術(大)、気配察知(大)、殺気感知(大)、視線感知(大)、歩行術(中)、統率(大)、対話術(超)、読心術(大)、清掃(大)、裁縫(大)、奉仕術(超)、異界言語理解
〈魔法〉:土属性魔法(大)、無属性魔法(中)
============================================
基本技能を見る限り、あの爺さん明らかに暗殺者なのである。そりゃ王の側近だから実力はあると予想はしていたが、王を守る側じゃなく率先して敵を殺す側だとは思ってなかった。
それでもそこら辺の技能が(大)止まりなのは、あくまで本職は執事だったからという理由な気がする。そっちの関係の技能の方がレベル上だし。……いや、そうは言っても危険であることには変わらないか。
これは警戒を強めるべきなのだろうか?
実際に対面して分かったが、ガランは今日ずっと俺を、ひいては俺達をつけていたのだ。何故言い切れるかというと、図書館に辿り着くまでに感じていた視線と、さっき会った時のガランから向けられた視線の感覚が同じだったから。
ついでに言うと、今思うと昨日の自己紹介の時に向けられた視線にも似ていた。道中感じていた妙な視線、あれはガランのものだったというわけだ。
では何故俺達を付けていたのか。本人が言った通り、見守るためというのも確かにある。それは嘘ではないだろう。
だが、あくまで嘘をついてはいないだけで、隠し事をしていないという顔ではなかった。何と言えば良いだろうか……昨日のような完全に貼り付けたようなものではないが、何か裏があり、それを隠しているような印象を受けた。まあ、こっちを駒みたく考えてるような奴が、純粋に見守るためだけに行動するわけがないというのもあるが。
ならば、俺達に隠そうとした真の目的とは何だろうか。監視……いや、それだけじゃない。恐らくは個人的な警戒だろうな。
実力に関してはステータスから判断するしか無いが、それでもあんな感じの域に達しているなら、相手の大まかな実力程度なら分かるはずだ。
それに、ついさっきまで完全に忘れてたが……今日俺が行動を共にした奴らは、ほぼ全員勇者の中でも更に強大な潜在能力を秘めている。
自分達が呼び出したとはいえ、いきなり現れた見ず知らずの奴らが、精霊属性や三属性者といった極めて希少な力を持っていたのだ。
そりゃ警戒もするか。ガランの奴は土属性しか持ってないみたいだし。向こうも警戒している最中なら、何か変なことが起こることは無いだろう。
(警戒の度合いは今の状態を維持……かね。今のところ、今以上に強める必要は無い気がする)
そんな感じで、自問自答しながら情報を確認しているとーー
「どうしたの? 沢渡君。何か悩んでるみたいだけど」
と、八雲が横から顔を覗き込んできた。
「……何でもない。少し情報の整理をしていただけだ。得た情報が膨大なんでな」
「沢渡の気持ちも分かるぜ。手当たり次第情報集めてたから、未だにゴチャゴチャになってやがる」
「おいおい、それ大丈夫なのか? 隼人。後で確認しあうんだろ?」
「まあ、まだ部屋に集まるまで大分時間あるし、それまでに各自で整理出来れば良いんじゃないかな? もし間に合わなくても、最悪話しながら全員で整理すれば良いわけだし」
俺の返答に対し、高坂・近衛・佐々木と言葉が続いていく。
何でか知らんが、今日は昼間行動した五人で揃って飯を食う形になった。俺が端っこの方に座ったら、八雲がそれに付いてきて、残る三人も続々と……という感じ。
俺は一人で食いたいんだが……と言うのも何かアレな気がしたので、結局今の状態に落ち着いた、というわけだ。まあそのせいで例のごとく赤城も近付いてきたわけだが、無視ってたらいつも通り帰っていったんで、気にしなくて良いだろう。
そして食事は終わり、一旦それぞれの部屋へと戻った。八雲のみ階が違うので、階段で別れ男組は部屋の前で別れる。
「食事の時に言った通り、風呂場は地下一階。行ったらすぐ分かるだろうし、迷うことは無いはずだ。そんじゃ、また後でな」
「了解した」
そして扉を閉じ、部屋の中で俺は一人になる。と同時に、ベッド脇の机の上に下着やパジャマ等の着替えが用意されているのが見えた。その隣にはタオルも置かれている。
「ふむ……さっき入り口のメイドが言っていたのはこれか」
俺はその着替えを確認しながら、城に帰ってきた時のことを思い出す。
#######################
「勇者様方、お帰りなさいませ」
「はい、只今戻りました」
城の門を潜り入り口に至ると、脇に控えたメイドからそう告げられた。佐々木が返答し、全員中に入ろうとする……と、そこでメイドに呼び止められた。
「お待ちください。メイド長より、全ての勇者様に対し言伝を預かっております」
「言伝?」
メイド長……確か名前はレミールだったか。言伝とは一体何だろうか。
「はい。本日は散策、明日から訓練ということで、日中勇者様方はあまり部屋におりません。なので、昨日とは違い今日からは風呂のお着替えは夕食が終わる頃までには、予め各部屋に用意しておく手筈になっております。ですので、いつの間に衣服が置かれていても驚かぬよう、とのことです」
「ああ……そういえば、昨日は部屋に案内された後メイドさんが持ってきてくれて、それを受け取る形でしたもんね」
昨日はそんな感じになっていたのか。てことは、今日からは夕食をとった後はすぐに風呂に入れるということか? 本来腹に何か入れた後すぐに風呂に入るのは健康に悪いのだが、まあ少し時間が空いていれば問題あるまい。
「そうですね。では言伝は以上ですので、食堂へお向かい下さい。既に夕食の準備は済んでいます」
「おっしゃ! やっと食えるぜ!」
「もうお腹ペコペコだよ……」
「流石に……限界……」
口々にそう言いながら、揃って食堂へ向かったのだった。
#######################
「昨日入れなかったからな……いくらそこまで汗をかいていないとは言っても、全く同じ服を連続で着ているってのは褒められた行為じゃない。それに、ここの風呂がどうなってるのかも楽しみだ」
不幸中の幸いというか、召喚された日の朝は疲れきってたせいで軽いストレッチ位しか出来ず、本格的なトレーニングは出来なかった。なので、あまり汗をかいていなかったのだ。
これでシャツが汗だくだったのなら、今日一日不快な気分で過ごすことになっていたかもしれない。……うわ、想像もしたくないな。
思考を振り払い、ベッドの下を覗くと、そこには朝置いてった物が位置を変えずそのままの形で残っていた。いくら街中に元の世界の物を持っていくのがアカンとは言っても、部屋に置いておいてメイドにそれを見られるのも、それはそれでアカン気がする。そこで、何処かに良い場所は無いかと探したところ、ベッドの下が最適だと分かった。
元の世界のホテルのように、ここのベッドは底と床の隙間が狭い。普通に部屋に入っただけでは、ベッドの下に何があるのかなどまるで分からない。
世の男子は何かを決まってベッドの下に隠すという噂を聞いたことがあるが、その言葉の通りベッドの下というのは隠し物をするのに最適なようだ。事実置いた物の位置すら変わってないことから、掃除をしたり着替えを置いたりするために部屋に入ったはずのメイドも、ここは覗いていないことが分かる。
……いやまあ、放っとけば汚れがすぐに溜まるベッド下を覗かないこと自体はメイドとしてどうなのか、という気は勿論するのだが。そこら辺は、多分俺達が来る前に細かく掃除したから良いか、ということなのだろう。実際朝覗いた時も全然埃無かったし。
いくら隠しやすい場所とはいえ、流石に私物を埃だらけにするわけにはいかないので、そこら辺はちゃんと確認している。
風呂場に持っていくのも何だし、このままベッド下に置いておいた方が良いか。身に付けるのは帰ってきてからにしよう。
少し捕捉。
第一章のどこかの後書きで「==」はステータスの時に使っていると書きましたが、同じように
・時間が飛んでる&場面を切り替えるべき時は「~~」
・回想が割り込む場合は「##」
もしややこしいといったことがあれば、是非ともご報告ください。
執筆の励みになりますので、良ければ評価やブクマ等してもらえると嬉しいです。
また、誤字報告や表現がおかしいところへの意見などもお待ちしております。




