第16話 作業開始
「着いたぞ。ここだ」
数分歩き続け、今俺達は店主に聞いた通りの白い建物の前に立っていた。外から見た感じ造りは二階建て、地下があるかどうかは分からない。大きさは元の世界で言うところのちょっとした博物館位だろうか。そして何よりの特徴はーー
「すげぇ……図書館がこんなに警備されてんの、初めて見たぞ」
高坂は驚きの声を上げていた。そう、一目見ただけでも警備の具合が半端無い。さっき感じた雰囲気というのはこれだったんだろう。
建物の周囲は少し距離を空けて、棘が無数に生えた土だか鉄だかの壁で囲われており、その周りを一定間隔で衛兵が立ち並んでいる。中にはローブ姿の者もいることから、武器による近接と魔法による遠距離で不測の事態に対応しようというのだろう。
また、入り口付近には特に多くの警備員がおり、今さっき入っていった人間に対し、荷物や体の検査を行っている様子が遠くから確認出来た。刑務所かよとも一回思ったが、看板に『シトロン大図書館』と書かれているので、ここが目的の場所で間違いないらしい。
「盗難対策……にしてはやりすぎたよね。ひょっとして、私達の世界と違ってこの世界は本が凄い貴重だったりするのかな?」
「その可能性は高いと思うよ。もしそうじゃなかったら、図書館にあんな警戒体制敷くのが理解出来ないし」
「そうだな。それに、大図書館っていうくらいだから、国中の本だけじゃなくて他国から取り寄せたものも沢山あると思う。だったら相応の警備を配置するのも当然ってもんだ」
そんな会話をしながら、俺達は建物に近付いていく。すると衛兵の一人が気付き、声を落としながら話しかけてきた。
「勇者様方、図書館に何か御用ですか?」
「! はい、そうですが……僕達のことを知っているんですか?」
衛兵の問いかけに対し、佐々木が驚きながら対応した。
声を落としたのは、周りに俺達が勇者だということが伝わり、無駄な騒ぎが起きることを防ぐためだろう。そこは有り難い。
だが、いくら勇者の存在が知れ渡っているとは言っても、流石に街中の衛兵などに人相まで伝わってはいまい。じゃあ何故俺達が勇者だと……。
……ん? もしかして服か?
「ああ、昨日のうちに王都全ての兵士に通達があったのですよ。見慣れぬ服を来た少年少女は散策中の勇者だから、失礼の無いようにと。勇者様が今来ておられる服は、少なくともこの国には存在していませんし、それに勇者様方は全員格好が統一されています。通達と共に服の特徴も聞かされていましたので、区別がつく、というわけです。まあ先程の言葉は念のための確認でもあったのですが」
半分カマかけでもあったわけか。
そういえば、さっきの店主も見慣れない格好だとか言ってたな。通行人から時々変な目で見られてたのはそういうことか。それとは別の妙な視線もあったけど。
……む、マズい。召喚の事実は伝わってるんだし、話しかけてこないだけでこの格好も含めて俺達が勇者だと勘づいてる奴もいるはずだ。面倒なことになる前に、早く建物に入った方が良いかもしれない。
「あ。ここだけの話ですが、どうやら散策にあたり王都のあちこちに、一般人のふりをした王城勤めの方々が配置されているそうです。勇者様方に万が一のことが無いよう、影から見守りつつ厄介事を秘密裏に処理しているとか」
「げ……そうなんですか? それ聞いたら何か気が休まらなくなってきたんですけど……」
高坂のその言葉を聞き、衛兵は「アハハ……」と申し訳なさそうにしつつ、気まずそうに頬を掻いていた。
「これを勇者様方に伝えるかどうかは自己判断だと言われました。影からの視線に安心するタイプか不快になるタイプか、それとも無関心なタイプかを見分け、適切な行動をしろと。教えても大丈夫そうな方が多そうに見えましたので……言わない方が良かったですかね?」
「「「問題無いです」」」
「気にはなりますけど……まあ、大丈夫です。はい」
「……同じく」
妙な視線は城の奴らのものだったか。まあ、安全を確保するためにやるだろうとは思ってたけど。
(でも、目的は多分それだけじゃないよな?)
こいつは今見守っていると言っていたが、視線の感覚からしてそれだけじゃない。監視しているような気配も十二分に伝わってくる。
そりゃま、こっちが信用しきってないように、向こうだって俺達を完全には信用しちゃいないだろう。監視っていうのが王からの命令か、それとも幹部や末端の独断行動かまでは分からんが。
まあ良いか……。明確な敵意や悪意があったなら問題だが、そういったものじゃないのは分かる。必要以上に干渉してくることはあるまい。
「それなら良かったです。では、入り口へお進みください。施設の利用については受付の者から説明があるはずです」
「分かりました。ありがとうございます!」
そうして衛兵との会話は終わり、受付へと向かい説明とボディチェックを受ける。全員城で受け取った袋と金以外は所持していないことが確認され、利用料を支払ったのち、無事図書館内部へと足を踏み入れた。城の外に元の世界から持ってきたものを持ち出すのは問題ではないか? と考え置いてきたのだが、正解だったようだ。
シトロン大図書館。世界トップレベルの規模を誇る図書館であり、国中の書物は勿論、世界中の書物も多く収められている。また職員に許可を貰わないと閲覧は出来ないが、地下には王城の書庫にある書物の一部の写しですら存在する。
今より約二百年前、第八代国王が統治していた頃に建設されたらしい。当時はまだ「知識とは王族や貴族が主に得るべきもの」という風潮が強く、またそもそもいつの時代も書物自体貴重なものだった。そんな中、いくらある程度の利用料は取るとはいえ、一般市民も自由に知識を得られる図書館をつくるのは当時は異端扱いされたらしい。
が、二百年前といえば魔大陸から魔族達が進出するようになってから早百年経った頃。貴族市民問わず戦わねばならない機会が増え、知識を秘匿している場合ではなくなっていた。
そんな状況と、キュレム王国と肩を並べる他大陸の大国が既に図書館の建設を始めているという事実が貴族達の反対の声を抑え、結果的に王の後押しをすることになった。こうして無事建設が行われた、というわけだ。
図書館を利用すれば、書店で一々本を買うよりも、コストは圧倒的に抑えられる。これで市民も大喜び……かと思いきやそう上手くはいかず、時が経った今となっても貴族は良く来るものの市民はあまり来てくれない、という状況になっている。
理由は大きく分けて三つ。
一つ目は利用料の高さ。一回の入退館につき銀貨四枚が必要だが、これは市民にとってはそう安い金額ではないらしい。
払えないわけではないのだが、そもそも最低限の常識さえ身に付けていれば生活はでき、最低限の知識は近所付き合いや、高価だが数冊本を買って読めば事足りる。それなりに稼いでる冒険者なら普通に通えるが、冒険者は冒険者でギルドというものがあり、必要な情報はそういったところで交換すればそれで済む。
たかが知識ごときにそう何度も安くない金額を払いたくない、というのが市民の間での共通認識らしい。唯一の例外として、市民の中でも知識や情報が非常に重要となる商人はよく通うらしいが。
そして二つ目は、言わずもがなだが図書館の外見。
膨大な情報が集まる図書館を爆破することで、国力を削ごうとした連中が過去にいたらしい。元々ある程度の警戒体制は敷いていたが、その事件をきっかけに更に強化され、今の形となったとか。
そんなことをしたいのなら王城の書庫でも爆破しないと意味無いと思うのだが……。図書館爆破したって、そりゃそれなりの損害は出るが、国力となるとそう多くは削げないだろう。まあ、それほどこの世界において書物が貴重なものであり、国にとっては重要なものだとされている証拠でもあるのだろうが。
ともかく、まあそんな経緯の末見た目の印象が非常にアレなものとなり、市民にとってはなるべく近寄りたくもないような場所になってしまった。貴重な書物を守るために警備を強化した結果、本来市民に来てもらうためにつくった図書館に市民が来なくなったという、本末転倒なことになっているわけだ。仕方無いことだとは思うのだが、もうちょい後先考えた方が良いと思う。
三つ目は規則。この図書館を利用するにあたっては、いくつかの規則が存在する。
一つ、無闇に騒がない。二つ、本を無闇に傷付けない。もし大きな破損をした場合は弁償。
まあこれは普通だろう。日本の図書館でも同じこと。
三つ、本の持ち出し禁止。つまり、貸し出しシステムも存在しないということ。これについては少し驚いたが、良く良く考えたらこんな世界で貸し出しなんかやったらどうなるかは目に見えているので、当然の規則だろうなとは思った。ちなみに、この規則により写本も禁止されているそうな。
重要なのはこっから。
四つ、入退館時には必ずボディチェックを受ける。盗難防止や危険物の持ち込みを防ぐためのものである。当然の措置のように思えるが、市民にとっては犯罪者扱いされてるみたいで非常に気分が悪いということで、大変不評なのだそう。
また内部にも沢山の警備員がおり、その点でもまるで刑務所のようだと言われているとか。外部が刑務所チックなら、内部も同じということだ。確かにあまり長くいたい場所ではないかもしれない。
そして五つ、開館は朝九時で閉館は夜六時。要は日が沈む前には必ず出なければいけないということ。これも俺達からしてみたら当然のことだと思ってしまうが、それはあくまで日本の図書館が無料で利用できたり、貸し出しが出来たり、休日なんかの暇な日にはずっと籠っていられるからこその感想である。
この世界には、そもそも学校以外で平日・休日という概念そのものが基本的に無い。生活するためには大人であれば誰も彼も家事をしたり働いたりせねばならず、一日中図書館に籠っていることなどあまり出来ない。
つまり利用料の話とも重なるのだが、市民としては「何で僅かな時間の中で、さして必要でもない書物を読むために、安くはない金を支払わねばならんのか」という思いを抱いているが故、誰も使おうとしないというわけだ。銀貨は一枚約二千円、つまり四枚となると使用の度に八千円も払うことになるので、分からないでもないが。
まあ実際銀貨四枚でも昔よりは大分安くなったらしいが、それでも状況は大して好転していないとか。もっと安く出来んのかとも思うが、重要な書物が大量に置いてあるため、これ以上安くするのは色々問題らしい。
ーー以上。受付での注意事項含めた説明や、後々知った情報によるこの図書館の概要である。
「さて……どうする?」
椅子に座り、簡単に作戦会議を行う。図書館に辿り着くまでの道中にした話し合いにより、全員で分担して調べることと、調べる内容については既に決定している。流石に俺一人でそこまで多くの情報を集めるのは不可能だと最初から分かっていたので、正直こいつらがいて助かったところはある。
「ここにいられるのは日没まで。城に戻らなきゃいけないのも日没までだから丁度良いけど……」
「流石に分担しても、この量を調べ尽くすのは到底無理だよな……」
俺達の目の前には本棚の列が並んでいた。調べることが大方決まっているとはいえ、この量をたった数時間で全部見るのは不可能。
とは言え、「調べるのは最悪大体で良い。後は誰かに聞くなりして補おう」と既に伝えてある。今ここでイメージさえ掴んでおけば、城の連中の話も書物の内容も、信じて良いのか悪いのかはある程度判断出来る。それに……。
「まだマシな方だろ。二階は調べなくても良くなったんだし」
受付に本の種類の仕分け具合を聞いたのだが、それにより二階は神話や各地の伝承を記したもの、後は有名な創作物語しか無いことが分かった。興味はあるが、今調べるべきことはそれではない。
「そうだね。僕たちはこの一階だけに集中すれば良い。後は時間が来るまで作業を続けるだけだ」
「ああ。そんじゃ、とっとと始めるぞ」
こうして作業がスタートし、各々担当の分類の書物が置かれたエリアに向かった。
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