第13話 静かな朝食のはずが……
食堂に着くと、「では、これで失礼いたします」とサーシャは言い、どこかへと去っていった。不思議な奴だったな……と思いつつ中に入ると、クラス連中の目が一斉にこちらを向き、ヒソヒソ話を始めた。
まあ、声落とそうが俺の耳だと聞こうと思えば普通に聞き取れるのだが、興味も無いので止めておいた。大方無属性のことか倒れたことかのどっちかだし。
昨日と同じく必要な分食事を取り、端の方に座る。早いとこ回復したいので、落ち着いて食事をしたい……と思ってはいたのだが、どうやらそうもいかないようだった。
俺が席についてしばらく経った後、三人の男子が席を立ち、俺のいる場所に向かって歩いてきた。やはりというか、そいつらは昨日最後まで残っていた奴らだった。
「……よ、よう。沢渡。昨日は大丈夫だったか?」
そう口を開いたのは高坂。確か高坂の下の名前は隼人、近衛の下の名前は圭吾だったはず。俺を運んでくれたのはこの三人で間違い無いだろう。
「ああ。メイドから聞いたが、倒れた俺を運んでくれたそうだな。礼を言う」
そう言って頭を下げる。先程の雰囲気の中、三人の所に行き話をするのは何かアレだったので後回しにしようと思っていたのだが、こうしてわざわざ来てくれたことは好都合だった。そこら辺も有り難い。ーーが、顔を上げると三人とも驚いた顔をしていた。
「……どうかしたか」
「え……いやー……だって……」
「ちょっとびっくりしたというか……」
「修哉君って、いつも基本誰とも話さないからさ。僕達なんかにお礼を言うなんて思ってなくて……」
……俺どんな風に思われてるんだろうか。
「相手の行動に対して礼儀を尽くすのは当然だろうが。少なくとも、俺はそう教えられた」
「お、おう……そういうことならまあ……」
そう言って、三人揃って困惑しつつ納得したような表情を見せる。この短時間に同じセリフを二回も言うことになるとは思わなかった。
うーむ、こうするのは一般常識だと教わったのだがなぁ。人と関わらないってのはこうも誤解されるものか。面倒だから、わざわざ修正しようとする気は無いが。
「しっかし、沢渡って重いのなー……三人がかりでやっとだったぜ」
「そうだね。何か重いものを持ってたわけじゃないから、修哉君自身の重さだろうけど……太ってる訳じゃないのに、あれは一体?」
近衛と佐々木がそう口にし、先程のサーシャと同じように俺の体に目を向ける。
意識が無い人間を運ぶ際は、意識がある時に比べ遥かに重く感じるという。まあこれは重心の関係とかでそう感じるだけなのだが、運びにくいのは確か。だが、それだけでは説明がつかない……こいつらはそう思ったのだろう。
まあ、俺見た目は他の奴らとそこまで変わらないけど、鍛えられまくって筋肉詰まってるからな。最近量ったことは無いが百キロはあるだろう。
そんな奴の、しかも意識無い状態の体を運ぶのだから、いくら三人がかりとは言えそりゃあ苦労しただろう。サーシャから話を聞いたとき、少しだけ申し訳なく思ってしまった。
その事実を教えようか迷っていると、一人の女子が席を立ち、駆け寄って来ーーゲッ、あいつは……。
「沢渡君! 昨日倒れたって聞いたけど、大丈夫だったの!?」
そう言いながら詰め寄ってきたのは、八雲希と言う少女。昨日治癒と精霊のニ属性者だと診断された奴だった。
容姿端麗、成績優秀。性格も優しく、男子生徒から良く告白等されているとか。どっかで聞いたようなフレーズだが、誰かと違ってこいつは嫌みとかではなく良く俺に話しかけてきたり、事ある毎に心配してきたりする。
何故こいつがそうするのかに関しては理由が全く思い付かないのだが、俺としては正直言って控えてもらいたい。
別に俺はこいつ自身を嫌っているわけではない。一応話しかけられる度にクラス連中ーー特に男から敵意の籠った視線で見られることはあるが、視線程度無視すれば良い。それに、敵意を向けてこない相手というのは中々貴重なので、話しかけてくる間はそこまで気分も悪くなかったりする。
問題があるとすれば、この後ーー
「八雲。何でそんな奴を心配するんだい? 放っておけば良いじゃないか」
と言いながら、予想通り赤城と他数名が近付いてきた。
実を言うと、この流れはパターン化している。八雲が俺に話しかけ、赤城がそれを咎めつつ俺に嫌味を言い、他数名が口々に色んなことを言い去っていく。
教室で毎朝行われていたことであり、他の時間はまだしもこの時ばかりは赤城の嫌味を回避出来ない。というのも、かつて根本から回避しようとしたことがあったのだが、結果として八雲まで無視するということになり、後々本気でめんどくさいことになった。
こいつはクラス連中から漏れなく好かれている。それだけは普段見てれば簡単に分かる。そんなこいつが俺の行動によって涙目になっていたらしく、再び教室に戻った時の空気が、それはもう言葉で表せない程だった。
その時の八雲を見て、流石に俺としても申し訳なくなり、以来朝はちゃんと教室にいるようにしている。おかげで毎朝赤城と顔を合わせる羽目になっているが、まあそうしなかった時のことを考えると些細なことだな、と思えるようになった。
「だって、倒れたって聞いたら心配になるよ! 何かあったのかって思うじゃない!」
「相変わらず優しいなー、八雲さんよ。別に気にしなくても良いと思うぜ? どうせ、自分が無能だって知ってショックでぶっ倒れたとか、そこら辺だろうよ」
ギャハハと、取り巻き数名が笑いだし、その様子を八雲は不満そうに見ていた。
「全くその通りだと思うよ? まあ八雲もこうして気にしてくれているわけだし、無属性って言われてショックで倒れたけど、僕は元気ですって見せてあげたら良いんじゃないか? な、沢渡」
「……………………」
赤城がそう俺に話しかけるが、俺はそれをガン無視して食事を続ける。
「おい、聞いてんのか?」
「……………………」
無視。
「……なぁ、毎度思うんだけどさ。せっかく人が話してやってんだから、目くらい合わせたらどうなんだ?」
「……………………」
食事続行。
俺は基本、人に対して礼儀位は尽くす。だが、こいつにそれをする気は無い。
こいつに関しては、こうやって毎回聞き流すに限る。真面目に聞いても意味は無いし、反論するのも面倒くさい。
というか、反論しようにもこいつ自身非常に思い込みが強く、自分に都合の良いように解釈する。常に自分が正しいと考える。
いわゆるご都合主義思考というやつだ。こちらの意見なぞまともになんて聞きゃしない。
過去にあまりのウザさに我慢出来なくなり、一度だけ軽く言い返したことがある。しかし、その結果自らの価値観を延々と並び立て俺を非難し続け、挙げ句の果てに俺の逆鱗に触れる発言をした。危うく殴り飛ばすところだったものの、その時は周りの目もあり、胸ぐらを掴み上げるところまでで何とか押さえ込んだ。
俺が殴るのを止めたことについて「殴らないということは俺が正しいと分かっているんだろう? だったら早くお前の性格も態度も直したら良い」と言い放ち、再び俺の神経を逆撫でしたのだが、ふと冷静になると付き合うのも馬鹿らしくなり、何も言わずにその場を収めた。
だが、それ以来こいつの発言をより一層耳障りに感じるようになり、何を言われても存在自体をいないものとし、全ての発言を右から左に流している。というか、会うことすら極力無いように、朝を除き俺はなるべく教室からいなくなるようになった。いちいち移動するのは面倒だが、背に腹は変えられない。
ちなみに、殴りかけたことと完全に無視するようになったことが周囲にはより一層悪い印象を与えたらしく、俺は望み通り更に孤立することになった。まあこいつからの日々の非難は結局止まなかったので、大した違いは無いだろうが。
俺に限らずこいつと真っ向から対立する者は概ね同じような道を辿り、そして孤立する。こうして結果的に大多数の人間から嫌われるわけである。
流石にこれに関しては、俺以外の孤立している人間達に対し同情したものだ。全く同じ立場なわけだから、同情と言って良いのかは分からないが。
「……全く、話にならないな。人がわざわざ忠告してあげてるっていうのに無視とは。大体お前はーー」
うーむ……今日は何か長いな……。あ、そうだ。ちょうど近くにいるんだし、こいつらのステータスでも見とくか。
(ーー鑑定眼、発動)
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