第12話 不思議なメイド
「…………んん?」
廊下からの騒がしい気配に目を覚ます。他の男子達が行動を始めたのだろう。
時計を確認してみると、時刻は七時ちょうど。一時間程眠れたようだ。
(ーー鑑定眼、発動)
意識を集中させると、さっきのようにステータスが現れた。HPを確認すると、
HP:□□■■■■■■■■1200/5400
ゲージの目盛りがもう一つ白くなっていた。
「……全快には程遠いけど、わずかに回復出来たみたいだな。何とか動けそうだ」
体が重苦しいのは変わらない。が、一回目起きた時よりかは多少マシになっていた。この後朝飯でも食えば、三割程までは回復出来るだろう。
「さて、んじゃ食堂に行くか」
体を起こし、ベッドの下に置いてあった靴を履く。そして扉を開け、部屋を出ーーようとすると、そこには今にも扉をノックしようと拳を構えたメイドがいた。
茅色の髪で長さはロング。背は……百六十いってないなこれ。歳は十三くらいだろうか。
目が合ったのち沈黙が流れ、メイドは気まずそうに手を下ろす。
「……お、おはようございます、勇者様。お目覚めになられていたのですね。お体の具合はいかがですか?」
「…………具合?」
「ええ、昨日部屋を案内している最中に、倒れてしまわれたので……その後が気になってしまって」
………………あっ。
こいつ良く見たら、昨日の夜先導してたメイドだわ。あの時は色々考え事してたから、言われなきゃ気付かんかった。
「……問題無い。動ける程度には回復した」
俺がそう返答すると、メイドは顔を綻ばせ、
「それは良かったです! 何故倒れてしまわれたのかも分からず、もう心配で心配で……」
と、俺に詰め寄ってきた。
(何だコイツ……。何故こんな反応をする?俺が無属性だってのは知ってるだろうに)
そう俺が訝しんでいると、メイドは嬉しそうな表情から一転、顔を青ざめさせ急いで離れ頭を下げた。
「も、申し訳ありません! たかがメイドの分際で、勇者様に詰め寄るなど……」
……俺が怒ってるとでも思ったのだろうか。こんな程度のことで怒るような人間に見られているとは心外なのだが。
「いや、別に良い。単にお前の態度に違和感を感じただけだ」
「違和感……? 怒っているわけではないのですか?」
やはり誤解されていたらしい。
「……流石にこんな程度で不機嫌になるほど俺は短気じゃない。それよりも、一つ聞きたいことがある」
「はい、何でしょうか?」
「俺は昨日、倒れてからどうやってこの部屋のベッドに辿り着いた? あの場にいたのなら知ってるだろう?」
あの後どうなったのか、これだけは聞いておかなければならない。一回目起きた時は気になったはずなのだが、今の今まで完全に忘れていた。疲労故思考が鈍っているのだろうか、実に情けない。
俺は別に夢遊病ではないから、意識を失ったまま変に行動するような事は無い。というか、昨日の死にかけてる状態で自由に動けるとは思えない。
ならば、誰かが俺をこの部屋に運んだはずなのだ。状況的には多分佐々木・高坂・近衛だろうが、誰であろうと世話になったのなら礼を言わなければ。
……赤城だったら言うかどうか迷うかもしれんが。まああいつがわざわざ俺を運ぶとは思えんし、考える必要は無いだろう。そもそも階が違うし。
「それなら、あの時あの場にいた他の勇者様に、ベッドに運ぶのを手伝っていただくようお願いしました。えっと……確か、トモヤ様・ハヤト様・ケイゴ様、というお名前だったかと。お三方とも、随分必死になって運んでおられましたが……」
そう言いながら、メイドは俺の体を不思議そうに見る。
「……どうした?」
「あ、いえ。勇者様はスラッとした体つきをしておられるのに、どうしてお三方はあんなにも必死になっておられたのかな……と思いまして」
……ああ、その事か。まあ仕方無いな。
「それに関しては気にするな。別にあいつらが非力ってわけじゃない。……それより、教えてくれたことについて礼を言おう」
「勇者様!? 頭を上げてください! 私などに礼など勿体無いです!」
「……相手の行動に対して礼儀を尽くすのは当然だろうが。良いから素直に受け取っておけ」
「え、そう仰られても」
「良いから」
「は、はい……分かりました。そう仰るのでしたら……」
……コイツ自分を卑下しすぎじゃないか? いくらメイドとは言っても、別に俺はこいつの主人じゃないんだし、ここまでへりくだることもないだろうに。
俺が考え込んでいると、メイドは「あっ」と声を上げた。
「ここに来た当初の目的を忘れておりました……急ぎ食堂に案内いたしますね。他の勇者様方は既に食堂に向かわれています。食事が無くなることは無いとは思いますが……」
やはりさっきの騒がしい気配は他の奴らだったか。俺も腹減ったし、早く飯を食いたい。
「……そうか、分かった。では行こう」
「はい!」
そして俺達は、食堂に向け揃って歩き出す。一瞬沈黙が訪れかけたが、メイドが再び口を開いた。
「あ、あの……勇者様」
「何だ」
「その……お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
……そういや、お互い名前知らなかったな。
教える必要も無い、とも一瞬考えはした。だが、ただの勘だがこいつとは何かしら関わる機会がありそうな気がする。そうなると、いつまでも他の奴らと同様「勇者様」と呼ばせるのは紛らわしい。
というか、そもそも弾除け扱いしてくる奴らを助ける気も無いため、「勇者」と呼ばれること自体非常に気分が悪い。……仕方無いか。
「……修哉。沢渡修哉だ」
「シュウヤ様ですね! 私はサーシャと申します。これからよろしくお願いいたします!」
そう言って、サーシャと名乗るメイドは勢い良く頭を下げる。
(…………………)
益々疑問に思う。こいつからは一切の悪意が感じられない。むしろ、親近感すら覚えているように感じる。
(ーー鑑定眼、発動)
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〈名前〉:サーシャ・ルーツィエ 〈年齢〉:13
〈種族〉:人族 〈性別〉:女 〈属性〉:水
HP:□□□□□□□□□□1100/1100
MP:□□□□□□□□□□1200/1200
LP:□□□□□□□□□□1200/1200
〈基本技能〉:料理(小)、裁縫(中)、清掃(中)、奉仕術(中)、異界言語理解
〈魔法〉:水属性魔法(中)、無属性魔法(小)
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もしやこいつも無属性なのか? と思ったが、どうやら違うようだ。まあ良く良く考えてみれば、思いっきり白い目で見られる無属性が、王城なんてとこで元気に働いてるわけもない。
ならこいつのこの態度の理由は何だろうか……? 気にはなるが、まあ別に知らなくても良いか。悪意が無くて、面倒事が起きないならばそれで良い。
「も、申し訳ありません。足を止めてさせてしまって。では、行きましょう」
と言う言葉を最後に会話は終わり、サーシャの先導の元俺は食堂へと向かったのだった。




