第10話 起床、そして憂鬱
「……………………」
暗闇の中でふと目を覚ます。目の前に広がるのは白い天井、いつも見ているアパートの木目の天井ではない。
重い体を気怠げに起こし窓の外を見ると、太陽が地平線より少し上の位置にあった。空はまだ少し暗い、体感的には朝の五時前後といったところか。いつもは四時に起きランニングやトレーニングをしているため、少し寝坊してしまったことになる。
部屋を見回す。俺がいる場所以外光はほぼ届いていないが、夜目が効くので確認に問題は無い。
簡素な部屋ではあるが、白い壁に床に敷かれた赤い絨毯、机と椅子一式、そして今俺の下にベッドがある。どう見ても普段目を覚ますアパートの部屋ではない。
「……そうか、俺は…………」
そうだ、放課後の教室からいきなり異世界に飛ばされたんだったな。こうして見知らぬ部屋で目覚めてるってことは、夢じゃなかったってことか。まあ夢の中であんな細かい説明されても困るけど。
「つーかあの説明長過ぎだろ……もっと端折りやがれ。あんなん全部理解しきれる奴そうそういねぇだろ……」
そう愚痴を吐きつつ、手首に取り付けた腕時計に目を落とす。こっちに来る際に持ってこれた数少ない持ちものの一つ。制服の中に入れていた財布やハンカチ、スマホまでもが無かったことから、恐らくは直接地肌に触れている物しか持ってくることは出来ないのだろう。最後の瞬間に掴み取って懐に入れたアレを今尚所持出来ているのは、光に包まれたあの瞬間にまだ手を離していなかったおかげだろうか。
……まあ、それはともかく。こっちと元の世界の時間の流れが合っているのかどうかは良く分からないので、調整無しにこの時計を活用出来るかはまだ分からない。が、それでも時間の経過具合を知ることは出来る。
そこで、昨日の説明の際開始した時点と話が全部終わった時点でチラッと確認していたのだが、結局その間三時間近く経っていた。最後一時間位は属性測定だったものの、説明には変わり無い。
一応全部理解は出来たものの、全く新しい情報を休憩無しに三時間ぶっ続けで突っ込まれ、かつそれを全て深く理解するのは流石に無理があり、頭が疲れてしまった。全部真面目に聞くより、さらっと聞いて後で自分で細かく調べる方が良かったかもしれない。
まあ、無能扱いされるようになった以上そんな時間が取れるかどうかは知らんが。待遇は他の奴らと一緒にするって言ってたし、雑用とかやらされるわけじゃねーだろうけども……。
「んで、説明が終わって……飯食って…………あれ?」
ちょっと待て。俺いつベッドなんかに入った?そもそもこんな部屋に入った覚えも無ぇぞ?
落ち着け、思い出せ。えーっと……何か男子共が争奪戦やってて、部屋に向かってて、そしたら急に床が………………あ。
「そうだ……俺、倒れたんだった」
あの感覚ーー思い出すと寒気がしてくる。体の大事なものを根こそぎ持っていかれるような、全身を動かす神経が全部切られたような、そんな感覚。
倒れた直後は体が重い、動かないと思ったが、今思い出すとアレはそんなレベルではなかった。昔は動けない程疲れるなど日常茶飯時だったが、いくら過去を思い出してもアレには遠く及ばない。
今尚体が怠いことを考えると、相当後に残っているらしい。俺の時計は時間だけでなく日にちも分かるので、あの症状が襲ってきたのはつい昨日のことだとは分かったが、それでも一晩経ってもこの状態とは中々恐れ入る。
手を握ったり開いたりを繰り返してみる。体は重いが一応動くことには動くらしい。
「何だったんだ……アレは一体……」
前兆は無かった。誰かに何かをされたわけでもなく、突然体が動かなくなった。
何かの病気……の可能性は低いだろうな。心臓は普通に動いてたし、息苦しいわけでもなかった。というか、流石にまだ十七なのに心筋梗塞とかそういうのは勘弁してもらいたい。
何らかの魔法をかけられた可能性も考えはしたが、結局は否定した。六属性の中に他人に対しそんな症状を引き起こさせるものは無かったし、騎士団長にボロクソに言われるような無属性魔法は尚更だ。
よしんばそういった魔法があったとしても、来たばかりかつ無能扱いされる俺に、そんなものをかける理由が思い付かない。勇者を無力化させたい奴がいるなら、精霊属性持ちや三属性者を真っ先に狙うだろう。というわけで、魔法の線も消える。
その後もしばらく考えたが、特に原因は思い付かず、体を起こしているのにも疲れたので再びベッドに背中から倒れ込む。
「そういや今日は王都の散策だとか何とか言ってたな……あー、気分が乗らねぇ……」
こんな体を引きずってあちこち回るなどしたくはないので、正直このまま寝ていたい気分ではある。が、それでも行かなければならない。王都で探したいものがあるからだ。
こっちの世界にもあんな施設があるかどうかは分からない。だが、もしあるとしたら是が非でも行って目的を果たさねばならない。無属性である俺が、それでもこの世界で安全に生きていくために……。
と、そこまで考えたところで、昨日の出来事が再び頭の中で鮮明に思い出される。そしてつい深くため息をついた。
「無属性……無能……か。魔法が使えるのは何よりだが、それでも昨日の反応からして面倒事が増えそうだ……」
王は確かに「同等に扱うように」とは言った。城の連中も王の命とあれば従いはするだろう。
だが、それはあくまで世話という意味での話だ。流石に命令とあっても世話以外の扱いは他の奴らと比べ差は出るだろう。人間の心はそこまで単純ではない。
別に話す際の反応云々はどうでもいい。こちらも必要最低限ーーつまり業務連絡位しか話す気はない。ただの連絡に反応の具合なんていう要素は必要無い。
だが、それ以上となると話は変わってくる。少なくとも訓練に関しては絶っっっっ対何か起きる。何が起きるのかはまでは良く分からないがこれだけは言える。
だってあの二人だもの。散々睨み付けてきた上、「訓練内容好きに変更していいぞ」と言われたくせに何もしてこないとは考えにくい。一応予想は出来てるが……さて、どうなることやら。
そして、何かしてくると考えられるのは城の連中だけではない。そう、クラス連中。
昨日食堂に付いてからも尚感じていた視線の主はあいつらだ。昨日は食事前というのもあって何もしなかったのだろうが、これからは違う。
今日は予定通り別行動はするが、明日からはどうなるかな……。もしかしたら城の連中と一緒になって何かしてくるかもしれない。面倒くせぇな……何かしら手打っとくか。
「チッ……面倒事が多すぎる。どうしてこうなったかねぇ……」
属性なんて縛りが無ければ、こんなことにはなっていない。どうせ呼び出されるなら、もっと違うシステムの世界へ行きたかった。
そういや昨日倒れる前もそんなん考えてたっけか……。職業がどうとか、スキルがどうとか……。
あと何だっけ? 確か鑑定眼がどうとかーー
ーーーヴンッ!
「ーーーうおおおおっ!!??」
突然目の前に現れた何かに驚き、反射的に寝転んだまま横に飛び、ベッドから離れる。床に衝突し勢いのまま転がるが、すぐに体勢を立て直す。と同時に、体感ではいつもより更に増した重力が体を襲う。
(ぐぅ……体が重苦しい……)
しかし、その何かは未だに俺の目の前にあった。落ち着いて見ると、それは四角いウィンドウのようであり、光りながら宙に浮かんでいた。そして、そこにはいくらかの文……いや、情報が書かれていた。
〈名前〉、〈年齢〉、〈性別〉、〈属性〉、〈基本技能〉…………。そして名前の部分には、はっきりと「沢渡修哉」と書かれている。
「これ……もしかしなくても、ステータスか……?」
おいおいおいおい、何でこんなものがある!? あの王も魔法師団長の野郎も、こんなん一言も言ってなかっただろうが!
各項目の内容を辿りつつ、一番下の文面を見ると
『〈異能〉能力生成(残り13/14日)、鑑定眼』
と書かれていた。
「何だこりゃ……名称だけ書かれても、詳しい内容とか全く分からないんだが……」
どうしたものか、と考えながら能力生成の部分に意識を集中させると、そこに重なるように新たなウィンドウが現れた。それには能力生成の更なる詳細が書かれてあった。
(おお、意識を集中させると詳しく見れんのか。どれどれ……)
内容を一つずつ目で追っていく。驚きよりも情報を知りたいという気持ちの方が勝っていた。
……が、詳細を読み終えると同時に、俺はさっきよりも更に大きな溜息を付く。怒りでもなく呆れでもなく、悪い意味での驚きと焦りを込めて。
「おい……まさか、コレのせいか?」




