第9話 無能の烙印
……空気が張り詰めている。国王達の視線は俺と手元の白く輝く水晶に向けられ、誰一人口を開こうとしない。一方、クラス連中はただならぬ雰囲気に口を閉ざしながらも、何が起きているのか理解出来ず戸惑っている。
……これはどういうことだ?
ジキルはこの水晶が属性によって色を変化させると言い、実際今までそうなっていた。他の奴らが使えていたのだから、不良品というわけではないだろう。ならば、本来この水晶は俺の適性属性を表す色、六色の内のどれかにーー
(え、まさか……)
「……まさか、無属性がいるとはね」
ジキルは先程はしゃいでいたのとは違った険しい声で呟き、俺を睨み付けてきた。とここで、今まで口を閉ざしていたクラス連中の内の一人が、おそるおそると言った感じで口を開いた。
「あ、あの……無属性とは一体?」
「言葉通り、属性が無いーーつまり、適性属性を持たずに生まれた者のことです。まさかいるとは思ってなかったので、説明を省いておりました……申し訳ありません。先程も説明した通り、自らの適性属性以外の属性の魔法は上手く扱えません。つまり、無属性は六属性の魔法のどれであろうとも、使いこなすことは出来ないのです」
ため息をつきつつ返答。そしてジキルは一呼吸置き、
「精霊属性を持つ者よりも、生まれてくる可能性は低いはずなのですが……よりにもよって、救世主のはずの勇者の中に、こんな無能が紛れ込んでいたとは」
と、今度は先程よりも更に見下すような視線を俺に向けてくるのが感じられた。だが、その顔を確認することは無い。そんなことをわざわざする気力も湧かなかったから。
俺は水晶に目を落としながら、内心この上なくがっかりしていた。嘘だろ? 魔法が使えない? そんなことがあるかよ。楽しみにしてたのにな……。
こうやって水晶が光ってるってことは、魔力自体はあるってことだ。だから、適性が関係ない魔法陣魔法なら使えるかもしれない。
だが、まともに説明を受けていない以上過度な期待を寄せるわけにはいかない。少なくとも自由に魔法が使えるという選択肢は失われたわけだ。
あーもう、何でこんな面倒くさいシステムなんだよ……。せめて六属性なんてものが無ければーーと考えていた俺の耳に朗報が届いた。
「一応無属性も……というか、適性関係なく使える無属性魔法っつーのはあるが……あれ魔法とは言えないようなもんだしなぁ。魔力の消費量アホみたいに高いくせに、身体強化以外効果ゴミレベルだし。まあ魔法使えなくとも、他の勇者達の弾除け位には使えんじゃねーの?」
俺を睨みつつ、そう口を開いたのは騎士団長だった。中々酷い言われようであるが、後半部分は単に聞こえただけで、意味を理解した後はすぐに頭から抜けていった。そんなことよりも、俺の頭は前半部分、無属性魔法とやらが存在するという事実で一杯だった。
何だ、無属性でも魔法使えるんじゃん。なら別に良いや。効果が弱かろうが魔法は魔法だろ? ……と。本来ならば弾除け部分に怒りを覚えるところだろうが、何かしら魔法が使えるということに再度の喜びを覚え、そんな些細な怒りなどどうでも良くなっていた。
勿論顔には出していない。これを言ったり悟られたりしたら、面倒なことになるのは目に見えているから。まあ例え出てたとしても、水晶に目を落としたままだから、周りから表情が見えることは無いのだが。
「国王様、こんな無能にこの城……いや、この国に留まる資格などありません。我々の手で元の場所に帰せない以上、とっとと国を追い出すべきでは? それにカストロ、君の考えを採用するというなら、何故弾除けごときをこの城に置いておかねばならないのです?」
「それもそうだな……。国王様、早く追い出しましょうぜ。なに、勇者と言えども無属性だと知れば民達もそこまで反対はしますまい」
ジキルとカストロが国王に訴える。だが、国王は二人の言葉に対し首を横に振った。
「そうしたいのは山々だが、それは出来ぬ」
「「何故ですか!?」」
「良く考えてみろ。国を、そして世界を救いにきた勇者の中に無属性が紛れ込んでいたとなれば、国民達はどう思う? 今まで無かった、起きてはならないことが起こったと知れば、不安になるのは目に見えておるであろう?」
「「………………」」
二人は国王の言葉に押し黙った。国王は更に言葉を紡ぐ。
「それにな、無能としてこの世界で生まれ育ち今この場にいるならまだしも、この者は異世界から来たばかり。こちらの都合で呼び出しておきながら、都合が悪くなったから野垂れ死ねと命じる……罪人ならまだしも、そうでない者にそんなことをするのは流石に気分が悪いのだよ」
「では……」
「ああ、この者はここで生活させる。訓練内容については変更せねばならんから、そちらは任せるが……少なくとも、普段の生活については他の勇者達と同等に扱うように。分かったな、四人共」
「「はっ」」
「「……了解しました」」
ガラン、レミールの二人ははっきりと返事をしたが、訴えた二人はまだ納得がいってない様子だった。相変わらず俺を睨み付けてくる。
……そんな態度取られても、俺にはどうしようもないんだがな。過去に無属性に何かされたことでもあるんだろうか、と思ってしまう位の表情だった。
「ああ、それと」
と、国王は一度俺達全員を見回し、強い口調で命じた。
「さっきも言った通り、その者が無属性であると知れば、民達は不安がる可能性が高い。勇者達も含め、この場にいる者達全員、決してその者が無属性であることを公言してはならぬ。良いな?」
その言葉に全員が頷く。俺も何か起きれば面倒なのは分かるので、この時ばかりは素直に頷いておいた。
ともかく、とりあえず俺は安定した生活を送れるようだ。そこのところは安心した。流石に魔法も使えない状態でほっぽりだされても、今国王が言った通り死んでもおかしくないし。早いところ、無属性魔法の習得を頑張るとするか。
「さて……長々と話に付き合わせてしまって済まなかったな。窓が無いから分からんだろうが、もうそろそろ夕食の時間だ。この後食堂に案内させ、それが終わったらそれぞれの部屋に案内させよう。人数が多い分予定していなかった部屋も急いで空けねばならんから、一部の者には少し待ってもらうかもしれないが、そこは我慢してくれ」
夕食という言葉に何人かの腹が鳴り出す。その音に、張り詰めていた空気が弛緩していくのが感じられた。ふむ、確かに俺も少し腹が減ってきたな。
「国王様、明日のことについてはいかがいたしましょう」
「ん? おお、忘れておったな。勇者達よ、明日から早速訓練……といきたいところなのだが、明日は一日王都を散策してもらう。ああ、勿論いくらか金は支給するから、そこは心配しないでくれ」
ガランに問われ国王が発したその言葉に、クラス連中の目が一斉に点となる。
「えっ……国王様、何故ですか? 訓練をするならなるべく早くからやった方が良いのでは……」
「それはそうなのだが、君達はこの国や世界のために戦ってもらうわけであろう? だと言うのに、国民達の顔すら見ずに訓練をさせるというのは、少し違う気がするのだ。君達だって、守る相手の顔が分かっていた方が、分からないよりも訓練にも身が入るだろう?……と、言うわけでだ。本格的な訓練は明後日からとなる。皆、励んでくれ。よろしく頼むぞ」
国王のその言葉を最後に、この世界に来てから長々と行われた説明は終了。俺達は食堂に案内され夕食を取った。
食事はバイキング形式で、ずらっと並ぶ品々から好きな物を取り、好きな席に座る感じ。クラス連中はいつも見るようないくつかの塊となり、仲良く話しながら食べていた。
……俺はどうかって? いつも通り一人で食べてましたよそりゃあ。学校では赤城がウザいので屋上に行っていたのだが、流石にここではそんなことは出来ないので、端の方に行ってなるべく速やかに食事を終わらせた。本当ならゆっくり食べたかったのだが、召喚された場所から食堂に来るまでの道中から、クラス連中の一部から嫌な視線をずっと感じていたので気が休まらなかったのだ。
視線程度無視しても良い気はする。しかし、生憎今の俺は周りから無能扱いされている。のんびりしていると絶対無属性関連で絡まれると予想出来たので、早目にテーブルを離れ、食堂の外にて部屋への誘導を待った方が良いと判断した。
ちなみに夕食は、味としてはまあまあ美味かった。まあそこは王城だから当然ではあるか。
俺は元の世界では日々自炊していた。時折ファミレス等に行くこともあったが、経費節約のためと自分好みの味に出来るということで、自分で作ることの方が遥かに多かった。
勿論料理は個人的には好きだ。だが、こうやって誰かに作ってもらったのを食べるのも、悪くないなとは思った。
……そう呑気に考えていられたのも、結局誰も絡んでこなかったおかげだろうな。俺は食事後の落ち着いた時間に気分を乱されるのを心底嫌っているので、そこら辺は本当に有り難かった。そんなことをふと思いつつ、他の奴らの食事が終わるまで、俺は穏やかな時間を過ごしていた。
全員の食事が終わり、俺達はそれぞれの部屋に案内される。メイドの説明によると、部屋自体は足りたものの一つの階の中でとなると流石に無理があり、二つの階に半分ずつ分かれることになったらしい。
一応男女で分かれるらしいが、うちのクラスは男二十に女十二。半分ずつにすると男四人が女子フロアに行くことになり、男子の大多数により争奪戦が行われた。
参加しなかったのは、俺・佐々木・高坂、それと近衛という奴のみ。何でそんな枠を欲しがるのかは分からないが、大方下らない理由だろうなとだけは分かった。
争奪戦の結果、赤城と松浦・三吉・木島という奴らが女子フロアに行くことに決定。赤城は勿論のこと、他三人も良く絡んでくる奴らだったので、俺としては別の階に行ってくれて助かった。流石に階を越えて部屋にまで絡みにくることは無いだろう。
そんなことがあり、今俺は他の男子達と共にメイドに先導され男子フロアを進んでいた。廊下には沢山のドアが見え、そこに辿り着く度に一人ずつ男子が説明を受け部屋の中へと消えていく。
俺はその光景を眺めながら、ぼんやりと今回の召喚についてのことを考えていた。と言うのも、俺が物語の中で見知った勇者の召喚とは、いくつか違う点があったからだ。
勿論、無能扱いされていることだってその一つ。物語の中ではステータスプレートとかいうのがあって、勇者達は各々に職業を持っていることが多かった。
時折外れ職業というのもあり、それで蔑まれる主人公も知っている。だが、属性魔法自体が満足に使えない勇者というのは聞いたことがないのだ。そう考えると悲しいかな、やはりこれは現実で、物語の中とは違うのだということが分かる。
ステータスがあって、技能があって……時には他人のそれを覗ける鑑定眼とかそういうのがあって。現実に起こるにしても、そういうもっと夢のあるものが良かったな、とはやはり思わずにはいられない。
そんなことを考えている間に男子はどんどん減っており、残りは争奪戦に参加しなかった四人だけになっていることと、既に廊下の端近くまで来ていることに気付く。
(おぉ、端っこか。これは益々面倒ごとが少なそうで良いなーー)
ーーそう呑気に考えた直後、急に地面が迫り上がってきた。何が起こったのか分からず瞬時に回避しようとするが、動くことは出来ない。
(これは……何だ? 俺が倒れているのか?)
その直後、体に感じた衝撃に、本当に俺が急に倒れたことを理解する。必死に起き上がろうとするが、体が重い。全く力が入らない。
誰かに殴られた? 何かをされた? ーーいや、そんな気配はしなかった。
他の奴は倒れていない。ならば毒ガスか何かでもない。
じゃあさっきの食事に何か? いや、普通に美味かったし、変な味はしなかった。それに何か混ざってたのなら、同じものを食った他の奴もダウン……してる……は………ず………。
考察を続けようとするもそれすらままならず、急速に意識は落ちていく。感じるのは、頬を流れ落ちていくいくつもの冷や汗の感触のみ。
「ーーー!? ーーーーーー!?」
……誰かの声が聞こえる。だが、声の主が誰なのか……いや、そもそも何と言っているのかももう分からない。そうして俺の意識は、暗闇に沈んでいったのだった。
誤字報告や表現がおかしいところなど、もしありましたら指摘して下さると有難いです。




