その後の
あまり進まず申し訳ない……
アリアの強大な威圧は建物一帯にだけでなく、その周辺にも微細ながら影響が出ていた。ショップを出て、すぐに周囲の人達の中で地につくばる人や壁に手を当て体を支える人、座り込んで休憩する人など、見た限りでも少なくない数の人間の体調に変化が及んでいるのを知って、祢音達がそそくさとその場を立ち去ったのは言うまでもない。
心の中で盛大に頭を下げながら……。
そんなこんなのプチ騒動後。
先ほどのアパレルショップからだいぶ離れたカジュアルな落ち着いた雰囲気のカフェでアリアを除く三人は疲れたように肩を落として、頼んだ飲み物を啜っていた。
「アリア……俺のためってのは分かるんだけど、そんなむやみやたらに周囲を刺激しないでくれ……」
祢音は一段と気苦労が窺い知れるような様相で義母に注意を入れる。
今回ばかりは自分もさすがにやりすぎたと感じたのか、少しばかり反省した様子で祢音の忠言に頷いた。
「うう……ごめんね、祢音」
「別にいいよ。俺のために怒ってくれてたのは分かってたから。だから、まぁ、ありがとなアリア」
「……ふふ、どういたしまして」
顔を少しアリアから逸らして、照れ臭そうに謝罪を受け取った我が子を見て、彼女は頬を緩める。
またもどこか甘くて、ゆるふわな空気を発し始めた二人。何も事情を知らない人が見れば、どこからどう見ても、仲良しカップルそのものだが、実際は親子である。
そして、現在この席に座っているのは何も祢音とアリアだけではない。
冥はまたも変な空気を発しだした二人をジトっとした目で見つめ、盛大に二人の間に割って入った。
「無道君?早くきちんとその人のことを説明してほしいのだけれど?」
「あ、ああ、そ、そうだったな。悪い」
アパレルショップで出会った時から冥が発する謎のオーラに祢音は地味に気圧されて、素直に彼女の言葉に頷く。大概のことでは恐れ知らずだと自負している祢音でも、何故かこの冥に口答えをしてはいけないと直感がささやいていた。
「むっ」
祢音とのいい雰囲気に侵入してきたお邪魔虫にアリアはありありとした不満顔を見せる。けど、一度諫められたばかりなためか、文句を垂らすことはなかった。
祢音は横に座るアリアのその態度を見て、ほっとした息を吐き出す。彼女達がさっきの騒動をこの静寂で穏やかな空間でまた再発させないかと少しは内心冷や冷やしたのだ。それが杞憂だとわかると、祢音は安堵した表情を浮かべて、本題に入る様に前に座る冥と命にアリアのことを紹介した。
「彼女の名は無道アリア。まぁ……その、一応俺の師匠であり義母だ」
「お、お母様!?」
「……母親?」
冥は驚愕したような声を、命はマイペースにキョトンとした顔を、両者違いが浮かぶ感情を露わにさせる。全く異なるリアクションは彼女達の性格をよく表していた。
冥は対面に座るアパレルショップで自分を子供の様に楽し気に揶揄ってきた相手を見つめて、これでもかとばかりに目を見開く。
凝視してくる彼女にアリアは眉を寄せて、問い返した。
「なによ?」
「え、い、いえ……そ、その本当に親子なのですか……?」
若々しい見た目や言動、行動力にせいぜいが自分達よりも少し上くらいかなと考えていただけに、まさか子持ちの女性だとは思っておらず、冥は少し焦る様に丁寧な言葉で質問をする。
「フン……そうよ。私と祢音は親子よ……まぁ、前に義理のとはつくけど」
「……な、なるほど(……そ、そう。義理の親子だったのね)」
冥はどこか納得した様子で頷いた。そして、同時に彼女はなぜかほっとした安堵のような感情が胸の内に沸く。
(……?)
しかし、次の瞬間にはなぜ自分がそんな感情を抱いたのか頭に疑問符を浮かべ、首を傾げた。
そんな彼女の小さな機微をアリアは目ざとく気が付く。が、眉をピクリと動かすだけで、何かを言うことはなかった。
それよりも彼女は息子と親しくする少女二人の詳細が気になっていたのだ。
「それで、袮音?この子達は一体何なの?」
まるで旦那の浮気を疑う嫁のようなセリフである。
「……彼女達は学園の友人達だ」
「あ、その、自己紹介が遅れました。無道君と同じクラスの暗条冥です」
「……祢音の友達の白雪命。よろしく」
祢音がアリアに冥達のことを紹介すると、彼女達は個々に頭を下げて、名前を名乗った。
「ふ~ん……本当に友達なのね?」
少女二人に――特に冥――に念押しするように声をかけるアリア。どこかふざけた調子ではなく、真剣な雰囲気――傍から見れば威圧しているようにも見える――で見てくるアリアに冥は少し動揺したように頷いた。
「……そ、そうです」
「……そう、ならいいわ。さっきは悪かったわね。私が過保護なせいで、祢音は今の年まで学校へは行かずにすべてを教えてきたものだから、外の世界というものには疎いのよ。だから、てっきり変な虫にでも騙されているんじゃないかって思ってね……まぁ、友達ならよかったわ。これからも祢音と仲良くしてあげてね?」
言葉にすれば息子を心配する良き母親である。だが、なぜこうも視線からバチバチとした殺気のような濃密な圧力を感じるのだろうか……。
「は、はい……」
「……ん」
冥は困惑半分、不審半分といった曖昧調子で小さく返事を返し、命は無表情にコクリと頷いた。
自己紹介も一区切りがつき、しばし祢音等の席には無言が漂う。
袮音とアリアは沈黙を保ち、テーブルの水に口をつけているが、冥は口を開閉させて、言葉を紡ごうとする仕草を見せていた。ちなみに命は両手にカップを持って喉をコクコク鳴らしながら、水を可愛く嚥下している。
冥は話を切り出そうとするが、しかし、喉から出かかる言葉はその直前で停止した。本当に聞いてもいいか、悩んでいるのだろう。はっきりとプライベートに踏み込むことで、さらには根の深そうな闇を垣間見たこともあり、冥は萎縮していた。
――自分にもあまり踏み込まれたくない過去があるからこそ、理解できる。
眼前の席の冥の様子を見て、袮音は彼女が何を聞きたいのかなんとなく予想がついていた。
自己紹介が済めば、自ずと先程の騒ぎが起きた原因である袮音と焔魔姉妹との関係に目が行くの自明の理である。ただ、袮音自身それはあまり触れて欲しくない部分。自分自身の元家族の話は闇でもありデリケートな問題。親しくなった友人で会っても、簡単に話せることではない。
その為、袮音は話に入られる前に、自ら違う話題を冥等に振った。
「――暗条達は今日何しにあそこにいたんだ?」
「え、あ、私達は……」
「……買い物」
唐突に挟まれた話に冥は反応が遅れるが、彼女の代わりに隣の命が二の句を継ぐ。
「そうか――」
袮音は少しばかり申し訳なさを感じながら、そのまま話を広げていく。まるで先ほどの話題から話を逸らしていくように……いや、事実話を逸らそうとしているのだろう。
そんな息子の姿をアリアは横でじっと黙って見つめていた。
その後も彼等は世間話のような近況を報告するだけして、実のある会話をすることはなく店を出ることになる。そうして、彼等はそれから何をするでもなく、各々それぞれの帰路に着いた。
結局、アリアと冥等の邂逅はあまり多くは進展せず、後味の残る結果に終わった。
◇
「……最初から気づいてたよな?アリア?」
冥とも別れ、男子寮に向かう道すがらで祢音はポツリとアリアに質問を投げる。それは半ば確信しているかのような口調であり、少し要領を得ないが、彼女は何の疑問も抱かずに息子の質問に応えた。
「それは私を怒らせたあの姉妹が実は祢音と血の繋がった家族だってことを言っているのかな?」
「……ああ、そうだよ」
「だったら、答えは正解だよ。見た目って部分もそうだけど、何より心想因子の雰囲気がやっぱ似てたからね」
肯定するアリアに祢音は内心やっぱりなという思いを抱く。息子を溺愛する母親であり、最強の大魔法師たる彼女がそのことに気が付かないわけがないのだ。
自分の考えが正しいとわかると、次に祢音の内に一つの疑問が湧く。
「――なぁ、なんで何もしなかったんだ?」
それは妹である朱音に切れた時のことではなく、兄妹だと知った瞬間のことを言っていた。この祢音大好きな母親であるアリアのことだ。今ほど愛が深くはなかった頃でさえ、祢音の過去を知った時は怒りで一時住んでいた家が大変になった時がある。
それが直接の原因とまみえれば……正直祢音はそれ以上は考えたくなかった。
けれど、想像していたことは起こることもなく、意外にも冷静?に冥達をいじり始めたのを見た時は、少しばかりほっと安堵したものだ。まぁ、それも結局は朱音の盛大な祢音への悪態によって周りに被害が出てしまったので無意味だったが……。
「……何言ってるの?割と本気で威圧をかましたじゃない?」
「……俺への罵倒で怒ったことに対してじゃない。出会った瞬間のことを言ってるんだ。アリアの性格なら、我慢せずに何かしでかすんじゃないかと冷や冷やしてたんだぞ?」
「別に私も初対面の人物にそこまで考えしらずな行動は取らないわよ……まったく、祢音は私をなんだと思っているのかしら?」
「いや、暗条達を盛大にいじり倒してて、それはねぇだろ。終いに自業自得とはいえ、あいつらに強烈な威圧まで放ったし……まぁ、別にもうそこまで気にしてるわけじゃないからいいけどさ」
ふぅと疲れた様子でため息を吐く息子の横顔をアリアはちらりと眺めた。
祢音はどうやらアリアが姉妹に邂逅した時に彼女等が祢音の兄弟達だと思っているが……
(もう、祢音はひどいよ!人をそんな怒りん坊みたいに言うなんて!…………………………わざわざ祢音と元家族の関係を見たいがために引き合わせたのに自分から場をかき乱すようなことをするわけないじゃないのさ!)
実際のところは違う。
内心で不満を露わに、アリアは今日一日のことを想起した。
冥等というイレギュラーがありはしたものの、祢音を捨てたという元家族達のことを確認できた。途中、感情を抑えきれずに爆発したのは仕方がなかったとはいえ、概ね目的を達成できたことには満足だと言えよう。
それにしてもと――アリアは祢音の姉妹を脳裏に浮かべて思った。
(――彼女達から感じた微かなもう一つの心想因子の残余……………………………まさかね?)
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