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最強への挑戦Ⅰ

ようやく50話




 祢音の部屋への滞在がすでに既定事項になったかのように、アリアは喜色満面な笑みを浮かべ、手を何もない虚空に突き入れるとそこから次々と滞在に必要な生活用品を取り出していく。


 彼女の行動を見て、祢音は慌てて止めに入った。


「ちょッ!?一応ここ男子寮だぞ!?女のアリアが滞在できるわけないだろ!?」

「むぅ!お義母さんの言うこと一つ聞いてくれるんでしょ!だったらこれぐらいいいじゃん!」

「これぐらいって……規則的にダメだから!?」

「もう!真面目だなぁ!ふふ、こんなのはバレなきゃ平気なのよ!私を誰だと思っているのかしら、祢音?」


 ある程度の荷物を出し終えると、アリアは祢音に顔を向け、唐突に魔法を発動した。


 一瞬にしてアリアの姿がぼやけ始め、次第に薄れていく。そして、数秒と経たずに彼女はその場から消え、見えなくなった。


 視界には全く反応がない。気配すら完全に消失し、そこに存在があったかすら疑問を覚えるほど完璧な隠形だ。


 アリアがよく多用する属性の一つ(・・・・・)


 系統外属性『空間』の魔法、【次元変質(ラティレーション)】。自身を起点とした空間の位相を変化させ、境界を隔てるかごとく、周囲に低次元と高次元を構築する高難度魔法。


 低次元が高次元を観測することができない様に、この魔法は自分と周囲の次元を一つずらし、あらゆる手からの障害を退ける。魔法や武器での攻撃はもちろんのこと、それこそ認識や理解などもすべてが及ばなくなるのだ。


 珍しい系統外属性であり、さらには心想因子(オド)の消費量や操作難度、脅威度から第八位階の旅団級魔法という位置づけとして記録されている。


 そんな魔法をまるで呼吸するかの如く無詠唱で簡単に使って見せたアリア。驚異的なのはそれだけでなく、彼女は第八位階の魔法で発生するであろう心想因子(オド)現象粒子(マナ)を周囲が気づかないレベルで、最小限に抑えて発動させたのだ。


 そんな高難度魔法+高難度技術を使った理由が男子寮で祢音との同居をバレないようにするためという。


 何とも残念で呆れた理由に祢音は疲れた様なため息を吐いた。


「そこまでしてここに泊まりたいのかよ……」

「そうよ!愛しの息子と一緒に過ごせるのなら私は悪にだって手を染めてやるわ!」


 魔法を解除したアリアは自慢げにその大きな胸を張ると、正々堂々とした宣言を祢音にかます。


 自信満々に言い張るその姿はある意味清々しい。


 こんな些事にまであんな高難度な魔法を使って来た彼女のことだ。


 祢音はアリアが何を言っても引かないんだろうなと内心思いながら、


「……はぁ、もうわかったよ。一週間くらい止まるのは許すが、絶対に見つからないでくれよ」

「やったぁ!祢音愛してるぅ!」


 結局、彼女の滞在を許してしまうのだった。


 ちなみにそんなことが起きていた傍らで祢音の手によって気絶させられていた炎理はというと――アリアの滞在が決まった後に、彼女に邪魔に思われたのか、空間魔法でそのまま部屋へと投げ返されていた……最後までなんとも可哀そうな奴である。




 ♦




 翌日早朝。


 日課のトレーニングを終わらせた祢音はアリアと共に武蔵の森林区域一帯に来ていた。


 そこは以前、狂気の道化達(クレイジーピエロ)と戦った小さな拓けた広場。広場を中心にアリアが張り巡らせた巨大な結界の中――祢音と彼女は対峙していた。


(アリアが突然来ていろいろやってくれたのにはイラっときたけど、久々に彼女と模擬戦できるのは幸運だな)


 朝の鍛錬を終えた後、祢音の提案で二人は模擬戦を行うことになった。


 祢音はこの離れた二か月間でどれだけアリアに近づけたのか。アリアはこの離れた二か月間の間で息子がどれだけ成長したのか。


 それは戦いが終わる頃にはっきりとわかるだろう。


 祢音と久々に過ごせるだけあって、アリアの表情はすこぶる快調だ。


「ふふ、祢音との模擬戦は久しぶりね!」

「前回の模擬戦は確か俺が学園に行く少し前くらいだったな……俺だってその時よりかは成長してる。今度こそその顔歪めてやるよ!」


 いつものように自然体なアリアに対し、祢音はアノリエーレンを構えながら、不敵に笑みをこぼす。


 その姿を見て、アリアの雰囲気が一変した。


 彼女の体から滲み出た強烈な覇気が重圧となって祢音を押しつぶす。


「やる気満々ね。……さて、どれくらい強くなったのか見てあげるわ。来なさい!」


 いつもの天真爛漫とした太陽のような顔から一転、熱烈峻厳とした顔。普段とは違う、アリアの戦闘時の顔だ。


 常に厳しく、妥協や甘えは許さず、細部にまでこだわる苛烈さ。日常を知る者からすればまさに二重人格と言っても差し支えない変わりっぷりだろう。


 それほどまでに戦うアリアは雄大で凛々しく、他者に畏怖を抱かせる。


 だが、祢音はそれでこそアリアだと獰猛な笑みを浮かべた。


「じゃあ、遠慮なくっ!」


 祢音は地を蹴って、駆け出す。自然と発動していた迅動は祢音とアリアとの距離を一瞬で潰した。


 振り下ろすはアノリエーレン。アリアの手には未だ何もなし。


 直撃コースかと思われたが、そうは問屋が卸さない。


 いつの間に握られていたのか、アリアの手には一本の剣が。それをまるで何でもないかのように掲げると、落ちてくるアノリエーレンに対応させた。


 ガキンと金属独特の衝突音が辺りにこだまする。その威力は凄惨たるもので、ぶつけた衝撃だけで辺りに暴風が舞い、土や落ち葉が吹き飛んでいた。


 祢音の手にもその威力を物語る衝撃が返ってくる。それはまるで巨大な鉄の塊をぶっ叩いたかのような感触。


(クソっ!相変わらず固てぇ!)


 両者ともに視線が交わう。歪む祢音の顔に対し、微動だにしないアリアは余裕綽々と言った涼し気な表情。


 まだ一合。されど一合。


 それで十分すぎるほど実力の差が理解できる。だが、この程度であきらめがつくならば祢音はすでにこの世にいない。


 祢音は即座に離れると、迅動を生かした攪乱に打って出た。


 アリアの周りを高速で動き回り、ヒットアンドアウェイの要領でアノリエーレンを振るう。アリアも祢音の動きに付き合うかのように、その場を動かず迫りくるアノリエーレンに応対した。


 瞬間瞬間にアリアの周りに火花が散る。アノリエーレンとアリアの剣が衝突している証拠だ。


「少しは速度が上がったわね、祢音」

「そう言ってもまだアリアの目を振り切れないから困るよ」

「ふふ、私を振り切りたいのならまだまだよ」


 どうにか死角に潜り込んで一撃を狙う祢音だが、アリアはすべてが見えているのか、回り込もうともすべてに対応して見せる。完全に祢音の速度についてきていた。


(やっぱ平面だけじゃダメか……それなら!)


 祢音の動きが変わる。


 駆空も組み合わせ、二次元的動きから三次元的動きへ。迅動から駆空、さらに駆空から迅動と、二つを組み合わせることでより高速機動で縦横無尽な動きでアリアへ迫る。


 増えた手数と変幻自在な動きにアリアも手に持つ剣だけでなく、空間魔法での障壁も多用し始めた。


 四方八方舞い散る火花に鳴り響く衝突音。


 八面六腑の勢いで迫りくる祢音にアリアは顔を顰めさせる。


「へぇ、いつの間にか二つを組み合わせることができるようになったのね。かなり厄介だわ」


 今の祢音の攻撃能力は事実、彼女を少しだけ困らせていた。それは防御に魔法まで使わせるほどに。


 だが、


「そんなこと言っても全然余裕そうじゃねぇか!」

「そうね……残念だけどこれではまだ私に届くことはないわよ?」


 祢音はそれでもアリアをその場から一歩も動かすことはできていない。


 魔法を防御に使わせ始めたはいいものの、彼女は未だに一歩たりとも動いていないのだ。


 それでは一撃を入れることなど夢のまた夢。


 祢音は悔しさに歯噛みしながらも、アリアとの差を受け止める。身体強化と剣術だけの技術ではまだまだ彼女には届きはしないのだということを。


 だからこそ、自身が持つ魔法師殺しとでも言うべき力を解き放つ為のキーワードを唱えた。


「理よ、無に帰せ!アノリエーレン!!」

 

 祢音の体から放たれた膨大な心想因子(オド)がアノリエーレンに集い、眩く輝きだす。


 目に見えるほどアノリエーレンに集束して渦巻く心想因子(オド)はまるで嵐。すべての魔法を薙ぎ払い、蹴散らすハリケーンがごとく。


「いくぞっ!アリア!」


 暴風となって祢音はアリアに向かって駆け出す。


 すべての力を用いた祢音の大魔法師(さいきょう)への挑戦が始まった。


 


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