鍛錬Ⅲ
遅れてしまいすいません!
(確実に決まった!)
炎理は自身の発動した魔法に確かな手ごたえを感じていた。
火炎檻に閉じ込められた状態で火炎嵐を直撃させたのだ。今や命は灼熱の火炎の竜巻の中、身を焦がしていることだろう。
身体強化やトレーニングウェアの防御力で死ぬことはないかもしれないが(というより死んだらフィールド外に強制排出される)、戦闘続行が不能な怪我を負うだろうことは予想できた。
だからこそ、突如火炎嵐の内側から桜色の心想因子の波動が辺り一帯に迸ったことに、炎理は強い衝撃を受けた。
「ッ!?なんだ?」
思わずといった調子で炎理は疑惑の声を上げる。その心想因子はどこからどう見ても命のものであり……。
目の前で起きた現象が示す意味。それは命がいまだ健在だということだった。
特異な現象を目の当たりにしたから炎理が驚きで固まるのも仕方がないと言えば仕方がない。が、魔法師を目指すのならどんな時も警戒を怠るべきではなかった。
その一瞬の判断で死を招くこともあるのだから。
模擬戦の状況は動き出す。尋常ならざる量の桜色の心想因子は一度外に放出されたかと思うと、次の瞬間にはどこかに集束するように消えていった。
そして一拍。
ブオンッッッ!!!
そんな豪快な音を響かせ、火炎嵐を内側から食い破るようにして、桜色の光を身に纏った命が現れた。
「んなっ!?嘘だろ!?」
今度こそ目を見開いて驚愕する炎理。
眼前に立つ命のトレーニングウェアは至る所が煤け、外気にさらされた肌にはところどころ小さな火傷跡や傷跡ができている。だが、満身創痍にはほど遠く、戦闘不能どころかまだまだ戦える余力があるように見えた。
火炎嵐でそれだけのダメージしか負っていない命に炎理は衝撃で唖然と固まる。そんな炎理を尻目に、命は桜吹雪を構えて地を蹴った。
その様子を祢音は瞠目したように見つめていた。
(あれは……)
まるで一筋の彗星だ。折れない心はどこまでも届く一本の矢のように。
身に纏っている桜色の光がひと際強い輝きを放って、真っすぐ、ただ真っすぐ、命は一直線で炎理まで駆け抜けた。
そのスピードは今回の模擬戦中で最も速く、鋭い。
驚きで固まっている炎理に反応などできるわけもなく、命は一瞬で彼の懐まで潜り込んだ。
「あっ――!」
気づいた時にはすでに遅い。炎理はただ目の前で強く光り輝く命を呆然と見据え――
「ぶふっ!?」
――そして、情けない悲鳴と共に盛大に吹き飛んだ。
命のような小柄で細い少女の腕からでは考えられないような膂力。桜吹雪の峰を使って、大柄な炎理を豪快にかっ飛ばした強烈な横殴りの一撃は見ていて清々しい。
「「……おお」」
地面を削りながら、まるで水きりの石のように綺麗に跳ね、ようやく最後に一本の木に衝突して、止まる光景はあまりにも絵に描いたような美しさで、少し離れた場所で見ていた祢音と冥は思わず二人して歓声を上げてしまう。
そんな強力な一打を放った張本人である命は肩で息をしながらも、桜吹雪を構えながら、倒れて動かない炎理に近づいていく。最低限の警戒を怠らないためだ。
ふらつきながらも炎理の元に歩を進める命を見るに、火炎嵐でのダメージがないわけではなかったのかもしれない。加えて心想因子の消耗による疲れも見える。
とにもかくにも炎理の元まで辿り着いた命は、木を背にして凭れ掛かるように目を回して完全に気絶している彼を見て、
「……むふー」
と満足げな息を吐いて、警戒を解くのだった。
♦︎
亜空間演習フィールドでの特訓を終えた祢音達は現在、炎理の発案で学園から少し離れたところに存在する喫茶店で夜食を取っていた。
四人の注文した料理が届く中。
「あぁ負けた負けた。まさか火炎嵐を強引に突破されるとはなぁ……」
届いたばかりで熱々の肉厚なステーキをナイフでカットしながら、無念そうな様子で炎理がぼやいた。
火炎嵐は自分が使える最大の魔法でもあるからか、余計に破られたことが悔しいのだろう。
そんな炎理に同意するように対面に座る冥も口を開く。
「正直あなたがあんな賢しい戦いをして、さらには中級魔法を使ったことにも驚いたけど、それ以上に白雪さんの戦いぶりが凄まじかったわね」
冥が二人を賞賛するような言葉を言ったからだろうか。炎理は驚いたように口を開けると、次には恐れるように身を竦ませた。
「……おいこれは何かの前触れか?お前が人を褒めるなんて明日は槍でも降るんじゃないだろうな?」
「私だって誰かを褒めることくらいはあるわよ。……ふっ、たとえその相手があなたみたいなニワトリだとしてもね」
「だから、俺はニワトリじゃねぇよ!くっそ、褒めたと思ったらすぐにこれだぜ!」
「ふふ、これでも少しばかり見直したのよ?ありがたく思いなさい?」
「チッ!いちいち言い方が癪に障る女だ!」
上から目線のお褒めの言葉と揶揄うような微笑を冥から向けられ、不機嫌そうにそっぽを向く炎理。だが、その頬は少し赤く染まっていた。
(クソっ――)
自分でも単純だと思う。
いつも自分のことを下に見て小馬鹿にしてくる気に食わない女。加えて、不愛想で毒舌で冷淡。可愛くない奴。それが炎理が冥に持つ印象だ。
しかし、眼前で珍しくも賞賛するような言葉と口元を曲げていたずらっ子のような微笑みを向けてくる冥の姿を見ると、認めたくはないが、
(――かわいいじゃねぇか!)
と炎理は内心、思ってしまった。
けれど、一瞬でも彼女に見惚れてしまったこと、それで自分の顔が赤くなったこと、それらを冥に悟られるのは嫌だった炎理はすぐさま話題を逸らすように対面の席に座る命に視線を転じた。
「そ、それよりさ!命ちゃん!俺の火炎嵐を破った最後のあれはなんだったんだ?」
「そうね……私も気になるわ。白雪さん、良かったら教えてもらえないかしら?」
幸い冥も興味を惹かれた話題だったからか、視線が隣に座る命に移る。炎理がほっと胸を撫でおろすと同時、二人に尋ねられた命が口を開いた。
「……切り札」
隠す様子もなく命は簡単に喋ったが、一単語だけのそのセリフでは要点が掴めない。冥が首を捻りながら、聞き返した。
「切り札?」
「……ん」
「一体それは何なのかしら?」
「……超パワーアップ」
「えっと……」
冥はまだ知り合ったばかりだから当然と言えば当然なのかもしれないが、命の簡素な返答に戸惑いを見せる。命と初めて会ったほとんどの者は彼女との会話で、きっと今の冥と同じような困惑した姿を見せることだろう。
それほどまでに命の言葉の解読は難しく、何が言いたいのかが要領を得ないから。
炎理も最初の頃はこの命独特のテンポと言ってもいい会話に困惑を見せていた。が、命との付き合いもそれなりに長くなったもので……。
「超パワーアップね……桜色の光を纏ってたけど、あれって命ちゃんの心想因子の色だよね?」
と炎理は慣れたように質問を返した。
「……ん。そう」
「心想因子を体に纏う……もしかして、あれって身体強化なのか、命ちゃん?」
「……ん。正解」
珍しくも炎理が冴えていた。本当にいつもの炎理と同一人物なのかと思うほどだ。
祢音も冥もそんな炎理に思わず唖然とさせられてしまう。
だが、炎理から出た聞き捨てならない言葉に、ふと我に返った冥が二人の会話に割って入った。
「身体強化?火炎嵐を破ったあれがただの身体強化だというの?」
「……ん。私は…………属性不明者だから。…………魔法は使えない。できるのは剣術と身体強化だけ」
「属性不明者!?……なるほど、だからなのね」
恐る恐る自分の秘密を告げた命に、冥は驚愕したように納得を示す。その脳裏には先ほどまであった炎理と命の二人の模擬戦の光景が蘇っていた。
確かに命は魔法を一度も使ってはいなかった。最初から最後まで剣術と身体強化のみで炎理を相手していたのだ。
最後の火炎嵐を破った技に関しても、よくよく考えればおかしな点がある。心想因子と現象粒子が結合した様子がなかったのだ。炎理が言うようにあれはただ単に色が前面に押し出されるほど強い心想因子を纏っているだけのように見えた。
つまりは本当に命は単なる身体強化とその身一つで火炎の竜巻を真正面から叩き潰したことになる。
冥はそれを理解すると、
「そう……まさか無道君以外にも学生で化け物じみた身体強化の技術を持つ者がいるとは思わなかったわ。それも同じ学校に」
素直に驚きを露わにしつつ、命を褒めるような言葉を吐いた。そこに命が属性不明者だということに対しての嘲笑や侮蔑といった負の感情は一切見えない。
むしろどこか尊敬するような感情が冥からは感じられた。
「……」
命は意外なものを見るような目で冥に振り返る。祢音と炎理以外でそれは初めてのことだったから。
「……私を笑わない?」
思わずといった様子で出た命の言葉に対し、
「なぜ笑う必要があるのかしら?」
冥は心底不思議そうに問い返した。
「……私が属性不明者だから。魔天八家の者なのに魔法が使えないから」
「馬鹿にしないでくれるかしら白雪さん。私がそんな低俗なことするわけないでしょ。むしろ私にできないことができるあなたをすごいと思ってるのよこれでも」
世迷言をとばかりに命の言を冥は一笑に付す。
「……え?」
よほど冥からの言葉に吃驚したのか、ポカンと口を開けて呆ける命の姿は珍しい。
命は属性不明者という無能のレッテルを貼られてから常に負の感情を向けられてきた。侍従や分家の者達、果てには家族でさえも。
仲良くなろうとした者の大体は自分の家が目当てで、さらには属性不明者だとわかると、軽蔑の感情と共にみんな離れた。
期待すれば裏切られ、知られれば否定される。それが嫌だから、人との関わりを断った。いつしか気が付けば一人ぼっち。別にそれでもよかった。あんな惨めな気持ちになるくらいなら、一人でも……。
けれど友人というものに憧憬がなかったわけでもない。努力を続けているのは家族に認められたいがためというのもあるが、誰かに振り向いてほしいという小さな願望もあったのだ。
だからこそ祢音と炎理が自分のことを属性不明者と知っても友達と言ってくれた時は自然と涙が出る程嬉しかった。
そして今回も――。
初めてだった。無能のレッテルを貼られ続けてから今までで、自分を評価してくれた人は。一切の蔑みの感情なく真摯に自分を見つめながら、隣に座る少女――暗条冥は自分のことを”すごい”と賞賛したのだ。
いつも向けられてくる嘲笑や侮蔑の類の感情ではない。もっと清廉で潔白な、そんな感情が今自分に向いてる。
夢ではない。自分には向けられることはない感情だと思っていたのに……。
その言葉が嬉しくて、有難くて、少し報われた気がした。
「……ありがと」
自然と命の口から出てきた感謝の言葉は涙ぐみながらのもの。泣くまいと歯を食いしばるも涙はポロポロと落ちる。
それを見て、冥が慌てた。
「え!?ちょっと!?どうしたのよ突然!?」
「……大丈夫」
「……もしかして私が気に障るようなことを言ってしまったからなのかしら?だとしたらごめんなさい、白雪さん!」
「……違う。暗条は悪くない」
「でも……」
「……悲しいじゃなくて嬉しいの。褒めてもらえたのが」
「白雪さん……」
今時、賞賛一つで涙を流すほど喜ぶ人間がどれだけいるのだろうか。一体どんな人生を歩めばそんな風になるのか。
冥は命の涙の訳を聞きながら、愕然とさせられた。
だからかはわからないが、気が付けばこんな言葉が自然と口をついて出た。
「ねぇ、白雪さん。私とも友達にならないかしら?」
同情や情けから言ったわけではない。ただ自分が尊敬を抱いたこの人より小柄で強い少女と仲良くなりたかっただけなのだ。
一ヶ月ほど前だったら考えられなかっただろう。まさか自分からこんな言葉が出るなんてと。
冥の真っすぐ淀みない瞳からその想いが伝わったのか、命も涙を拭うと、
「……ん。よろしく、お願いします」
ペコリと綺麗に一礼するように頭を下げた。
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次話、ついにあの人が……!?





