鍛錬Ⅰ
少し短いです、すいません。
その日の夜。
実技棟最上階。別名亜空間演習フィールド。
そこは室内ではありえない木々や草花が生い茂り、青空が広がる、自然豊かな一帯。空間拡張を施し、様々な魔法を付与したここはすでに一つの小さな世界と言っても良かった。
もともと魔法師の鍛錬場として開発されたこの亜空間演習フィールドはいわば仮想現実のようなもの。様々な魔法を駆使し、多くの研究者が智慧を絞り、作られたここは理想の鍛錬場と言ってよかった。
このフィールド内では五感はしっかりと働き、怪我を負ったり、死ぬ場合などもある。だが、それが現実に反映されることはない。フィールド内で起こったことは外に出ればきれいさっぱりすべてが消えるのだ。まるですべてが夢だったかのように……。
今、そんなフィールド内では様々なところで魔法が飛び交い、MAW同士の衝突音が反響し、気合の入った怒号が響く、熱き空間が広がっていた。
裂帛の気合を見せ、多くの生徒がしのぎを削り合い、トレーニングに励んでいるのだ。
もうすぐ始まる武蔵学園の中間試験。
通常の学校とは違い、魔法師学校の試験には筆記に加えて実技も加味されている。当然魔法師としての資質を見るための実技だ。それは魔法の技術だったり、戦闘の技術だったり、果てには勇気や度胸といった心意気を試すものだったりと八つの魔法師学校で試験は様々。
この武蔵学園は他の魔法師学校でも抜きんでて武の色合いが強い。つまりは戦闘関連系の試験が出されることが多いのだ。
だからこそ、多くの武蔵学園の生徒は試験前に近づくと普段以上に鍛錬に励みだす。
それは祢音達も例外でなく――
亜空間演習フィールドの一角。
そこは木々に囲まれた小さな広場。そこでは現在、祢音と冥の二人が激しい戦闘を繰り広げていた。
「フッ!」
大上段から振り下ろされる冥の黒睡蓮の刃を祢音は手に持つアノリエーレンで難なく受け止める。けれど、攻撃はそこで止まることなく、流れるように冥は黒睡蓮を引き戻すと、即座に情け遠慮なく祢音に刺突の連打を放った。
それもいやらしいことに黒睡蓮の刃に闇を纏っての刺突だ。防ぎながら戦えば、闇の特性で徐々に体力や気力、心想因子などを少しづつ吸収されるだろう。
だがそこは祢音もさることながら、受け止めるのではなく、高速の突きをすべて避けていく。
余裕そうに全部躱す祢音に冥は躍起になった。
「くっ!躱さないでくれないかしら!」
「無茶言うなよ。当たったら痛いし、受け止めるといろいろ吸われるじゃねぇか」
が、それでも祢音には当たらない。
しばらくは二人の攻守が変わらずに冥がしきりに攻撃をする光景が続く。祢音はその間、避けるだけで一切反撃しなかった。
傍目から見たら冥の方が有利にもかかわらず、先に疲れを見せ始めたのは彼女の方だ。
「はぁはぁ、まだよ!」
威勢よく攻撃を続けるも、疲労は隠せていない。
祢音はそこでようやく反撃に出た。
祢音が狙っていたのは冥の体力の減少。元々の体力の違いもあるが、何より攻撃と防御とではその体力の減りも変わってくる。ペース配分を考えた攻撃ならば、こうもすぐに冥の体力が減ることもなかっただろう。
だが、一切当たらない自分の攻撃にムキになり、常に全力を持って攻撃を続ける冥。対して、祢音はそのすべてを最小限で躱していた。
当然先に尽きるのは冥だ。体力は無限ではないのだから。
きっとどこかで些細な失敗をするだろう。
祢音はその瞬間を待っていた。
そして――
「ここだな」
一瞬、ほんの僅かな変化。
減っていた体力や綻び始めていた身体強化の中で同質のパフォーマンスをずっと続けることは不可能だ。
祢音の首元を狙った一突き。祢音は首を軽く横にずらして、それを簡単に避けた。冥はさらに追撃の手を加えようと、黒睡蓮を引き戻そうとするが、そこを狙われる。
それは些細な遅延。突いた後の引き戻しに遅れが生じた。
祢音はその瞬間、一気呵成に黒睡蓮の柄を掴み強引に引っ張って冥の体勢を崩す。
つんのめって倒れそうになる冥はなんとか踏ん張ろうとするが、祢音がその大きな隙を見逃すはずもなく、ヒュンと彼女の足を掃った。
視界が回転する。景色が回っているのではなく、自分が回っていると気づいたのは、背中から地面に落ちた時だった。
「かはっ!」
地面との衝突の衝撃で肺に溜まった空気が押し出され、冥は一瞬息が止まる。手に持っていた黒睡蓮の感触も消えており、冥は地面に大の字で倒れていた。
「これで終わり」
そんな冥に祢音はトドメとばかりにアノリエーレンを彼女の首筋に宛がった。
痛む背中。奪われた黒睡蓮。首筋に触れる金属の冷たさ。
たった一手の反撃。その一回の反撃で冥の目前には死があった。
自分の状況を判断して、冥はため息を吐くと、素直に負けを認める。
「……はぁ、参ったわ無道君」
「また俺の勝ちだな。ほら、暗条」
祢音はそれを聞いてアノリエーレンを下げると、小さく笑って、冥に手を差し伸べた。
――ほら、冥。大丈夫か?
――ありがとうお兄ちゃん!
冥はその姿を見てふと懐かしい記憶が蘇る。たまに遊び相手で兄の訓練に付きあった時だ。兄は組手で負けて倒れた後は必ず優しく引っ張って起こしてくれた。そう、まるでいまのように……。
だからなのか。身長も体重も髪型も顔もどこもかしこも似ても似つかないはずなのに、なぜか面影が重なったのは。
「どうした?暗条?」
「え?」
どれくらいそうしていただろうか。数秒?数分?多分それほど長くはかかっていなかっただろう。
反応がないことを気にした祢音が声をかけてくれたことで、冥はハッと我に返った。
目と目が合う。視線が交差し、祢音の顔がはっきりと視界に映った時、冥は顔が熱くなっていくのを感じた。傍から見れば二人はどう見ても見つめ合っていたからだ。まるで仲睦まじい恋人同士のように。
それを認識した瞬間、途端に恥ずかしさがこみあげてきて、冥は慌てて立ち上がった。
「大丈夫か?」
祢音が心配げな眼差しで尋ねてくる。
「え、ええ。ごめんなさい。なんでもないわ」
「……そうか。大丈夫ならよかった」
リンゴのように熟れた顔を見られまいと後ろ向きで話す冥。祢音は何故か顔を背けて見せまいとする彼女の行為に疑問を覚えるも、その声から異常が見られなかったことに安堵した。
どことなく気まずげな空気が二人の間を流れる。
しばし無言の時間が続くも、沈黙に耐えられなくなったのか、それとも別の理由か、先に声を発したのは冥の方だった。話題を探そうと辺りを見回していた冥は自分達と一緒に特訓に参加しているもう二人のことを思い出し、祢音に話しかける。
「そ、そのもう一組の方はどうなっているのかしら?」
「炎理達か?それならあっちで結構派手にやりあってるよ」
冥の質問に答える形で祢音の視線が示した先。
そこでは二人のように熾烈な模擬戦を繰り広げる炎理と命の姿があるのだった。
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