無念な終幕
次で一章がラストになります。
虚無を破魔に変更しました
「無、属性……!?」
衝撃的な祢音の発言に慈愛はしばらくの間、思考を停止させていた。
あり得べからざることに慈愛は頭でその事実を否定したい欲求に駆られるが、現実がそれを許さない。実際に自分の最大魔法は一刀両断され、宙に溶けるように消滅してしまったのだ。
しかし、それが納得できるかどうかは別である。自分の魔法を消し去り無効化した力が、無属性を持つ人間の手によって為されたとはどうしても信じられなかった。
「それこそありえないッ!魔法が使えない無属性の人間が一体どうやって僕の魔法を消したというんだ!それも第七位階だぞ!?現代に存在する魔法無効化の効能を持つ魔法でも、消せる魔法は最高で第六位階までのはず!き、君は!君はいったいなんなんだ!」
今まで狂気を覗かせつつ、冷静に場の状況を俯瞰している印象だった慈愛は、初めて混乱した声で祢音に疑問という名の鬱憤をぶつけるかのように喚き散らす。
「質問に答えるのは一つと言ったはずだ。あとは牢屋の中、そこでつくばる仲間と共に考えることだな」
だが、祢音は慈愛の言葉を一蹴すると、持っているアノリエーレンを構えた。
「くっ……」
それを見て慈愛は悔しそうに呻く。
すでに慈愛に体力も心想因子も残されてはいない。災厄の枝を使ったことで完全に残りの心想因子を使い切り、もう身体強化も使えないという状況だ。
祢音もそれを理解しているからか、終焉が近いと感じ始めていた。
恐怖は痛みや流れた大量の血のせいで、意識が少し朦朧としてるのか、先ほどから地面にしゃがみ込み顔を俯けている。彼の心想因子も残り僅かのため、戦闘に参加してくるような気配はない。
あとは眼前に立つ心想因子を切らせ、疲労困憊といった犯罪者を気絶させ、捕らえればすべてが終わる。
祢音は一度眼前の何もない空間を切り払うように、アノリエーレンを振る。そして――
「終わらせるぞ」
初動で最高速に達する高速移動術『迅動』を使い、音を置き去りにして、慈愛に迫った。
かすむようにして消えた祢音は、一瞬で慈愛の後ろに回り込む。そして手に持つアノリエーレンの峰部分を使い、自分に全くついていけていない慈愛を視界に収めながら、それを振り下ろした。
一度目ですら反応できなかった速度に、体力の減少や心想因子を過度に使用したことからの疲労で完全に戦闘を継続できるような状態ではない今、二度目に対処できるという根拠がなかった。
「眠れ」
防ぐことも避けることも、ましてや認識することもできずに、アノリエーレンは綺麗に慈愛に吸い込まれていき、結果、最後に祢音の冷たい科白が聞こえた後、彼の意識は瞬く間に闇の中に落ちていくのだった。
地面に崩れ落ちるようにして倒れた慈愛を見つめながら、祢音はアノリエーレンを鞘に戻すと、それを縮小させ制服のポケットにしまった。
これで一連の事件は終息したと言っていいだろう。
一人は今ここに意識を失い倒れ、もう一人は少し離れた場所で肩を抑え俯くようにしてじっと動かない。
あとは二人の身を完全に封じて、森の入り口付近から感知できる見知った複数の気配に彼らの身柄を任せればすべては丸く収まる……はずだった。
祢音に失敗があったとするならば、怒りで少し視野が狭まっていたことや戦闘に集中しすぎていたことだろう。だから、慈愛と戦う途中から、あまりにも小さく不自然な心想因子の流れが恐怖から漂っていたことに気付けなかった。
さらには 並外れた戦闘技術を持っているが、それでも祢音はまだ十五歳の少年と言ってもいい年齢なのだ。山暮らしが長く、基本的に修行として戦っていたのはアリアとばかりだったため、アリア以外を、それも犯罪者などを相手にする対人戦闘の経験はかなり未熟な方なのである。
学園を襲ったことや暗条を傷つけられた事へに対する怒りで対峙する二人に夢中になるあまり、祢音の頭の中には目の前の敵が本当にたった二人だけなのか、他にもまだ仲間がいるのではないのか、といった不安要素を考えるという思考が欠如してしまっていた。
だから――
「ッ!?」
――突如として、頭上から降ってきた強烈な殺気に祢音は驚き、反射的に慈愛から離れると、気絶している冥の近くまで一気に引き下がった。
そして空から慈愛のそばに着地するようにして、一人の男が現れる。
「貴様、我の同胞に一体何をしてくれた?」
開口一番、放たれる怒りに満ちた冷ややかな声音。
冷徹にして傲慢。超然として神秘的。まるで高みから話しかけてくるような、そんな力強く、迫力のある声音が祢音に向けられた。
同時にギロリと向けられる黄金の瞳が祢音を射抜く。
その男はそこにいるだけで周りに圧力を与え、自然と跪きたくなるような王のごとき貫録を放っていた。
肩まで伸びた金色の髪を風に靡かせ、驚くほどに整った顔立ちは憤怒で歪んでいる。全身に纏う白く汚れの無いゴージャスなスーツはさながら一流ビジネスマンのごとき風貌。
突然登場してきた慈愛と恐怖の仲間らしき人物に、けれど、祢音は怯むことなく、視線を合わせた。
「……誰だ?」
「それはこちらのセリフだ小僧。我の同胞達をここまで傷つけた貴様こそ一体何者だ?」
男は視線鋭く、祢音の質問を切って返す。
隠そうともしない威圧に、体から滲み出る黄金の心想因子。激憤を体全体で表すような男に対し、祢音は口を開こうとしたが、それより先に男の質問に答えたのは、祢音ではなく、その後ろから二人の人間に支えられるようにして男に近づいてきた恐怖だった。
「助かったよ、羨望。それに悲哀と憤怒も。……そいつはさっきまで僕が人形達で襲撃をかけていた学園の学生だよ。ありえない実力の持ち主でね。まぁ、見ての通り僕も慈愛もコテンパンにやられちゃったって感じさ」
羨望と呼ばれた男はその言葉に驚いたように目を見開く。
「……信じられんな。貴様らを二人同時に相手して、両者を倒す学生がいるなど」
「ま、言い訳させてもらえるなら、僕は陽動のせいで心想因子をかなり使っていたって言うのと、あと身代わり人形を先に倒されちゃってたからね」
「……それをやったのも目の前の小僧か?」
「いや、その後ろで気絶している少女だよ」
横で恐怖の片側を支えながら、その会話を聞いていた憤怒は少しバカにするように鼻で笑った。
「おいおい、なんだ?てことは目の前のガキにボコボコにやられただけじゃなく、その後ろのメスガキにまで分身を潰されたってか?いくら何でも腕が鈍りすぎてねぇか?」
それに対し、片側を支えていたもう一人の男、悲哀は少し恐怖を庇うようにフォローを入れる。
「言ってやらないであげなさい、憤怒。数年もかび臭くて、空気が悪い場所に閉じ込められてたんだ。恐怖だって力がすぐに戻るとは限らないよ」
「んなもんか?俺だったらそんな程度で力が鈍ることはないがな」
「私だってそうさ。ただ恐怖は私達の中でも特に貧弱だからね。仕方がないのさ」
「お前達、僕を庇ってるの?それとも貶してるの?」
左右を挟んで自分を擁護しているのか、それとも罵倒しているのか、わからないやり取りをする悲哀と憤怒に恐怖は額に青筋を浮かべ、怒気を放つ。ただし、支えられるように両側から抱えられているためか、あまり迫力はなかったが……。
ギャアギャアと喚く三人を横目に、羨望は頭を痛そうに抑えため息を吐くと、
「止めろ、貴様ら。今はそんな与太話をしている場合ではない」
「「「……」」」
一睨みで彼らを黙らせた。
我の強そうなタイプである三人が三人とも、しぶしぶだが、逆らいもせず、すぐに大人しくなる。
その行為だけで、祢音は羨望の犯罪組織内での立ち位置が把握できた。
(この男が犯罪組織【狂気の道化達】のリーダーか……)
そこにいるだけで周りを圧倒する風格。凄まじいまでの威圧感。口調から伝わる唯我独尊を地で行くような性格。更には――
(……村雨先生に近い実力と見た方がいいな)
――見た瞬間、対面した瞬間、感じた桁外れの力。
恐怖や慈愛、それに悲哀や憤怒も並みの魔法師以上の実力はあるだろう。だが、この羨望と呼ばれた男だけはそれをはるかに超えた、それこそ全天にも届きうる実力を祢音は感じ取った。
三人を静めた羨望は祢音に向き直る。一度見たら深く吸い込まれそうな黄金の瞳が祢音を捉えて逃さない。
羨望から放たれる重圧が増し、尋常でない殺気が祢音に降りかかる。
しかし、それに気押されることなく、祢音は年齢にそぐわない強烈たる覇気を前面に放出し、負けじと羨望と対峙した。
二人の強者が放つ物理的な圧力すら伴う心想因子が辺りを覆いつくすほど荒々しく舞い上がり、そこら一帯に一触即発の緊迫感が広がる。
だが……
「やめだ、小僧。今、貴様とここで争っていても我らに利益がなさそうだ。正直、我の大事な同胞を二人も傷つけた貴様には相応の報いを受けさせねば気がすまん……が、我らも逃走中の身よ。貴様とやり合って時間をつぶせば、ここに面倒な連中が集まることになろう。さすれば、我らの目的が叶わん。今回は見逃してやる」
不意に|羨望≪インヴィー≫は放出していた黄金の|心想因子≪オド≫をスッと消すと、かなりの上から目線で、祢音にそう言った。
その物言いに若干カチンと来た袮音。明らかに自分が上だとでも言わんばかりの発言に、プライドが刺激されたのだ。
「随分と上からだな。俺がお前ら犯罪者を見逃すと思うのか?」
「強がりはよせ小僧。確かに貴様が万全の状態なら、我とも張り合えただろう。だが、恐怖と慈愛との戦いで体力を減らし、さらには心想因子も半分以下しかない貴様では我を相手にすることはできない。それにまだ悲哀と憤怒もいる。貴様は一人、こちらは三人だ。後ろの足手まといを庇った状態で貴様はどこまで耐えられるというのだ?」
「……」
羨望の言い分に祢音は口を噤む。彼の言っていることはすべて事実だったからだ。
祢音の使う魔法の完全無効化とでもいうべき力。現象粒子と結びつき、世界に事象を巻き起こすことができない無属性の性質を利用した、結合の強制剥離。
アリアは祢音のこの力のことを『破魔』と呼んでいた。
一見かなり強力で便利な力に見えるが、その実、無効化に必要な心想因子量は莫大なものになる。数値で表すならば、大体それは相手が魔法を使う時に使用する心想因子の約十倍。
生まれながらに心想因子を常人の百倍以上宿し、さらには無茶な修行によって増やし続けた祢音の現在の心想因子は通常の魔法師が持つ量の凡そ千倍。
そんな祢音だからこそ、身体強化に回す心想因子を残しときながらも、破魔を扱うことができた。加えて、アリアから送られたアノリエーレンもある。
この刀剣型MAW【アノリエーレン】は吸収、形成と二つの補助効果を兼ね備えた祢音専用機。ただ、むやみに放出するだけだった昔とは違い、力を集中させやすくなった分、かなり心想因子を削って、破魔を使えるようになった。
だがそれでも、今回の学園襲撃や慈愛達との戦闘で祢音はかなり破魔を多用し、心想因子を使用しすぎた。
現在祢音の残りの心想因子は羨望の言う通り半分もない。
表向き余裕そうに見えるが、祢音も少なくない疲労を感じていた。
(身体強化を維持できる量残して、使える破魔は……少なくとも二回ほどといったところか)
思考するように祢音は今の自分の状況を分析する。
対峙する三人の敵。感じる実力から見ても眼前の羨望以外なら冥を守りながらでも、倒せる自信があると祢音は判断する。けれど、目の前にいるひときわ目立つ存在感を放つ黄金の男が戦闘に加わったら話が変わってしまう。
羨望が入ってくると、冥を守りながら戦うことは厳しい。先ほど、慈愛と恐怖を同時に相手した時よりはるかに難度が上がることになる。
近づく気配が加われば、状況も変わるが、それは相手も承知のことだろう。なりふり構わず、冥を狙ってくることになる。それを守りながら戦うことは、今の祢音にはできなかった。
冥の命と敵の捕縛。
結果、それを天秤にかけた時、祢音は前者を選択するしかなかった。
祢音の放つ圧力が弱まる。
それを見て、羨望は慈愛を肩に担ぎながら、言った。
「ふん、賢明な判断だな小僧。……いくぞ貴様ら」
その声に従うように、残りの三人も背を向ける。しかし、恐怖だけは最後に顔だけを祢音に向け、
「僕の腕を切り落としたことは絶対に忘れないよ。お前のことは覚えとくからね。いつか絶対僕の人形にして、使い捨ててやるから!」
捨て台詞を吐き捨てた。
それを終いに、彼ら狂気の道化達は森の奥に消える。
祢音はただそれを見つめることしかできず、自分の未熟さや実力不足を感じて、悔しさに打ち震えることしかできなかった。
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