祢音の力Ⅲ
気付いたらめっちゃ長くなってしまった……
「犯罪者のくせに、お行儀よく待ってくれて感謝するよ。じゃあ、そろそろお縄についてもらおうか」
強烈な覇気を纏って、敵二人を見据える祢音。
「……」
「あんな強烈な威圧をピンポイントで僕達だけに放っておいて、ぬけぬけとほざくね。こっちも好きで待っていたんじゃないってのに」
そんな祢音を見て、慈愛と恐怖は背筋に冷や汗を流した。
一連の祢音と冥のやり取りを二人はただ見守っていたわけではない。隙だらけな背中を向けながら、冥を説得する祢音に二人は躊躇いもなく攻撃をしようとしていた。
だが、それはできなかった。
唐突に祢音から振ってきた暴力的なまでの威圧に二人は動きを止めざるを得なかったからだ。
その威圧を受けた慈愛と恐怖は一瞬前までの自分達の考えを改め直した。
魔法をかき消して登場したのがただの学生だったから。相手が一人で、さらには周りに誰もいないとわかったから。自分達の力に自信を持っていたから。
舐めて、警戒を解いて、さらには油断した。
だが、それは完全に間違いだった。
助けに入った時はまだどこか安堵が滲み、警戒でピりついた様子の中にも冥に対する穏やかな雰囲気が見えた祢音の気配が突如一変する。
溢れ出る爆発的な威圧感。呼応するように体から滲みだす膨大な心想因子に、先ほどまでは見せなかった圧倒的な強者の覇気。
今慈愛達の目の前に立つ少年は少しでも舐めてかかっていい相手ではなかった。
眼前に立つ学生服を着た男は学生と侮って接していい相手ではなく、常に警戒し、油断なく対応する必要があるレベルの相手だ。
「恐怖……どうやら本気でやらないとまずそうな相手だったようだね」
「みたいだね。……それにしてもあれは学生と言っていいのかな?」
「武蔵学園はこの島国でもトップを争う魔法師学校らしいからね。一人ぐらいはあんな者がいてもおかしくないのかもしれないよ」
「いやいや、どう見ても、あれを学生と言うのはインチキだろ」
額に一筋の汗を垂らしながら、慈愛と恐怖は世間話をするように、会話を繰り広げる。ただし、両者の目は鋭く祢音を見据え、手に持つMAWは油断なく構えられていた。
それを視界に収めながら、祢音は学園を襲ったことや自分の仲間である冥をここまで傷つけたことに対し、二人に猛烈な怒気を発して、口を開く。
「ずいぶん好き勝手してくれたな。学園を無茶苦茶にして、さらには暗条をここまで追い詰めて……このお返しは高くつくぞッ!!」
天地に轟く怒号。迸る陽炎のように揺蕩う透明な心想因子。燦然と輝きを放つアノリエーレン。
憤怒の炎を纏った鬼神が動き出す。
「「!?」」
慈愛と恐怖の眼前に突如、現れた祢音。距離的にはかなり離れていたにもかかわらず、それは一瞬の出来事だった。
祢音が最も得意とする技の一つ。
大地を滑るようにして移動する高速移動術『迅動』。
コンマの世界で流れるように移ろう景色を体感しながら、祢音は意表を突かれたように目を見開く敵二人を視界に、その手に持つアノリエーレンを振り下ろす。
「チッ!」
祢音の威圧から事態を察して、事前に準備をしていたのだろう。危険を察知した瞬間に、恐怖は驚異的な速さで闇の城壁を自分達の眼前に展開した。
祢音の眼前が黒い壁に覆われる。行く手を阻むように、出現した闇の城壁に対して、しかし、祢音は気にすることなく、光を纏うアノリエーレンを振り下ろした。
鉛筆で白い紙に直線を引くように、一本の光の筋が闇の城壁に浮かび上がり、ズバッ!っとまるで紙を切り裂くかのごとく、祢音は易々と闇の城壁を真っ二つにする。さらに人外の域にまで片足を踏み入れた祢音の身体強化から繰り出される振り下ろしの衝撃波はその奥にまで簡単に届いた。
が、安易に祢音の攻撃を防げると思ってはいなかった慈愛と恐怖。
闇の城壁はほんの少しの時間稼ぎ。
それは祢音の視界を遮るためであったり、自分達が攻撃を避けるためであったり、さらには……。
祢音のいる直線上から横に、すぐに距離を取るように離れた二人。
祢音から見て、慈愛は左方向に、恐怖は右方向に。まるで挟撃するような形になった状況。
「お返しだ!炎獄!」
「潰れちゃいな!黒葬!」
左からは地を焼きながら灼熱の地獄が、右からは草花の生命力を吸収しながら暗黒の闇が、祢音に迫る。
息の合ったコンビネーションを見せる慈愛と恐怖。
二人が発動した魔法はどちらも第五位階の中級魔法、火属性の『炎獄』と闇属性の『黒葬』である。それぞれが属性の特性を前面に出した広範囲殲滅系の魔法。
左右を挟まれる形で波のように迫りくるそれらに対し、祢音は上空に跳んで避ける。
「左右がダメなら上。当然の考えだ」
「かかったなぁ!」
だが、それは祢音を誘うための罠だった。
祢音の速さを見た二人はむやみに攻撃しても簡単に躱されると判断し、闇の城壁で作った一瞬の間を使い、目だけで意思疎通をするようにすぐに作戦を打ち立てた。
長年の付き合いである慈愛と恐怖だからこそできる芸当。
左右を完全に遮れば、残る避ける手段は上空だけ。そして上に逃げれば、飛べない限り攻撃を避ける術はない。
防ぐという手段もあるが、二人はそれを許すほど甘くはなかった。
「黒箱!」
「!?」
自身の書物型MAW【ガルドラボーク】を開き、空中にいる祢音に手を向け、恐怖は魔法を放つ。
恐怖が発動したのは闇の中級魔法、第五位階『黒箱』。対象者を闇でできた黒い箱に封じこみ、その中で現象粒子だけを吸収し、現象粒子の無い空間を作り出して、魔法を使用できなくさせる効果を持つ。
祢音の四方八方が暗黒の闇に覆われ、黒き世界に一人閉じ込められる。
その間に、慈愛は祢音を一撃で殺す魔法の準備に取り掛かっていた。
「愛ある炎よ、怒れる化身を抱いて、燃え散れ!爆ぜる劫焔!」
大鎌型MAW【アマーレファルス】の石突を地面に突き立て、三節詠唱にて慈愛が発動した魔法、それは第六位階に属する『爆ぜる劫焔』。
火属性の特性である破壊をより特化させた火属性の上級魔法。効果は単純であり、指定した対象に大規模な爆発が襲い掛かるだけ。ただ、その威力が尋常ではなく、空中でなかったらここら一帯は盛大な更地と化していただろう。
祢音を閉じ込めた黒いボックス。その周りをチリチリと火花が散る。
そして――
ズドンッッッ!!!
――この小さな広場どころか、街にまで響くだろう大音量の爆発が辺りを襲った。
爆風が木々を揺らし、轟音が辺りに地響きを誘発させる。
ポトポトと空からは何かが燃えた滓のようなものが落ちてきて、地面の草花に小火が伝う。
その様子を観察しながら、恐怖は口を開いた。
「慈愛……心想因子は大丈夫?今ので結構消費したんじゃない?」
「別に問題ないよ。それより君の方が大丈夫なのか?陽動の時や冥ちゃんと戦った時、それに今の戦いでもうほぼ空に近いんじゃないのかい?」
「まぁ、確かにもうほぼ無いかな。でも、別に大丈夫さ。最大の脅威と言っていい者は死んだんだし。案外呆気なかったね。あれほどの威圧を放った人間がこうもあっさりあんな簡単な作戦に引っかかるなんて。やっぱまだ学生だったてことかな?」
「……だといいんだけどね」
「なに?なんか心配事でもあるの?僕の黒箱の中じゃ、魔法は使えないし、しかもその中でかなりの心想因子を込めたお前の爆ぜる劫焔を食らって生きられるとは思えないんだけど?」
「……」
慈愛の脳裏には未だ自分の聖なる焔をかき消した祢音の未知の魔法がこびりついていた。
あれだけの威圧を放つ人間が本当にこんな簡単な罠に引っかかるというのか?自分の魔法を消滅させた魔法を使えば最初の挟撃に対応できたのではないか?
慈愛は不安が拭えないでいた。
「慈愛は本当に心配性だなぁ……さすがにあれを直撃して生きられるはずが――」
――だから、その背後から襲ってきた尋常ならざる殺気に慈愛はいち早く気が付くことができた。
「ッ恐怖!?」
慈愛は反射的に自分の持つアマーレファルスで恐怖を守るように後ろを薙ぎ払った。
衝突する大鎌と刀。反響する金属音。
「よく反応したな。だけど……」
祢音はそれに感心したように声を上げると、
「グッ!?」
身体強化を増強し、鍔迫り合いをすることもなく慈愛を弾き飛ばす。
「ッッ!?」
さらに、横で状況が把握できていない恐怖の隙だらけの体に、アノリエーレンの刃を閃かせ、祢音は躊躇なく、その片腕を切断した。
空をくるくると回る右腕。理解が追い付かないのか、キョトンとした顔でそれを眺める恐怖。だが、次第に痛みが意識に追いついたのか、その瞬間、絶叫が広場に迸った。
「あ、あ、あ、あああああ……ぼ、僕の腕がァァァァ!!!!!」
断ち切られた肩の根元を押さえながら、痛みに呻く恐怖を祢音は無感動な瞳で見つめる。
完全に行動不能にするため、続けて、アノリエーレンを振り上げたその時。
前方から複数の火弾が祢音に殺到する。それは慈愛が祢音を恐怖から遠ざけるために放ったものだった。
祢音はそれを後方に跳んで避ける。
「……大丈夫かい、恐怖?」
「ぐぅぅぅ!!!」
吹き飛ばされてから即座に再起した慈愛は涙と鼻水で顔を汚す恐怖にすぐさま近づくと、血を流し続ける彼の肩の切断面を魔法で焼いた。
それで次第に痛みも和らいだのか、恐怖は恨みがましそうに、殺意を宿す視線を祢音に向ける。
慈愛はそれを横目に、なぜか制服に煤けた跡以外は目立った傷がない祢音に質問した。
「一体どうやって僕達の魔法から無事に抜け出せたのかな?まさか少しも傷ついていないってのは結構ショックがでかいね」
「これから牢屋に入るお前達が知る必要はない」
素っ気なくその質問を一蹴する祢音。
「……つれないね」
慈愛はそれに苦笑を浮かべた。
そんな時、喋れるくらいの気力は戻ったのか、恐怖が吼えた。
「ふざけるなッ!お前!魔法が使えない中でどうやってあれを防いだ!答えろ!」
腕の喪失や尋常ではない激痛から怒りや焦り、いろいろな負の感情も合わさって、動揺からか恐怖の自分勝手な性格が前面に出てくる。
「そんな命令口調で答えろと言われて、答える奴がいるかよ……」
「ギリッ!」
呆れたように言葉を返す祢音に恐怖は納得のいかなそうな顔で睨みつけ、歯ぎしりをした。
慈愛はそんな二人を尻目に思考を巡らす。
そして、思いついたとある憶測を話すように自分の推論を祢音に語って聞かせた。
「……もしかして君は僕達の魔法をすべて消滅させたのかな?先ほど僕の魔法をかき消したように。いや、消滅ではないな。魔法の無効化と言った方が正しいのかな?」
「……」
「黒箱も爆ぜる劫焔も君はさっきみたいに無効化した。その後、どうやってかはわからないけど、空中から一瞬で気配を殺して、僕達の背後に移動した。そして、僕を吹き飛ばし、恐怖の右腕を切り落とした。こんなところかな?」
「……」
祢音が無事な訳を見つけようと、必死に頭を働かせ、分析する慈愛。祢音はそれを感心した様子で聞いていた。
「……だけど解せないな……魔法が使えないあの中でどうやって魔法を発動したんだい?髪色を見たところ、君は恐怖と同じ闇属性だ。闇属性の中には魔法を無効化する手段がいくつかあるけど、でも先に魔法を封じられている中ではそれはできない。本当に一体どんな手を使ったんだい?」
「……案外冷静だな」
「……別に冷静ってわけではないよ。こう見えて、恐怖の腕を切り落としたことに腸が煮えくり返ってるんだ。だけど、怒りに任せても君の力がわからない分には勝てないからね。こうやってめんどくさくも推測してるんだよ」
「……」
穏やかな顔の中に憤怒を滲ませる慈愛。それを見て、祢音はこの犯罪者達にも仲間意識があるのだと驚きを覚えた。
だからこそ、余計に怒りが増す。
「お前達のような狂人集団にも仲間を大切にする気持ちはあるんだな……」
「それはそうさ。僕達も人間だからね。感情くらいあるよ」
「……だったら、なおさら許せねぇな。その気持ちがわかるなら、なんで他人の気持ちが理解できない。なんで人を傷つける。なんで人を殺す。なんで大切な者達の繋がりを壊すッ!」
祢音は段々とヒートアップするように言葉に感情が乗り出す。それはあたかも冥の気持ちを代弁しているかのように。怒りを、悲しみを、嘆きを、辛さを乗せて。
それを聞いた慈愛は初めて狂気を宿していない真面目な雰囲気で、どこか純粋にすら感じる透明な笑顔を向けて、言った。
「世界が僕達を否定したんだから、僕達が世界を否定したっていいでしょ?」
「……どういう意味だ?」
抽象的過ぎて意味がわからないその言葉に祢音は首を傾げる。だが、それには答えず、慈愛は急に心想因子を迸らせ、戦意を高めだした。
「君が知る必要はないよ。それより、そろそろ決着をつけようか。恐怖はもう戦えないからちょうど一対一だね」
「そいつを連れて逃げようとは思わないんだな」
「見逃がしてくれるのかい?」
「逃がすわけないだろ」
軽く会話を交わしながら、祢音も慈愛の雰囲気を感じで、アノリエーレンを正眼に構える。
「あはは!だろう?だから……君を殺して、冥ちゃんも殺して、逃げるとするさ!」
始まりは突然に。
アマーレファルスを構え、慈愛は全力で地を蹴る。
祢音と比べると圧倒的に遅いが、それでも平均的な魔法師と比べれば、かなりの速さで迫った慈愛は斜め上から刈り取るようにアマーレファルスを振り下ろす。
祢音は合わせるようにアノリエーレンで防ぐ。大鎌の重さや身体強化した慈愛の力が腕に伝わった。
祢音も反撃するように慈愛の懐に飛び込もうとする。が、それを察して、慈愛はすぐに後退し、また同じように自分の間合いで攻撃を仕掛けてくる。
大鎌というリーチの長い武器を慈愛は巧みに操り、上下左右、変幻自在に祢音に反撃を許さず、襲い掛かる。しかし、祢音はすべてをうまくいなし、躱し、防いだ。
都合何度目かの刃の交わりの時、祢音が口を開く。
「一つあんたの質問に答えてやるよ」
「はぁはぁ、どんな風の吹き回しだい?」
慈愛は疲れた様な息を吐きながら、問い返した。
「何となくさ。どうせ牢屋に入ることになるんだから、土産として教えといてもいいと思っただけだ」
「フッ!ありえないよッ!」
祢音の言葉を一笑に付すと、慈愛は心想因子を活性化させ始める。
何度か刃を交えて、慈愛は実感していた。
反撃を許してはいないはずなのに、なぜか自分の方が消耗が早い。それは、一合一合、刃を合わせるたび、かなりの体力を削られていたからだ。
体力差もあるだろうが、何よりも祢音の技術が突出していた。身体強化や刀捌き、それに体捌きと、すべてに隙がない。
(信じられないことだけど、まさかこの歳で全天級か……)
昔に一度だけ戦ったことがある全天の一人と遜色のない力であると感じていた。その時は自身が持つ最大魔法を使い、命辛々に逃げることができたが、もう二度と戦いたくはないと思ったものだ。
謎に包まれている祢音の魔法を無効化する魔法。
闇属性の魔法でその種類に大別されるものは基本、魔法に使われる心想因子か現象粒子、いわゆる魔法の核とでも言うべき物質を吸収して、消滅させるものが多い。
ただし必ずそこには吸収限界が存在し、膨大な心想因子と現象粒子を使う魔法は無効化ができないのだ。
それは他の属性に存在する魔法無効化効果を持つ魔法も同じだった。
その基準というのが第七位階以上の魔法。
だからこそ、慈愛は自身が持つ唯一の第七位階の魔法にして、最大火力の魔法を使い、蹴りをつける気でいた。
「灼熱の業火は天地を焼き、噴出する炎熱は人を滅す、すべてを灰燼と化せ!災厄の枝!!!」
三節詠唱で慈愛が発動した魔法、第七位階『災厄の枝』。神話を基に造られた太陽の輝きすら凌駕し、すべてを焼き尽くすと言われる炎の剣。
第七位階以上の魔法は主に神話を基に造られた魔法が多い。その威力や凶悪度は並みのそれではなく、発動すれば小さな村や町くらいならものの数分で更地と化せるだろう。
第六位階と第七位階は分類上、上級魔法と一緒に区別されているが、実際には威力や使う心想因子量などから、その間にはかなりの差があった。
慈愛の真上に炎を纏った枝のような形をした巨大な剣が現出する。距離が開いてるにもかかわらず、それは漂って来る熱だけで、空気を、祢音の肌を、焼いた。
だが、祢音は気にした様子もなく、上空を眺める。
「それが切り札か?」
「そうだよ。君を殺す為にここら一帯は灰燼に帰すことにしたよ」
「大事な仲間も巻き込むことになるぞ?」
「あはは!大丈夫だよ。この魔法は敵味方の選択が聞くからね。味方には熱が全く届かないようにできてるんだ」
「便利なことだな」
「でしょ?まぁ、その分心想因子はバカみたいに消費するけどね。……そろそろ無駄話もここまでにしようか。本当なら冥ちゃんは違う方法で旅立たせたかったけど、時間もないから君ごとまとめて消すよ。それじゃあ……さよならだ!」
疲労を顔に滲ませながらも、狂気の笑みを浮かべ、慈愛は手を振り下ろした。問答無用で自分と恐怖以外のすべてを焼き払うつもりなのか、慈愛に躊躇いは見られない。
慈愛の手と連動するように空から凶悪な熱の塊が祢音に向かってゆっくりと降り注ぐ。
尋常ならざる熱を持った炎の剣が祢音に迫る。
それを見上げながら、しかし、祢音は焦った様子もなく、むしろ愉快そうに口端を吊り上げ、自分が持つアンチ魔法とでも言うべき力を発動した。
「理よ、無に帰せ!アノリエーレン!!」
紡ぐように発動キーを唱える祢音。
その瞬間、膨大ともいえる心想因子がアノリエーレンから溢れだし、強烈な光が辺り一帯を覆う。そして晴れた祢音の手の中に現れたの災厄の枝に匹敵するほど長大で眩い大太刀だった。
それを見ていた慈愛は目を大きく見開く。さらにはその大太刀から迸る圧倒的な力の波動に、知らず知らずの内に後ずさりしていた。
「ハァァァ!!!」
気合の雄叫びとともに、祢音はそのアノリエーレン(大太刀状態)とでも言うべき武器を落ちてくる災厄の枝にぶつけるように真上に向かって薙ぎ払った。
ぶつかり合う剣と刀。衝突する力と力。放たれる衝撃波が辺りを襲い、地面をひび割らせ、木々を騒めくように揺らす。
思いのほか決着はすぐについた。
アノリエーレン(大太刀状態)が災厄の枝を真っ二つに叩き折ったのだ。
ヒュンヒュンと空を舞う、別たれた災厄の枝。それは次第に空気に溶けるように消えていく。
全てを見ていた慈愛は驚愕の声を漏らした。
「ありえないッ!第七位階以上の魔法を無効化する魔法なんて聞いたことがないッ!」
それに対し、祢音は先ほどの続きを話し始める。
「……そういえば、質問に答えてなかったな。さっきから勘違いしているようだから言うが、俺は闇属性ではないし、それに魔法も使ってはいない」
「は?」
「そもそも俺は魔法が使えないからな。何せ生まれ持った属性が無属性なんだから」
「な、に?」
言われた意味を理解するのに、慈愛は数秒ほどの時を要した。
無属性は魔法が使えない。これは世界で当たり前に知られていることだ。一般常識と言ってもいい。
それは心想因子と現象粒子の関係にあった。
魔法はこの二つが結合することによって世界に事象となって現れる力の事を指すが、言い換えれば、結合という最重要な工程をクリアできないと魔法は発動しないのだ。そして無属性を持つ者はこの最重要の工程ができない。
その理由というのが現象粒子は必ず色のついた心想因子としか結びつかないからだ。
例えるならば、人間が美しい相手を求め、醜い相手を拒絶するような、そんな傾向があるように、現象粒子にもそれと似たような性質を持つ。つまり無色透明な心想因子は現象粒子にとって拒絶対象に入るというわけである。
魔法が多く氾濫したこの現代の世界で、無属性を持つ人間は魔法が一生使えず、できることと言ったら心想因子で体の機能を増強させる身体強化のみ。
普通の人間だったら、心折れるだろう。
だが、祢音はその事実があっても腐ることはなかった。元家族を見返すという願望のためだけに、並外れた努力を繰り返し続けた。
魔法が使えないならば、他のことを鍛えればいい。祢音は十年間、その身に持つ膨大な、けれど、色のついていない心想因子を巧みに操る努力をしてきた。
それは結果的に祢音の身体強化の技術を人外の域にまで高め、加えてアリアから教わった身体強化だけでも戦える数々の技により、祢音の戦闘能力は飛躍的に伸びた。
それだけではなく、膨大過ぎる色の無い心想因子をコントロールできるようになった祢音は偶発的にある力を生み出してしまう。
それが魔法の完全無効化。
無属性の心想因子は現象粒子に反発され、結合ができない。祢音の力はそれを逆手に取ったものだった。
原理としては、無属性の心想因子を発動中の魔法にぶつけることで、結合中の心想因子と現象粒子を強制的に別つ、いわば、かなりの力技。
大量の心想因子を消費するが、そこに他の魔法を無効化する魔法とは違い制限はない。つまり、心想因子が続く限りはどんな魔法も無効化が可能ということ。
その力が生み出された瞬間から、魔法が使えない無能と蔑まれた祢音は全ての魔法師に対し、有利に立てる存在に変貌を遂げたのだ。
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