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祢音の力Ⅱ




 学園を出た祢音は身体強化を己に施し、冥の痕跡を辿るように街を駆ける。


 冥は身体強化を施して街を全力疾走していたのだろう。彼女の通った場所に極微細だが、彼女の心想因子(オド)が感じられた。


 それを頼りに祢音は足を飛ばす。


 そして辿り着いた場所は武蔵学園から少し離れた場所にある森林区域。


 感知能力を強化した祢音はこの先に向かって冥の心想因子(オド)が伸びていることを知覚した。


 足を踏み入れようと、一歩を踏み出した瞬間。


「!?」


 森の先で冥とは別の爆発的な心想因子(オド)の高まりを感じて、祢音は全力の身体強化をかけて、森に踏み込んだ。




 ♦




 そうして現在に戻る。


 何とかギリギリではあるが、祢音は冥のピンチに間に合った。まさに九死に一生を得るという場面だ。


 異形をすべて倒してから追いかけていたら確実に間に合わなかっただろう。今回ばかりは不本意だが、祢音は実姉である紅音に感謝したい気分だった。


「無事……ではないが、生きてはいるな?暗条?」


 本当にギリギリのタイミングで間に合った祢音は安堵したように後ろを振り返り、冥の安否を確認した。だが、冥はそれには答えず、息も絶え絶えに疑問を口にする。


「……なんで……無道君が……ここに?」

「暗条を追いかけてきたからに決まってるだろ?」

「どう、して……?」

「どうしてもなにも、あんな殺気丸出しにして走り去る奴を見たら、心配で追いかけたくもなる」

「心、配……?」


 言われたことの意味が分からず、茫然と祢音の言葉を反芻する冥。


 それに呆れたように苦笑して、祢音は言葉を付け加える。


「なんでそんな不思議そうな顔なんだよ?クラスメイトなんだから当たり前だろ?それに俺は少なくとも暗条のことを友人だと思ってるんだ。心配もするさ」

「……クラスメイト……友人……」


 ダメージや疲れからだろうが、ぼんやりとした意識で冥は祢音の言った言葉を繰り返し呟く。意味が段々と頭に浸透すると、彼女はおかしそうに祢音に毒づいた。


「……おかしな人、ね……まだ、知り合って間も、ないし、それに話した、回数も、多くないのに……私みたいな、愛想が無くて、口が悪い女を、友人、だなんて……ほんと頭の、おかしい人、だわ……ふふ」

「良かったよ……それだけ口を開ければ、まだ大丈夫そうだな」


 弱弱しいが、いつものように回る冥の毒舌に祢音は少しばかり安心した。一見した感じ、体力も心想因子(オド)も、さらにはダメージも深刻な状態だが、それでも命までは別状がなさそうだ。

 

 最後にすべてを身体強化に回していたことが功を成したのだろう。万が一魔法に心想因子(オド)すべてを使い尽くしていた場合、冥の腹部は外皮だけでなく、内臓までもがすべて焼かれて、ほぼ即死することになっていただろうから。

 

「少し待っててくれ。あとは俺がやるから」


 祢音はそこでようやく前に視線を戻し、眼前にいる敵であろう二人を視界に収めた。


 膝立ちになり、大鎌を肩に担いだ柔和そうな顔の赤髪の男と巨大な本を脇に抱えた子供のように背の低い黒髪の男。


 子供の様な体躯の男の体からあの異形達を操っていた心想因子(オド)と同質のものを祢音は感じ取った。隣にいる赤髪の男もおそらく仲間かそれに類する関係の相手。


 祢音はアノリエーレンを強く握りこみながら、視線を鋭く細める。


 対面する二人、慈愛(アフェクティオ)恐怖(テモール)も突如現れた祢音に油断ならない視線を向けながら、警戒を露わにしていた。


 そんな中、最初に口を開いたのは慈愛(アフェクティオ)だ。


 せっかくの楽しみを邪魔された形になった慈愛(アフェクティオ)は目を細めながら、不機嫌そうに祢音に問う。


「一体何者だい?僕の(ころ)しを邪魔する君は?」

「暗条のクラスメイトで友人だよ。そういうお前らこそ何者だ?」


 慈愛(アフェクティオ)の質問に簡潔に答えた祢音は、逆に相手に質問を返す。しかし、それに答えたのは、眼前の人物達ではなく、真後ろからだった。


「……あの、二人は、【狂気の道化達(クレイジーピエロ)】……という組織の、メンバー。残忍で、悪辣、世界的にも、名を売っている……凶悪犯罪組織よ」


 何とか倒れた状態から、気力で上半身だけを起こした冥。痛々しく、辛そうに呼吸を繰り返しながら、祢音の疑問を晴らす。


 その冥の話を聞いた祢音は昨夜のニュースを思い出した。すると、今回の事件が一つ一つパズルのピースのように綺麗に繋がっていった。


「なるほどな……この一連の事件はこいつらの組織のせいか。どうやら、学園襲撃もそっちの男が犯人のようだし」


 祢音の鋭利な視線が恐怖(テモール)を射抜く。断定するようにそう述べる祢音に対し、恐怖(テモール)は否定するどころか、感心したようなそぶりを見せた。


「へぇ……僕のことを知っているわけでもなさそうなのに、よくわかったね。人形達は操っているのが僕と分からないように心想因子(オド)でバレにくい偽装とか施してたんだけど……風属性でもないのに、感知能力が高いようだ」

「何の目的で学園を襲っている?」

「んーまぁ、簡単に言えば逃走のためと、あとは趣味みたいな?」

「なに?」


 あっさりと自分達の目的を吐いた恐怖(テモール)。それに対し、祢音は訝しむような顔をする。


 慈愛(アフェクティオ)は簡単に自分達の目的を話した恐怖(テモール)に、呆れとも怒りともつかない声で言った。


恐怖(テモール)……君はどうしてそんなに口が軽いんだい?毎度毎度、すぐに情報をぺらぺらと口にして……用心しなさすぎるから捕まったてことを君は忘れない方がいいよ?」

「別にいいでしょ!あっちの女の子が僕達のことを知っていたようだし、遅かれ早かれ、目的は感付かれてただろうよ。だから、僕から教えてあげたのさ!それに、どうやら一人で助けに来たようだし、殺せば問題ナッシング!」

「はぁ……まぁ、今回は確かに恐怖(テモール)の言う通りかもしれないね。彼は本当に一人のようだし。足手まとい一人に学生一人だけなら、あまり労力も必要ない。さっさと彼を殺して、冥ちゃんに僕の愛を証明しなければ」


 突然現れ、冥を助けた祢音に驚きはしたものの、周囲を探り、彼が一人だとわかると、慈愛(アフェクティオ)恐怖(テモール)は警戒態勢を緩めた。


 一見、それは相手を舐めるような行為だが、反対に自分達の力への自信の表れでもあった。慈愛(アフェクティオ)恐怖(テモール)も、先ほど魔法をかき消した祢音の力が気にはなったが、それでも学生一人程度ならさほど脅威ではないと判断したのだ。


 慈愛(アフェクティオ)恐怖(テモール)の纏う雰囲気が警戒から威圧に、そして殺意に変わる。 


 一方、それを見て、祢音も思考を戦闘モードにシフトした。アノリエーレンを強く握り、体内の心想因子(オド)を活発化させる。


 祢音の戦意は上々。いつでも駆け出せるように足に力を入れていた、そんな時。


「……待、ってッ!……まだ、私も戦えるわ……あの男は、絶対に……私が殺すの……だから、無道君は……手を、出さないで!」


 ボロボロのはずの冥が意思の力だけで、足をがくがくと震わせながらも、何とか黒睡蓮を支えに必死に立ち上がろうとしていた。


 その姿を見て、祢音は驚いたように言葉を返す。


「何を言ってるんだ、暗条。お前はどう見ても、もう戦える状態じゃない。それ以上動けば、本当に死ぬことになるぞ」

「……あの男を、殺せれば……私の命くらい、どうだっていいわ!……家族を殺した、あの男を……地獄に、送ることができれば!私はッ!」

「……」


 冥の言葉から発せられる、怨念とでも言うべきような強い憎悪。それを聞いて、祢音は冥の復讐の根源を知る。


 知り合ってから常々冥には共感を抱いていた。その雰囲気や性格、時折現れる暗い感情。彼女も自分と似たような”想い”を持っているからか、少なくないシンパシーを感じていた。


 家族を殺された冥と家族に捨てられた祢音。全く違うように見える二つだが、そこには共通することがあった。


 それは両者ともに繋がりを断ち切られたからこそ芽生えた感情。


 家族を殺された冥の痛みがどんなものだったかなんて、祢音は知らない。それを感じることもできないし、簡単に同情することもできない。


 けれど、繋がりが切れるという痛みは祢音にも深く理解できた。筋道は違えど、そこだけは同じことだから。


 その為、安易にそれを断ち切った原因への復讐を冥に止めさせることなんて祢音にはできなかった。だが、このまま彼女を死なせるような真似も祢音にはできなかったのだ。


 強烈な眼光だけは衰えさせず、慈愛(アフェクティオ)を睨みつける冥を見ながら、祢音の心の内では二つの感情がせめぎ合っていた。


 それは冥の思い通りにさせ、復讐を果たす手伝いをするか、それとも死地に向かおうとする彼女を止めるかという二つの思い。


 しばしの逡巡。


 結果、祢音は自分のエゴを押し通すことにした。


「悪い、暗条。俺を恨みたきゃ、いくらでも恨んでくれていい。俺はそれでもお前に死んでほしくないんだ」

「なに、を……!?」


 無理にでも立ち上がろうとする冥に向かって、祢音は彼女の後ろ首に手刀を落とす。軽く置かれるだけのように添えられた祢音の手に、冥は言葉を発する前に、気が付けば意識を彼方に飛ばした。


 祢音は前のめりに倒れる冥を横抱きにし、ゆっくりと地面に寝かせる。


(悪いな……)


 心の中で再度、冥に謝罪をしながら、立ち上がった祢音は雰囲気を一転。


 警戒するようなピりついた様子から一瞬で覇気のある風情で眼前を見据えた。


「犯罪者のくせに、お行儀よく待ってくれて感謝するよ。じゃあ、そろそろお縄についてもらおうか」




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