対峙
人垣を避けながら疾走する一つの影。
冥は現在、武蔵学園を突然に襲った魔法を見て、憎悪を剥き出しに、身体強化を施した体である場所に向かって走っていた。
あの上級魔法、死神の戯れ。それは冥が復讐する相手である篠原遊星を調べていたからこそ知っていた魔法だ。
そして、篠原遊星という名前も本名ではないということは調べていて分かった。ただの偽名であり、本当の名前は世間に知られていないと。
犯罪組織【狂気の道化達】は五人の人間からなる少数勢力の組織である。メンバーはそれぞれコードネームで呼ばれ、リーダーである羨望を中心にそれぞれ慈愛、悲哀、憤怒、恐怖の名前で呼ばれていた。
その中で闇の上級魔法、第六位階の死神の戯れを好んで使うのは恐怖と呼ばれる男だった。効果は犯罪組織の人間なだけあり、まさに悲惨極まりないもの。
闇の特性を応用して、生物の生命力を吸収し、その死体で異形の生き物を創り上げる禁忌指定されている魔法。恐怖はよくその魔法を使って、事件を起こしていた。ある国では一つの街を襲って、大量虐殺をしたり。またある国では、死神の戯れに必要な検体を欲して、その魔法で人間や動物など関係なく捕獲したりと。
大胆な事件を数多く起こしているが、今までは捕まってこなかった。だが、そんな恐怖も日本のある街で事件を起こそうとして、運悪くそこに居合わせたこの国の全天に連なる一人に捕らえられることになる。
有名な犯罪組織の人間が捕らえられたとあって、当時はかなりのニュースになったのを冥はぼんやりとだが、覚えていた。ただ、それのせいで自分の家族が殺されたのも忘れない。
恐怖を捕まえた全天の人物に恨みを抱いているというわけではない。その人物がいなければ、恐怖のせいでより多くの人が犠牲になっていたのだ。恨めるはずがない。
けれど納得できたというわけでもなかった。
理不尽をひたすらに怨んだ。運命というものをひたすらに嘆いた。どうして私なんだ!と声高に天に向かって何度も叫んだ。
詳しく調べていた組織だからこそ、冥は先ほど死神の戯れを見た瞬間、今この人工島【武蔵】に自分の仇がいるかもしれないということが即座に頭を過った。
確かに死神の戯れを使う犯罪魔法師は世界を探せば他にもいるだろう。もしかしたら今、武蔵学園を襲っているのは【狂気の道化達】とは関係ないのかもしれない。
だが、冥の脳はそれを絶対にないと断じる。
走りながら、思い出すのは今朝のニュース。昨日午後に襲撃された志摩拘置所で凶悪犯罪組織に所属する人物が脱走したという事件。
そのニュースを見た時は、他人事のように思っていた。しかし、先ほど起きた武蔵学園への襲撃。そこに使われた魔法。自分の家族が殺された経緯。
あの刑事は何と言っていたか。そう、捕まった仲間の居場所を探るためにあの男は警察官に成りすましていたのではないか?
今朝のニュースは何と言っていたか。そう、凶悪犯罪組織に所属する人物が脱走したと言っていたのではないか?
まるでパズルのピースが綺麗に嵌るように冥の頭の中で状況がかちっと合わさってしまった。
すると、すべてがどうでもよくなるほど体が熱を発し、心の底から暗い感情が噴き出す。頭の中でぴったりとくっ付くこの偶然にしてはできすぎな事態に冥は考えるよりも先に身体が、心が、動き出していたのだ。
走る冥が向かう先は、死神の戯れの術者の居場所。
恐怖はよくその魔法を人気のない拓けた場所で使うということを冥は調べて知っていた。
さらに、通常死神の戯れは離れすぎても操作ができなくなるため、あまり距離を置くことができない。大体二キロほどの距離が限界であると、魔法大全には記されてある。
襲われていた場所は闘技場の付近。そこから二キロ圏内で恐怖が魔法を使う条件が一致する場所を冥は考える。
闘技所から二キロ付近で人気のない拓けた場所はかなり限られている。冥の頭の中で該当する場所は一つしか思い浮かばなかった。
走って数分。
冥が辿り着いた場所は武蔵学園から少し離れた場所にある木がたくさん生い茂った森林区域。
辿り着いた瞬間、冥は自身の勘が当たっていたことを知る。眼前に見える森の奥から自身と同じ属性の魔法を使った痕跡を感知できたからだ。
まだ少し離れているが、この先に自身の仇、もしくはそれを知っている者がいるかもしれないと思うと冥は体が震えだすのを抑えられなかった。怯えからではない。歓喜からだ。
そのまま冥は何のためらいもなく、森に足を踏み入れるのだった。
♦
そこは森林区域の中にある小さな拓けた広場。
冥の推測通り、恐怖は現在そこで死神の戯れによって作られた愛しい自分の人形達を闇の上級魔法、第六位階『黒の棺』を使って、異空間から武蔵学園の敷地内に召喚していた。
第六位階『黒の棺』はいわば、収納と転送を合わせたような魔法。自分の創った異空間に様々なものをしまうことができ、さらにはそれを設定した場所に送り込むことができる。その収納容量や転送距離は術者の心想因子量によって変化する。
「ふふ……君達を見るのも本当に久しぶりだね。ああ、癒されるなぁ~。あんなこわいとこに長いこといたから、本当に君達と再会できて僕は嬉しいよ!」
「あ゛あ゛……」
「そうかそうか!君達も僕に再会できて嬉しいんだね!そう言ってくれると幸せだよ!」
「あ゛あ゛……」
恐怖は楽しそうに自分の近くに並べるようにして置いた人形達に話しかける。が、人形達からは呻くような声しか返ってこない。しかし、それを気にした様子もなく、恐怖はあたかも誰かと話しているように会話を続けた。
その光景を見ている者がいれば、あまりの不気味さにすぐさま逃げること請け合いだ。傍から見れば、ゾンビのような腐臭を放つ生物に笑顔を見せて話しているのだから、狂気を感じずにはいられないだろう。
「……あれ?」
だが、恐怖が機嫌よく会話していたところ。突然、操って闘技場を襲わせていた自分の人形達の内、何体かとリンクが切れたことに気が付く。
「……なんで?」
繋がりが途切れたということは攻撃を受けて消されたのだろう。ただ、恐怖はそれで違和感を持ったのではない。
今、自身が武蔵学園に召喚している死神の戯れの人形達は攻撃や衝撃を受けると爆発するように作ってある。その為、攻撃を受けたのならば、相手を巻き込む爆発が起きるはずなのだが……。
「どうして、何も起きずに繋がりが切れたんだろう……?」
今自身とのリンクが切れた人形達はなぜか爆発しなかった。
疑問に思って恐怖は首を傾げるが、その答えを与えてくれる者はいない。
だから、自分で考えようと、深く思考に入る……それより先に――
「!?」
――突如強烈な殺気を纏って、自分に襲い掛かってきた黒い影からの攻撃を躱すため、恐怖は咄嗟に後ろに跳んだ。
ドゴンッ!
強烈な斬撃の一撃は空を切るようにして、地面に衝突すると、そんなド派手な音を響かせて、地を砕く。
「……いきなり襲い掛かってくるなんて、ほんとこわいなぁ。君は一体誰なんだ?」
着地して目線を上げた恐怖の先にいたのは、瞳を憎悪で滾らせ、黒睡蓮を構えながら、睨みつけてくる暗条冥だった。
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