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動き出す闇Ⅲ




 翌日。すでに時刻はお昼頃。


 ちょうど、祢音達は三人で昼食を取っていた。学園にあるカフェテリアは役員試験で集まった多くの一般客で占領されてるといってもいい。つまり、満員であった。


 その為、現在三人は学園から徒歩五分ほどしたレストランでお昼を食べている。発案は命からだった。


 中等部から武蔵学園に通っている命は学園付近にかなり詳しい。今回来たレストランも彼女のおすすめなのだ。


 そんな命一押しのお店で、今炎理はかなり気落ちしたように料理をつついていた。


 実は昨日の不合格をまだ引きずっていたらしい。一時はかなりテンションも戻ったはずなのに、今は何故か余計にズーンとした雰囲気を漂わせている。


 そんな炎理に祢音は何度か声をかけるが……。


「……炎理、いつまで落ち込んでんだよ……もう終わったもんだからくよくよしても仕方ないだろ?」

「だ、だってよぉ~!鳴雷先輩にお近づきになれないばかりか、絶対暗条にバカにされるぜ!?それを考えたら俺は夜もおちおち寝れなくてよぉ!?」

「目の下の隈はそういうことね……」


 どうやら根は相当深いようだ。炎理の中では冥にバカにされることが確定しているのか、しきりに唸るように頭を抱えている。


 確かに二次試験である魔法競技に出ていないと把握すれば、すぐに生徒会の役員試験に不合格になったと分かる。


 だが、冥がそんな炎理みたいなことを進んで自分からするのかといえば、否と言わざるをえない。たまにお返しとばかりに挑発をしてくるが、それは基本祢音と炎理が話していて、冥に対する不穏な単語がたまたま聞こえた場合の時に限っての話。普段は自分から絶対に関わってこないのだ。


 だから、炎理が冥を焚きつけるようなことをしなければ、あちらも炎理を煽るようなことはしないのだが……。


「くっそぉ!な、何か暗条の弱みを探さなければ……!」

「はぁ」


 この分じゃ、無理そうだろう。


「……炎理、大変そう」

「いや、ただ単に自業自得なだけだから、命は気にするな」


 命が若干炎理を心配するも、祢音は横から相手にしない方がいいと言わんばかりに声をかけた。




 本選は午後の一時から始まる予定になっている。


 祢音達三人は昼食を食べ終えた後、すぐに闘技場に戻ってきていた。開始ニ十分前にもかかわらず、すでに一階席も二階席もほぼ満員状態。今日の本選にどれだけ注目が集まっているか分かるというものだ。


「暗条は二組目だな」


 壁に取り付けられた巨大モニターには本選のトーナメント表が映し出されており、それによると冥は二番目の試合となっていた。


「ケッ!どうせ初戦敗退に決まってら!」

「……頑張ってほしい」


 祢音の呟きに炎理と命は全く正反対の反応を見せる。同じクラスメイトである炎理は相変わらずのように冥の敗北を願い、知り合いですらない命は冥の応援をする。その状況に祢音は苦笑が漏れた。


「炎理、お前も少しは応援してやれよ。クラスメイトだろ?」

「絶対いやだね!万が一暗条が勝ち上がって、風紀委員にでもなったら俺の立場ってもんが無くなる!」

「お前の立場ってなんだよ……」


 頑なに態度を変えようとしない炎理に呆れたようにそう呟く祢音。


 炎理が少し軟化すれば、冥の方ももしかしたら柔らかい態度になるかもしれないとは思わないのだろうか。


(思わないんだろうな……)

 

 良くも悪くも短絡的でバカなのだから。




 ♦




 そこは暗く閉ざされたどこかの空き家の一室。夏でもないにかかわらず、じめっとした空気が漂うそこでは今。


「この島国の警察は優秀だなぁ、おい!武蔵学園とかいう学校の役員試験で警備が手薄になっているとこを突いたのにまさかすぐに退路を断たれるとは思わなかったぜ!」

「ええ、恐怖(テモール)の回収はできたのに、私達がこの状態とはねぇ……悲しいことです」

「うぅ……こわいよぉ。せっかく二人に助けてもらえたのに、またあそこに戻るのはこわいよぉ」


 怪しげな三人の人影が、こそこそと話し合いをしていた。


「それで、どうするよぉ?どうやって、この島脱出する?」


 乱暴な口調の二人にそう尋ねたのは犯罪組織【狂気の道化達(クレイジーピエロ)】に所属する一人である憤怒(フローレ)


「ふむ……まぁ幸い恐怖(テモール)が戻ってきたのです。ここは私達らしく行きますか?」


 紳士然とした口調で仲間である悲哀(ドロレム)がそう返す。


「ええ……もしかして僕がやるの?こわいなぁ」


 悲哀(ドロレム)の言葉から何かを察した恐怖(テモール)が怯えたように答えた。


「いつもいつも怖がり過ぎなんですよ、恐怖(テモーレ)は。悲しいことですが、私達が逃げるきるためにこの街の住人には犠牲になってもらいましょう。悲しいことですが」


 悲しいと言っている割には悲哀(ドロレム)の口調はどこか楽し気で、喜悦が混じっている。そこに介在する悪意を知れば、常人は耐えられないだろう。


 憤怒(フローレ)悲哀(ドロレム)の提案に不気味な笑いで応えた。


「ククク!いいねぇ!やっぱそうでねぇとな!狙いはどこにする?」

「ちょうど今賑わっているところに爆弾を投下してあげましょうか」

「そうだな、それでいこうか。そっちを陽動に俺達はさっさと羨望(インヴィー)慈愛(アフェクティオ)に合流して、こんな島国の辺鄙な島なんて脱出するかぁ」

「こわいけど、仕方ないかぁ……僕たちが逃げ延びるためだもんね……」


 悪意ある牙が今、この街に襲い掛かろうとしていた。




 ♦


 


 それが起きたのは唐突なことだった。


 本選が始まる時間の五分前のこと。段々と観客のボルテージも上がり始め、祢音達も楽しみに待っていた時のことだ。


 ドカンッ!という強烈な爆発音が響いたかと思うと、猛烈な地響きが闘技場を襲った。


「な、なんだ!?」

「きゃあ!」

「え?え?え?」


 その音や振動に衝撃を受けた観客達が騒然と慌てだす。今の今まで平和に楽しんでいたはずが、一瞬でそこは混乱と混沌の坩堝と化した。


 それは祢音達三人にも同様のことで……。


「な、なんだぁ!?!?」


 炎理がそのうるさい声を張り上げるようにして、大げさに驚き、


「……うるさい」


 隣に座っていた命はその声に耳を塞ぎ顔を顰め、


「近くで何か爆発でもしたのか……?」


 祢音は冷静に状況を分析しようとしていた。


 三人が三人とも性格を表すように別々の行動をとる。ただその後の展開は同じだった。


「ひとまず外を見に行こう!」


 即座にそう判断した祢音の合図に炎理も命も頷き、立ち上がる。そして、すぐさま祢音の後をついていくように外に向かった。


 


 闘技場の外に出た祢音達が最初に見たものは、一般客を守るように警備員達が盾になるようにして、異形達と戦っている場面だった。


 黒く粘りつくようなヘドロ然とした気色の悪い異形達。大方がゾンビのように歩行する人間型の気色の悪い異形達だが、中には姿形がまるで動物のように見える異形までいる。

 

 警備員達は怯える一般客を守るように近づいてこうとしてくる異形達から交代するようにして、防御魔法で足止めをしていた。

 

 それを見た祢音は疑問を覚える。なぜ魔法で殲滅しようとしないのか。


 その疑問は意外なところから返ってきた。


「あれは……上級魔法、死神の戯れエレ・ニグラ・ルーデリア!!てことは……!?」


 祢音達同様に騒ぎを聞きつけて、闘技場から姿を現し、図らずも祢音の疑問に答えを与えてくれたのは本選に出場していたはずの暗条冥だった。


 まるで知っているようなその口ぶりに祢音は振り返って、冥に聞こうとしたが、


「あ!おい!」


 冥はそれより先にどこかに走り去っていった。慌てるように祢音は呼び止めようとするが、冥は耳を貸そうともせず、尋常でない殺気を纏って消えた。その後ろ姿を見て、祢音は強い不安を覚える。


 すぐに追いかけたい衝動に駆られるが、今はこの状況を学園生徒として何とかしなければならないと思った。


「チッ!まずはあの気持ち悪いのから殲滅した方がいいな!」


 祢音が警備員達の加勢しようとMAWを展開する。それにつられて、炎理と命も動き出していた。


「手伝うぜ!祢音!」

「……ん。私も」


 炎理は左右の耳につけたピアスを篭手型MAW【爆焔(ばくえん)】に変え、命は縮小させていた刀剣型MAW【桜吹雪(さくらふぶき)】を元に戻す。


 それぞれのMAWを展開し、三人が異形達に攻撃を仕掛けようとした瞬間。


「待て!そこの学生達!むやみに攻撃するな!そいつらは攻撃すると爆発する!」


 防御魔法で一般客達を守っていた一人の警備員が祢音達に注意をかけてきた。その声に祢音は警備員達が攻撃しない理由を察する。


(面倒な魔法だな!さっきの大きな爆発音はあれらを攻撃したせいで起きたってことか!)


 ブレーキをかけたように三人の足が止まる。


「くっそぉ!周りに被害は出せねーから、どうするよ!」

「……手詰まり?」


 焦ったように炎理が大声を上げ、命が冷静にポツリと状況を端的に呟く。ただ、祢音はそこまで焦燥は抱いていなかった。


「……炎理と命は警備の人達と一緒に一般客を守っててくれ。あの気持ち悪いのはすべて俺がやる」

「あ?何する気だ、祢音?」

「……祢音?」


 炎理と命の疑問の声には答えず、代わりに一歩前に踏み出す祢音。


 冥はあれを魔法と叫んでいた。この気味の悪い生物もどきがすべて魔法ならば、祢音にとっては格好の獲物。爆発をさせずに無力化させることは簡単だった。


 祢音を中心に膨大な心想因子(オド)が高まりだす。それに驚いたように炎理と命は一歩、二歩と後退した。


 透き通るように透明な祢音の心想因子(オド)が陽炎のように周囲の空間を捻じ曲げ、現実に見えない圧力となって現れる。


 それは一度兵吾との戦いで使った祢音の力。


 膨大で果てしない鍛錬と思考の末に祢音が自分のためだけに見つけ出したすべてを凌駕する技術(わざ)


 収束するようにアノリエーレンに吸収された膨大な心想因子(オド)を、


「理よ、無に帰せ!アノリエーレン!!」


 祢音は解き放った。




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