動き出す闇Ⅰ
冥が生徒会の役員試験を受けることから風紀委員会の役員試験を受けるに変更しました。
突然変えてすいません!
武蔵学園の役員試験は一種の祭りと言ってもいい。闘技祭、学園祭の二大祭事に続くなかなかに大きなイベント事だ。
役員試験の多くは実技の試験を課すことが多く、それは一般にも公開される。普段は見れない華麗な魔法や生徒同士の迫力ある戦闘。一般の人々にとってこれはエンターテインメントの要素を多分に含んだ催しであった。
中でも生徒会と風紀委員会の役員試験は多くの人を集める。この学園の生徒会や風紀委員会は世間一般に実力者集団と恐れられ、羨望を持たれている。次世代の強者を発掘する行事を生で見れるとあっては、大衆も盛り上がるというもの。
そんな行事の一日目が始まる土曜日の朝。祢音はいつもより少し遅めに目覚めた。
実は昨日、夜遅くまで炎理の勉強に付き合っていた祢音。生徒会の筆記試験に備えてのためだった。炎理の熱意は本物で、普段は勉強にとんと興味を示さないのに、昨日は猛烈なやる気を出して勉強していた。案外やれば炎理は結構できるとそこで初めて知った祢音。普段からやればいいのにとは思っても言わなかったが……。
現在は朝の九時。生徒会の役員試験は確か朝の十時スタートだ。炎理はもう登校しているのだろう。
今日行われる予定なのは筆記試験。筆記で第一次合格者を決め、明日の実技である魔法競技で第一次合格者の中から第二次合格者を選ぶ。そして最後に現役生徒会役員達による面接で最終的な合格者を判断する。なかなかにめんどくさい方式をしていた。
風紀委員会は今日の実技試験が予選のようだ。受験人数の関係もあり、バトルロイヤルで明日の本選出場者を決めるということらしい。
生徒会も明日は魔法競技であり、さらに各自治会も実技が大半だ。確かに一般人からすれば役員試験は普段は見られない魔法の数々が楽しめるという娯楽要素が強い催しだった。
祢音は役員試験の申し込みをしていないため、今日も明日も普通に休日である。だが、今日の午後は命の頼みもあって、炎理と三人で風紀委員会の役員試験、つまりバトルロイヤルを見に行くことになっていた。
実際は部屋で休みたかった祢音だが、上目づかいで一緒に行きたいと頼んでくる命の頼みを断れるほど心を鬼にはできなかった。嬉しそうな雰囲気で初めて友達と行けると喜んでいた命を見て、祢音は了承して正解だなと自分自身を褒めたとか。
そんなこんなもあって、炎理の筆記試験が終わったら、学生寮の前に集合となっている。
まだ時間もあるが、祢音はいつも通りシャワールームに向かい、仕度準備を進め始めるのだった。
♦
「祢音!勉強したとこ全然でなかったぞ!」
学生寮の前に集合した炎理の第一声がそれだった。いきなり掴みかからんばかりに祢音に迫ってくる。怒っているとかではなく、納得ができていないような感じだ。
「あーやっぱり?」
「やっぱりって分かってたのかよ!?どうして教えてくれなかったんだよ!?」
「いや、分かってたというよりかは予想してただけだ。筆記の内容は発表されてないから分かるわけないだろ?」
「た、確かにそうだけど……」
実は生徒会の筆記の内容は未発表であり、受験生たちは知らない。だから、昨日祢音は炎理に何を勉強させていいか悩んだが、とりあえず授業の復習だけをさせていた。
一応予想として、生徒会の筆記試験に出る内容はデスクワークに対応するスキルを把握するための試験になると祢音は考えていた。
何せ受ける生徒は何も高等部からだけでなく、中等部からもいるのだ。学年によって授業内容も進むスピードも違う。授業科目なんかを出せば不公平になる。その為、筆記試験に授業関係の内容は出ないと思っていた。
「で?一体どんな問題が出たんだ?」
「ん?なんか電子情報端末に関する知識的な問題とか、めんどくさそうな計算問題とかいろいろ?」
「やっぱそんなもんか」
祢音の予想は大まかに当たっていた。生徒会の筆記は主に事務職のスキル把握を目的とした内容の試験だったということだ。電子情報端末の知識はデスクワーク作業ができるかのスキルを把握するため。計算問題はきっと会計に関するスキルの把握と言ったところだろう。
予想していたのになぜ祢音がそれ関連のことを勉強させなかったのか?
単純にどのような問題が出るのかわからなかったというのと、時間的に余裕もなかったからである。
ぶっつけ本番、炎理の自力が試されたというわけだ。炎理の知能を信じたといってもいい。
「じゃあ、昨日の勉強に一体何の意味が!?」
「……いい復習になっただろ?それにお前こうでもしないと勉強しないからな」
そして、祢音がなぜ炎理に授業の復習なんかをやらせたのか?
それは自分のためだ。一応は今後の炎理のために役立つということも考えてだが、大部分は忙しいテスト期間などに自分に勉強を教えて欲しいと泣きついてこられないようにするためという思惑があったりする。
「まじかよっ!だったら、昨日の勉強時間遊べば良かったぜ!」
「はぁ……そういうところだよ、まったく」
呆れたようにため息を吐く祢音。炎理のそんな性格を把握したからこそ、あんな手段に出たというのに。本人は全く気にしていないから困る。これでテスト前に泣きつかれたら、本当にどうしようかと祢音は内心炎理にとって恐れることを考えた。
結局それから炎理が落ち着いたのは、一番最後に集合場所についた命に止められるまでだった。
普段は開放されていない武蔵学園だからか、こういうイベント毎になるとそれはそれは大量の一般客が集まってくる。
「うっひゃ!それにしても人が多いな!」
炎理はそんな普段とはかけ離れた人の数に若干興奮したように叫んだ。祢音もそれに同意するように頷く。
「ああ、まるで街に降り立ったかのように人が多いな」
「……ん。毎年役員試験はこのくらいの人が集まる。むしろ、明日の方がもっとすごい」
「それは……何とも言えないな」
今日の方がまだ人の数が少ないと命から聞いた祢音は地味に明日を想像して辟易とした。
それにどうやら多いのは一般人だけではない。
「なんか警備員も多くねーか?」
炎理の言う通り、ちらほらとだが、いつもより警備員も多かった。
通常は門番を除けば、園内でも警備員は四、五人くらいの数だが、今は、それより五、六倍くらいの数が園内を巡回しているだろう。
「……ん。これだけ人が多いと、何か悪さする人が出てくるかもしれないから」
命が肯定するように頷く。
現在、都市からもそれなりの数の魔法師ライセンスを持つ警察官が学園の警備として派遣されていた。一般の人々の安全や未来ある魔法師の卵の学生達を守るための措置だ。
目的である風紀委員会の役員試験の場所は闘技場で行われている。
祢音達三人は闘技場に着くと、そのまま入り口に向かった。
中に入ると三人は人の数に圧倒された。一階席も二階席もかなりの人数で埋め尽くされている。だが、入ってすぐに三人横並びの座席を見つけられたのは運がよかったといっていいだろう。
そこに座った祢音達は中央の決闘広場に視線を送る。
予選であるバトルロイヤルはすでに午前から始まっていた。ただ、炎理が午前中は空いていなかったため、午後からとなったのだ。
風紀委員会の役員試験で集まった人数は約八十人。その中から風紀委員は二人しか選ばれない。
今回、予選ではAからDまでの四組に分けられている。一組二十人でバトルロイヤルを行い、その中の二人が明日の本選に進める流れになっていた。
祢音達が入ってきた時にちょうど始ろうとしていたのが、予選最後の組であるD組。
始まりの合図で二十人が一斉に動き出す。
「おお!なんか一対一じゃ味わえないような迫力があるな!」
炎理が中央で起きている戦いを見ながら、盛り上がる。確かに、炎理の言う通りバトルロイヤルは一対一での戦いとは違った趣があった。
一人の生徒が誰かに狙いを定め、戦いを仕掛けようと思ったら、横から違う生徒が自分に魔法を放ってきている。咄嗟に防ぐも、また違う方向から自分を狙うもう一人の生徒。純粋に一対一という戦いはなく、多数が混在した乱戦と化している。
その中でも、ひときわ輝くように強い生徒が一人。
「ゲッ!あの女!」
炎理が嫌なものを見たとでも言いたげな声を出して見つめる先。
そこには並み居る敵を展開した薙刀型MAW【黒睡蓮】と魔法で薙ぎ払う冥の姿があった。
「へぇ、暗条はこの組だったのか。ちょうどあいつの戦いが見れたのはラッキーかもな」
「何がラッキーだよ!最悪だぜ!これなら一つ遅く来ればよかったわ!」
祢音の言葉に冥と犬猿の仲と言ってもいい炎理は嫌そうに噛みつく。きっと冥の活躍を見たくないのだろう。
そんな二人の会話に命は不思議そうに首を捻りながら、祢音に尋ねた。
「……誰?」
「俺達のクラスの暗条冥ていう女子生徒なんだけど、とにかく炎理とは仲が悪くてな。顔を合わせればすぐにいがみ合うような関係なんだよ」
「……喧嘩友達?」
「いや、友達ではないだろうな。喧嘩知人ってところだ」
「……ん。納得した」
冥を見て機嫌を急降下させた炎理の横で祢音と命はこそこそとそんな会話をする。本人達が聞いたら、心外だと思うのかもしれない。炎理なら友達っていうところに嫌な顔をし、冥に至っては知人ってことにすら嫌な顔をするだろう。
祢音はそんなことを考え、内心で苦笑を浮かべた。
そんな時だ。
『おおっと!風紀委員会の役員試験、予選D組も残すところあと少しだぁ!』
司会の声で祢音達は決闘広場の中央に視線を戻す。
少し目を離した隙にいつの間にかもう残りの人数が五人まで減っていた。中にはまだ冥も残っている。
「チッ!」
そのことに炎理が面白くなさそうに舌打ちする。
その間にも決闘広場での状況は変化していた。睨み合うようにして周囲を伺っていた五人だが、中の一人が痺れを切らしたように動き出す。
その生徒が起こした行動は単純。四人全員に狙いをつけ、魔法を発動したのだ。一気に終わらせようとでも考えたのかもしれない。
空中に現れる四つの火の弾丸。それは火の初級魔法。第二位階の『火炎弾』。ただし、その大きさは以前祢音と戦った碓氷の氷結弾よりもはるかにでかい。まるで小さな岩ほどの大きさがあった。
魔法を発動した生徒は残りの四人に狙いをつけ、火弾を発射した。
迫る巨大な火の弾丸にそれぞれが防御態勢を取る。それは冥も同様で、彼女は燃えさかる破壊の力を秘めたその魔法に対し、
「闇よ!暗闇盾!」
一節詠唱で発動したのは、闇の初級魔法、第一位階の『暗闇盾』。冥の眼前に、彼女を守るようにして、闇が広がる。
そして――
♦
そこは武蔵にある拘置所の一つ。
祢音達が冥の戦いを観戦している真っただ中。
それは起きていた。
「な、なんだお前達は、がふッ!?」
門前に突如として現れた不審な人物達を門番が止めに入ろうとした瞬間、何らかの攻撃を受けたのか激しい衝撃を受け、門番は吹き飛んでしまう。
それを起こした張本人は、まるで神に祈りをささげるように、地面に膝をつくと、両手を組んで、天に掲げた。
「悲しいですねぇ。私達に歯向かおうとしたからこんなことになってしまうのです。あぁ、今日は何て悲しい日なんだ!また一人健やかな命が旅立たれてしまわれた!」
悲しい、悲しいとずっと呟くその人物に、横にいたもう一人が怒りの声をあげる。
「黙れぇ、『悲哀』!さっさと行くぞ!早くしねぇとめんどくせぇのがいっぱい集まるだろぉが!怒るぞぉ!」
「私はねぇ、悲しいんですよ!『憤怒』!あのお方が私達に歯向かってきてしまったせいで、旅立たれてしまったことが!」
「どうせ何人か殺すことになるんだから一人、二人増えても変わんねぇだろ!そんなことよりさっさと『恐怖』を回収しないといけねぇんだ!俺が激怒する前に早くしろやぁ!」
「あぁ!そうでした!悲しいですねぇ!こんな怖いところに閉じ込められていたなんて!『恐怖』はきっとずっと怖い思いをしていたでしょうねぇ!ああ、なんて悲しいことなんだ!」
その二人の声色は完全に男だった。まるで演劇でもやっているかのように、大げさな動作で悲しみを表現する『悲哀』と呼ばれた男とそれに怒りを向ける『憤怒』と呼ばれた男。
突然現れた二人の不審な男達。二人ともが左手の甲にナイフを持って喜悦に笑う道化のタトゥ―を刻み込んでいる。さらには二人ともが不気味な仮面をつけていた。
泣いている形相をしたピエロの仮面をつけた悲哀と怒りの形相をしたピエロの仮面をした憤怒。服装が普通なためか、余計その仮面が目立っていた。
二人はまるで散歩気分のようにそのまま拘置所に入っていく。
――その日、その拘置所からは数人の死体と一人の脱走者が出るのだった。
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