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桜の雫は消えていない

作者: 金剛涼太

「悲しみ」という言葉。人間の使う感情表現を意味する言葉のひとつである。

 人間はこの悲しみという感情が表情に出るとき、目から一粒一粒雫が出ることがある。

 その液体はまるで氷の中に埋まっている宝石のようで何故か恐ろしさを感じさせる。そう、触れたら壊れそうで。

 この物語は一人の少年が心を失った少女を救い、そして死んでいく…。

 美しくも儚い物語。



 ________少年は…



              少女を守りたかった________




一章 一つの物語

 俺はここにいる。……なぜここにいる…?…つぅーか…

「ここどこだよ!?」

 意識は朦朧とし、なぜか見覚えのない天井が目の前に広がっていた。

 あーこれあれだわ…事故った…。

「目は覚めましたか?高杉君」

 すると不意に隣から透き通るような女性の声がした。

 声の主の方を見るとそこには困った顔で苦笑する若いナースと、隣には見覚えがある…というよりも見覚えしかない女性がそこにはいた。

「おい、説明してもらおうか?信也?」

「せんせぇ…」

 そこには中学の担任…というよりも、とある事情で引き取ってもらって養子に取ってもらっている母親的存在の保護者「高杉 鏡子」だ。

 普段は本当の親子のように過ごしているが学校では教師と生徒の立場。真面目にやらなければ叱られるし怒られもする。そんな関係だ。

 クールな印象だが意外と喜怒哀楽が激しい人だ。その証拠に今ものすごい怒っている。

「そ、それでは、高杉君のケガは、全治一ヶ月のなので病院の中で安静にしていてくださいね。くれぐれも無茶はしないように…で、では!!」

 ナースさんは先生の怒気に圧倒され深くお辞儀をしそそくさと逃げるように病室を出た。…声震えていたなおっかねえ…。

 すると先生は「はぁ」とため息をつくと話しだした。

「まぁ話は他の先生方から聞いている。卒業式で無茶をしたらしいな…」

 そうつらつらと先生は話すが正直今の俺はその時の記憶があまりない。だが、この怪我になった出来事は鮮明に覚えている。

 それは、卒業式の真っ最中の出来事である。

 一人の少女「天宮 薫」が足をもつらせ壇上から真っ逆さまに落ちたのだ。

 卒業証書授与という大事な瞬間。何も保護するものもなく地面に勢いよく落ちていった。だが、その時俺は彼女の下に滑り込みクッションになっていた。

 いくら中学三年生の女子とはいえ、かなりの衝撃で腰の骨はいくつか痛めてしまったらしい。どうりで腰が痛いわけだ。

「彼女はどうやら高温の熱のまま卒業式に出席していたらしい」

「はぁ…公立入試を控えてる奴がほとんどだっつうのによくもまあ来たな…」

 私立入試が終わったとはいえ公立高校を受ける生徒はほとんどだ。そのほとんどの生徒が出席する卒業式で病人が入場しているとなると、言い方は悪いが迷惑でしかないだろう。

「無論彼女は朝から熱があることは自分自身気づいていたはずだ」

「は?じゃあなんで?」

「君はそういえば、彼女とクラスが違ったな。…まぁ、教師の立場上こんな事を言っていいのか微妙だが…。実は彼女は『人に嫌われる特性の人間』でな…」

 その一言で俺の背筋は凍りついた。そして既視感を感じた。


 ________そうか、あいつもか…。


「まぁそういうことだ。行くしかない、卒業式に出るという選択肢しか存在しなかった状態だったのだよ」

 先生からの言葉が耳の奥で響き続けた。「お前は逃げるなよ」という言葉に変化を遂げながら。

「今は君は何も出来ないそれが現状だ。おとなしく病室で休むことだな」

「はい…」

 それしか方法はない。体が動かない状態では何も出来ない、むしろ何かやって状況を一転させるならまだしも悪化させる場合もある。

 そのようなリスクを伴うのならば何もしないというのが最善の策だろう。

 すると先生は唐突に口を開ける。

「あ…そうだ君に一つ大事な話があった。事故とはいえ君はあと数日もすれば第一希望の入試だ。と言う事で入試対策、入試安全、入試完璧その他諸々問題集をいくつか持って来た。よかったなゆっくり受験勉強ができて」

「はぁ」

「さらに受験校側には、私から話して相談した結果こちらに監督者が派遣されるらしい」

 そう言い先生は鼻高々に笑う。

 この人は全くこんな俺のために無茶してくれる。ただただありがたい。だが、受験勉強は面倒くさいことこの上ない。


 数日が経ち俺は入試、面接を終え無事、高校合格まで結びつけた。




二章 ない物語


 

 だけど心の声は聞こえる。「この人は笑顔で酷いことを言っている」周りの人に教えると、その人は顔を真っ赤にして怒りの目線で私を睨みつけてくる。


 別の日には暴力を振るってくる人もいる。


 ________なんで?なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで



               ________人には何もない。




三章 翁の考察


 四月に入り、信也の腰はだいぶ楽になった。やはり若さのおかげかはたまた受験終了後から始めたリハビリが効いているのかどちらにしろ順調に回復へ繋がっている。

 まだ松葉杖が無い状態だとかなり不安定だが、この短期間でここまで回復するのは珍しいケースだった。

 明日に迫った高校の入学式。明日に備えモチベーションを上げ必死にリハビリに励む一方一つ不安なのがベッドの上に座る保護者である。

 鼻を啜り、なんどもなんども鼻をかんでいる。ティッシュ箱がニ箱目に突入しようとしていた。

「鏡子いつまで泣いてんだよ。っていうか泣くの早ぇよ明日まで我慢しろよ」

 信也は鏡子の呼び方を高校生になるという理由で「先生」から「鏡子」という呼び方に変更した。

 最初の方は鏡子は難色の表情をして、「母さんでいいじゃん」と言っていたが鏡子は二十三歳で結婚していてもおかしくない年齢だが鏡子自身がそういうものに興味がないため。母さんと呼ぶには違和感があるという理由で説得しそれを渋々了承した。

 鏡子も鏡子で信也に近い年齢なので若い世代にも感情移入がしやすくそうした理由で納得したようだ。

 だが、やはり信也の判断は正しかったようで。

「ち、ちがう、こ、…ヘックション!______これは…花粉症だ…ヘックション!!この時期になるとどこ行って…ズズズッ…酷くてたまらん…」 

 この姿を横目で見ている信也は「この時期に変えてよかった」と安心していた。

 たが鏡子は我が子ような存在が、自分の元生徒がこんなに立派になることは母親のように嬉しく、花粉症の涙の中には本物の涙も混ざっていた。


 信也は鏡子のくしゃみや鼻をかむ雑音が耳障りだったためリハビリついでに病院の敷地内にある広場で散歩をしていた。

 周りには車椅子に乗ったお爺さんたちが外で会話をしていたりお婆さんがナースさんに寄り添ってもらって散歩をしていたりと平和的な雰囲気だった。

 信也はなんの用もなくただ松葉杖をつきながら歩いていたので、丁度近くにあったベンチに腰を掛けた。

 空は青く澄み渡り、雲は青い空を引き立てるように風に靡かれている。散歩には丁度いい天気だ。

 すると、一人の老夫が信也の隣に腰を掛けた。

「よっこいせ。隣、失礼しますよ?」

「ええ、どうぞ」

 老夫は信也に一言断りベンチに腰を掛けた。暖かい気候の中流れる風の静かな空間に不意に老夫が口を開けた。

「君は随分と若いがどこか怪我でもしたのかい?こんな場所に厄介になる年でもなかろうに」

 お爺さんは可笑しそうに問いかけてきた。

「ええ、まぁ。少し無茶をして腰をやってしまいまして…ですがリハビリを続けてきたので回復に繋がってますよ」

「ほほう、それは羨ましい。私も先日ぎっくり腰になってしまってもう痛くて痛くて妻に心配はかかるわ孫には会えないわで残念な老いぼれですよ」

 お爺さんは笑い飛ばすが、信也はどういう反応をしたらいいのかわからず苦笑していた。

 するとお爺さんは続ける。

「ですが、このような怪我をすると生きている実感が湧くんですよ。「あぁ、私は今このような痛みを感じている死んでいなかったんだ」とね」

 お爺さんが自嘲気味に言う

「死を恐れる者、死を喜ぶ者、死を待つ者、そして私のように死んでないことを喜ぶ者。人それぞれ感性や個性がある。金子みすゞ曰く『みんな違ってみんないい』ですよ。」

 信也は無言で聞き入ってしまっていた。

「ははは。すみませんね。老いぼれの話を長々と、お暇だったでしょう?」

「いや、貴重な話でしたよ」

「そう言ってくれると嬉しいですよ。…あぁそうだ、病院の広場の中心にあるこの病院名物の桜の木は見ましたか?」

 お爺さんがそう言うとその桜のある方向へ指を指す。

 ________あぁなんかそんなようなものがあるって言ってたな。

「いえ」

「では言ってみてください。明日くらいには雨が降るらしいのでその前に…ね?」

「行ってみますね」

 そう言うとお爺さんはとぼとぼと去っていった。

 ________行ってみなさい。絶対に後悔はしないから。

 お爺さんはそっとそう呟き歩いていった。


 ________桜か……


 信也は興味本位でお爺さんが指した方向へ一歩、また一歩と進んでいく。

 それはまるで桜の花弁に道を案内されているようだった。

 信也は桜の木の下を前に立ち止まると上を見上げる。

 信也の目に映るのはピンクの世界。華やかでいつまでも残っていてほしいという願望が生まれてしまうほど美しかった。

 

________だめだ…意識が飲み込まれる…。

 美しい桜の木が信也の精神を揺さぶる。


________この世界に引きずり込まれる…。…言ってしまってもいいや…。もう、なんでもいい…。


『ダメです!戻って来てください』

 その瞬間一人の少女の声が脳に直接響いてきた。



四章 本物の偽物


 信也の視界には一面銀世界が広がっていた。

________どこだ、ここは…俺は病院の広場にいたはず。そして…そうだ。桜の木を見たんだ。

 曖昧な記憶だが、桜の木。ただそれだけが頭の隅から離れなかった。

 だが、そこには一本も桜の木はないし、桜の花弁さえもない。


________スッー、スッー、スッー、スッー


 するとどこからか水の上を歩くが如く軽い足音が聞こえる。

「誰、だ…」

 周りを見ても誰もいない。気配もない。

 するとどこからか声が聞こえてくる。

「こんにちはぁー」

 不意に信也は聞き覚えのある声を耳にする。

 瞬きを一度すると目の前には一ヶ月前、自分自身が助けた少女「天宮 薫」が笑顔で後で手を組んでいる。

 だが、それは信也目にしたことのない表情だった。

 一瞬の出来事だったが、信也は確実に彼女は天宮薫の顔を見たのだ。

 目は一欠片の輝きのない目で、表情はまるで笑わない人形のようだった。

 信也は戸惑った。自分が見た女の子があの一瞬の表情とはまるで違い、可愛らしい表情でこちらを見ている。惚れるなと言われる方が無理な難題だ。

 すると彼女は口を開く。

「高杉くんあの時は助けて頂いて本当に感謝しています。本当に助かりました」

 そこにはあの時とは真逆の…というよりも別の表情があった。

________これで確信が、ついた。…彼女は

「いや、お前は」



「偽物だ」


「________________________え?」


 一瞬にして彼女の姿は砂のように散っていった。




最終章 メイク・ア・ディファレンス


 俺には生きている実感が無い。爺さんの考えで「大きな怪我をすれば生きている実感がある」と言われたがやはり自己解釈でしかない。

 あの頃から俺は…死んでいた。

十年前。


 俺は親に、肉親に捨てられた。

 昔のことでよく覚えていないが大人たちかは「おぞましい」「やくびょうがみだ」「いきているかちがない」そんな言葉をかけられ続けた。

 精神はボロボロに擦れ、身体も暴力などで全身が麻痺してまともに動けなかった。そのまま俺は無造作に小さな箱に詰められ孤児院へと送られた。

 だが、数年後。俺が中学に入学したとき彼女、高杉鏡子が孤児院へ現れた。

 俺より少し身長が高く堂々と仁王立ちする姿。俺は安心し、そこからは俺の目からは輝きを取り戻した。

 中学では白い目で見る生徒がほとんどだったが、俺には関係なかった。

 なぜなら鏡子がいたからこそだ。

 だが俺は死んでいた。身体への負担はすっかり治っていたが精神への負担はかなり酷かったようで残り続けた。

 俺の余命は一年。そう告げられたのは去年の五月。

 ストレスの負担による「癌」だった。今では体のあちこちに広がり治療不可だと断言された。俺の死までのタイムリミットは止まってくれなかった。

 この原因はすべて「人に嫌われる特性の人間」だったこそだからだろう。

 誰も恨めやしない。そう、ただ俺の辿った運命がこの結末まで導いてきたのだ________



「よく気づいたね。そう、さっきの私は偽物本心でも何でもない。私はとっくに死んでいた。あの日捨てられた時…いやもっと前、私に生命が入れられること自体が間違っていた」

 その声は消えたはずの天宮薫の声と全く同じで、振り返ると彼女の姿があった。

 だが、彼女の顔は信也と初めてのあった時の表情をしていた。無表情で愛嬌のない顔。

 これは笑うしかない。

「ははっ、やっぱそっちの方がいいじゃないか。さっきの奴の顔なんて気味が悪くてしょうがない」

「冗談でもそのようなことを本人の前で言うことではありませんよ」

 怒気を含んだ言い方だったが、顔は無表情なまま。これが彼女自身の本性なのだろう。

「そうか、悪かったな。…で、あんたはどういう目的で俺とあいつを会わせたんだ?」

「簡単ですよ」

「私は存在する意味がない。私はあなたが私と同じ『特性』である事そして病で苦しんでいることは知っています。私もあなたもその存在。けして人から「愛情」を与えられることはない。ですがあなたは愛された。高杉鏡子に。我が子のように大切に、親子よりも強い絆で結ばれていた。だから私は自分自身に必要のない身体を授けます。だから私はあなたを騙し私の身体へと誘導しようとしたんですよ。」


「そう、あなたの方が存在する価値があるから…」


「お前こそ冗談は寝ても言うな。お前の存在意義はお前自身が決めることじゃない」


 信也は彼女の言葉を遮り冷静に言う。


「お前の諸事情なんて知らない。俺にそんな運命を押し付けるな。生きる価値の有無?そんなもの始めから決まってないんだよ。勝手にお前の構想劇に俺を登場させるな」


 信也は興奮気味になり声が大きくなる。ひと呼吸おき冷静に「それに」と続ける。


「お前、爺さんに毎日あってるんだろ?」


 彼女はハッと顔を上げ信也の顔を見る。


「さっきお前の顔見て気づいたがお前、城光病院の患者の爺さんの孫だろ?血の繋がった」


 そう。信也の入院していた城光病院で話していた老人は天宮薫の祖父、天宮弦蔵だった。


「お前は俺みたいに親戚全員敵じゃない。いい爺さんがいるじゃないか。最初から繋がってたんだよ。お前が倒れること。俺が怪我して爺さんと出会うこと。こうして俺とお前が非現実世界で出会うこと。全部が………うっ…」


 とうとう、信也の体は限界に近く、立っているのも苦しい状態だった。


「だから…お前は俺に身体を授けるんじゃなくて…もっと大事な事を…伝えようとしたんじゃないか…」


「________………生きたい……………」


 彼女の瞼から一粒一粒涙が溢れてくる。


「それだ、天宮薫。…俺はお前にとても…感謝している。……ありがと…う」


 そう言い遺し、人に嫌われ続けなおその苦難を乗り越え、最期は一人の少女に見守られ高杉信也は永眠についた。


「高杉信也くん…君は本当にすごいよ…________ありがとう…」

 彼女はまた目下に光るものを浮かべ薄っすらと微笑んだ。

 彼女の本物の笑みだ。

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