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第9話 ベッキーの怒り

 セーラお嬢様と並んで、自撮りをした。

 肩を寄せてくるものだから、鼓動が早まってしまう。

 山のように盛られている果物をバックにして、綺麗に撮れました。

 そのまま、写真投稿サイトへ送っちゃおう。

 PENGUIN-TAROUさんが、LIKEを一番乗りで押してくれた。それを皮切りとして、少しずつ伸びていく。

 お嬢様に魅せられて、フォロワーも増えているようだ。

 どんな形であれ、笑顔を輝かせてくれるのは嬉しいです。


「ベッキー。どんどん、写真を撮っていきましょう」


「はいっ。セーラお嬢様」

 

 市場は人でにぎわっている。

 買い物を済ませて、私達は女学院へ帰ることにした。

 足が自然に止まってしまう。

 ミンチンのいる場所へ戻りたくはない。あの女は執拗に、セーラお嬢様を虐めるものだから。このまま手を引いて、どこか遠くへ逃避行できたらいいのに。

 私がお金を持っていたら。




「セーラ。君が他の施設で暮らせるように、手配をしておきます。ミンチン先生の行き過ぎた行為については、証拠をそろえて文部省へ訴えますよ」


 デュファルジュ先生は優しそうな初老の語学教師だ。

 セーラお嬢様の理解者であり、目をかけてくれた。彼女が今の境遇へ落とされてからも、院長先生へ説教をして庇ってくれている。

 あるの日のこと。

 セーラお嬢様が、年少組の子へフランス語を教えることになった。

 彼女達は幼いから集中力に欠けるものだ。

 そこで、お嬢様は童話で気を引くことにした。

 それを遊んでいると決めつけて、ミンチンは怒鳴り散らした。セーラお嬢様の頬を叩いた。痛々しい音が鳴ったのを覚えている。

 デュファルジュ先生は、その時も優しく助けてくれた。


「ありがとうございます」


 私は感謝の言葉を口にした。

 セーラお嬢様と離れることになるのは辛いけど、彼女が幸せになるのは嬉しい。溜息を零す。胸の重りが落ちたような安心感。




 屋根裏部屋へ戻ると、アーメンガードがベッドに座って待っていた。

 ラビニア達に虐められていたが、セーラお嬢様に助けられた子だ。フランス語を丁寧に教えてもらい、苦手科目も克服できた。

 そんな経緯があり、今でも心から慕っている。

 セーラお嬢様が食事抜きを命じられたときは、パンを食堂から盗んで持ってこようとしてくれた。ラビニアに見つかって、ミンチンに激しく叱られたが。

 優しそうな顔をした少女は、私にも礼をした。


「セーラさんを助けてくれて、ありがとうございます」


「私も礼が言いたいですよ。セーラお嬢様の支えになってくれて、ありがとうございます。でも、ここには来ない方がいいですよ。見つかると不味いことに」


「いいですよ。私が怒られるぐらいなら」


 にっこりと微笑んだ。

 セーラお嬢様は、アーメンガードと2人きりで話している。

 帰りは見つからないように協力しないと。

 ロッティちゃんも来てくれたなぁ。まだ幼いのに勇気を出して。

 ベッドに寝転んで、ホーリエ氏の本を読む。セーラお嬢様が貸してくれた。読みやすくて、どんどんページをめくってしまう。


 【権力者の威圧感にグリップされるな!】


 この女学院の人は、マリア・ミンチンにグリップされている。

 私も支配下に置かれている。

 でも、セーラお嬢様が抜けられるのは時間の問題なんだ。

 私は自分にストッパーをかけて、勝手に落ちこぼれと決めつけている。何もできない弱者と思いこんでいる。愚かな学生時代を思いだす。

 デュファルジュ先生に諭された。


「夜間でも通信教育でもいい。君は学校に行くべきだ。自分を愚かと自己評価も低いが、そう私には思えない。モーリーさんも密かに誉めていたよ。あの子は仕事もテキパキこなすし、とても助かると。どんどん、君は伸びていく」


 足りない0に、少しずつ1を足していくか。

 自分が強くなれば、セーラお嬢様を助けられる。

 2冊目の本を読みながら考えこむ。

 ドアがノックされた。

 ベッドから足を下ろして、私は着実に歩いていった。




 セーラお嬢様を虐めるのは、マリア・ミンチンだけではない。

 ラビニア・ハーバートだ。

 お嬢様を一方的に敵視して、今の境遇となれば徹底的に追いこむ。

 教師の前では令嬢として振舞い、裏では虐めを愉しんでいる。

 アーメンガードは精神的な嫌がらせを受けていた。教科書や文房具を隠されたり、フランス語の下手さを嘲笑されたりと。

 セーラお嬢様が玄関掃除をしていれば、足を引っかけて転ばす。

 バケツを手にしていたものだから、水浸しになるのは必至。

 それなのに、ミンチンは被害者の方を叱り飛ばす。

 取巻きどもは、ケラケラと哂う。


「セーラぁ。あんたが、ぼぉっと立っているのが悪いのよ。汚い最底辺まで落ちたんだから、私に当たらないように気をつけなさい」


 昼食の用意をしていれば、陰湿な嫌がらせをしてくれる。

 セーラお嬢様は、パンを各生徒の席へ配っていた。

 自分の前まで来ると、ラビニアは手で弾いて叫ぶ。わざとらしく。

 ロールパンは床へ転がって、埃塗れだ。


「何をするの。私のパンを落として楽しい?」


「どうして、怒っているのよ。私が憎いからって陰湿なんだから」


 ミンチン姉妹が食堂に入ってくれば、必死に訴える。

 ついさっきまでは傲慢不遜に振舞っていたのに、可哀想な子を演じている。今にも泣きそうな顔をして、涙まで流しているじゃない。

 私はスープを注ぎながら、怒りで震えそうになっていた。

 陰湿なのは、どっちですか?

 こいつは大人を道具扱いにして、憎い相手を貶めている。


「院長先生。セーラは私のパンを、わざと落としたのです」


「なんですって?」


 ミンチンは話も聞かず、一方的に叱りつける。

 アーメンガードは辛そうにしていた。

 セーラお嬢様は屈辱を噛みしめながら、命じられるがままに謝罪していた。穏やかな彼女も、さすがに怒りを抑えられなかった。

 ラビニア・ハーバートの勝ち誇った顔。

 そうまでして、嫉妬心を晴らしたいのですか?

 憎き相手に従う者ならば、ロッティちゃんまでも泣かして満足していた。頭を叩き、サッカーボールみたいに蹴りつけて。まだ、小さな子なのに。

 ここまで性根の腐った奴だったとは。


「みなさん。セーラは生徒じゃないのです。特に用事もなければ、話しかけたりしないでください。アーメンガードは特に注意をしてください」


 マリア・ミンチンは更に追いこむ。

 アメリアは、オロオロするばかりで役立たず。

 ラビニアはデュファルジュ先生までも貶める。

 性的悪戯をされたと喚いて、彼を失職させた。

 ミンチンは文部省ともつながっており、セーラお嬢様に関する訴えも消されてしまった。変質者扱いをされたら、誰も話を聞いてくれない。

 とても素敵な人なのに、冤罪で落とすなんて酷すぎる。

 

 こいつらは許せない。地獄へ落としてやるから。絶対にっ!




 この状況を何としても打開したい。

 モーリーさんやジェームスさんは、ミンチンを恐れきっている。デュファルジュ先生の後に入ってきた教師は、生徒に無関心だ。

 遠くの人に相談をしてみよう。

 動物好きなら、きっと優しいはずだ。

 はるか極東の地に住んでいる人らしい。

 よくフォトグラフの感想を送りあっている。

 写真投稿サイトを開いて、非常識ながらも相談を持ちかけた。

 コメント欄で話しかけてみる。



 【ケープペンギン達の写真が載っている】



 PENGUIN-TAROU @BECKY それ、マジっすか? こんな可愛らしい子を虐めるとは許せん。証拠動画を撮って晒すべし。


 FLOWERLADY ペンギンさん可愛いですね。サクラちゃんに癒されます。私も梅小路水族館に行ってみたいです。何だか大変なことになっていますけど。


 SPRINGMAN @BECKY PENGUIN-TAROUさんの言う通りですね。証拠動画を集めておくべきでしょう。彼は異国の人。我々の言葉が得意ではない。私がダイレクトメッセージでアドバイスを詳しくさせて頂きます。そのお嬢様を大切にする、あなたの友情に心を打たれました。


 PENPEN ペンギンさん。いつも可愛い。

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