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第8話 週刊誌で大炎上

 007という週刊誌がある。

 政治家や芸能人の裏を暴くゴジップマガジン。

 マリア・ミンチンの記者会見では、スプリングフィールド氏が心を抉るように責めていた。院長先生は号泣させられた。


「虐めは、あってはならない。子供は宝物だから大切にしないといけない。女の子は繊細だから優しくね。全ては貴方の発言内容ですよ。ずいぶんと言動の不一致が激しいのですね。ミンチンさんの教育者としての信用は失われた。昔から裏で悪さをしていたかもしれない。そう疑われても、仕方がないでしょう。我々はミンチン女学院の過去について調べつくしますよ」


 宣戦布告をした頃には、既に調査済みであったのだろう。

 ミンチンの過去を徹底的に洗って、ネタを仕入れていたのか。

 ツインターで、マスコットキャラである007君が宣言をしていた。



 【007君、公式】6日前

 マリア・ミンチンの過去を全力調査した結果、とんでも事実が明らかに。



 おかげで、ペンギンちゃんねるでは大騒ぎ。

 007砲キターの雨嵐。

 私は病院へ向かっている。

 ピーターが私の顔を晒してくれたおかげで、注目を浴びてしまう。声をかけてくる奴もいるけど、相手にはしない。スマホを向けてこないでほしい。

 コンビニへ寄って、例の週刊誌を買っておく。

 早くも売り切れかけていた。

 見出しをチェックしなければ。



【マリア・ミンチンは若い頃、男子生徒に性的悪戯をしていた⁉】


【バロー弁護士、仮想通貨を全て強盗に奪われる】


【ピーター・ポール氏、今度はロンドンで大暴れ!】



 他の記事は、どうでもいい。

 バロー弁護士の件については気になるけど。

 スクープ内容が予想以上すぎて、心臓が止まるかと焦った。

 病院の長椅子に腰かけて、ページをめくる。

 私の撮った告発動画を、説明写真として使っているようだ。生徒達の顔にはモザイク処理が施されており、名も伏せられてはいるが。

 ミンチンの怒り顔が、大きく掲載されている。

 スプリングフィールド氏の書いた文章を、目で追っていく。




「お前は屋根裏から馬小屋に移された腹いせに、火をつけたに決まっています!」


 そう怒鳴ると、マリア・ミンチン氏はSさんの胸倉を掴んで投げつけた。彼女が放火犯という証拠もないのにかかわらず。そもそも、馬小屋に放りこんだ理由にも納得できない。筆者としても、目にするのが辛い光景である。このような虐待は日常茶飯だったという。

 元職員の女性達は語る。


「ミンチンはメイドを虫けらのように見下していました。テレビでは優しそうに振舞っていますけど、猫かぶりもいいところです。すぐに怒鳴るわ叩くわで、辞めていった子も多いのですよ。労働センターへ相談しにいくも、上手く誤魔化されますし。Sさんには心から同情しますよ。あそこまでの酷い扱いを知って、ショックを受けました」


「子供って大人の真似をするものでしょう。生徒まで私を馬鹿にしたような態度をとるから、ストレスを溜めていましたよ。Sさんを虐めた子がいるでしょう。あの子は私に洗濯物を投げつけてきました。ミンチンさんに訴えるも、私が叱られましたよ。お嬢様学校って謳われていますけど、下品な悪ガキもいましたね。どうなっているのかしら?」


 元調理師にも話に聞きに行った。


「私も反省していますよ。首を切られるのが怖くて、見て見ぬふりをしていました。これでは、同罪でしょうね。まだ子供なのに重労働をさせて、少しでも失敗をすれば罰を与える。嫌味も酷かったですよ。成長期なのに飯抜きなど、見ていられませんでした。メイドに頼んで、栄養のあるものを差し入れてやりましたよ。あまりにも可哀想で」


 彼の妻も心配をしていたという。Sさんが高熱で倒れたにもかかわらず、仮病だと言い張って無理矢理に働かせた。教育者である以前に人格を疑う。

 女子教育に大きな貢献をしてきたマリア・ミンチン氏であるが、その実態は冷酷な金の亡者である。親御さんも不安を吐露する。


「ミンチンさんを信じていたのに。あんな所へ娘を預けていたなんて、ぞっとします。私も早く見抜くべきでした。人事部で長年、働いているのに情けない。Sさんを特定生徒のメイドにするという話が耳に入った時点で疑うべきでした」


 マリア・ミンチン氏は昔から問題のあった教師のようである。若い頃は家庭教師をしていた。両親を幼い頃に亡くして、妹の世話をしながら働いていた。その頃に担当していた男子生徒を誘惑していたという。被害者の母は語る。


「息子の体に、べたべたと触っていました。スキンシップってものじゃありませんよ。胸を背中へ押しつけいましたし。厭らしいものでしたよ。私がドアを開けたら、息子を押し倒していました。信用できる人徳者かと思えば、とんだ淫乱女です。もちろん、追いだしてやりましたよ。年を取ったら、若い子を虐めたのですか。おそらくは嫉妬もあるのでしょう」




 私は心臓を掴まれたかのように驚かされた。

 マリア・ミンチンは両親を幼い頃に亡くしている?

 アメリアさんの世話をしながら、家庭教師として働いていた。

 どうして?

 そんな苦労をしてきたのなら、セーラお嬢様の辛さも分かったはずなのに。優しく慰めてあげられたのに。困惑してしまう。事実を確かめたい。

 面会許可を貰ってから、エレベーターを上っていく。

 ドアを開ければ、痩せた女性が寝かされている。鼻を骨折しているせいか、ガーゼで顔面中央が覆われている。痛々しいものだ。

 学院内で恐怖の対象だったのに、とても小さく感じられる。


「アメリアさん」


「ベッキーさん。それを隠してください。今のお姉様には、刺激が強すぎますから」


 ふくよかな女性は、深刻そうな目で睨んできた。

 覚悟を決めたような眼差し。

 アメリアは私を連れて、人気の少ない屋上へ向かった。

 大事な話をしたいと言って。

 彼女は知っているんだ。私のやったことを。セーラお嬢様を救うため、U-チューブを使って、学園内の実態を世界中へ流したことを。


「ベッキーさん。もう満足しましたか?」




「父も母も亡くなり、私達姉妹は残された財産も親戚連中に奪われました。幼なかった私は泣きじゃくり、叔母を苛つかせたのを覚えています。お姉様は私を庇って、彼女から嫌味を言われていました。働くことで家に住まわせてもらい、屈辱に耐えながら頑張ってきました。家庭教師を始めると、あんな家を出ていき、私を1人で養ってくれたのです」


 週刊誌に書かれたことは、嘘じゃなかった。

 心臓が不安定に打ちまくる。

 ミンチン姉妹へのイメージが塗り変えられていく。

 そんな姉に遠慮するのも頷ける。

 アメリアの話によれば、マリア・ミンチンは叔母に虐められながら少女時代を過ごしてきた。ネチネチと言葉で傷つけられ、頬を叩かれることもあった。

 それなら、どうしてなのだろう?


「セーラお嬢様の辛い境遇を理解できるはずなのにっ!」


「お姉様は耐えられなかったと思います。セーラさんの強い意志を貫く姿に」


「そんな訳の分からない理由で、セーラお嬢様は苦しんだのですか!」


 私は大声をあげてしまった。

 視界が白く染まり、気付けば怒鳴っていた。

 周囲の人も驚き、こちらを伺ってくる。

 アメリアに記事内容を確認した。

 性的誘惑の件について否定するのは、彼女の立場的に当然だろう。

 ショックを受けてしまう。

 最も憎んでいた相手は、児童虐待を受けていた。誰よりも苦労を重ねて、教育者としての地位を築いてきたのに。どうして、あんなことを?


「お姉様は歪んでしまった。学校を建てた頃は、生徒達を育てようと熱心だったのに。貧しい頃の記憶がトラウマになって、お金に憑かれてしまった。ごめんなさい。私が、しっかりとしていれば。幼い頃から何も変わっていない臆病者でなければ」


「今さら謝っても遅すぎますよっ!」


 U-チューバーのGバターは、煽っていた。

 マリア・ミンチンに味方はいないと。

 アメリアは姉に寄りそって、嫌われ者を守っていくつもりだ。

 たった1人で。

 残された肉親を守るため、覚悟を決めたのか。

 そんな勇気を持っているのなら、もっと早くセーラお嬢様を助けてほしかった。イフの話をしても、無意味だけど。




「もぅ、疲れました」


 病院の玄関口から出ていく。

 溜息を吐いてしまう。

 マリア・ミンチンへの憎しみは薄れたのだろうか?

 セーラお嬢様はトム・クリスフォードさんのところで幸せに暮らしているのだろう。マスコミのインタビューから守るためにも、外へ出ないように命じられているらしい。

 公園のベンチにもたれかかる。


「ヘイッ。ベッキーちゃん」


 無神経に男が話しかけてきた。

 視線を持ちあげると、金髪のイケメンさんが立っている。

 こいつはピーター・ポール?

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