表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/31

第5話 ベッキーとセーラ・クルー

「あんた。服の整理を頼んでおいたでしょ。ぜんぜん、綺麗に畳めてないわ!」


「申し訳ございません」


「本当に役立たずなんだから。この芋娘は」


「今の仕事を片づけたら、やり直しますので」


「はぁ? 馬鹿じゃないの。私の頼みを最優先にしなさいよ。あんたは貧乏人かつ低学歴で最底辺なの。私が命令をしたら、何も考えずに黙って従いなさい」


 ラビニア・ハーバートは苦手かもしれない。

 きつい口調だ。

 大富豪の娘であることを鼻にかけて、私を汚物のごとく見下しきっている。

 まるで、お姫様のようだ。

 そばかすだらけの顔を持ちあげて、両腕を組みだす。

 2人の取巻きも、厭らしい笑みを注いでくる。

 こんな態度を生徒達からとられては、離職者が多いのも頷ける。マリア・ミンチンからして貧乏人を虫扱いしているのだから。


「ラビニア。そんなことを言ったら駄目よ。ベッキーが困るじゃない」


「ちっ。セーラ・クルー」


 優しい声が、私の心へ染みこんできた。

 心が落ち着いてくる。ストレスも薄らと消えていきそう。

 セーラさんだ。

 ロッティ・レイという年少組の子を連れている。

 ラビニアは舌打ちをした。

 美しく伸ばされた金髪は、キラキラとして見惚れてしまいそう。顔立ちも整っており羨ましいぐらいだ。傲慢なキャラクターのせいで、全てが台無しかも。

 この2人を対照的に感じる。


「セーラ。私達は特権階級なの。底辺ごときに遠慮することはないのよ」


「たまたま、資産家の子として産まれただけなのに? そんなに偉いの?」


 セーラさんは汚れなき瞳で、真っ直ぐに相手を見つめてくる。

 ラビニアは気分悪そうに、視線を逸らす。

 プライドの塊である彼女にとって、やりづらいかもしれない。

 取巻き達も困っている様子だ。


「偉いに決まっているじゃない。あんたには、お嬢様の自覚が足りないようね。ミンチン女学院に来てから日も浅いし、その辺をじっくりと学びなさい」


 そう言葉を残して、高慢ちきな娘は去っていった。

 2人の女子生徒も後に従う。

 ロッティは意味も分からず、キョロキョロとしている。

 ちっちゃな頭を、セーラさんがなでなで。


「ありがとうございます。セーラお嬢様」


「いいのよ。いつもありがとう。ベッキーさんのおかげで、校舎内は綺麗なものよ」


「そんな。私なんかに勿体ないお言葉ですよ」


「てきぱき仕事をこなして、私は凄いと思うわ。見習いたい」


「モーリーさんに扱かれたものですから」


 やばい。鼓動が激しく高鳴ってきた。

 どうして、セーラさんと向かいあうと、胸が熱くなるのだろうか?

 上手く目を合せられない。

 お掃除ロボットが廊下を通り過ぎていく。

 AI搭載で、私なんかよりも超優秀だ。

 ロッティは円盤機械を視線で追っていく。こういう幼い表情は可愛らしい。

 お嬢様の多くは、私に対して無関心。ラビニア・ハーバートに至っては露骨に見下してくる。こうして気軽に話しかけてくるのは、セーラさんのみだ。




 私は疲れた体を、ベッドへ沈ませた。

 メイドさん達が一斉に辞めたせいで人手不足。

 目が回りそうになるぐらい忙しい。覚えることも多すぎ。

 1ヶ月を過ぎているのに。

 モーリーさんの指示に従いながら、次々と用時を済ませていった。

 ジェームスさんの料理を手伝ったりもした。


「早くするんだよ!」


「はいっ」


「ほらっ。もたもたしない!」


「申し訳ございません」


「おいおい。あんまり厳しくすると、また逃げられるぞ」


「ふん。最近の若い子は根性がないんだから」


 仲良さそうな夫婦だ。

 モーリーさんは厳しくて怖いけれど、仕事は早いものだ。

 ジェームスさんはレストランで働いていたそうだが、経営不振で職を失ったという。アメリアさんに紹介されて、ここで働いている。

 寮の屋根裏部屋は狭すぎる。

 電気も通っているし、WI-FIも使えるんだ。

 何よりも、家賃は超格安だから文句は言えない。

 まかないのおかげで、食費も押さえられるしね。

 労働時間の長さは凄まじいけど。残業代を稼げるから頑張ろう。ちゃんと払ってくれるか不安だなぁ。ミンチン院長は吝嗇化だから。


 とある動物サイトへ入る。


 動物さんの写真を眺めながら、今日を思い返していた。

 ケープペンギンが可愛すぎて癒されます。

 ベニコンゴウインコは、セーラさんが飼っているはず。

 やっぱり、少し埃臭いかも。

 次の休日に、屋根裏部屋の掃除を進めていこう。

 そろそろ、寝よう。

 セーラさんに会えると思えば、明日も楽しみとなる。4歳ほど年下なのに憧れちゃうなんて。ドキドキしすぎて寝付けない。




 私は大きな失敗をやらかした。

 疲労困憊の状態で、セーラさんの部屋を掃除しにいったせいで。

 フランス人形が可愛らしい。エミリーさんだ。

 家具類も立派なものばかり。

 素敵な香りに満ちている。

 インコのボナパルトちゃんの匂いも混ざっているかな。

 ゆったりとしたリラックスチェアー。

 セーラお嬢様は、ここに座って読書に励んだりしているのだろうか。

 ブロックチェーンや仮想通貨に関する本には、栞が挟まれている。ホーリエ・モーンの書籍まで置かれている。ミンチン院長と喧嘩した人なのに。

 ゆったりできそうな椅子だ。

 ついつい身を沈ませてしまった。

 ふぅ。気持ちいい。

 そのまま、眠りの世界へと落ちてしまう。


 目を開けて、暗闇から覚めた。

 ドレス姿のセーラさんが、ぼやけている。

 エミリーを抱いて立っているようだ。

 キラキラしている。

 私は急いで起きあがった。椅子を急いで拭く。掃除用具を手にして、部屋を去ろうとする。バクバクと心臓が不安を訴えてきた。


「お嬢様。申し訳ないです。うっかり座ってしまって。ごめんなさい」


「ベッキー。そんなに慌てて帰らなくてもいいでしょう。ここにいて。せっかくのお客様だから、お菓子も用意するわ」


 私の仕事が一段落していることを確認すると、私なんかをもてなしてくれた。

 勝手に座ったのに、少しも怒っている感じはない。

 むしろ、心から喜んでいる様子だ。

 シナモンクッキーはとっても美味しくて、喉をつまらせてしまった。

 そんな私を笑顔で見つめてくる。

 不安感が落ちると、体全体が火照ってきた。

 くりっとした瞳で、じっと私を見つめてくるものだから。


 その件をきっかけとして、セーラお嬢様の部屋へ通うことになった。

 彼女はモーリーさんに、時間を取れるように頼んでくれた。

 蜜月の時が始まった。

 私なんかがセーラお嬢様と過ごせるなんて。

 それだけで幸せです。

 ちょっと不安もあったけど。彼女はフランス語の授業で、ミンチン院長を激しく怒らせたらしい。プライドの高い人だから逆鱗が分かりにくい。

 セーラさんは賢い。

 分かりやすく勉強まで教えてくれた。

 隣に座ってくるものだから、頭が沸騰しそう。

 体温が伝わってくるよぅ。

 デュファルジュ先生の言うとおり、教師にもなれる子だ。


「ねぇ。もう少しで私の誕生日が来るの。ベッキーもパーティに参加できるように、ミンチン先生に頼んでみるから」


 そのバースデイパーティに、セーラお嬢様は不幸の底へと落ちていった。

 父親が大きすぎる借金を残して、亡くなった。






 誰もいなくなった校舎を歩きながら、幸せな日々を思い返していた。

 ミンチン女学院は、まるで廃墟のようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ