第3話 セーラお嬢様との出会い
そぉっとカーテンを開けて、窓の外を覗いてみる。
ミンチン女学院をスマホで撮っている野次馬達が集っていた。
ニュースやワイドショーにも取りあげられていた。
すっかり、ロンドンの観光名所だ。
あの女は記者会見に出るらしい。そこで、激しい弾劾を受けるのだろう。その様子を妄想するだけで、笑いがこみあげそうになる。
「ミンチン。さっさと出てこい!」
「世間を騒がせた罰として、土下座しろや!」
「殺害するぞ!」
それらの声を皮切りに、罵倒の嵐が襲ってきた。
この様子では、私も外へ出られないだろう。
アメリアは通報するだろうが、警察官もマリア・ミンチンを嫌っている。この群衆を追い払ってくれるも、嫌味をぶつけてくるものだ。
セーラちゃんは、もっと苦しんだのですよと。
窓から離れておかなければ。
投石する者までいる始末だから。
こんな事態になるとは、あの日の私は予想もできなかった。
心を過去へと戻らせる。
私は何の取りえもない。
ミドルスクールの成績は最下位だった。
運動神経も悪い。
ドジなうえに間抜けで、何をやっても失敗ばかり。
顔も地味だし。お洒落にも疎くて、華やかさに欠ける芋女だ。
クラスの誰からも相手にされず、虫みたいに隅っこで暮らしていた。
義務教育を終えると働くことにした。実家も貧しい。ハイスクールに進めるだけの学力など持ちあわせていない。
こんな私を雇ってこれる場所を探すのに苦労した。
コンビ二やファーストフードの面接にも落ち続けるも、ミンチン女学院のメイドに採用された。猫の手も借りたいほど、人手が足りなかったようだ。
ミンチン女学院へと向かうも、道に迷ってしまった。
不安定な足取りで、石畳みを踏みしめる。
ビルディングが建ち並んで、村との違いに圧倒されてしまう。こんな数の自動車が走っているなんて。スマホを手にした人の多いこと。
「あのぅ」
田舎者丸出しの私を助けてくれたのは、キラキラな美少女だった。
綺麗な服を着ているなぁ。
青く澄んだ瞳を向けられて、胸の鼓動は大きく高鳴った。
とても美しい子だ。顔立ちが整っているだけではない。品の良さというか、心の美しさが内面から現れている感じだ。
目を奪われてしまい、すぐにも逸らす。
彼女が引き連れている幼い少女ちゃんが、こちらを見上げてくる。
ついつい、荷物を落としてしまう。拾ってくれようとする。汚いものを触らせるわけにはいかない。急いで抱えこむ。
「あのうミンチン女学院は、どこでしょうか?」
彼女は指を差す。
視線を向けると、ミンチン女学院と門の表札に書かれているではないか。
幼女さんが、クスクスと笑う。
それを少女が優しく注意する。
ここに働きに来たことを彼女達へ伝えた。
ぱぁっと花が咲き乱れたような笑顔を浮かべて、私の両目を覗いてくる。鼓動が跳ねあがって、体温が高くなってきそう。こんな気持ち産まれて初めてかも。
「私はセーラ・クルー。ミンチン女学院の生徒です。よろしくお願いします」
「私はロッティなの。よろしく」
「ベッキーです。よ、よろしくお願いします」
私よりも年下に見えるのに、しっかりさんだ。
心を和ませるような声に意識を奪われてしまい、幼女さんよりも挨拶が遅れた。
ミンチン女学院の生徒だということは、すっごい令嬢様のはず。こんな私にも丁寧に自己紹介をしてくれるなんて。
セーラさんは院長室へ案内してくれた。
その間にも、どんどん話しかけてくる。
人見知りな私は、きちんと言葉を返せない。内容が頭に入ってこない。
横目でちらり。
綺麗に伸ばされた黒髪からは、素敵な香りが漂ってくる。
U-チューブやテレビで美人さんは目にしたことはあるけど、こんなに優しさと上品さがつまったような美少女はいなかった。
こんな人がいる学園で働けるなんて、胸が高鳴ってくる。
お嬢様は高嶺の花と感じるもの。セーラさんは私ごときにも、きさくに話してくれる。ロッティちゃんにも慕われているようだ。
「何ですか。この娘は? アメリア! アメリア!」
マリア・ミンチという学院長は最悪だった。
痩せて神経質そうな女性だ。
私を見るなり、ゴミ虫のように扱ってくれた。
彼女の前でこけてしまい、荷物をぶちまけるという失敗を犯したが。
この日から、寄宿学校のメイドとして働くことになった。




