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第24話 セーラ・クルー、デモへ突撃!

「セーラお嬢様。本当に行くのですか?」


「えぇ。ノーマンさんと話しあってきます」


「お嬢様、止めておきましょう。なぐり隊って、ヤクザみたいな人達じゃないですか。モヒカンだらけですよ。実際に暴力事件も起こしていますし」


「ベッキー。心配いらないわ。彼らが攻撃的なのは、子供を虐める人だけよ」


「たしかに、そうですけど」


 私は顔面蒼白になってしまう。

 心臓を掴まれたような不安感に襲われてしまう。

 セーラお嬢様は、なぐり隊のデモへ突撃をするつもりだから。

 当日になって驚いたのは、参加人数の多さ。

 かなりの野次馬も含まれていると思うけど、何万人単位らしい。

 歩行者天国と化した大通りには、大勢の参加者が集っている。

 私の蒔いた種が、ここまで繁殖しているとは。

 スマホを使って実況中継をしている人もちらほら。


「誰も私達に気がつきませんね」


「変装をされていますから」


 セーラお嬢様は男装をしており、絶世の美少年といった感じだ。

 ストリート系と呼ぶのだろうか?

 髪を帽子に収めて、ショートヘアーぽくなっている。

 以前のよりも、彼女と分かりにくい。

 雰囲気は大きく変わっているも、スマホを向けられることに変わりない。これだけの美貌を漂わせれば、注目を浴びるのは必然であろう。

 ラムダスさんはチームを組んで、離れた場所から見守ってくれているはず。

 ケープペンギンのスーリャは、お嬢様に擦り寄っている。


「驚いたわ。セーラが男の子みたいになっているから」


「私ってばれないように変装をしているの」


「ベッキーも別人みたいよ。こんなに綺麗なお姉さんだったの?」


 たしかに、お化粧をされたけど大袈裟だと思う。

 アーメンガードも久しぶりに会えば、すっかり変わっていた。

 友達に誘われて運動もしているらしく、ちょっとだけ引き締まっている。プログラミング研究会で自信を持ったのか、今じゃ快活な女の子だ。

 ロンドンまで1人で来たらしい。

 サイラス会長へつめよるためにも。

 彼女は疑っている。確信している。ラビニア・ハーバートをさらったのは、いじめっ子の特権を許さない会のメンバーだと。


「ノーマンさんの次は、サイラスさんとも話しあいます」


「その時に、私も徹底的に問いつめてやるんだから!」


「アーメンガードさんはラビニアさんが好きなのですね。あんなことをされたのに……」


「ベッキーさん。新しい学校で一緒に過ごしてきたから分かるの。ラビニアは本当に変わった。傲慢な子だったけど、とても優しくなったの」


 セーラお嬢様は微笑む。

 スマホをチェックすれば、ノーマンが演説を行っているようだ。

 釘バットを振りあげて物々しい。

 ガスパールというオジサン達を突きだして大弾劾。

 膨大な数の罵詈雑言をぶつけ、暴走した参加者がリンチを行う。

 「子供を守るべき立場でありながらの児童虐待者」を裁く。

 それを大抗議集会の目的としている。

 集団で殴りつけ、転ばしたところを蹴りつける。

 無精ひげのオジサンがビール瓶を掴んで、ガスパールの後頭部を思いっきり叩きつけた。他の人達も虐待教師を執拗に殴りつける。


「酷い」


「ちょっと、これって犯罪じゃない。どうして、警察は止めないの?」


 スマホを確認しながら、アーメンガードは叫ぶ。

 セーラお嬢様も辛そうに、顔を歪めている。

 いかにも不潔そうな眼鏡のオジサンは、ガスパールへの暴力を止めない。

 相手は血を流しているのに。

 さすがに警官達が割ってくれば、片足を引きずりながら逃げていった。

 こうしている間にも、ノーマンに率いられた大群衆は進んでいく。マリア・ミンチンの入院している警察関係の病院まで。

 あの女も殺されるかもしれない。

 ノーマンだけではなく、殺人鬼ダークペンギンからも狙われているんだ。

 あまりの人口密度に上手く進めない。

 熱気が凄まじくて、喉も乾いてきた。




「これは暴動だな。クレイジーなもんだ。マックスのヤツもショックを受けているようだぜ。セーラお嬢様。こいつの中を進むんだな?」


「はい。ピーターさん。カメラの方を頼みます」


「俺に任せておきな。いかれた祭りを撮ってやるよ」


 セーラお嬢様はデモの様子を、しっかりと観察している。

 ピーターはアメリカのU-チューバ―。

 登録者数も世界最高を誇るもの。

 悪名も高いので、アーメンガードは警戒をしているようだ。距離を取って、口をきこうともしない。世界各国で傍若無人を働いてきたゆえ、仕方もないだろう。

 彼の雰囲気は、少しずつ変わったように感じる。

 セーラお嬢様の影響を受けたせいかもしれない。


「ふぅ。ピーターと組んで大丈夫かな?」


 アーメンガードは溜息混じりに呟く。

 参加人数は膨大といえども、野次馬根性の人も多そう。

 自撮りをして喜んでいたり、ピースで集合写真を撮っているグループまでちらほら。ツインターに載せれば、【いいね】も集められるから。

 ペンギンちゃんねるのキャラが描かれたシャツの集団までいる。

 彼らは、いっせいに叫ぶ。


「ミンチン、死ねぇ!」


「ダークペンギンさん、やってください!」


「死ね、死ね、死ねぇ。ショタコンの虐待教師は死ねぇっ!」


 何が嬉しいのか、変な踊りまで始める始末。

 プラカードには、ミンチンを加工した名誉棄損な写真が貼られている。目の部分に釘らしきものまで刺してある。それらが嘲笑うように揺れる。

 ダークペンギンという殺人鬼は、一部で英雄扱いだ。

 DQN親を死刑にしてくれるから。

 警察官も多く見張っているのに、街は無法地帯と化しているような。

 怒号が酷すぎて、会話もしづらい。


「俺も騒ぎに乗じて、ミンチンへ絡んだものさ。ジョバンニやマックスと打ち合わせをして、クリームパイをぶつけてやった。こらめしてやろうと思ってな。いや、視聴者からの受けが欲しくてか。その行きつく先は悲惨すぎるぜ」


「あれは、すかっとしたよ」


「その時は、テンションマックスだったけどな」


「ミンチン先生は苦手だけど、複雑な気分にもなります」


「俺も似たようなもんだ。ミンチン事件も、いつかは飽きられる。矛先を変えてから、誰かを生贄にして祭りを始めるんだろうな。ずっと、そいつの繰り返しさ」


「そんなの、少しでも止めたいです」


 ピーターとアーメンガードは、ナチュラルに会話をしだす。

 セーラお嬢様は回りを眺めながら、思いを吐きだした。

 ペンギンちゃんねらーも多いだろう。

 スマホで実況中継版を確認すれば、スレは激しく伸びている。

 ガスパールというオジサンは死んだのか。ビール瓶で彼を殴った人は、生放送で稼いでいる人らしい。野良猫を虐めたりして、評判も悪いようだ。

 ツインターもチェック。

 ホーリエさんは学校設立のため、ロンドンで打ち合わせをしている。この近くにいると思われる。また、炎上発言を繰り返している。



 【ホーリエ・モーン】15分前


 こういう輩にかぎってナチスに先導されるんだよな(笑)



 ドローンが青空を飛びまわって、数人が指を上向けている。

 こんな人の密集地帯へ落ちたら大事故になりかねない。

 デモの先頭部へ近づくにつれて、モヒカンでマッチョな男達が増えていく。サングラスのタトゥー男が腕を組んでいた。彼らもミンチンを弾劾している。

 若い男性集団が、ホーリエも殺すと喚く。


「我々はマリア・ミンチンを許さなぁーい!」


「1人の少女を、陰湿に虐め続けた教育者などあってはならなぁーい!」


 ノーマンの拡声器を通した声が響いてきた。

 たしかに、ミンチン叩きは暴走しているのだろう。

 あの女が許されないのは事実だ。

 今でこそ、セーラお嬢様は元気になっている。

 それでも、私は忘れられない。

 お嬢様は嫌味を吐きつけられて、時には暴力すらも受けたんだ。高熱なのに無理矢理に働かされて、冤罪で馬小屋にまで放りこまれた。放火犯扱いで床へ投げつけられた。

 あんな狭くて不衛生な部屋へ押しこめやがって。

 なのに、あいつは謝罪すらもしなかった。

 やっぱり。


「私は、ミンチンを許せないっ!」


「ベッキー……」


 セーラお嬢様に手を優しく握られた。

 優しい瞳は、私の憤怒を溶かしていく。赤く染まってきた視界が、少しずつクリアさを取り戻す。昂ぶってきた鼓動も落ちていった。

 ピーターは撮影を続けている。

 アーメンガードを私の方を見ていた。

 デモ隊は警察病院前の広場でストップ。

 ノーマンは釘バットを振りあげながら、拡声器を持ちあげて叫ぶ。

 モヒカンのマッチョマンらは拍手喝采。


「マリア・ミンチン、聞こえているかぁっ! てめぇは児童虐待を行いながらも、まるで自分が被害者の様に振舞って、国家権力に守られていやがる。心から謝罪をする気があるのなら、この場へ出てきてセーラちゃんへ謝れぇっ! 彼女は、ここに来ているぞ!」


「引篭もるっていうのなら、こちらにも考えがある」


 セーラお嬢様の存在は、ノーマンにも気付かれているようだ。

 当然のことか。

 さっきから、こちらへ向けられる視線が増えてきた。

 ラムダスさん達が守ってくれているから、誰も近づけないけど。

 あれっ?

 スプリングフィールドさんもいる。ハンチング帽子をかぶって、分かりにくかった。ちらりと視線を交してしまった。カメラを手にして記者仕事をしているようだ。

 病院の玄関扉が開いて、巨漢の筋肉男が歩いてきた。以前にも目にしたことがある。ゴリラをも倒せそうな肉体だ。

 そいつは何者かを掴んでいる。

 ミンチンを片手で持ちあげて、石畳へ転がした。

 鮫歯を剥きだして哂う。


「ノーマンさん。同意の上で連れ出してやりましたよ」


 大群衆は言葉を失っていた。

 まさか、こんなことを警察官がするなんて。

 ぽつりぽつりと罵詈雑言が降りだして、それは間もなく大嵐と化す。

 ダークペンギンの格好をした黒覆面も多いこと。

 アメリアさんが玄関口で震えている。泣いている。

 この状況を止めようと駆けだした機動隊は、仲間達によって取り押さえられた。何が上からの命令だと、若い機動隊員が押し倒されながらも怒鳴りだす。

 どうなっているの?

 セーラお嬢様も困惑しているようだ。

 

「これが児童虐待者への裁きだ。お前らの味方は、どこにもいないんだよっ!」


 片足を引きずりながら、オジサンがミンチンへと向かう。

 ビール瓶を片手にしている。

 セーラお嬢様が駆けだすので、私もついていく。

 たくさんの物が、遠くから雨のように投げつけられた。

 ラムダスさんらも離れた場所から動きだす。

 それよりも早く、マリア・ミンチンを守ろうと走った青年がいた。

 セドリック・エロルさんは自らを盾にして、かつての恩師を守った。ビール瓶を握った酔っ払いを睨みつけて、後ろへ退かせる。

 美貌の顔が、怒りで歪んだ。


「ここにいますよ。いくら彼女に罪があっても、こんなことは許されないっ!」


「セディ!」


 ミンチンは憔悴した顔を持ちあげる。

 こうしている間にも、セーラお嬢様はノーマンと向かいあった。

 モヒカン達は動揺している。

 スマホの群れが、いっせいに2人を捕える。

 沈黙の間は短いもの。


「ノーマンさん。こんなことをしても、誰も幸せになりません」

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