第17話 セーラお嬢様、大炎上!
【お姉様を庇うなんて、驚きましたよ】
アメリアさんは、私へメールを送ってきた。
ミンチンは精神的に疲れきっており、今も病院のベッドで休んでいる。
セーラお嬢様の言動について、看護師さんが漏らしてしまったらしい。
彼女の立場からすれば、気になって仕方ないはず。
スマホを見せるように妹へ頼みこみ、U-チューブやネット掲示板を調べだした。そこに並んでいるのは、マリア・ミンチンに対する罵詈雑言。
それらを押しのけて上がっていくのは、セーラ・クルーに関する新情報。
『これ以上、ミンチン先生を虐めるのを止めてください!』
ピーター・ポールは、あのシーンをU-チューブへアップ。
当然のごとく、話題沸騰でPVは鰻登りである。
最も衝撃を受けたのは、加害者であるミンチンであろう。
息を殺して泣きだしたという。
動画は扇情的に編集されており、セーラお嬢様を聖女様みたいに表している。本当に聖女様みたいな、素晴らしい美少女だけど。
『セーラちゃん。マリア・ミンチンを許すのかい?』
『いいえ。今はまだ、許すことができません』
マックスとの会話で、お嬢様はミンチンへの怒りを鎮めてないことが分かった。あれだけの酷すぎる仕打ちを考えれば、当然すぎますよ。
アメリアさんは姉にスマホを見せたことを後悔している。
セーラお嬢様の言葉は、マリア・ミンチンの心を大きく揺さぶった。
そのまま、罪の意識に苦しんでいろ。
「ベッキー。アーメンガードからメッセージが来たわ」
セーラお嬢様がスマホを見せてくれた。
アーメンガード・セントジョンは、すっかり明るくなっている。
転校先で友達たくさん。
プログラミング研究会へ誘われて、めきめきと実力を伸ばしているようだ。フランス語は苦手だけど、そっちの才能はあったのか。
クラブメンバーと一緒に、白歯を見せて明るくスマイル。
ミンチン女学院にいた頃と比べて、楽しそうに輝いている。
「すっかり、変わられましたね」
「ベッキー。こちらの写真も見て」
寝間着のまま、セーラお嬢様は微笑む。
清涼な石鹸の香り。
2人っきりでホテルに泊まっているから、ドキドキしちゃう。
防犯システムも完璧で、料理も舌が蕩けるほど美味しすぎます。私などが泊まっても許されるのだろうか。それ以上に、お嬢様と一緒なのが嬉しい。
ラムダスさんはといえば、エルモの家を訪ねているようだ。
車に発信機を仕掛けられ、怒っていた。
どうなることでしょう。
「ラビニアは本当に謝りにいったのですね」
ラビニア・ハーバートは相手の家まで赴いて、三跪九叩頭で謝ったという。たしかに約束をしたけれど、もぅやっちゃうなんて。口先だけじゃないのですね。
アーメンガードは許すばかりでなく、彼女を学校へ誘ったという。
そこで、並んで写真を撮っている。
傷だらけの顔で痛々しいが、表情から険も剥がれている。
セーラお嬢様は笑みを浮かべた。
そんなタイミングで、お嬢様のスマホがメロディを奏ではじめた。
「もぅ、本当に驚いたわ。アーメンガードに会ったら、いきなり抱きしめてくるのよ。あれだけ意地悪したのに、私なんかを慰め泣きだすなんて」
「そういう子なの。貴方のことを本当に心配していたのだから」
「私も涙が零れてきたものよ」
スマホに映っているのは、ラビニア・ハーバート。
テレビ電話機能を用いての会話。
顔は痛々しく腫れあがっているも、優しい顔つきになっている。お嬢様としてのプライドは剥がれ落ちたようだ。そんな印象を受けた。
セーラお嬢様は黙って、彼女の話へ耳を傾けている。
「あんな素晴らしい子を馬鹿にしていたなんて、私は愚かすぎよっ!」
セーラお嬢様を励ますため、屋根裏部屋まで来てくれた子なんだ。
ミンチンに叱られても、彼女は挫けなかった。
アーメンガードやロッティちゃんの動きを見張って、この女は嬉々として院長先生へ告げ口をしていたものだが。そのことも恥じているだろうか?
過ぎたことで怒るのは、ちょっと疲れてしまう。
「でも、今のラビニアは、アーメンガードのいいところを知ったのでしょう。あの子は優しくて強い子なの。アプリ作りが得意なのは吃驚したわ」
「そうなのよ。誰だって得意不得意があるの。動きがゆったりして、フランス語が苦手。それだけで、私はアーメンガードを見下していたのっ!」
ショートヘアーの金髪少女は喚く。
ラビニアも、すっかり雰囲気が変わっている。
セーラお嬢様と話したくって仕方ないという感じだ。
甘えている。懐いているとも言えようか。
絶望の底で、手を差し伸べられたせいもあるだろう。
私としては釈然としないものがあるけれど。セーラお嬢様が受けた仕打ちを思いだす。私は粘着質なところがあるから、簡単に割り切れないものだろうか。
考えこんでいるうちに、2人の会話は弾んでいく。
「セーラ。ネットで話題になっていたわよ。ピーターの動画に出てるし、ノーマンのツインターへメッセージを送っているし。ホーリエさんに会うの?」
ノーマン? なぐり隊の?
「はい。ホーリエさんの考えには興味があります。メッセージを送ったら、会う約束もつけてくれました。ラムダスさんは、とても反対されましたが」
「まぁ、評判最悪だしね。私もだけど」
ラビニアは視線を逸らして呟いた。
たしかに、ホーリエ氏は炎上芸人としても有名だ。
コックの修行なんて意味はない。
保育士など、誰にでもやれる仕事。
そういう発言により大炎上。
彼を蛇蝎のごとく嫌う人を、けっこう目にする。アンチも多く抱えこんでいる。ラムダスさんも軽蔑しているようだ。だから、本気で会うのを反対していた。
【ホーリエ・モーン】
セーラちゃんと話してくる。本人から連絡が来た。
ツインターでの書きこみは、予想以上の騒ぎとなっている。
セーラお嬢様は、ピーター・ポールのチャンネルで、マリア・ミンチンへの攻撃を止めるように主張しているのだから。被害者であるにもかかわらず。
ペンギンちゃんねるをチェックすれば、住人達は困惑している。
お祭りは鎮まらない。
【セーラちゃん、やめろーっ! はやまるな!】
【間違いなく人生の黒歴史になりますぞ】
そういった書き込みが積もっていく。
私も少しばかり不安になってきた。
それでも、セーラお嬢様は誰よりも考えて行動しているんだ。
スマホの向こう側では、ラビニアがナチュラルに笑んでいる。お嬢様のことを、すっかり慕っている。最初から、こうだったら良かったのに。
IFなんて意味はないけれど。
ラビニアが彼女を助けてくれたら、セーラお嬢様の境遇は大きく変わっていたであろう。ミンチン院長もきつく当たれなかったと思う。
そろそろ、会話は終わりを迎えようとしている。
「セーラ。私はけじめをつける。ロッティちゃんとデュファルジュ先生に謝ってくる。私は許されないことをしたから、それでは済まないけれど」
「ラビニア。ネットで不穏な動きがあるの。気をつけて」
「心配してくれて、ありがとう。大丈夫よ。私なんかで力になれることがあったら、遠慮なく言って。セーラのために何かしたい」
「その言葉だけで嬉しいわ」
こうして、通話は終了した。
スマホのディスプレイも黒となり、セーラお嬢様の美しい顔が映っている。その表情には穏やかな安心感を乗せられていた。
「セーラお嬢様。ノーマンへさんへメッセージを送られたのですか?」
「はい。返事も来ました」
そう仰りながら、スマートフォンの画面を見せてくれた。
児童虐待者をなぐり隊。
過激派の児童保護団体だ。
虐待者には暴言暴力も厭わない。
モヒカンやスキンヘッドのマッチョマンもメンバーに多い。タトゥーを彫った、厳つい巨漢ばかり。それゆえ、彼らを恐れる人も多いこと。
リーダーであるノーマンは、釘バット愛用している。
ツインターのコメント欄を読んでみる。セーラお嬢様が書き込みをしたせいか、いいねとコメントの数が凄まじい状態となっていた。
【セーラ】
ミンチン先生は充分なほどに社会的制裁を受けました。ラビニアは心から謝ってくれました。これ以上、彼女達を攻撃しないでください。
【ノーマン】
貴方は優しい子ですね。ですが、貴女個人の問題ではないのです。社会から児童虐待を無くすためにも、虐待者は徹底的に葬らなければいけません。ミンチンを庇うのを止めなさい。
【ノーマン】
ラビニアに関しては許します。謝罪をした子供まで糾弾するのは、虐待者と変わりないですから。あの子は被害者でもあります。彼女を叩かないように声を広めておきます。
ノーマンさんって、態度が大きいです。
セーラお嬢様のツインター自体が大変なことに。
ミンチンを許すな!
そんな感じのコメントも数多い。
納得できるものではないし、当然のことだ。
今日も終わろうとしている。早く寝なければ。
ホーリエ氏と明日にも会うから。
お嬢様と1つのベッドで休むなんて、ドキドキして眠れないかも。素敵な香りが、ずっと漂ってくるのだから。睡魔も飛んでいきそうだ。
就寝前に、U-チューブをチェックしておこう。
ペンギンの黒覆面をかぶった男が、若い夫婦を惨殺していた。
ナイフは血を垂らしている。
こんなものを載せるのは許されない。残酷すぎる。早くも消されるだろうが、コピーを繰り返して広まっていくだろうか。
セーラお嬢様に見せるわけはいかない。
鼓動が大爆発を起こして、薄らとした眠気も霧散していく。
彼はカメラに向かって叫ぶ。
「私はダークペンギン。こいつらは幼い娘に飯を与えず、殴る蹴るの暴力を加えていた。だから、罰を与えてやった。マリア・ミンチン! 次はお前だぁ!」