第16話 セーラとピーター
ショッピングモールは人であふれている。
U-チューバー、ピーター・ポール。
有名人が現れたものだから、注目を浴びてしまう。こいつがセーラお嬢様の名を叫んだせいで、人々からの視線も集まってきた。
それにしても、どうして?
「なぜ、我々がここにいることを?」
ラムダスさんがピーターに訊く。
とびっきりの美形男子である彼は、女性陣から視線を浴びているようだ。ここまでのハンサムボーイは、そうそう目にできるものではない。
U-チューバーは両手を大きく広げた。
ハイテンションな調子で答えていく。
「車に発信機でも付けられたと思うよ。エルモが君らの居場所を、ツインターで公開していたのさ。他のネット民も集まってくるだろうね」
「エルモ?」
「知らないのかい? 鼻マスクの眼鏡君だよ」
あいつか。
ドローンを飛ばして、ラビニアの家を盗撮しようとした少年だ。
ラムダスさんに叱られて、泣きながら逃げていった。
いつの間に、発信機など仕掛けたのだろう。
セーラお嬢様や私の正体にも気付いたのか。
スマホをかざして、私達を撮っている者が増えてきた。ピーターとセーラお嬢様のご対面に、たくさんの野次馬が集まっていく。
「君と話がしたかったよ。セーラお嬢様」
「はじめまして。セーラ・クルーです」
セーラお嬢様は自己紹介をした。
いつも通りの礼儀正しさを保っている。
鈴を転がしたような、優しい少女声。
ボーイッシュな変装を決めているも、衆人環視の中でばれてしまった。
中性的な美貌に中てられ、ピーターは息を呑みこんでいる。野次馬も同じであり、男女関係なく見惚れているようだ。気持ちは分かります。
しばらくすると、ざわめきが大きくなる。
「おいっ、ピーター。セーラちゃんに迷惑かけてねぇか? やっぱり、被害者を追い回すような真似は止めようぜ。可愛そうじゃないか」
「大丈夫ですよ。そのまま、撮影を続けてください」
たしか、マックスと呼ばれた黒人男性だ。
ミンチンを怒鳴りつけて、クリームパイを顔面に叩きつけた人である。本来は穏やかな性格をしているのだろうか。労わっているような態度を見せる。
セーラお嬢様は視線をめぐらすと、群衆に紛れている撮影者に目配せをした。ビデオカメラを手にした白人男性は、ピーターと目を合わせて頷く。
「私も多くの人に伝えたいことがありますから。ピーターさんでしたね。もしよろしければ、私からのメッセージを広めてください」
「ピーターでいいよ」
気になる台詞が飛びだした。
ピーター・ポールのチャンネルは、世界最高の登録者数を誇るもの。ニュースにも取りあげられて、何かと話題を集めている。
自殺死体を馬鹿にするような真似をして、炎上したけれど。
そいつを利用すれば、メッセージを多くの視聴者へ届けられるはず。
今の発言に、どよめきが増していく。
「ヘイッ、みんな聞いたかい! 何とぉっ。セーラお嬢様がメッセージを広めてほしいと、俺に託してきた。とても気になるじゃないかっ!」
ピーター・ポールは大袈裟に叫びまくる。
オーバーアクションは意図的なものであるが、心から驚いている様子も伺える。声は興奮で昂ぶっており、焦りと動揺を漏らしている。
まさか、セーラお嬢様が彼に頼みごとをするなんて。
彼女の声を聴こうと、ざわめきは鎮まっていく。
私は唾を呑みこんだ。
「ヘイッ、セーラ。俺の放送は、世界中の人が観ているんだ。君の伝えたいことは、海を超えて届くはず。胸に秘めていることを叫ぶんだ!」
「これ以上、ミンチン先生を虐めるのを止めてください!」
「えっ。何? 今のは聞き間違い?」
「聞き間違いじゃありません。たしかに、院長先生は酷いことをしました。それでも、大勢の人で彼女を責めるのは駄目です。変な噂も流さないでください」
「オー、マイ、ガッ。信じられない!」
ピーターは両手で頭を抱えこむ。
駆けつけた警備員も、群がる野次馬達も、両目をきょとん。
かつて私が示した反応を繰り返す。
ざわめきは、ぽつりぽつりと振ってきた。豪雨のように激しくなる。虐待の被害者である少女が、加害者を庇うものだから。
マックスは心配するような顔で近寄る。
「セーラちゃん。マリア・ミンチンを許すのかい?」
「いいえ。今はまだ、許すことができません」
「だったら、ミンチンが苦しむのを楽しむんだ。あいつは君を虐めてきた。何をされようが自業自得だよ。慈愛の心だか知らないが、あの女を庇う必要はねぇ!」
巨漢は感情的に叫ぶ。
大声で喚いたせいか、野次馬は増えるばかり。
エルモのツインターで情報を掴んだ者もいるだろうか。
スマートフォンを向けて、この劇を一生懸命に撮っている。
セーラお嬢様は穏やかな眼差しを注ぐ。
春の陽光を浴びたかのように、マックスは沸騰した怒りを落とす。怒鳴って、すまない。恥を表情に乗せて、お嬢様へ深く謝った。
ピーターは相棒の代わりに、演劇口調な言葉を投げる。
「これが、セーラお嬢様か。驚いたよ。許せない相手を救おうと訴えるとはね。誰か大人に言わされているわけじゃないだろう?」
「はい。私の意志です」
「君の真意を詳しく聞かせてくれないか。みんな、戸惑っている」
セーラお嬢様は深く息を吐きだした。
たった一呼吸なのに、永く感じてしまう。
増え続ける野次馬も、騒ぎを止めにきた警察官も、ピーター・ポール一行も息を呑みこんで待つ。膨大な数の視線は、お嬢様一点へ集まっている。
私は服の裾を掴んで、手先を震わせるばかり。
「院長先生が記者会見で追いこまれているとき、私は思いました」
「ざまぁみろと」
まさか、セーラお嬢様がこのような顔をなさるなんて。
「クリスフォードさんは私をテレビから遠ざけようとされていましたが、何とかして必死に情報を集めました。ペンギンちゃんねるのレスも追いました。大勢の人が院長先生を責めています。ミンチンだったら何をしても正義だから許されるって」
「何も間違ってないじゃねぇか!」
「そうだ。ミンチンは人間の屑だ。殺してもいいんだよ」
「火あぶりにするべきだ!」
群衆の中から、怒声が飛んできた。
セーラお嬢様は、その方向へ目を向ける。
けっして、逃がさない。
優しくも鋭い視線に刺されてしまい、中年男性達は隠れるように視線を逸らす。まるで、悪戯を咎められた悪餓鬼のようだ。彼らは周囲から失笑を浴びる。
そのシーンもスマホで撮られていく。
「学園まで来て、院長先生を誹謗中傷する人がいました。石を投げる人や、壁に落書きを残す人も。ピーターさんのように暴力を振るう人もいます。それだけでは足りず、ミンチンを極刑にしろという意見もSNSにあふれています」
「私は感じました。怖いと」
「たしかに、そいつは恐怖だ。俺も経験した。自殺死体を馬鹿にしたって、世界中からバッシングされたよ。まぁ、俺の場合は自業自得ってやつだがな」
「私に意地悪をしていたクラスメイトは、転校先の学校で虐めを受けていました。個人情報を晒されて、ペンギンちゃんねるの住人達から追い回されていました。彼女は激しい暴力を受けていましたが、それを悦んでいる人も多かったです」
「ラビニアちゃんか」
「彼女は心から謝ってくれました」
「そいつは初耳だ。それでも、彼女を許さない人はいるだろうね。今も叩きまくっている人がいる。虫の死骸まで喰わされたっていうのは、さすがに同情するよ」
「許さないって、あんな目にまで遭ったのに……」
「面白いんじゃないか。悪人を撃つって正義感は」
「みんなに嫌われたら、たくさんの人達から石を投げられる。そんな世界って怖くありませんか? 私の立場なら、少しでも止められます」
「なるほど。セーラお嬢様の考えを理解できたよ」
ピーター・ポールは楽しそうに嗤う。
セーラお嬢様へ興味を抱いたようで、目を爛々と輝かせている。
彼は私へと目を向けてきた。
ラムダスさんは、ここから去る準備を進めているようだ。人も増えすぎたから。警官達も動きだす。ショッピングモールの騒動を止めようと。
「ベッキーちゃんは納得しきってないようだね?」
ラムダスさんはフィアット車から発信機を外すと、舌打ちをした。
ケープペンギンのスーリャが突いて壊す。
GバターなどのU-チューバーも来たので大変だ。プロレスラーみたいなオジサンは、ピータ・ポールへ絡んで大騒ぎ。マックスと掴みあい。
馬鹿騒ぎから逃げるように、私達は自動車へ乗りこんだ。
スマホをチェックすれば、さっそくツインターで盛りあがっている。
やっぱり、セーラお嬢様の発言は衝撃的なようだ。
動揺している人も多いこと。
007の最新刊が、もうすぐ発売。マリア・ミンチンの衝撃情報への期待から盛りあがっている。スプリング・フィールド氏は、どんな記事を書くのだろう?
「ねぇ。ベッキー」
「どうされました、セーラお嬢様?」
「ホーリエさんが会ってくれるって」
「えっ?」
セーラお嬢様は嬉しそうにスマホを見せてくれる。
ホーリエ・モーンと会う約束をつけていた。
どういうこと?