第15話 ピーター・ポール再び
「私はベッキーさんにも酷いことをしてきた。ごめんなさい」
ラビニアはセーラお嬢様に謝った。
それでけでは止まらず、私にまで頭を下げた。
お金持ちの子であることを鼻にかける、傲慢極まりない少女であったのに。
プライドを剥ぎ落として、すっきりした顔をしていた。
きっと、アーメンガードやデュファルジュ先生にも謝罪をするだろう。
複雑な気分だ。
私は彼女を、心底から憎んでいた。
あいつは、セーラお嬢様の心を傷つけては悦んでいたから。
あの酷い光景は忘れられない。思いだすと、今でも胃が軋む。
虐め動画を広めたことで、ラビニアは世間全体から叩かれることになった。ペンギンちゃんねるの住人達に個人情報を晒された。
ざまぁみろと手を叩いたけど、胸が苦しくなる。
痣だらけの顔は、心を揺さぶってくる。
「ポプポプポーップ! ホーリエ、チャンネール!」
テクノポップな曲が大きく響いた。吃驚させられる。
ラムダスさんも運転中なのに驚いた様子。
セーラお嬢様はスマホを眺めている。
車内を見渡すと、音量を上げすぎたことを謝った。
視線を横へやると、U-チューブを開けていた。
ついつい覗きこめば、目が合ってしまう。
私にも画面が見えるように気遣ってくれる。
2人で体を寄せあって、1つのスマートフォンを鑑賞する。お嬢様と肩をくっつけるものだから、心臓はドキドキしっぱなし。
ホーリエ・モーンは動画投稿サイトを活用している。
「どうもーっ。ホーリエ・モーンです」
「どうも。テラピーです」
「どうもっ。アイスマンでぇす」
お洒落な帽子をかぶった中年男性が、アイスキャンィーを振りあげた。コンビニアイス評論家をしている人だと記憶している。
セーラお嬢様はホーリエさんの本を持っていた。
私も熟読させてもらったせいか、興味津々かも。
メルマガの読者から質問を受けて、このチャンネルで答えているらしい。くらだないことを訊けば叱られるので要注意だ。
テラピーという女優さんが質問文を読みあげる。
「こんにちわ。ホーリエさんは、ミンチン叩きについて苦言を呈していましたね。あんな虐待女を擁護するのは、どうかと思いますよ。たしかに一部で暴走している人もいるでしょう。それでも、こうやって世間が裁くことで犯罪の抑止効果があると思います。被害者の子は辛そうで可哀想です。マリア・ミンチンは、うざいから死刑にするべきだと思いませんか?」
「えぇっと、ホーリエさんに答えてもらいましょう」
「別に擁護してねーよ。バーカ」
アンサーは一言で終わってしまった。
番組の収録中だけど、スマホで情報収集をしている。
アイスマンはニヤニヤとバーゲンダッツのナポリタン味を楽しんでいる。何気に最新作をコマーシャルしているようだ。
テラピーが珍しくも、質問文を失敗せず読めたのに。
たしかに、ホーリエ・モーンはツインターで愚痴っていた。
【マリア・ミンチンは頭の古い教育者だし、やったことも許されない馬鹿者だ。この事件をストレス発散にして暴れている奴ら。悪人叩きに必死になっていると生きにくい社会になると理解しろ。便乗して糞記事を書いている007もクソだなwww】
「これって煽りだよね?」
「こういう無責任な奴がいるんだよな。大半の人はストレス発散でやっていると思うよ。ネットで見つけた悪人を大人数で安全地帯から叩くと、気分が良いだろうし。心を痛めず、遠慮なく石を投げられる。こいつらも苛めっ子なんだよ」
「うざいから、死刑ってなぁ」
「こういう雰囲気が流行ると、自分にも跳ね返ってくるんだ」
「多くの人は、叩けば埃が出るもんよ」
アイスマンとホーリエさんが言葉を重ねていく。
セーラお嬢様へ目を向ける。
じぃっと彼らの言葉を聴いている。
お嬢様は被害者であるにもかかわらず、ミンチン&ラビニア叩きを止めようとしている。質問者のような人を扇動した私としては、納得しきれない。
あの女への怒りは、どこまでいっても消えてくれない。心の底にこびりついて、しつこく脳内で蘇ってくる。殺したいと何度、思ったことか。
ケープペンギンのスーリャを抱っこしながら考えこむ。
「ミンチンさんは教育者としての資格も失った。学園は経営不振で潰れてしまい、ストレスで入院している。警察も動いている。もう、覚悟もなく石を投げるな」
セーラお嬢様は、チャンネルを切り替えていく。
ミンチン叩きを批判しているのは、GバターやJブログのみ。
U-チューバーの多くは、マリア・ミンチンを容赦なく責めている。
ドキッと胸が高鳴る。
ピーター・ポールもムービーをアップしていた。ロンドンへ来てからも、映像を撮り続けているんだ。私も2回ほど、こいつと会って話をしている。
「ヘイッ。みんなの人気者、ピーター・ポールだよ!」
「マックス参上!」
「ジョバンニだ。ようやく、復活したぜぇっ!」
黒き巨漢と、白き痩身男性が肩を組んではしゃぐ。
ピータ―の仲間じゃないですか。
クリームパイをミンチンの顔面にぶつけて、警官達に連れていかれたのを覚えている。どうやったのかは知らないけれど、釈放されたようだ。
ハイテンションなダンスを3人で決めながら、動画は進んでいく。
うっわーっ!
私がピーターと並んで座っている。距離も近すぎます。こういうのを黒歴史と呼ぶのでしょうか。まるでカップルのように演出しています。
「ピーター。ロンドンでガールフレンドができたのか?」
「愛しのベッキーちゃんさ。親友を救うため、マイクロカメラを学園内のあっちこっちに設置して、ミンチンによる虐待行為を動画で撮っていたのさ。そいつをU-チューブにアップして、ペンギンちゃんねるで広めていった。その実行力は、尊敬に値するよ」
セーラお嬢様が、じぃっと私を見抜く。
目を逸らして、動画鑑賞へ逃げるしかない。
マックスはピーターへ質問をぶつける。ミンチンの胸倉を掴んだときは怒りで怖かったけど、剽軽な顔つきで穏やかな感じだ。
「俺には疑問がある。ベッキーちゃんは高給ってわけじゃない。それなのに、マイクロカメラを複数も買えたのはなぜ? けっこう、高性能で値も張るんだろう?」
「それについては、俺も訊いた。お金を裏で支援した人がいるんだよ。SPRINGMANってインスターグラマーがペンギンコインを送っていたんだ。ペンギンちゃんねるの有志達が作った仮想通貨さ。つまりは仕掛け人がいるってことだよ」
「ホーリエ・モーンの本から影響も受けたらしいね。タドーリョク?」
「PENGUIN-TAROUも煽っていたよな?」
「ジョバンニ。そいつも押していたけど、それ以上の支援はない」
「インスターで検索をかけてみたよ。SPRINGMANはイギリスを中心に風景写真を投稿している人だよな? PENGUIN-TAROUは動物系か」
「ケープペンギンのサクラちゃんって可愛すぎじゃね!」
マックスとジョバンニがスマホを向けて叫ぶ。
今度は梅小路水族館へ行こうかとはしゃぐ。
私は意識呆然としながら質問に答えていったのを、何となく覚えている。心は不安定で、世界は灰色に染まっていた。ピーターへ重要なことを漏らしていたのか。
SPRINGMANはアドバイスもくれた。告発動画を流すと、礼の言葉を届けてくれた。どうして、あそこまで協力してくれたのでしょう?
「ありがとう。私を助けるために」
「セーラお嬢様が苦しむのを見るのは耐えられませんでした」
お嬢様が手を握ってくれる。握り返す。
ムービーは先へと進んでいる。
ピーター・ポール一行は、なぐり隊のデモ参加予定者にインタビューをしていた。全てが虐待女への怒りを露わにしている。今にも殺さんばかりの勢い。
スキンヘッドやタトゥーのマッチョも多いこと。
セーラお嬢様は眉をしかめる。
「おらぁ! マリア・ミンチンは絶対に許さない。ラビニアってクソガキもな。まともな人生を送れないようにしてやるから覚悟しな! ぶっ転がす!」
「セーラちゃんの仇は、俺が討つ!」
ファックと中指を思いっきり立てる。
ピーターもデモに参加するようだ。
GバターやJブログも、イベントの様子を見にいくらしい。
ミンチンの中傷ビラもまかれており、名誉棄損による逮捕者も現れている。それらの様子も、U-チューブで実況されていた。
セーラお嬢様は声を静めて呟く。
「もぅ、大変なことになっています。早く止めないと」
「深層ウェブから、ごきげんよう。ヴァーチャル、U-チューバーのダークウェブ・アンダーグラウンドですわ。ミンチン女学院の件で騒ぎも大きくなっていますけど、ダークウェブの皆さんは真の黒幕を掴んでいますの。頑張って誤魔化そうとしても無駄ですわ。なぜなら……」
「お嬢様、ここで休憩としましょう」
「ありがとう。ラムダスさん」
再生途中だけど、動画は切っておいた。
お嬢様っぽいCGキャラが何かを言っていた。後で確認しよう。
フィアット車は、ショッピングモールの駐車場に止められた。
スーリャも連れて、黄色い自動車から下りる。
そういえば、お腹が空いてきたかも。ぐぅと鳴らしてしまい、セーラお嬢様に微笑まれた。2人で、くすりと笑う。
平日とはいえ、建物内は人であふれている。
レストランも並ぶ必要があるかも。
「ヘイッ! ベッキー、それにセーラお嬢様!」
どくんっ。心臓が急に暴れだす。
どうして、こいつらと鉢合わせすることになったのでしょう?
ピーター・ポールがマックス&ジョバンニを連れて向かってくる。
「初めまして。ピーター・ポールです。あなたと話をしたいです」
ラムダスさんは警戒態勢。
セーラお嬢様は、ピーターの目を真っ直ぐに見抜く。
有名人の出現に、大勢の人から注目を浴びてしまう。
嫌な予感がします。