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第14話 セーラとラビニア

 フィアット車は田舎道を抜けていく。

 どこまでも広がる田園地帯。

 清らかな空気中へ、排気ガスが吸いこまれていく。

 ラビニア・ハーバートは母親に連れられて、人気のない場所へ移った。マスコミやネット民の追跡から逃げるかのように。

 ラムダスさんはアポを既に取ったという。

 セーラお嬢様はスマホを眺めている。


『お前は理解しているのか?』


『セーラの受けた苦しみは、こんなもんじゃないんだぞっ!』


 少女達が囲んで、ラビニアを殴ったり蹴ったりしていく。

 大柄な子が金髪を掴んで、重々しい拳を鳩尾へ叩きこむ。顔を何度も壁にぶつける。暴力の音は生々しいものだ。美しい顔が鼻血で染まっていく。

 数人がかりでの激しいリンチ。

 ライターで髪を焼き、トイレに連れこんで便器へ顔を突っこます。虫の死骸を喰わせようとする。スタンガンを目前まで近づけていた。

 狼団という不良少女グループは、自ら犯罪動画をアップした。

 いくら削除されても、コピーが鼠算式に増えていく。


「こんなこと、私は頼んでいません」


 セーラお嬢様は怒りに震えている。

 拳を握りしめている。

 自分を虐めた者とはいえ、耐えられない光景なのだろう。

 ラビニアはペンギンちゃんねるの住人によって、個人情報を細かく晒された。父の会社に対する不買運動まで起こり、対応に苦しんだという。

 その原因を作ったのは私だ。

 セーラお嬢様を虐める様子を、私は全世界に告発したから。

 パパに嫌われてしまい、クラス全体から制裁を受けた。ネットでも執拗に虐められる。同情している人もいるけど、まだまだ許せない住人が多いこと。

 狼団も住所氏名の晒しを受けている。

 彼女達は裁きを受ける側へと回された。


「私はラビニアに怒りを感じていました」


「無理もありません。アーメンガードさんやロッティちゃんも意地悪をされて、デュファルジュ先生は失職にまで追いこまれました。ラビニアの自業自得と考えています。それでも、胸が痛いですよ」


 ある日、ラビニアはミンチンに言いつけた。

 デュファルジュ先生が体を触ってくると。

 セーラばかりを贔屓していると。

 お嬢様の理解者であり、行動力もある人なのに辞めさせられた。

 それに関する情報も出回っている。セクハラでっちあげに男性陣は敏感なようで、ネット掲示板を中心として大騒ぎ。

 デュファルジュ先生は古典学教師として復職したらしい。

 フランスの男子校で教鞭を取っていると聞く。

 セーラお嬢様が手を握ってくれる。


「ベッキーは優しいから」


「ボぇーっ!」


 胸の内を話せて、気分が軽くなる。

 ケープペンギンのスーリャも前席から慰めてくれた。

 車は穏やかに止まる。

 ラビニアの住んでいる別荘へ着いた。

 スマホをチェックすると、ツインターにて007砲が発射されていた。公式マスコットの007君が、マリア・ミンチンに関するスクープを予告している。

 スプリングフィールドという記者は止まらない。




「あなたは何をしているのですか?」


 ラムダスさんが注意をする。

 柳眉を吊りあげたイケメンさんは少し怖いかも。

 マスクで顔を隠した眼鏡少年が、ドローンを飛ばそうとしていた。窓からラビニアの様子を撮ろうとしていたようだ。

 たしか、ネットの生放送で稼ぎまくっている人だ。

 何度も警察官と喧嘩をしていたのを思いだす。


「うっせーな、ボケ。人が何をしようと勝手なんだよ。ドローンを返せよ。俺が囲いからの支援金で買ったもんなんだよ。返せって!」


「おそらくは、人の家を盗撮しようとしたのでしょう」


「黙れって。インド人は糞みたいなカレーでも食ってろよっ!」


「少し説教をしてきます」


 変装が功を奏したのか、セーラお嬢様や私だと気付かれなかった。

 ラムダスさんは青筋を浮かばせている。

 鋭い言葉で、心を容赦なく刺していく。

 鼻マスクの少年は泣きながら帰っていった。

 こんな人の少ない場所まで、ネット民が来るとは。

 豊かな緑に囲まれて、小鳥の群れが楽しそうに鳴いている。ゆったりするには最高だ。心の傷は簡単に癒えないだろうけど。

 小さな屋敷を、3人と1羽で訪れる。

 ラビニアのママさんが対応してくれた。

 やっぱり、やつれているようだ。涙を零しながら、セーラお嬢様に平身低頭で何度も謝った。娘が虐めた相手だから仕方ない。


「お願いがあります。ラビニアとお話をさせてください」




「誰が来たかと思えば、セーラじゃない?」


「そんな恰好をしているから誰って思ったわ。似合うじゃない」


「一時は落ちぶれたけど、今や世界でもトップクラスの大富豪ね。私と張りあうだけの格を持ったのは認めてあげるわ」


 ショートヘアーの美少女は豪そうだ。

 腕を組み、上半身をふんぞり返らせている。

 痣だらけの顔は痛々しい。

 簡素な部屋に引篭もっていた割には、落ちこんでいない。

 いや。セーラお嬢様に弱っている様子を見られたくないから、無理をしているのだろう。ましてや、見下している私の前でもあるんだ。


「転校したけど、あそこは猿みたいなおバカさんしかいなかった。馬鹿とつきあうのは時間の無駄だーかーら、私から学校を辞めてやったわ」


「ミンチン女学院も潰れたしねぇ。ベッキーのせいで」


 お前やミンチンのせいでしょうが!

 心の底から怒りが噴出するも、お嬢様の前では抑えておかなければ。

 ラムダスさんはママさんと話をしている。

 セーラお嬢様はラビニアと向かいあって、ストレートティーを味わっている。母親自ら運んでくれたもの。メイドさんもいないようだ。


「ところで、何の用で来たのかしら? 私に謝って欲しいの?」

 

「それとも、私の無様な姿を拝みにきたの……?」


 ラビニアは両目を細めて、視線を横へ逸らした。

 彼女らしい高飛車口調は、語尾で萎んでいく。

 プライドの高い彼女のこと。さんざん威張ってきた相手に、今の姿を見られるのは辛いだろう。もちろん、お嬢様は人を見下したりしない。


「はい。謝ってほしいです」


「さすがに、やりすぎたと反省はしているわ。ごめんなさい」


 虐められる側へ回されて、初めて理解できたのか。

 ラビニアは胸の奥に溜まっていた物を吐きだした。

 一瞬だけ、声も潤んでいた。

 それでも、謝罪だけで私は許せる気にもなれない。どれだけ、セーラお嬢様を苦しめたのかを思い返してほしい。反省は長く続けてもらわないと。

 セーラお嬢様は微笑を保っている。


「私ではなくて、アーメンガードやロッティ、デュファルジュ先生に謝ってほしいの。あなたは、とても酷いことをしたから」


 ラビニアは言葉を呑みこんで、うつむく。

 指先を震わせているのか。

 脂汗を額から零して、しばらく黙りこむ。

 人の痛みを感じとれるようになれば、自分の罪が苦しいのだろう。

 今にも嘔吐しそうな顔だ。

 そんな元加害者であり被害者を、セーラお嬢様は優しく抱擁する。

 いきなりで驚いた様子だ。

 ラビニアは両目をつむると、滂沱の涙を流しだす。殺していた声は嗚咽へと変わり、次第に大きくなる。お嬢様の温かさに、心の壁を壊されたんだ。

 ポポンと背を叩かれて、安堵の表情を広げていく。


「よかった。貴方とは色々あったけど、ネットニュースを見て心配になったから。もぅ、大丈夫だよ。私も訴えるから。これ以上、ラビニアを追い回さないでほしいと」


「ど、どうして、どうしてなの?」


「アーメンガードがメールを送ってきたの。ラビニアのことを助けられないか悩んでいるわ。デュファルジュ先生だって心配している」


 そのメールを読ませてもらった。

 アーメンガードは新しい場で、充実した学校生活を送っている。プログラミング研究会に入って、基礎から学んでいるとか。

 彼女は強くて優しい子だ。

 ラビニアへ怒りを抱くも、リンチ動画に心を痛めていた。

 デュファルジュ先生もブログを書いていた。惨たらしい虐めを行ったとはいえ、未成年の実名を晒して愉しむ。こういった行為への批判を綴っていた。

 

「私が一番馬鹿だったのね」


 涙と一緒に闇を流しきったせいか。

 ラビニア・ハーバートの顔は、どこかすっきりしていた。

 心を整理するのに、時間もかかりそうだけど。

 視線を私へ向ける。


「私はベッキーさんにも酷いことをしてきた。ごめんなさい」


「分かりました」


 感情を入れきれない答え。

 彼女に頭を下げられるとは、夢にも思わなかった。

 ラビニアへの怒りも残っており、同情心も湧いており、複雑な気分になってしまう。でも、認めよう。1歩を踏みだした勇気を。

 その後、お茶会を続けてから私達は帰った。

 別れ際に、彼女は虫のような声で呟いた。


「また、セーラと会いたいわ」


「喜んで」




 スマホを確認すれば、ペンギンちゃんねるの祭りは大きくなっていた。




671 名前:名無しのヒゲペンギン


 なぐり隊の抗議デモ参加予定者うなぎ登り!


672 名前:名無しのケープペンギン


 ラビニアのリンチ動画はやらせらしい

 学校のDQN女に金を払って虐められたふりをしていた

 全部演技な

 自分が被害者のように演じて同情を買う作戦

 親戚に警察関係者もいるから上手く誤魔化している

 みんな騙されるなよ


673 名前:名無しの会長ペンギン


 ツインターでも流れているな

 根っから腐った雌餓鬼だ

 制裁決定!

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